がんの予防や治療における漢方治療の存在意義を考察しています。がん治療に役立つ情報も紹介しています。
「漢方がん治療」を考える
901)がん細胞を狙い撃つ注目の最新がん治療:フェロトーシス誘導療法
図:エネルギー産生や物質代謝におけるがん細胞と正常細胞の違いをターゲットにすれば、がん細胞を選択的に死滅することができる。その方法としてフェロトーシス誘導療法が注目されている。アルテスネイト、5-アミノレブリン酸、鉄、ジクロロ酢酸ナトリウム、メトホルミン、2-デオキシ-D-グルコース、ジスルフィラム、高濃度ビタミンC点滴、スルファサラジン、ドコサヘキサエン酸、ドキシサイクリン、ケトン食、抗がん剤、放射線治療などを組み合わせると、がん細胞に選択的にフェロトーシスによる細胞死を誘導できる。
901)がん細胞を狙い撃つ注目の最新がん治療:フェロトーシス誘導療法
【正常細胞とがん細胞の違いががん治療のターゲットになる】
様々ながん治療法は、がん細胞と正常細胞の違いをターゲットにしています。
がん細胞は正常細胞に比べて細胞増殖が亢進しているので、DNAの合成や複製の過程、細胞分裂のメカニズム(微小管の働きなど)、増殖シグナル伝達系を阻害すると、がん細胞の増殖を抑え細胞死を誘導できます。
しかし、正常細胞でも骨髄細胞や消化管粘膜上皮細胞や免疫組織(リンパ球)や毛根細胞も盛んに細胞分裂を行っているので、細胞増殖を阻害する抗がん剤は、骨髄抑制(白血球減少、血小板減少、貧血)や消化管障害(食欲低下、吐き気、嘔吐、便通異常など)や免疫力低下(リンパ球の減少)や脱毛などの副作用が出てきます。
エネルギー代謝と物質合成においても、がん細胞ではグルコース(ブドウ糖)の取り込みが増え、解糖系でのグルコース代謝が亢進しています。解糖系は細胞質で酸素を使わずにグルコースを分解する代謝経路で、乳酸の産生が増えて、がん組織は酸性化します。
がん組織の酸性化は、がん細胞の増殖や転移や血管新生を促進し、免疫細胞の働きを抑制し、抗がん剤が効きにくくなります。したがって、解糖系の阻害と乳酸産生の抑制は、がん細胞の増殖抑制と細胞死誘導に有効です。
増殖活性の高いがん細胞は細胞内の鉄の含有量が正常細胞に比べて極めて多いという特徴があります。鉄は細胞内で活性酸素の産生を増やします。
5-アミノレブリン酸を体外から投与すると、5-アミノレブリン酸はがん細胞に多く取り込まれ、プロトポルフィリンIXの産生が増え、ミトコンドリア内で活性酸素の産生が増えます。
がん細胞に多く取り込まれる鉄や5-アミノレブリン酸を利用してがん細胞を死滅させる治療法が注目されています。
【がん細胞は鉄を多く取り込んでいる】
私たちの体内には、体重60kgで平均4g程度(2~6gくらい)の鉄が存在します。鉄は全て食事から体内に摂取しています。鉄は酸素などの小さな分子と強く特異的に結合する性質があります。体内の鉄の60%くらいはヘモグロビンのヘムとして存在します。
ヘム(Heme)は2価の鉄原子とポルフィリン(プロトポルフィリンIX)から成る錯体で、赤血球中のヘモグロビンは、ヘムの鉄原子が酸素分子と結合することで酸素を運搬します。
ミトコンドリアの電子伝達系(呼吸鎖)にあるシトクロムというタンパク質はヘムを含んでおり、これがエネルギー生成の過程で電子を輸送します。
図:ヘモグロビンはα鎖とβ鎖と呼ばれる2種類のサブユニットから構成される四量体構造をしている。各サブユニットには1つのヘムが結合している。ヘム(Heme)は2価の鉄原子とポルフィリン(プロトポルフィリンIX)から成る錯体で、赤血球中のヘモグロビンは、ヘムの鉄原子が酸素分子と結合することで酸素を運搬する。
