立冬を過ぎ秋も深まろうとしている。ところで昨秋、国内を賑わせた話題はラグビーワールドカップ日本大会の熱戦である。日本代表の活躍もあって久し振りにラグビーの試合を堪能することが出来た。メジャースポーツの座を久しくサッカーに奪われていたラグビー界にとって、国民の熱心な応援を受け輝いた年でもあった。
スポーツ観戦につきものなのは、観客の熱狂的な応援である。ラグビーではないが、ドーハの悲劇のあと家内は俄かサッカーファンになった。欠かさず観ていた国際試合での拍手と悲鳴を私がうるさがるので、しまいには隣室に小型のテレビを持ち込んで観戦するようになった。
私は観戦で盛り上がるのが苦手で、一人取り残されるようなことが多かった。もちろん試合を観ると気持ちが昂るのだが、どこかに自分を見ている、もう一人の自分がいる。それに試合の攻防に我を忘れて興奮する人々に違和感を感じてもいた。
ラグビーそのものは紳士的なスポーツである。通っていた高校にラグビー部があったこともあり、体育の授業ではラグビーをやらされた。授業は試合形式で行われ肉弾相打つゲームの、その面白さにはまったものである。私のポジションはスタンドオフだった。社会人になってからだが、年末年始のラグビー選手権も毎年の楽しみにしていた。
しかしすると観るとは別物で、応援はしても我を忘れるようなことはなかった。人と同調できない、ノリが悪い人物だと言われればそれまでで、損な性分である。こういう人間はうまく世渡りが出来ない。
就職して数年たち、仕事で上京した時のこと。昭和50年代は世間がのんびりとしていて、たまの出張にも余裕があり前日の昼には羽田空港に着いた。モノレール駅へ歩いていると、ふとラグビーの告知ポスターが目に留まった。英国代表とのテストマッチで、その日の午後からの試合だった。仕事は翌日である。田舎では国際試合など観る機会はないので、ホテルへ行くその足で国立競技場へ向かった。
着いた時にはもう後半戦が始まっていた。リードされてはいたが、新日鉄釜石の松尾がいた日本代表は予想外に善戦していた。まだ当時はサッカーと同様、ラグビーの実力も世界水準からは遠かった時代である。
席に着いたかと思うとすぐ、日本がボールを奪って走り出した。周りは全員総立ちになった。フィールドはよく見えない。雰囲気にのまれて興奮し、私も立ち上がって大声をあげた。ワンプレイが終わると辺りにはざわめきの名残がただよい、我を忘れて熱狂した自分がいた。しばらくのあいだ試合を眺めていたが、我ながらと苦笑いをして競技場を後にした。わずか30分ほどの、たった一度の国際試合の観戦だった。
フリーフォトより
よくわからないのですよ?
問題になった時だけは関心がありましたが・・?
奥様は好きったのですか・・・
私はテニスをしていたのですが、今では
踊ることだけスポーツとして39年間踊っていました
(踊る宗教です?)アハハは・・・♪
とは言ってもテレビ観戦だけです。
サッカーは個人プレーの色彩が強く、
ラグビーはチームプレーです。
ダンスもペアダンスはチームプレーになるのでしょうね。