908) マラリア原虫とがん細胞を死滅するアルテミシニン誘導体

図:マラリア治療薬のアルテミシニン誘導体は、マラリア原虫とがん細胞を同様のメカニズムで死滅する。

908) マラリア原虫とがん細胞を死滅するアルテミシニン誘導体

https://www.youtube.com/watch?v=7uYmvk3NlGw

【マラリアは蚊と肝臓と赤血球の中で増殖する】
マラリアは、マラリア原虫(Plasmodiumという寄生虫によって引き起こされる病気です。ハマダラカ(Anophelesという種類の蚊が媒介し、人間に感染させます。マラリアは、特に熱帯地域や亜熱帯地域で多く見られます。

蚊が感染者の血液を吸うと、マラリア原虫が蚊の体内で増殖し、再び他の人を刺すことによって感染が広がります。
マラリア原虫の感染サイクルは複雑で二段階のサイクルを含んでいます。一つは蚊の体内でのサイクル、もう一つはヒトの体内でのサイクルです。これらのサイクルが交互に繰り返されることで、マラリアが広がります。(下図)

図:蚊がマラリア感染者の血を吸うことによってマラリア原虫を吸い込む(①)。蚊の体内でマラリア原虫が増殖する(②)。感染した蚊がヒトを刺すと、マラリア原虫がヒトの血流に注入される(③)。血流を通じて肝臓に到達し、肝細胞内で増殖する(④)。肝臓の細胞を破壊して血流に放出され、赤血球に侵入する(⑤)。赤血球内で増殖し、赤血球を破壊してマラリア原虫は放出され、他の赤血球に感染する(⑥)。蚊とヒトの間でこのサイクルが交互に繰り返されることによって、マラリアが伝播していく。

蚊の体内で有性生殖を行った後、寄生虫は吸血中にヒト宿主に侵入し、肝細胞で無性生殖した後、赤血球に侵入します。
血液期は 2~4 日ごとに再発する発熱を伴います。この段階では、寄生虫はメロゾイトからリング(環状体)、トロフォゾイト(栄養体)を経て成熟したシゾント(分裂体)に成長し、その後赤血球から飛び出して新しい赤血球に侵入します。その過程を下図に示します。

図:肝臓から放出されたメロゾイトが赤血球に感染する(①)。リング状の構造を形成し、赤血球内の栄養を取り込み、成長を始める(②)。トロフォゾイト(栄養体)は赤血球のヘモグロビンを分解し、アミノ酸を栄養として利用する(③)。ヘモグロビンが分解してできた鉄とヘム分子が結合して結晶化したヘモゾインを食胞内に蓄積する(④)。原虫は核分裂を繰り返し、多数の新しいメロゾイトを形成する(⑤)。分裂体が赤血球を破壊して裂け、新しいメロゾイトが血中に放出される(⑥)。放出されたメロゾイトは新たな赤血球に侵入し、サイクルが繰り返えされる(⑥)。

【マラリア原虫は赤血球のヘモグロビンを分解してヘムを体内に蓄積する】
マラリア原虫のトロフォゾイト(栄養体)が赤血球内で増殖する時、ヘモグロビンを分解してできるアミノ酸を栄養として利用します。
ヘモグロビンは、赤血球に含まれる鉄を含んだタンパク質で、酸素を肺から体の各部位に運ぶ役割を担っています。

ヘモグロビンは、4つのポリペプチド鎖(α鎖とβ鎖)から構成され、各鎖に1つのヘム基という鉄を含む分子が結合しています。この鉄が酸素と結びつくため、酸素運搬に重要な役割を果たします。(下図)

図:ヘモグロビンは赤血球内に存在する酸素運搬タンパク質。4つのポリペプチド鎖(サブユニット)から構成され、それぞれのサブユニットに1つのヘムが結合している。ヘムの中心にある鉄イオン(Fe2+)が酸素分子と結合する。