鉄はイオンの価数が変化する遷移金属で、簡単に2価イオン(Fe2+)と3価イオン(Fe3+)の両方の型を行き来するので、電子の移動を伴う生体反応に利用されています。例えば、NADPHオキシダーゼ、キサンチンオキシダーゼ、リポキシゲナーゼ、チトクロームP450酵素など多くの酵素の活性に必要です。ペルオキシソームで過酸化水素(H2O2)を分解するカタラーゼの活性にも鉄は必須になっています。
このように、鉄イオンは細胞の呼吸、核酸合成、増殖などに必須な補助因子として重要な役割を果たしています。したがって、細胞増殖が亢進したがん細胞は鉄の需要が増え、鉄の取り込みが増えています。
血液中では鉄イオンはトランスフェリンというタンパク質に結合して細胞まで運ばれます。1つのトランスフェリンに2つの3価鉄(Fe3+)が結合します。トランスフェリンは細胞膜にあるトランスフェリン受容体と結合して細胞内に取り込まれ、リソソーム内の酸性の環境で鉄イオンが解離し2価の鉄(Fe2+)になります。
フリーの2価鉄イオンは細胞質鉄プールとして蓄積され、DNA合成、細胞周期の制御、ミトコンドリアでのATP産生などに必須の働きを担っています。
しかし、細胞質の2価鉄イオンは過酸化水素(H2O2)と反応して酸化作用の強いヒドロキシラジカル(・OH)を発生させ、酸化傷害を引き起こす作用もあります。(図)
図:1分子のトランスフェリンは3価の鉄イオン(Fe3+)を2個運搬できる(①)。細胞膜に存在するトランスフェリン受容体(TFR)に3価鉄イオンを結合したトランスフェリンが結合すると、この複合体は細胞内に取り込まれる(②)。エンドソーム内の酸性の環境では、鉄イオンはトランスフェリンから離れ、3価の鉄イオン(Fe3+)は2価の鉄イオン(Fe2+)に還元される(③)。2価の鉄イオンは細胞質に移行し、細胞内の鉄プールに入る(④)。鉄イオンはDNAの合成と修復、細胞周期、エネルギー産生、ヘム合成、鉄-イオウ(Fe-S)クラスター合成など様々な生理機能に利用される(⑤)。余剰の鉄イオンは鉄貯蔵タンパク質のフェリチンの中に貯蔵される(⑥)。細胞質の2価鉄イオンは過酸化水素(H2O2)と反応して酸化作用の強いヒドロキシラジカル(・OH)を発生させ、酸化傷害を引き起こす(⑦)。
【2価鉄イオン(Fe2+)はフリーラジカルを発生して細胞を傷害する】
増殖活性の高いがん細胞は、細胞膜のトランスフェリン受容体の発現量が増え、正常細胞に比べて鉄の取り込みが増えています。さらに、細胞内の鉄イオンの調節に破綻をきたし、酸化還元活性のあるフリーの2価鉄イオン(Fe2+)が過剰に存在する状況になっています。
鉄は電子の授受を容易に行いうることから種々の酵素の活性中心として働いており、地球上のほぼ全ての生物にとって必須の元素です。
しかし一方で、2価鉄(Fe2+)が過剰に存在すると、その高い反応性ゆえにフリーラジカルの産生を促進し細胞に対する傷害性をもたらします。2価のフリーの鉄は過酸化水素(H2O2)と反応してより有毒なヒドロキシルラジカルを生じ、DNA傷害、脂質酸化、細胞死などを引き起こすのです。
慢性炎症組織やがん組織では鉄イオンの調節に破綻をきたし、フリーの2価鉄(Fe2+)が過剰に存在する状況になっています。がん細胞内に過剰な2価鉄イオンが存在することを利用して、がん細胞を選択的に死滅させる治療が検討されています。すなわち、がん細胞および腫瘍組織には2価鉄イオン(Fe2+)が大量に蓄積しているので、この鉄イオンと反応して活性酸素を発生させる方法は、がん細胞への毒性を選択的に高めることができ、新規のがん治療法になります。
鉄と反応して活性酸素を生成する薬として、マラリア治療薬のアルテミシニン誘導体があります。近年、がん治療の領域においてアルテミシニン誘導体によるフェロトーシス誘導作用が注目されています。
