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日数がたつにつれて、平常心をもどしつつあろうおパリ。
みなさんの平静さに救われます。
事件当日、顔本で繋がっているフランス女史のプロフィールが瞳の中に三色国旗。そしてその瞳からの涙をみて、心が大変いたみました。
暴力でないも変わらない。それは多聞彼らにも判っている。
でも、なぜ彼らはしに急ぐのか・・私にはその動機がわからない。
ただただ、人間と言う強欲な生物が右往左往してるだけにみえてしまいます。
今、昨年のことも・・平和は時代のはなしじゃないからかな。このごろ涙もろいkおばちゃんです。
○2014年10月5日(日)
Allied Museum連合軍博物館の展示はそんなにいっぱいあるわけではないけれども、興味をもってみています。
そのひとつは・・こちらの構造物。
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土管・・ではありませんが似たようなものです。
そういえば、関係ないけどkおばちゃんお子ちゃまのころ、土管で生活したくてしょうがなかったのよね。
近くの空き地に土管が積み上げられていないか・・チェックしてはいたんだけれども、子どもが入れるような大きな土管がなくてがっかりだったのよね。
この土管の正体は・・地下トンネルです。
でも、これは実物だったかどうか忘れてますが、立ち入れないということは本物だったのでしょう。
Operation Goldというとかっこよく聞こえるけど、日本名は黄金作戦(おうごんさくせん)または金工作。何だか金細工みたいな名前ですね。
ベルリンにあったソビエト軍本部の陸上通信線通信を傍受する為にソビエトの支配する地帯にトンネルを掘アメリカ中央情報局(CIA)とイギリス情報局秘密情報部(SIS)による共同作戦のことだそうです。
ベルリンの南西にあたるんでしょうかこのあたり
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拡大するとこのあたりだそうです。
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で、現在のgoogleさまの地図によるとこのあたり。
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新しくできるはず・・のブランデンブルグ空港、現在のシェーネフェルドFlughafen Berlin-Schönefeldの直ぐそばですね。
1954年の9月ころから縦掘りの建設をはじめて・・翌年1955年の2月には完成したようです。
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もちろん、目標もなく掘ったわけではなく、そのそばに通信ケーブルがあるというのがわかっていたからのようですが、その情報は何処からもたらされたか・・
そうです。この時代は『スパイ(エージェント)』の活躍していた時代です。
このスパイは両刃の刃でもあったんですよね。
つまり・・2重スパイというのが存在していて、実はこのトンネルの計画はソ連に情報が筒抜けだったようです。
しかし、ソ連は建設を黙認・・完成させて運用を1年ちかくさせていたようです。
1956年4月21日ソビエトと東ドイツの兵士の突入によりこのトンネルの存在は白日の元に晒され、「国際法規範の違反」あるいは「ギャング行為」と世論を騒がせることになったそうです。
発見された当時の新聞だと思います。
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このトンネルの存在をソ連に知らせていた2重スパイとはジョージ・ブレイクGeorge Blakeというイギリスの外交官の職にあった男です。ソ連KGBの中佐でもあったそうです。
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彼はこのトンネルの計画のみならず、東ドイツにに潜伏していた40名もの西側スパイの情報をていきょうしていたとのこと。
しかしこの情報もソ連側には温存されていたようで、1961年3月ブレイクが2重スパイの罪で逮捕されたあとになって、ソ連のKGBは、東欧諸国内のイギリスのスパイ(エージェント)網を壊滅、東ドイツに潜伏していた40人のスパイ(エージェント)が逮捕又は殺害されたようです。
それを伝える報道・・だったと。
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なんとも非情な時代だったんですね。
しかもこのブレイク、逮捕されたあと禁固42年を言い渡されたのですが、5年後脱走。まんまとソ連に逃げ込んで・・・現在も生存しているのかは判りませんが、2007年には勲章を受章、2012年には新聞のインタビューもうけていたそうです。
現在(2015年)生存していたら93歳ですって。
トンネルの機密あつかいは2007まで続いていたようです。
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まるで映画のようなお話・・というか映画が出来てしまう展示でした。
