がんの予防や治療における漢方治療の存在意義を考察しています。がん治療に役立つ情報も紹介しています。
「漢方がん治療」を考える
262)感染症に対する抵抗力を総合的に高める漢方治療
図:感染症に対する体の抵抗力を高めるためには、免疫細胞を活性化するベータグルカンのサプリメントだけでは不十分。漢方治療は、生薬に豊富に含まれるベータグルカンの免疫細胞活性化に加えて、栄養状態や血液循環や諸臓器の働きを良くして免疫力が高まる状態を作り、さらに皮膚や粘膜のバリヤーを強化し、抗菌作用を持った成分の働きも加わって、総合的に抵抗力を高める。これが感染症に対する抵抗力を高める上で、ベータグルカンのサプリメントより漢方薬が優れている理由である。
262)感染症に対する抵抗力を総合的に高める漢方治療
【感染症に対する抵抗力とは】
感染症に対する抵抗力として、以下のようなが仕組み(生体防御機構)が私たちの体には備わっています。
1)皮膚や粘膜のバリヤーによる物理的な防御:
ヒトの皮膚は多数の扁平上皮細胞が重なり合い、さらにその表面には堅い角質層があるために微生物が侵入するのを困難にしています。消化管の粘膜もバリヤーになっており、抗がん剤などで粘膜上皮がダメージを受けると病原菌が体内に入りやすくなります。
鼻毛は微生物や異物が侵入するのを防ぐ働きをしており、気道粘膜繊毛上皮の繊毛運動や咳・くしゃみ・涙といった反射反応も異物を排除するのに役立っています.
2)消化液や粘液などによる分泌物による抗菌作用:
食事から入った病原体は、強酸性の胃酸とタンパク分解酵素を含む胃液による殺菌作用で多くは死滅します。涙や鼻汁や母乳に含まれるリゾチームは、細菌の細胞壁を構成するペプチドグリカンを酵素的に切断することによって殺菌作用を示します。気道や消化管の粘液には免疫グロブリンのIgAが細菌やウイルスを死滅させます。
3)血液中の抗菌物質:
ラクトフェリンやトランスフェリンは細菌増殖に必要な遊離鉄を取り込み、遊離鉄の枯渇によって細菌の増殖を阻止します。補体は抗原と抗体の複合体に反応して活性化され、溶菌と食作用を促進します。インターフェロンはウイルスの感染で産生されウイルスの増殖を抑制します。リンパ球のB細胞は、細菌やウイルスなどの病原菌に対して特異的な抗体を産生して、これらの病原体を攻撃します。
4)抗菌性細胞:
ナチュラルキラー細胞はウイルス感染細胞など傷害された細胞を標的にします。好中球は盛んな遊走運動を行い、生体内に侵入してきた細菌や真菌類を貪食し殺菌します。マクロファージも体内に侵入してきた病原体を貪食して殺菌し、また炎症性サイトカインを分泌して免疫細胞を活性化します。
5)常在細菌による外来微生物の増殖抑制:
膣内のデーデルライン (Döderlein) 桿菌は乳酸を産生して膣内のpHを酸性に保ち他の病原体の侵入増殖を阻止しています。腸内の乳酸菌も腸内における病原菌(悪玉菌)の増殖を阻止しています。
【漢方薬に含まれるβ-グルカンやサポニンや精油成分が免疫細胞を活性化する】
感染症に対する抵抗力を高める方法としては、免疫細胞を活性化する作用をもったサプリメントや医薬品が代表です。このような免疫賦活剤の代表がβ-グルカンです。キノコやカビなど真菌類や細菌や植物の細胞壁には(1→3)-βD-glucan(以下β-グルカン)が含まれています。このβ-グルカンは免疫系を活性化する作用があり、抗がん剤や放射線治療の副作用軽減(免疫力低下を防ぐ作用)や、がんを縮小させる効果が報告されています。そのため、β-グルカンを多く含むアガリクスやメシマコブや霊芝や酵母や大麦などを使ったサプリメント、あるいは、これらから抽出精製したβ-グルカンを製品化したサプリメントは多くのがん患者さんが利用しています。医薬品としても、カワラタケ由来の蛋白多糖がクレスチンという商品名で抗がん剤治療の副作用緩和の目的で保険適用されています。
漢方薬でも、キノコ由来の生薬(霊芝、猪苓、茯苓、梅寄生、瓦茸、チャーガなど)が免疫増強の目的で使用されますが、漢方薬の免疫増強作用の作用機序も生薬に含まれるβ-グルカンが重要な役割を担っています。