【フェロトーシスは鉄介在性の細胞死】
細胞死のメカニズムとしてアポトーシスやネクローシス(壊死)などがあります。
アポトーシス(Apoptosis)は正常細胞が老化して新しい細胞に置き換わるような、生体の細胞回転(細胞の交代)で使われる細胞死のパターンです。免疫細胞や炎症細胞が反応しないような死に方をします。
一方、脳梗塞や心筋梗塞のような虚血や、火傷や毒物による細胞傷害では、壊死(ネクローシス)という細胞死を起こして、細胞が崩壊して炎症反応が引き起こされます。ネクローシスの場合は組織の傷害を生体に知らせて、防御と修復を起こす必要があるからです。
これらの古くからある細胞死に新しく加わったのが、2012年に提唱されたフェロトーシス(Ferroptosis)です。「フェロ(Ferro)」は鉄という意味です。「ptosis」は「下垂する」という意味で、枯れ葉が枝から落ちる様から細胞の死を意味します。つまり、フェロトーシスは「鉄が介在する細胞死」を表しているのです。
フェロトーシスでは、鉄依存的な活性酸素種の発生と過酸化した脂質の蓄積によって細胞死が起こります。細胞内の鉄に依存する機構であり、他の金属類には依存しません。
がん細胞は鉄の取り込みが増えており、鉄介在性に活性酸素の産生が増え、細胞膜の脂質の過酸化が蓄積して細胞死が起こります。この鉄介在性の細胞死をフェロトーシスといいます。(図)
図:2価の鉄イオン(Fe2+)と酸素(O2)が介在した機序で脂質の酸化が強く起こり、細胞膜の脂質二重層の破綻によって誘導される細胞死をフェロトーシスという。
【アルテミシニン誘導体は抗マラリア薬として開発された】
鉄と反応して活性酸素を生成する薬として、マラリア治療薬のアルテミシニン誘導体があります。近年、がん治療の領域においてアルテミシニン誘導体によるフェロトーシス誘導作用が注目されています。
マラリア治療薬のアルテミシニン誘導体は、比較的新しい薬です。青蒿(セイコウ:Artemisia annua)というキク科の薬草は中国伝統医学でマラリアなど様々な感染症や炎症性疾患の治療に古くから使用されていました。
青蒿に含まれる抗マラリア作用の活性成分がアルテミシニン(Artemisinin)で、その効果を高めたアルテスネイト(Artesunate)とアルテメーター(Artemether)という2種類の誘導体が合成されています。これらは現在、マラリアの治療薬として世界中で使用されています(図)。
図:アルテミシニンおよびその誘導体(アルテスネイト、アルテメーター)は、マラリアの治療薬として使用されている。抗がん作用があることから、がんの代替医療にも使用されている。
青蒿からアルテミシニンを発見して抗マラリア薬を開発した中国の女性科学者の屠呦呦(Tu Youyou)博士は、2015年のノーベル生理学・医学賞を受賞しています。マラリアは熱帯・亜熱帯地域に広く分布し、最近のデータでも全世界で年間2億人以上が発症し、死者は50万人以上と言われる感染症です。
その治療薬のアルテミシニン誘導体の開発は、「伝統薬から開発された医薬品としては20世紀後半における最大の業績」という表現がなされているほど、医学において重要な成果だと言われています。
青蒿(セイコウ)という生薬は強力な解熱作用があり、中国医学でマラリアなど様々な感染症や炎症性性疾患の治療に古くから使用されていました。1972年に中国の湖南省長沙市の郊外で発掘された馬王堆漢墓は2100年以上前に作られた墓(古墳)ですが、その中から見つかった「五十二病方」という医書の中にも青蒿が記載されています。青蒿はartemisia annuaという植物です。artemisiaとはヨモギのことで、青蒿はキク科ヨモギ属の植物です。