代謝が活発なトロフォゾイト(栄養体)は大量の赤血球ヘモグロビンを消化します。グロビンタンパク質を分解してアミノ酸を栄養として取り込みます。その結果放出されるヘムは毒性があるので、食胞(消化液胞) 中のヘムが重合して結晶化してヘモゾインという物質を作ります。ヘモゾインはフリーのヘムの毒性を防ぐために形成されます。

【アルテミシニン誘導体はヘモゾイン中のヘムや鉄と反応して活性酸素を産生する】
1970年代から80年代にかけて、中国の科学者らが伝統的な薬草である青蒿(Artemisia annua)からアルテミシニンを単離し、その誘導体であるジヒドロアルテミシニンアルテメーターアルテスネネイトを製造したことは、20世紀後半の医学における偉大な出来事の1つです。アルテミシニンはマラリアの化学療法の最も重要な成分となりました。

図:中国の屠呦呦(Tu Youyou)博士は、古くからマラリアの治療に利用されてきた青蒿(せいこう)という薬草から活性成分としてアルテミシニンを発見した。アルテミシニンおよびその誘導体(アルテスネイト、アルテメーター)は、マラリアの治療薬として世界中で使用されている。屠博士は、この業績により 2015年度のノーベル医学生理学賞を受賞した。

アルテミシニン誘導体にはトリオキサン(trioxane)という3つの酸素原子を含む環状構造を持ち、この構造がアルテスネイトの薬理作用と関連します。
すなわち、トリオキサン環のエンドペルオキシド華僑(-O-O-)がヘムや鉄(Fe2+)で開裂すると活性酸素種を生成します。
エンドペルオキシド華僑が開裂して活性化したアルテスネイトは、活性酸素種の生成だけでなく、様々なタンパク質のアルキル化やDNAのダメージによって抗腫瘍活性を示します。

図:トリオキサン(trioxane)は3つの酸素原子を含む環状構造を持つ化合物。この構造がアルテスネイトの薬理効果(抗マラリア作用、抗がん作用)と関連する。

エンドペルオキシド架橋(-O-O-)にヘムの鉄が反応することによって、活性酸素種や炭素ラジカルが発生します(下図)。

図:エンドペルオキシド架橋(-O-O-)の青い酸素(O)にヘムの鉄(Fe2+)がアタックすると、赤い酸素(O)がフリーラジカル(O)になり、のちに炭素ラジカル(C)が形成される(上のルート)。エンドペルオキシド架橋(-O-O-)の赤い酸素(O)にヘムの鉄(Fe2+)がアタックすると、青い酸素(O)がフリーラジカル(O)になり、のちに炭素ラジカル(C)が形成される(下のルート)。このようにしてアルテミシンおよびアルテミシニン誘導体は活性酸素種と炭素ラジカルを発生する。

これらのフリーラジカルがタンパク質や脂質やDNAにダメージを与えることによってマラリア原虫を死滅します。(下図)

図:赤血球内で増殖するマラリア原虫のトロフォゾイト(栄養体)は赤血球のヘモグロビンを分解し、アミノ酸を栄養として利用する。ヘモグロビンが分解してできた鉄とヘム分子が結合して結晶化したヘモゾインを食胞内に蓄積する(①)。ヘモゾインに含まれる大量のヘムと鉄(Fe2+)はアルテミシンのペルオキシド架橋に作用して活性化する(②)。活性化したアルテミシニン(③)は、活性酸素の産生、タンパク質のアルキル化、DNAや脂質のダメージを引き起こす(④)。その結果、赤血球内に感染しているマラリア原虫を死滅する(⑤)。

【フェロトーシスは鉄介在性の細胞死】
細胞死のメカニズムとしてアポトーシスやネクローシスなどがあります。
アポトーシス(Apoptosis)は正常細胞が老化して新しい細胞に置き換わるような、生体の細胞回転で使われる細胞死のパターンです。免疫細胞や炎症細胞が気づかないような死に方をします。

一方、脳梗塞や心筋梗塞のような虚血や、火傷や毒物による細胞傷害では、壊死(ネクローシス)という細胞死を起こして、細胞が崩壊して炎症反応が引き起こされます。ネクローシスの場合は組織の傷害を生体に知らせて、防御と修復を起こす必要があるからです。