みなさんの平静さに救われます。
事件当日、顔本で繋がっているフランス女史のプロフィールが瞳の中に三色国旗。そしてその瞳からの涙をみて、心が大変いたみました。
暴力でないも変わらない。それは多聞彼らにも判っている。
でも、なぜ彼らはしに急ぐのか・・私にはその動機がわからない。
ただただ、人間と言う強欲な生物が右往左往してるだけにみえてしまいます。
今、昨年のことも・・平和は時代のはなしじゃないからかな。このごろ涙もろいkおばちゃんです。
○2014年10月5日(日)
Allied Museum連合軍博物館の展示はそんなにいっぱいあるわけではないけれども、興味をもってみています。
そのひとつは・・こちらの構造物。
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土管・・ではありませんが似たようなものです。
そういえば、関係ないけどkおばちゃんお子ちゃまのころ、土管で生活したくてしょうがなかったのよね。
近くの空き地に土管が積み上げられていないか・・チェックしてはいたんだけれども、子どもが入れるような大きな土管がなくてがっかりだったのよね。
この土管の正体は・・地下トンネルです。
でも、これは実物だったかどうか忘れてますが、立ち入れないということは本物だったのでしょう。
Operation Goldというとかっこよく聞こえるけど、日本名は黄金作戦(おうごんさくせん)または金工作。何だか金細工みたいな名前ですね。
ベルリンにあったソビエト軍本部の陸上通信線通信を傍受する為にソビエトの支配する地帯にトンネルを掘アメリカ中央情報局(CIA)とイギリス情報局秘密情報部(SIS)による共同作戦のことだそうです。
ベルリンの南西にあたるんでしょうかこのあたり
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拡大するとこのあたりだそうです。
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で、現在のgoogleさまの地図によるとこのあたり。
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新しくできるはず・・のブランデンブルグ空港、現在のシェーネフェルドFlughafen Berlin-Schönefeldの直ぐそばですね。
1954年の9月ころから縦掘りの建設をはじめて・・翌年1955年の2月には完成したようです。
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もちろん、目標もなく掘ったわけではなく、そのそばに通信ケーブルがあるというのがわかっていたからのようですが、その情報は何処からもたらされたか・・
そうです。この時代は『スパイ(エージェント)』の活躍していた時代です。
このスパイは両刃の刃でもあったんですよね。
つまり・・2重スパイというのが存在していて、実はこのトンネルの計画はソ連に情報が筒抜けだったようです。
しかし、ソ連は建設を黙認・・完成させて運用を1年ちかくさせていたようです。
1956年4月21日ソビエトと東ドイツの兵士の突入によりこのトンネルの存在は白日の元に晒され、「国際法規範の違反」あるいは「ギャング行為」と世論を騒がせることになったそうです。
発見された当時の新聞だと思います。
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このトンネルの存在をソ連に知らせていた2重スパイとはジョージ・ブレイクGeorge Blakeというイギリスの外交官の職にあった男です。ソ連KGBの中佐でもあったそうです。
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彼はこのトンネルの計画のみならず、東ドイツにに潜伏していた40名もの西側スパイの情報をていきょうしていたとのこと。
しかしこの情報もソ連側には温存されていたようで、1961年3月ブレイクが2重スパイの罪で逮捕されたあとになって、ソ連のKGBは、東欧諸国内のイギリスのスパイ(エージェント)網を壊滅、東ドイツに潜伏していた40人のスパイ(エージェント)が逮捕又は殺害されたようです。
それを伝える報道・・だったと。
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なんとも非情な時代だったんですね。
しかもこのブレイク、逮捕されたあと禁固42年を言い渡されたのですが、5年後脱走。まんまとソ連に逃げ込んで・・・現在も生存しているのかは判りませんが、2007年には勲章を受章、2012年には新聞のインタビューもうけていたそうです。
現在(2015年)生存していたら93歳ですって。
トンネルの機密あつかいは2007まで続いていたようです。
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まるで映画のようなお話・・というか映画が出来てしまう展示でした。
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