ベトナム戦争中に南ベトナムで組織された南ベトナム解放民族戦線(通称ベトコン)を援助するために中国軍がベトナム戦争に従軍しましたが、密林でマラリアに感染して病死する兵士が多く、そこで毛沢東の命令でマラリヤの治療薬の開発が国家プロジェクトとして1967年に開始されました。その指揮を取ったのが、当時37歳の屠博士でした。屠博士は1970年代に、その薬効成分のアルテミシニンを分離し、アルテミシニンやその誘導体のアルテスネイトやアルテメーターの抗マラリア薬としての有効性を確認しました。
アルテミシニンおよびその誘導体(アルテスネイト、アルテメーター)は分子の中に鉄イオンと反応してフリーラジカルを産生するエンドペルオキシド・ブリッジ(endoperoxide bridge)を持っています。
アルテスネイトは、非常に低濃度で体内のマラリア原虫を死滅させます。マラリア原虫は赤血球内に感染します。マラリア原虫が感染した赤血球内では、マラリア原虫によって赤血球中のヘモグロビンが分解してフリーの鉄やヘムが蓄積し、その鉄やヘムとアルテスネイトが反応してフリーラジカルが赤血球中で発生してマラリア原虫を死滅させると考えられています。つまり、赤血球内のマラリア原虫の周りにはフリーの鉄やヘムが多く存在するので、アルテスネイトの効果が出やすいのです。(図)
図:マラリア原虫は赤血球に感染する(①)。アルテスネイトは分子内にエンドペルオキシド・ブリッジ(endoperoxide bridge)を有し(②)、これはフリーの鉄イオンやヘムと反応して活性酸素を発生する(③)。マラリア原虫が感染した赤血球ではヘモグロビンが分解したフリーの鉄イオンやヘムが多量に存在し、アルテスネイトと反応して赤血球内で発生した活性酸素がマラリア原虫を死滅する。
【アルテスネイトはがん細胞内の鉄イオンと反応して細胞死を誘導する】
アルテスネイトの抗がん作用のメカニズムで最も重要なのが、がん細胞にフェロトーシスを誘導する作用です。がん細胞は鉄を多く取り込んでいるので、その鉄と反応してフリーラジカルを産生してがん細胞を死滅させるという作用機序です。
図:がん細胞は細胞内に鉄を多く含む(①)。アルテスネイトは分子内にエンドペルオキシド・ブリッジ(endoperoxide bridge)を持つ(②)。このエンドペルオキシド・ブリッジは細胞内の鉄と反応してフリーラジカルを産生し、フェロトーシスの機序で細胞死を誘導する(③)。一方、正常細胞は鉄の含有が少ないので、アルテスネイトによる細胞傷害を受けない(④)。
鉄は細胞増殖に必要なため、がん細胞はトランスフェリン受容体の発現量を増やして鉄を多く取り込んでいます。細胞分裂の早いがん細胞ほど鉄を多く取り込んでいると言われています。したがって、がん細胞内の鉄と反応してフリーラジカルを発生するアルテスネイトは、正常細胞を傷つけずにがん細胞に選択的に傷害を与えることができます。
アルテスネイトによってがんや肉腫が縮小した臨床報告もあり、人間における腫瘍に対しても有効であることが明らかになっています。進行した肺がんの抗がん剤治療にアルテスネイトを併用すると抗腫瘍効果が高まることが、中国で行われたランダム化比較試験で報告されています。その他、乳がんや大腸がんや悪性黒色腫などでも、臨床試験での有効性が示されています。
私は20年以上前からアルテスネイトを使ったがんの代替療法を行っていますが、副作用をほとんど認めず、確実な抗腫瘍作用を多くの症例で経験しています。
【5-アミノレブリン酸と鉄剤はフェロトーシスを増強する】
