がんの予防や治療における漢方治療の存在意義を考察しています。がん治療に役立つ情報も紹介しています。
「漢方がん治療」を考える
175)体を元気にしてがん細胞を元気にしない方法
図:細胞は血中のグルコース(ブドウ糖)を取り入れ、解糖系、TCA回路、電子伝達系における酸化的リン酸化系を経て、エネルギー(ATP)を産生している。オットー・ワールブルグ博士は、がん細胞では酸素が十分に利用できる場合でも嫌気性解糖系でのエネルギー産生が主体であることを発見した。正常細胞とがん細胞のエネルギー産生の違いを利用すると、正常細胞を元気にして、同時にがん細胞を死滅させることができる。
175)体を元気にしてがん細胞を元気にしない方法
【体力と免疫力と高める治療には落とし穴もある】
がんの標準治療(手術、抗がん剤、放射線)の欠点は、正常組織や臓器にダメージを与えて、体力や免疫力や治癒力を低下させることです。適切な漢方治療は、体力や免疫力や回復力を高め、副作用や合併症を予防することができます。しかし、体力や免疫力を高めることが、がん治療の全ての場合にメリットがあるとは限りません。「体力と免疫力を高める」効果には落とし穴があります。
例えば、免疫細胞を活性化して免疫力を高めることは、リンパ球の腫瘍である悪性リンパ腫やリンパ性白血病の場合は、がん細胞の増殖を促進する場合があります。
また、キノコに含まれるベータグルカンなどの多糖類はマクロファージを活性化する作用が知られていますが、マクロファージの活性化は炎症反応を悪化させる場合もあり、がん性悪液質の場合や、感染症があって発熱や炎症反応(CRP)が高い場合は、マクロファージの活性化は病状を悪化させる可能性があります。
がん性悪液質とは、がん組織中のがん細胞や炎症細胞から産生されるTNF-α(腫瘍壊死因子α)などの炎症性サイトカインによって、食欲不振や体重減少などの全身の衰弱が進行する状態です。マクロファージから産生されるTNF-αは、炎症や生体防御に広く関わるサイトカイン(リンパ球などの免疫細胞を調節するホルモン様蛋白質)で、がん細胞を死滅させる作用がありますが、炎症や自己免疫疾患を悪化させる作用もあります。つまり、免疫力を高めるという漢方薬や健康食品は、炎症や自己免疫疾患やがん性悪液質を悪化させる原因にもなることを知っておく必要があります。
体力を高めるためには、胃腸の状態や血液循環を良くして、栄養が体の隅々まで行き渡るようにすることと、個々の細胞や組織・臓器の働きを良くすることが必要です。
漢方治療では、胃腸の状態を良くして栄養の消化吸収を高める生薬(健脾薬)、細胞を活性化して気力・体力を高める生薬(補気薬・補陽薬)、血液や体液の循環を良くして栄養素の利用や老廃物の排泄を促進する生薬(駆お血薬、利水薬、理気薬)を組み合わせると、体力を高めることができます。
漢方薬によって体力や持久力が高まることは、多くの動物実験や臨床試験で証明されています。しかし、栄養状態や血液循環を良くしたり、細胞を活性化することは、がん細胞の増殖も促進するのでは無いかという懸念もあります。つまり、「体を元気にするとがん細胞も元気になる」可能性もあるのです。
【体力や免疫力を高めるときにがん細胞を活性化しない方法】
免疫力を高める漢方治療は、補気・補血・駆お血の組み合わせが基本になります。これに免疫細胞を活性化するキノコ系の生薬・薬草(霊芝、梅寄生など)を加えるという処方が一般的です。
しかし、発熱や炎症反応が強い場合や、がん性悪液質の状態のときには、マクロファージなどの炎症細胞や免疫細胞を活性化するキノコ系の生薬は省き、抗炎症作用や解毒作用のある清熱解毒薬(柴胡、黄ごん、黄連、半枝蓮、白花蛇舌草など)を多く使用すると、病状の改善に有効です。
体力を高める漢方治療は、食欲を高め、消化管からの栄養素の吸収を良くし、細胞や組織・臓器を賦活化するために、健脾・補気・補陽の薬効をもった生薬が基本になります。さらに患者さん個々の症状や病状に合わせ、回復力や治癒力を妨げている要因を取り除くために、必要に応じて駆お血薬・利水薬・理気薬などを組み合わせると、さらに体力を高めることができます。この場合同時に、がん細胞が増殖しないようにする対策を加えると、がん治療の効果を高めることができます。
正常細胞とがん細胞はそのエネルギー産生に著明な差があり、この違いを利用すると、「体を元気にしてがん細胞は元気にしない(あるいはがん細胞は死滅させる)」ことができます。
【ワールブルグ効果とは】
約80年以上も前(1926年)に、オットー・ワールブルグ(Otto Warburg)博士は、がん細胞ではミトコンドリアにおける酸化的リン酸化によるエネルギー産生が低下し、細胞質における嫌気性解糖系を介したエネルギー産生が増加していることを発見しました。これをワールブルグ効果と言います。
ワールブルグ博士は呼吸酵素(チトクローム)の発見で1931年にノーベル生理学・医学賞を受賞しています。細胞生物学や生化学の領域で、重大な基礎的発見を次々に成し遂げ、呼吸酵素以外の研究でも何回もノーベル賞候補になった偉大な科学者です。そのワールブルグ博士が最も力を注いだのががん細胞のエネルギー代謝の研究です。学生時代からがん研究に関心をもち、がん細胞の異常な増殖を解明するためには、エネルギー生成の反応系を研究しなければならないということから、呼吸酵素を発見しています。
