渓流詩人の徒然日記

知恵の浅い僕らは僕らの所有でないところの時の中を迷う(パンセ) 渓流詩人の徒然日記 ~since May, 2003~

龍馬を斬った男 ~その技は丸橋か?~

2013年05月18日 | open

岡山から帰宅して、家内が録画
してくれていたTV番組を観た。

坂本龍馬暗殺に関する番組だった。
なかなか良い番組を録画していて
くれた。興味深く観ることができ
た。


かねてより坂本氏殺害の実行犯は
諸説があるが、最近の研究で、

行犯は見廻組の桂早之助(かつら
はやのすけ)であるという説が
有力だ。

番組もその一説に沿った内容だった。
これは、桂氏の遺族が近年博物館
に寄贈した「坂本龍馬を斬った刀」
世に出たことにより明らかに
なってきた新たな説だ。


私の親の世代、戦時中の書籍を読
むと、いかに当時が明治政府の延
長に
世の中があったかがよく理解
できる。新選組や旧幕府のことな
ど蛇蝎のように
扱われている。
桂氏の遺族の方が代々家に伝わっ
た事を頑なに秘していたその心情
も察するに余りある。

そもそも、「靖国神社」に幕府側
の士や東北諸藩の戦死者が今もって

一人も祀られていないことからも、
「靖国神社」がどの政治勢力のため
建立されたものかが現代に至っ
ても明白に浮かび上がる。

まして戦前などは、「朝敵」など
はたとえ旧日本の為政者であろう
とも大逆の
徒党であり、新政府軍
の延長にある帝国政府と国家に
とっては絶対に
認めることができ
ない存在だったことだろう。

戦後数十年過ぎた最近になって、
幕末に坂本龍馬を暗殺した人物の

遺族がやっと「伝えられた事実」
を明かしたのは、それなりに歴史
的な
「世論」の変遷という時代
背景があったからに違いない。

今の日本はずっと元から今のまま
ではない。天皇陵の学術調査が数
年前ににやっと許可されたように、
ようやく、「民主的」な議論も
可能な世の中にどうにか移りつつ
あるという
ことだろう(それを
再び閉塞させて物言えぬ世にし
ようとしている勢力が
現在実権
を再度握ったのだが)。


(坂本龍馬を斬ったとされる小太刀)


上は桂早之助の差料と伝えられる
脇差である(越後守包貞)。

桂早之助は「西岡是心流(ぜしん
りゅう)」の名手であったと伝え
られている。

上覧試合で五十人抜きをした剣豪
といわれる。


ただし、同じ龍馬襲撃犯だった
見廻組の渡辺篤が襲撃の様子を
弟の渡辺
安平や弟子の飯田常之助
などに語り、父から贈られた
「出羽大掾藤原国路」
で龍馬を
斬ったと述べている。
渡辺篤も「西岡是心流」を遣う。
襲撃した刺客七名のうち、桂早之助、
渡辺一郎(のち篤)、世良敏郎の
三名が是心流剣客だ。

西岡是心流とは、大和郡山藩の
西岡是心が流祖の剣術である。
西岡是心は
はじめ「いかり半兵衛」
と名乗っていた。吉田武八郎の
是心流も同系と思われる。

尾張徳川藩の是心流は西岡是心の
門人大野伝四郎からで、一に円導
流ともいう。

大野義章の門人である金輪五郎は
赤鞘団九郎の異名との説があり、
荒っぽい
剣技で世に知られており、
大村益次郎暗殺者の一人でもある。


是心流剣術系譜
西岡是心
 |
服部新五兵衛
 |
大野伝四郎秀促・・・
 |
大野弥三郎定真
 |
吉田嘉平太
 |

大野応之助義章(明治9年4月26日亡)
 |
金輪五郎
 |
榊原鼎唯愛
 |
赤松茂重威

(兄弟弟子も縦列表記)

坂本龍馬襲撃犯の一人である
渡辺篤も是心流の剣士である
ことには
注目できる。
ただし、録画したTV番組では
明らかな「齟齬」があった。

誤謬も甚だしいので指摘して
おく。(研究者数名から私宛
に指摘あり、補正加筆)

それは、是心流剣術の皆伝免許
の巻物に記載されている業の
うち、
「丸箸之位」において、
「一 五本有リ」と説明されて
いる業の内容で
「右ハ小ジナイ
ニテツカウナリ」とある部分
をTV番組では「右手に小刀を

持つ異形の二刀流」と解説し
ていたのだ。

(是心流兵法目録)