5-アミノレブリン酸(5-ALA)は正常細胞のミトコンドリアを活性化するので抗老化のサプリメントとして利用されています。がん細胞に対してはミトコンドリアでの活性酸素の産生を増やし、フェロトーシスを促進します。
鉄と5-ALAはがん細胞に多く取り込まれる性質があるため、アルテスネイトと鉄剤と5-ALAの組み合わせはがん細胞のフェロトーシス誘導を増強するのです。
5-アミノレブリン酸 (5-aminolevulinic acid:5-ALA) は、炭素数5で分子量131の動物および植物のミトコンドリアによって生合成される天然のアミノ酸です。ミトコンドリアの中でアミノ酸の一種のグリシンと、クエン酸回路(TCA回路)で生成されるスクシニルCoAという2つの物質から作られます。
ミトコンドリアの中でグリシンとスクシニルCoAから生成された5-アミノレブリン酸は、一度ミトコンドリアの外に出て行きます。細胞質内で何種類かのポルフィリンという物質に変化し、再びミトコンドリアに戻ってきます。そして、最終的にプロトポルフィリンIXに変わります。このプロトポルフィリンIXに鉄がくっついてできたのが「ヘム」という物質です。(図)
図:ミトコンドリアの中でグリシンとスクシニルCoAから合成された5-アミノレブリン酸は、ミトコンドリアの外に出て、細胞質内で何種類かのポルフィリンに変化し、コプロポリフィリノーゲンになって再びミトコンドリアに取り込まれ、最終的にプロトポルフィリンIXに変わる。このプロトポルフィリンIXに鉄が結合してヘムという物質が作られる。
動物細胞では、8分子の5-アミノレブリン酸がポルフィリン環を形成して、中心に2価鉄が配位されてヘムになります。植物細胞ではプロトポルフィリンIXはマグネシウムと結合してクロロフィル(葉緑素)になります。クロロフィルは植物が光合成をする上でなくてはならない物質です。
ポルフィリンは、鉄・銅・亜鉛などの金属イオンと結合してヘムやクロロフィルなどを形成します。これらの化合物は、生物体内で酸素の運搬(ヘモグロビンとミオグロビン)、電子の移動(シトクロム)、光合成(クロロフィル)など生命維持に必要な多くの化学反応に関与しています。(図)
図:5-アミノレブリン酸はプロトポルフィリンIXになり、鉄(Fe)が結合してヘムになる。ヘムはヘモグロビンやシトクロム、カタラーゼ、P450など多くのヘムタンパク質を構成し、細胞内で重要な働きを担っている。植物では、プロトポルフィリンIXにマグネシウム(Mg)が配位されるとクロロフィル(葉緑素)となり、光合成に寄与する。
【フリーの鉄よりヘムの方がアルテスネイトの抗がん作用を増強する】
フリーの鉄よりヘムの方がアルテスネイトの抗がん作用を増強することが報告されています。
アルテミシニン誘導体は、活性酸素の産生を介して抗マラリア活性を発揮すると考えられます。ヘム、無機鉄、ヘモグロビンは全て、アルテミシニンと反応して活性酸素を産生する分子として関与していると考えられています。そこで、アルテミシニンと様々な酸化還元形態のヘム、第一鉄、脱酸素化ヘモグロビンおよび酸素化ヘモグロビンとの反応を分析しました。その結果、ヘムは他の鉄含有分子よりもはるかに効率的にアルテミシニンと反応し、活性酸素の産生を高めました。
ヒトがん細胞株のHeLa細胞と、HeLa細胞のミトコンドリアDNAを欠損させた細胞(HeLaρ0)の2種類のがん細胞株を用いてアルテスネイトの抗腫瘍活性を比較した実験があります。ミトコンドリアは固有のDNA(ミトコンドリアDNA)を持ち、このミトコンドリアDNAには呼吸酵素複合体IからVを構成する85種類のサブユニットのうち13種類のタンパク質を作成する遺伝子が存在します。従って、ミトコンドリアDNAを欠失させるとミトコンドリアでの酸化的リン酸化によるATP産生が起こらなくなります。
