今年の晩夏から初秋にかけて、はからずも二つの米国の有力紙が「日本における民族主義の復活」「右傾化する日本」という現状を報じました。そういう触れ込みでこれら二つの記事が逆輸入よろしく日本の論壇の注目を集めた。ここで紹介する"Nationalist Movements in Japan Gain Influence"「変化する日本-影響力を益す民族主義の動き」(The Wall Street Journal, August 15, 2012)と、もう一つは、"With China’s rise, Japan shifts to the right"「支那の興隆に押され右傾化する日本」(The Washington Post, September 21, 2012)。
蓋し、左翼・リベラルの民主党政権の崩壊、保守中道の自民党の政権奪還の道筋が誰の目にも明らかになってきた頃のこと。ならば、WSJとWPSTというアメリカの有力紙がそろって「日本におけるナショナリズムの再生」を報じる(逆に言えば、日本における左翼・リベラルの退潮、あるいは、戦後民主主義の神通力の消失に着目した)記事を掲載したことが、本当に「はからずも」であったのかどうかは不明ですが、しかし、<逆輸入>されたこれらの記事が、例えば、その頃、9月下旬に行われた自民党総裁選での<安倍総理の逆襲>を妨害する機能を些かなりとも果たしたことは誰しも否定できないのではないでしょうか。
本稿はその続編と併せて、この二つの記事を根拠にしてなされた「保守派批判」への反批判を狙いつつこれら二つの記事を紹介するものではあります。けれども、安倍自民党の政権奪還が秒読み段階に入り、他方、石原都知事がいよいよ国政に駒を進める状況になった2012年11月半ば現在(紹介する記事が米有力紙掲載にかかる英文報道であり、要は、まだ目を通していない向きも少なくはないとしても)、なぜ今更翻訳しようと思ったのか。<安倍総理の逆襲>の成就がほとんど確実になってきた今、最早、そんな反批判に大した意味はないのではないか。何よりそんな「後出しジャンケン」の不細工をなぜ敢えて行うのか。
簡単です。それは、"Nationalist Movements in Japan Gain Influence"についても"With China’s rise, Japan shifts to the right"についても(日本語版ウォールストリート・ジャーナルの翻訳記事を含めて!)納得の行く翻訳や解題が今に至るも見当たらないから。特に、本稿で紹介する前者については、それを取り上げた保守系と分類される幾つかのサイトの紹介記事に、誤訳というのではなく、むしろ、この記事の評価という、より本質的な部分で納得できかないものを感じたから。要は、
この"Nationalist Movements in Japan Gain Influence"は必ずしも「ナショナリズム≒悪いこと」「非戦主義の憲法≒善いもの正しいもの」あるいは「国家間の紛争の存在≒悪」「国際紛争は原則解消可能」という認識に立って書かれているものではない(実際、そうではないという理解に立ってこのテクストを読んでも何の支障もない。何よりこのテクストの主題は「日本における民族主義運動が広範な支持を獲得可能な敷居を下げた今時のものになってきている」ことなのでしょうから)。
ならば、例えば、産経新聞の下記の報道も(あたかも、朝日新聞や岩波書店の記者や論説委員と同様に)「このWSJの記事は「ナショナリズム≒悪いこと」「国家間の紛争≒悪」という前提で書かれている」という間違った思い込みに染まっているの、鴨。と、そう私は考えるのです。
この私の認識が満更間違いではないとするならば、その産経新聞の紹介記事は「誤想防衛」もしくは「過剰防衛」あるいは「誤想過剰防衛」の不始末をおかしたもの。而して、産経新聞のそのような<勇み足>の背景には「欧米でもリベラル派の論者は「ナショナリズム≒悪いこと」少なくとも「ナショナリズム≒必要悪としての<国家>の歓迎されざる連れ子」と考えている」という間違った認識が影響しているの、鴨です。
▼「日本のナショナリストが中韓関係をこじらせている」
米紙が東京発で報道 中韓主張に沿う表現を列挙
米紙ウォールストリート・ジャーナルは15日、東京発の特派員電で、日本では「ナショナリスト(民族主義者・国家主義者)の政治家や活動家が新たな影響力を振るっており、中国や韓国との関係をこじらせ、東京の政策担当者の頭痛のタネになっている」との記事を掲載した。
記事は15日に2閣僚が民主党政権下で初めて靖国神社に参拝したことや尖閣諸島の国有化計画、米ニュージャージー州パリセイズパーク市に設置された慰安婦碑の撤去を自民党の有志議員団が求めていることなどを中韓の主張に沿うような表現で列挙している。日本が中韓を“挑発”しているとの印象を与えかねない内容だ。
2閣僚の靖国参拝については、靖国神社を「過去の帝国主義と強く結びついた施設」と説明。参拝が「韓国との紛争をさらに燃え上がらせた」とした。また日本の政治家は中国が「テロリスト」と位置づけるウイグル独立派の国際会議を5月に東京で開いたほか、尖閣国有化計画に「野田佳彦首相を駆り立て」、中国から3カ月で2回の抗議を「招いた」と指摘した。
さらに慰安婦については「軍の売春宿で働くことを強制された韓国人女性」と表現し、「強制連行を示す資料はない」とする日本政府の見解に反する内容を一方的に記載。そのうえで日本側がパリセイズパーク市に慰安婦の碑の撤去を要求したことが「韓国の苦情を引き起こした」としている。
記事は最近の「ナショナリストの日本の政治家」はインターネットで若者にメッセージを発信していると指摘。こうした政治家らの多くが「自衛隊の任務を厳しく制限する平和主義の憲法の改正」を究極の目標にしており、領土問題への関心の高まりが目標達成の弾みとなることに期待を寄せているとしている。