マクロファージや好中球や樹状細胞の細胞膜にはβ-グルカンに対する受容体(Dectin-1)があり、この受容体にβ-グルカンが結合すると細胞が活性化します。この免疫細胞の活性化の過程で転写因子のNF-κBの活性化が重要な役割を果たしています。がん細胞の増殖を抑えるためにはNF-κB活性の阻害が有効ですが、NF-κB活性の阻害は免疫細胞の活性化を妨げるというジレンマについては前回(261話)解説しました。つまり、漢方薬やサプリメントで免疫細胞を活性化するときには、NF-κB活性を阻害する作用のあるものは併用しない注意が必要です。漢方薬の場合は、サポニンや精油成分も免疫増強作用があり、β-グルカンとの相乗効果が指摘されています。(詳しくは123話参照)
【漢方治療は免疫力が高まる状態にする】
免疫の機能は安定したものではなく、内的および外的な様々な要因によって影響を受け、絶えず変動しています。例えば、栄養不良、加齢、ストレス、不適切な生活習慣などは免疫力を低下させます。
副腎皮質ホルモンは抗がん剤の副作用軽減や抗炎症作用の目的でがん治療に使用されますが、免疫力を強く低下させる作用があります。手術は体力を消耗し、ナチュラルキラー細胞活性や抗体産生や細胞性免疫の働きを低下させます。精神的なストレスも免疫力を低下させます。悲しみや絶望的な気持ちが免疫力を低下させることが知られています。
β-グルカンなどを使って免疫細胞を刺激して活性化したり数を増やす治療は、免疫力を高める直接的な方法です。しかし、患者さんの体力が低下し、栄養状態や血液循環や新陳代謝が悪ければ、免疫細胞を活性化する効果は十分に得られません。蛋白質やビタミンやミネラルなどの栄養素やカロリー量が不足していると、免疫細胞の増殖や働きが妨げられます。
がん患者さんでは、栄養不良や様々なストレス、薬剤(抗がん剤やステロイドホルモンなど)などが免疫力低下の原因になってます。高齢であれば、もともと免疫力は弱っています。高齢者が感染症にかかりやすいのは、B細胞(抗体産生)やT細胞(細胞性免疫)やナチュラルキラー細胞などの働きが加齢とともに低下するからです。
このような免疫力を低下させている原因を取り除くことも重要です。
栄養素やカロリーは食事からの摂取が基本になります。
漢方薬は、体力を高め全身状態を良くして免疫力を低下させている要因を除く間接的効果と、免疫細胞を活性化する直接的効果の両方によって免疫力を高めます。すなわち、胃腸の状態や血液循環や新陳代謝を良くすることによって、免疫細胞の働きを妨げている要因を除き、免疫力が高まる状態にします。さらに、生薬に含まれている多糖類やサポニンや精油成分などが、免疫細胞を活性化する効果を発揮します。
体の正常な機能を阻害する要因を除去し、足りない部分を補うために必要な生薬の組み合わせを考えることが漢方治療の基本です。免疫力を高めるためにも、まず患者さんの背景にある身体の異常に視点を置き、消化吸収機能を高めて栄養状態を良好にし、全身の血液循環を良い状態に保持し、組織の新陳代謝や諸臓器の機能を高めるなど、体全体の機能をバランスよく良好な状態にするという全人的な視点を重視します。
専門的には、気・血を補うという観点から補気薬や補血薬が使用され、血液循環の改善の目的で駆お血薬を用い、消化器系の機能を高めるために健脾薬が用いられ、新陳代謝の低下があれば補陽薬や散寒薬を用いる、といった具合です。
たとえば抗がん剤治療を受けている患者さんを漢方的にみると、気・血が量的に損なわれ「気血両虚」の状態にあり、気・血の巡りも悪くなって気滞やお血の状態になっています。このような状態を改善せずに、いくら免疫細胞を刺激するサプリメントを摂取しても、免疫力を高めることはできません。
【補剤は細胞性免疫を高める】
免疫を調整するヘルパーT細胞には細胞性免疫を担うTh1タイプと液性免疫を担うTh2タイプがあります。がん細胞を攻撃するのはTh1細胞の働きです。生体防御の免疫系において、栄養不全・加齢・ストレスや慢性疾患などの要素が存在すると、T細胞はTh2タイプへの分化が亢進し、Th1タイプが抑制されることが知られています。このような生体防御のひずみによってTh1タイプのT細胞の機能が抑制されるとがんや感染症に対する免疫力が低下することになります。
