所ジョージさんのオフィス
の世田谷ベースは、私とし
たら一つの理想のカタチだ。
建物の中と施設がまるでオ
モチャ箱。
ここに、さらに図書館のよ
うな膨大な書籍と資料だら
けの空間が備わっていたら、
私にとっては完璧な理想空
間だ。
古いオートバイや車と図書
館。
一見なんの繋がりもないよ
うに思えそうだが、実は深
いところで繋がっている。
それは、最新物に全ての価
値観と判断素因を置くので
はなく、またネット上での
疑似リアル世界に重きを置
くのでもなく、歴史の中で
実績を残した現実的な物体
として車両や書籍が存在し
ている、という点において、
両者は全くの同一基軸にあ
るのだ。
温故知新という精神的なも
のではなく、現実的に過去
に作られた車両を紐解き、
直しながら現役化させる事
と、出版された過去の書籍
を資料や史料として細かく
掘り返して文献調査する事
は、同じ軸線なのである。
オートバイの新車のみポイ
ポイ乗り換え乗り捨ては、
書物ならば新刊文庫やペー
パーブックスや週刊誌を読
み捨てポイポイしているだ
けと同じなのだ。
それらは、一面的で極めて
偏波な接し方、取り組みで
しかなく、そういうやり方
ではその種目の本筋と本質
を得る事は不可能だ。
だからこそ、今の時代にあっ
ても、本格的な史料・資料調
査においては、ネット情報頼
りなどではなく、実際に人間
が足を運んで国立国会図書館
や最高裁図書館(入館可は法曹
関係者のみ)や国立公文書館な
どで調べものをするのである。
文献調査はネットでは不可能
なものまで網羅するのが実際
の足を使った内容が濃い図書
館等の資料の宝庫での調査と
なる現実があるからだ。
これはネットがいくら発達し
ようとも超えられないだろう。