産能な日々、その後の非日常

2010年4月~2012年3月までの産業能率大学通信教育課程在学中の記録と、卒業後の非日常の様子です。

大学受験の思い出

2017-01-24 | つれづれ日記(卒業後)
お題「大学受験の思い出」に参加します。

<推薦入試>
某国立大学を受験。1次試験の結果が電報で届いた。いつの時代だよっていう話だよね
記憶によれば2次試験に出頭せよ的な文言が書いてあったような気がするのだが…
出頭なんて言葉使わないかな
電報なんて受け取ったことなかったびっくりしたのと、届けてくれた郵便屋さんがすでに中身を知っていて、ニコニコしながら「いいお知らせです」と言ったことを覚えているけど、どれもこれも遠い日のできごとで、本当のことなのか(電報は本当)後から自分で創作しているのかわからなくなっています
電報、取っておけば良かったな。

<一般入試>
某国立大学は、二次試験で落ちました。
落ちたお知らせは電報ではなく、郵便だった気がします…速達だったような
一般入試を受験するにあたり、英語と古文、両方は無理
私にとっては古文も外国語だったので(苦笑)
英語も苦手だったけど、英語を捨てると受験できる学校がなくなってしまう
というわけで、英語、日本史、現代文で受けられる学校を探して受験。
とある短大の試験、得意のはずの日本史で、今でも忘れないびっくりな問題が…江戸時代の日本の白地図が載っていて、例えば東海道はどこからどこまでか、当時の国の名前で答えよみたいな問題でした。頭が真っ白になりましたね
その問題はぜんぜんできませんでした。休み時間に付属の高校生たちが(付属なのに推薦以外は一般受験、浪人してまで入学する人も)「白地図、授業でやったねー」なんて話しているのを聞き、付属は有利だなぁ~と
だけど、付属なんだからエスカレーターで入れないのは気の毒だよね
日本史はダメだったけど、英語は思ったより簡単、現代文は楽勝(満点だったかも)だったので無事に合格

試験が終わって最寄の地下鉄の駅で切符を買おうと券売機に並んでいると、同じ中学の友達(高校は別)がいるではありませんか
お互い「なんでいるの」とびっくり。
なぜなら、友達も私も目指している大学ではなかったので(苦笑)
結局、2人とも目指していた大学には入ることができず、その日受験した短大に入学。
卒業後、就職先も同じ業界でした(笑)
一人暮らしをした場所も、同じ路線の隣の駅でした。
いまでも、年に何度か会って、お気に入りのカフェでお茶をしています
去年は、一緒に高尾山にも登りました。
これからも末永くよろしくねぇ~

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