高麗人参・黄耆・朮・茯苓・甘草などの補気・健脾薬は単球/マクロファージの活性化によりTh1優位の免疫応答反応を誘導し、感染防御や抗腫瘍に働く細胞性免疫を賦活化します。補気剤の補中益気湯(ほちゅうえっきとう)は、T細胞のTh1タイプへの機能分化を優位にするように作用することが報告されています。気血の両方を補う漢方薬の代表である人参養栄湯(にんじんようえいとう)や十全大補湯(じゅうぜんたいほとう)はさらに骨髄造血機能を回復させる効果も証明されています。このように補剤には生体防御のひずみを是正してT細胞の機能分化を調整し、特に栄養不全・加齢・ストレスや慢性疾患における細胞性免疫機能の低下を改善する作用が期待できます。
補中益気湯などの補剤にはマクロファージの活性化、リンパ球数の増加、NK細胞活性化などの免疫増強作用が報告されています。このような作用は補中益気湯がTh1細胞を活性化することで説明されています。低下したTh1細胞の活性を上げるという補中益気湯の効果は、老化に伴う抗腫瘍免疫の低下を回復させることや、真菌や細菌に対する感染防御力を高めることなど、多くの実験結果からも支持されています。
【粘膜の抵抗力を高める滋陰薬】
漢方では体液を「陰液」と呼び、生理的な体液成分が不足した状態を「陰虚」、陰虚を補う生薬を「滋陰薬」と言います。進行がんでは、体液が消耗した陰虚の状態に陥りやすくなっています。体液の不足は抵抗力の低下と密接に関連しており、陰虚の状態では滋陰剤が抵抗力回復に必要です。
空気を取り入れる呼吸器(鼻・喉・気管支・肺)や、食物を消化吸収する消化器(口・食道・胃・腸)の表面は、粘膜で被われています。粘膜は粘液を出してその表面を潤し、またその粘液中には種々の殺菌物質や免疫物質(IgAなど)を保持し体の第1次防御の要としての役割を担っています。
したがって、体液の不足(陰虚)では粘膜が乾燥して、粘膜の感染に対する抵抗力を失うことになり、風邪などの感染症に罹りやすくなります。陰虚を補う滋陰薬としては、麦門冬・天門冬・山茱萸・五味子・地黄・玄参などがあります。
体液不足と免疫力低下した状態には、滋陰薬(麦門冬など)と滋潤作用のある補気薬(人参・甘草など)の併用が有効です。生脈散(人参・麦門冬・五味子)は、気陰双補の基本方剤で、構成生薬の3薬すべてが強心・中枢の興奮に働き、脱水を防止するとともに、元気をつけ抵抗力を強める効果があります。がん病態における気陰両虚の基本として配合されます。
【清熱解毒薬には抗菌成分が含まれる】
「清熱解毒」という薬効を西洋医学的に解釈すると、抗炎症作用と体に害になるものを除去する作用に相当します。体に害になるものとして、活性酸素やフリーラジカル、細菌やウイルスなどの病原体、環境中の発がん物質などが考えられますが、「清熱解毒薬」には、抗炎症作用、抗酸化作用、フリーラジカル消去作用、抗菌・抗ウイルス作用、解毒酵素活性化作用などがあります。
清熱解毒薬に分類される生薬としては、黄連・黄ごん・黄柏・山梔子・夏枯草・半枝蓮・白花蛇舌草・竜葵・板藍根・大青葉などがあり、感染症や化膿性疾患に使用されるていますが、がんの予防や治療においても有用な生薬です。抗がん生薬の多くは清熱解毒薬に分類されるものが多く、清熱解毒法はがんの漢方治療に最も常用されている治療法です。
このような清熱解毒薬は抗菌成分を多く含むので、細菌感染症における抗菌の目的では有効ですが、抗菌作用を持つものの中にはNF-κB活性を阻害する成分もあるので、免疫増強作用をもつ生薬と清熱解毒薬を併用するときは、そのバランスに注意が必要です。
以上のように、感染症に対する体の抵抗力を高めるためには、免疫細胞を活性化するベータグルカンのサプリメントだけでは不十分であることが明らかです。漢方治療は、免疫細胞活性化に加えて、栄養状態や血液循環や諸臓器の働きを良くして免疫力が高まる状態を作り、さらに皮膚や粘膜のバリヤーを強化し、抗菌作用を持った成分の働きも加わって、感染症に対する抵抗力を総合的に高めます。さらに腸内細菌叢を乳酸菌優位にすることも抵抗力増強に寄与しています。このように漢方薬には多くの側面から抵抗力を高めるので、抵抗力を高める目的では、ベータグルカンのサプリメントより漢方薬が圧倒的に優れていると言えます。
(漢方煎じ薬についてはこちらへ)
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