ミトコンドリアDNAが欠損しても、酸化的リン酸化以外のミトコンドリアの機能は維持できます。がん細胞はミトコンドリアでの酸素を使ったATP産生を行わなくても、解糖系でATPを賄うことができるので、酸化的リン酸化が障害されても生存と増殖はできます。
アルテスネイト存在下で48時間培養した場合の50%細胞致死量はHeLa細胞が6±3μMで、ミトコンドリアDNAを欠損したHeLaρ0細胞では34±5μMでした。つまり、ミトコンドリアでの酸化的リン酸化が低下しているとアルテスネイトの殺細胞作用が減弱するという結果です。これは、ミトコンドリアの酸化的リン酸化を亢進するとアルテスネイトの抗がん作用を増強できることを意味しています。
また、アルテスネイトの殺細胞作用は、細胞のヘムの合成を亢進すると増強し、ヘムの合成を阻害すると減弱することが示されています。つまり、アルテスネイトの殺細胞作用の活性化にはヘムの存在が重要であることを明らかにしています。
以上の実験結果は、ミトコンドリアの酸化的リン酸化の活性化とヘム合成の亢進はアルテスネイトの殺細胞作用を増強できることを意味しています。
これは、ミトコンドリアの酸化的リン酸化を亢進する5-アミノレブリン酸とジクロロ酢酸ナトリウムがアルテスネイトの抗腫瘍効果を増強する理由になります。
【5-アミノレブリン酸はヘムの合成を亢進してアルテスネイトの抗腫瘍効果を増強する】
アルテスネイトなどのアルテミシニン誘導体の殺細胞作用は正常細胞に比べてがん細胞に強く発現します。その理由として、がん細胞ではヘムの合成が亢進していることが指摘されています。実際に、ヘム合成の前駆物質の5-アミノレブリン酸を添加してがん細胞のヘム合成を亢進するとアルテミシンの抗腫瘍活性が亢進することが示されています。
マウスの移植腫瘍を用いた実験でも、アルテミシン単独よりもアルテミシン+5-アミノレブリン酸の併用の方が抗腫瘍効果が高くなることを示しています。
アルテスネイトは活性酸素を発生させてがん細胞を死滅します。鉄剤(クエン酸第一鉄ナトリウム)と5-アミノレブリン酸を併用すると活性酸素の産生量を増やし、アルテスネイトの抗腫瘍効果を高めることができます。鉄剤と5-アミノレブリン酸をがん細胞に取り込ませてからアルテスネイトを投与すると、アルテスネイトによるフェロトーシス誘導を促進できます。(図)
図:トランスフェリンは3価の鉄イオン(Fe3+)を運搬し(①)、細胞膜に存在するトランスフェリン受容体(TFR)に結合すると、この複合体は細胞内に取り込まれる(②)。エンドソーム内の酸性の環境では、鉄イオンはトランスフェリンから離れ、3価の鉄イオン(Fe3+)は2価の鉄イオン(Fe2+)に還元される(③)。2価の鉄イオンは細胞質に移行して鉄プールに入り、細胞内の様々な目的で使用される(④)。アルテスネイト(⑤)は細胞質の2価鉄イオンと反応して活性酸素を発生させ(⑥)、過酸化脂質の蓄積を引き起こし(⑦)、フェロトーシスやアポトーシスによる細胞死を誘導する(⑧)。5-アミノレブリン酸(⑨)はミトコンドリアでのヘム合成を促進し(⑩)、ヘムはアルテスネイトと反応して活性酸素を発生する(⑪)。アルテスネイトと5-アミノレブリン酸と鉄剤のクエン酸第一鉄ナトリウム(⑫)を併用すると、がん細胞に特異的に細胞死を誘導できる。
【鉄代謝の観点からのフェロトーシス誘導療法のまとめ】
「がん細胞は鉄の取り込みが多く、がん細胞内にはフリーの2価鉄(Fe2+)が多く存在する」というのが、がん細胞に選択的にフェロトーシスを誘導できる根拠です。したがって、がん細胞にフェロトーシスを誘導するときの中心はアルテスネイト+5-アミノレブリン酸(5-ALA)+鉄剤です。これに抗酸化力を阻害する方法と酸化ストレスを高める方法を併用すれば、フェロトーシス誘導を増強できます。(図)