こんな馬鹿な解釈はない。
兵法目録に暗いからという以前
に、日本語の用法を知らなすぎる。

「右 御礼まで」とか普通に
日本語で使うではないか。


件の兵法目録を俯瞰で見てみると・・・





次の業「満字ノ位」は
「一 二拾八本有リ」
と記され、そこにも
「右者キリクミナリ」と

「右の記載については~である」と
明記されている。

更にその次には、それら右行に
記載された業について、
「右五行ノ表之利」とも
明記されて
いる。
「右五行」とは「順歩」、「逆歩」、
「歩別」、「丸箸ノ位」、「満字ノ位」
の五体系のことを指しているのだろう。
前三種は歩行法に重点を置く剣理、
「丸箸ノ位」は小太刀勢法、「満字
ノ位」は「キリクミ」つまり「斬り
組み」のことで組太刀のことであろ
う。
満字とは万字のことで卍のこと
でもあると思われる。
つまり、切り結ぶ際の術義要諦
がまとめられていると推察できる。
その五体系を以って是心流の表業
の剣理とすることが記載されてい
る。
「右ハ小ジナイニテツカウナリ」
を右小刀・左大刀の二刀流とする
のは、
まったくもって、番組製作
者の早計な解釈も甚だしいと思わ
れる。
目録行の内容配置からしてもその
ような構成は読みとれない。
「丸箸」はカゲ流系にある「丸橋
(円橋)」のような術理を「小
ジナイ」にて遣う術義と思われる。

無双直伝英信流の高段者である京都
の歴史博物館の責任者も番組に出て
きて
龍馬暗殺の際の状況説明を剣
術的見地から説明していたが、こ
の兵法目録の
解釈についての大誤謬
というかデタラメのことは聞かされ
ていなかったのでは
なかろうか。
聞いていたら剣の心得ある者なら
「ちょっとまて」となるはずだ。

剣術・イアイ術家でなくとも、
まっとうな日本人ならこの「是心
流兵法目録」記載の
「右」が
「右手」ではないことくらい
容易に理解できる。

番組中「是心流は絶えており現在
その内容は明らかではない」と
しているが、
だからといって「奇
妙な二刀流」と称して目録記載
映像を流しながらも物事を捏造
して
よいわけがない。
目録の前後を一読すれば、その
記載が「右手」ではないなどと
いうことは
一目瞭然であるのに、
番組を「猟奇的に面白く見せる」
ための浅はかな捏造演出である
気配
が濫水の如く溢れていて、
私はいかさま落胆した。
上述したように、失伝した業を
目録から読み取るに、
ある。
この目録の当該表記部分は素直
に目録に記載されている通り
「右に記す業は小刀(ショウトウ
=コシナイ)を使うものなり」と
解釈すべきだろう。


ただ、救いは、坂本龍馬暗殺の
実行犯は誰であるのかについて、
「桂早之助という
説に沿って今回
はお伝えしました」と明言して
いる点は偏向姿勢ではないので評価
できる。

しかし、「右手に小刀、左手に大刀」
という解説を番組でしながらも、
桂氏が小太刀
一本で龍馬を斬ったと
いう説明をしている製作サイドの
解説の連綿性がまったく存在せず、
やはり「変則二刀流の遣い手が
龍馬を斬った」と「えっ?」と
思わせて猟奇心を煽る「恣意的」
製作姿勢が見えてしまう。

龍馬を斬った真の実行犯は現在も
明らかになってはいない。
襲撃グループの一人である
渡辺篤
も桂早之助と同じ是心流の小太刀
を修めている。
しかも、渡辺本人は
自分が斬った
と弟と弟子に語っている。

さて、真相は・・・。
言えることは、斬られた龍馬本人
も相手が何者か知らなかっただろ
うということだけだ。

暗殺とは得てしてそういうものだ。
果し合いとは違い、たとえ自分が
死ぬ時にも、敵の名を知ることは
ない。

倒される方は死の覚悟をする間も
ない。テロリズムとはそうしたも
のだ。

いくらいつでも死する覚悟を朝起
きた時にするのが武士であるとは
いえ、あっという間に
不覚を取り、
敵の名も知らぬまま斬り伏せられ
たとあっては、武士にとっては、
やはり
無念であったろうと私は思う。
龍馬の魂は成仏していないに違い
ない。たとえ「靖国神社」に祀ら
れたとしても。

戊辰戦争の「戦後」はまだ終わって
はいない。