(産経新聞・2012年8月16日)
以下KABUの翻訳。そして、(おそらく、その英語の「原文テクスト」自体が書き直しのジェネレーションを異にする別版なのだと思われますが、)参考として日本語版WSJ掲載の翻訳(?)をその後に転記させていただきました。
尚、再度記しますが、「ナショナリズム≒悪いこと」ではない」という認識や評価は、欧米の思想界でも(極めて特殊な例外を除けば、左右、保守-リベラルに関わらず)社会思想的に正当なものである。この点に関しては下記拙稿をご参照いただければ嬉しいです。
・戦後責任論の崩壊とナショナリズム批判の失速
http://ameblo.jp/kabu2kaiba/entry-11137340302.html
・愛国心の脱構築-国旗・国歌を<物象化>しているのは誰か?(上)~(下)
http://ameblo.jp/kabu2kaiba/entry-11137623212.html
・「偏狭なるナショナリズム」なるものの唯一可能な批判根拠(1)~(6)
https://blog.goo.ne.jp/kabu2kaiba/e/23df204ea7185f71ad8fd97f63d1af5c
Nationalist Movements in Japan Gain Influence
Nationalist politicians and activists are wielding new clout in Japan, straining the country’s ties with China and South Korea, and creating headaches for policy makers in Tokyo.
Two Japanese cabinet ministers said they planned to visit Tokyo’s Yasukuni Shrine—a place strongly associated with the country’s imperialist past—on Wednesday, the first such visit since the Democratic Party of Japan took power three years ago.
The plans have further inflamed a territorial dispute with South Korea. South Korean President Lee Myungbak— has upset Japanese officials with his visit last week to an islet contested by the two nations—is expected to say in a speech Wednesday that Japan must resolve issues from the World War II era before the two countries can develop better relations, according to a senior government official.
Adding to tensions in Japan, the Russian Defense Ministry said Tuesday it would soon send two navy vessels to the disputed Russia-controlled islands known as the Southern Kurils in Russia and the Northern Territories in Japan to honor Soviet soldiers who died there after World War II.
変化する日本-影響力を益す民族主義の動き
今までとは違った様相を帯びながら日本では民族主義を信奉する政治家や活動家の影響力が益している。而して、それら民族主義的な政治勢力の伸張にともない、支那や韓国と日本との関係もまた緊張の度を高めており、また、民族主義の影響力拡大は日本政府の頭痛の種になりつつある。
この水曜日【2012年8月15日】、日本の二人の閣僚が東京にある靖国神社に参拝する意向を表明した。靖国神社は帝国主義華やかなりし頃のこの国の過去とは切っても切れない関係にある場所の一つなのだけれども、現下の民主党政権の閣僚がここを訪れるのは、3年前に民主党政権ができて初めてのことになる。
ことほど左様に、閣僚の靖国神社参拝表明というこの事態により、領土を巡る日本と韓国との応酬はその激しさを一層益してきた。実際、韓国政府高官によれば、韓国の李明博大統領は(実は、先週【2012年8月10日】彼自身、日韓両国が互いに自国の領有権を主張しているある島礁を訪れ、もって、日本政府の当局者を憤慨させてしまったのだけれども)、この水曜日に、日本が第二次世界大戦以前にその根っ子がある諸問題を解決しない限り両国の関係改善は難しいと述べる意向とのことなのだから。
日本を取り巻く国際関係が緊張しつつある中、火曜日【2012年8月14日】、今度はロシアの国防大臣が、現在はロシアが統治しているもののそれらの帰属を巡っては日露間に争いのある諸島、すなわち、ロシアの南千島の諸島/日本の北方領土に向けて海軍の二隻の艦船を間もなく派遣することになっていると発表した。第二次世界大戦終結に際してその領域で命を落としたソ連兵士の栄誉を讃えるための派遣ということ。
<続く>
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