最近、フェロトーシス(Ferroptosis)という細胞死が提唱されています。「フェロ(Ferro)」は鉄という意味で、「ptosis」は「下垂する」という意味で、「枯れ葉が枝から落ちる様から細胞の死を意味」します。
フェロトーシスでは,鉄依存的な活性酸素種の発生と過酸化した脂質の蓄積によって,細胞死が起こります。細胞内の鉄に依存する機構であり,ほかの金属類には依存しません。(下図)

図:二価の鉄イオン(Fe2+)と酸素(O2)が介在した機序で、脂質の酸化が強く起こり、脂質二重層の破綻によって誘導される細胞死をフェロトーシスという。

がん細胞は鉄の取り込みが増え、がん細胞内にはフリーの2価鉄が多く蓄積しています。さらに、ヘムの合成が亢進しています。
つまり、アルテスネイトを使うと、マラリア原虫を死滅するのと似たメカニズムでがん細胞を死滅できます。
すなわち、がん細胞では鉄の取込みが亢進しており、さらにミトコンドリアでのヘムの合成が亢進しています

この細胞内の鉄とヘムがアルテスネイトが反応して細胞内で活性酸素を産生させ、脂質過酸化などの細胞傷害を引き起こすと考えられています。2015年頃から、「アルテミシニン誘導体は腫瘍細胞に鉄依存性細胞死(フェロトーシス)を誘導する」 という内容の研究結果が複数報告されています。

正常細胞は鉄の含有量が少なく、がん細胞では鉄の含有量が多いので、アルテスネイトはがん細胞に選択的にフェロトーシスによる細胞死を誘導することが示されています。
この場合、抗酸化剤を投与すると細胞死が阻止されます。つまり、がん細胞内に多く含まれる鉄イオンとアルテスネイトが反応して活性酸素が産生されることが細胞死のメカニズムだからです。 

図:がん細胞はトランスフェリン受容体(①)の発現が亢進し、鉄(②)の取り込みが増え、がん細胞は鉄を多く含む。2価の鉄イオン(Fe2+)と酸素(O2)が介在した機序で活性酸素の産生が増え(③)、脂質の酸化が強く起こり(④)、細胞膜の脂質二重層が破綻し(⑤)、細胞死(フェロトーシス)が誘導される(⑥)。正常細胞は鉄の含有量が少ないので、フェロトーシスは起こりにくい(⑦)。

つまり、アルテミシニンおよびアルテミシニン誘導体のエンドペルオキシド架橋が、鉄(Fe2+ヘムによって開裂して活性酸素や炭素ラジカルが発生し、これらのフリーラジカルが、細胞膜やDNAやタンパク質にダメージを与えて、細胞を死滅します。正常細胞に比べてがん細胞はフリーの二価鉄(Fe2+)やヘムが多く含まれるので、がん細胞が比較的選択的にダメージを受けます

図:アルテミシニンとその誘導体のエンドペルオキシド架橋が二価鉄(Fe2+)とヘムで開裂すると、活性化したアルテミシニンは活性酸素の産生を増加し、タンパク質のアルキル化、DNAや細胞膜のダメージを引き起こして抗腫瘍作用を発揮する。

つまり、アルテミシニンやその誘導体のアルテスネイトは、鉄やヘムと反応してエンドペルオキシド架橋が開裂して活性酸素を発生するという共通のメカニズムで、マラリア原虫とがん細胞を死滅するのです。(下図)

図:アルテミシニンおよびその誘導体(アルテスネイト、アルテメーター)は赤血球内に感染しているマラリア原虫を死滅するのでマラリア治療に使われている。さらに、がん細胞に作用してフェロトーシスを誘導して死滅する作用があり、がん治療にも使用されている。

アルテミシニンおよびアルテミシニン誘導体を用いた、がん細胞のフェロトーシス誘導療法については以下の動画で解説しています。

https://www.youtube.com/watch?v=7uYmvk3NlGw

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