図:トランスフェリン(TF)は3価の鉄イオン(Fe3+)を運搬する(①)。細胞膜のトランスフェリン受容体(TFR)にトランスフェリンが結合すると細胞内に取り込まれる(②)。エンドソーム内の酸性の環境では鉄イオンはトランスフェリンから離れ、3価の鉄イオン(Fe3+)は2価の鉄イオン(Fe2+)に還元される(③)。2価の鉄イオンは細胞質に移行し、細胞内の様々な目的で使用される(④)。アルテスネイト+5-アミノレブリン酸(5-ALA)と高濃度ビタミンC点滴(⑤)はがん細胞内の2価の鉄イオン(Fe2+)と反応して活性酸素を発生し(⑥)、過酸化脂質の蓄積を引き起こし(⑦)、フェロトーシスによる細胞死を誘導する(⑧)。がん細胞はグルタチオンやグルタチンペルオキシダーゼ4(GPx4)の活性を高めて活性酸素を消去する(⑨)。スルファサラジンとメトホルミンはシスチン・トラスポーターの働きを阻害してグルタチオンの合成を阻害する(⑩)。2-デオキシ-D-グルコース(2-DG)とメトホルミンはATPとNADPHの産生を減らしてグルタチンペルオキシダーゼ4(GPx4)の活性を低下する(⑪)。ジスルフィラムとジクロロ酢酸ナトリウムとドキシサイクリンは活性酸素の産生を増やす(⑫)。鉄剤の投与はがん細胞内の鉄を増やしてフェロトーシスを促進する(⑬)。オメガ3系多価不飽和脂肪酸のドコサヘキサエン酸は細胞膜に取り込まれ、細胞膜の脂質過酸化を促進する(⑭)。これらは、がん細胞のフェロトーシス誘導において相乗効果を発揮する。
この治療法は「がん細胞は鉄を多く取り込み、がん細胞内にはフリーの2価の鉄イオン(Fe2+)が多く存在する」というがん細胞の特徴を利用しています。さらに「5-アミノレブリン酸と鉄はがん細胞に集積する」「5-アミノレブリン酸と鉄から合成されるヘムはアルテスネイトと反応して活性酸素の産生を高める」という現象がベースになっています。
さらに、がん細胞は解糖系が亢進し、ミトコンドリアの酸化的リン酸化が抑制されている代謝的特徴を有し、この「ワールブルグ効果」を是正する方法(メトホルミン、2-デオキシ-D-グルコース、ジクロロ酢酸ナトリウム、ケトン食など)は、様々なメカニズムでがん細胞の酸化ストレスを高め、フェロトーシスを増強します。「ミトコンドリアを活性化するとがん細胞は死滅する」というのがワールブルグ効果の是正をターゲットにしたがん治療の基本原理です。
がん細胞内で活性酸素の産生を増やす方法に加えて、抗酸化システムを阻害する方法を併用すれば、がん細胞の酸化ストレスを高めて自滅させることが可能になります。「がん細胞を劇的に崩壊させる」ことも可能になります。
この治療法で使用する薬やサプリメントによる副作用は軽微です。しかし、がん細胞の急激で大量の細胞死によって、高尿酸血症、高カリウム血症、代謝性アシドーシス、腎不全などの症状が現れることが稀にあります。これを腫瘍融解症候群と言います。腫瘍融解症候群は悪性リンパ腫や白血病や脳腫瘍でみられやすいので、これらの腫瘍の場合は特に注意が必要です。低用量から開始し、副作用の状況をみながら少しづつ増量する方法が推奨されます。
◉ がんのフェロトーシス誘導療法については以下のサイトで解説しています。
http://www.f-gtc.or.jp/ferroptosis-induction/ferroptosis.html
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