そして、がん細胞ではグルコースから大量の乳酸を作っていること、がん細胞は酸素が無い状態でもエネルギーを産生できること、さらに、がん細胞は酸素が十分に存在する状態でも、酸素を使わない方法(嫌気性解糖系)でエネルギーを産生していることを見つけています。
しかし、これはがんの原因ではなく、酸素欠乏状態にある結果として仕方なくそうなるのだという考えが主流で、最近まであまり重視されていませんでした。ところが最近、このワールブルグ効果はがん発生の原因として再び脚光をあびるようになっています。
この、ワールブルグ効果を理解するために、がん細胞のエネルギー産生の特徴を以下に説明します。
【がん細胞はエネルギーの多くを嫌気性解糖系に依存している】
細胞を働かせる元になるエネルギーは、栄養として食事から取り入れたグルコース(ブドウ糖)を分解してATPを作り出すことによって得ています。ATPはアデノシン3リン酸(Adenosine Triphosphate)の略語で、エネルギーを蓄え供給する分子として「生体エネルギーの通貨」としての役割を持っています。
ヒトの血液100ml中にはおよそ80~100mgのブドウ糖が存在します。ブドウ糖は血液中から細胞に取り込まれ、1)解糖(glycolysis)、2)TCA回路(クエン酸回路やクレブス回路と呼ばれる)、3)電子伝達系における酸化的リン酸化をへて、二酸化炭素と水に分解され、エネルギー(ATP)が取り出されます。
解糖はグルコースがピルビン酸になる過程で、この酵素反応は細胞質で行われます。ピルビン酸は酸素の供給がある状態ではミトコンドリア内に取り込まれて、TCA回路と電子伝達系によってさらにATPの産生が行われます。TCA回路で生成されたNADHやFADH2は、ミトコンドリア内膜に埋め込まれた酵素複合体に電子を渡し、この電子は最終的に酸素に渡され、まわりにある水素イオンと結合して水を生成します。このようにTCA回路で産生されたNADHやFADH2の持っている高エネルギー電子をATPに変換する一連の過程を酸化的リン酸化と呼び、これの酵素反応をおこなうシステムを電子伝達系と呼びます。こうしてつくられたATPはミトコンドリアから細胞質へ出て行き、そこで細胞の活動に使われます。
ミトコンドリアにおけるTCA回路は、酸素呼吸をする生物全般に存在するエネルギー産生のための生化学反応で、1937年にドイツの化学者ハンス・クレブスが発見し、この功績によって1953年にノーベル生理学・医学賞を受賞しています。クレブス博士は一時期ワールブルグ博士の研究助手として働いており、ワールブルグ博士の伝記を書いています(日本語訳は1982年に岩波書店から出版)。
酸素の供給が十分でない場合は、ピルビン酸は細胞質で乳酸脱水素酵素(LDH)の作用で乳酸に変換されます。この生化学反応を嫌気性解糖(aerobic glycolysis)と言います。運動をして筋肉細胞に乳酸が貯まるのは、酸素の供給が不足して嫌気性解糖が進むからです。
酸素が十分にある状態では、ミトコンドリア内で効率的なエネルギー生産が行われ、1分子のグルコースから36分子のATPが作られます。一方、嫌気性解糖系では1分子のグルコースから2分子のATPしか作れません。
がん細胞は酸素が少ないところでも増殖できるように嫌気性解糖系が活性化されています。酸素が豊富な状態でも、がん細胞は嫌気性解糖系でエネルギーを産生しているのが特徴です。
低酸素と遺伝子変異によって、ピルビン酸から乳酸に代謝する乳酸脱水素酵素(lactate dehydrogenase )の発現が高まり、ピルビン酸脱水素酵素(pyruvate dehydrogenase)の活性を低下させることによって嫌気性解糖系を活性化していることが報告されています。
がん遺伝子のc-Mycと低酸素状態で発現するHypoxia-inducible factor 1(HIF-1)によって乳酸脱水素酵素の産生が高まることが知られています。
【がん細胞はミトコンドリアの働きを抑制している】
ミトコンドリアは全ての真核細胞の細胞質中にある細胞小器官で、一つの細胞に数千個存在します。ミトコンドリアにはTCA回路(クレブス回路)に関わる酵素や、電子伝達系やATP合成にかかわる酵素群などが存在し、細胞内のエネルギー産生工場のような役割をもっています。また、細胞死(アポトーシス)の実行過程においても重要な役割を果たしています。
がん細胞は無限に増殖する能力を獲得した細胞です。早く増殖するためには、より効率的なエネルギー産生を行った方が良いように思います。グルコースを大量に消費するのに、なぜ効率的なエネルギー産生系であるミトコンドリアの酸化的リン酸化を使わずに、非効率的な嫌気性解糖系を使うのか、長い間の謎でした。ミトコンドリアで効率的にエネルギー産生を行う方が、細胞の増殖にもメリットがあると考えられるからです。その答えの一つが、「がん細胞は死ににくくするために、ミトコンドリアの活性を抑制する」という考えです。増殖速度を早めるよりも、死ににくくする方ががん細胞が生き残っていくためにはメリットがあるのかもしれません。
がんの検査法でPET(Positron Emission Tomography:陽電子放射断層撮影)というのがあります。これはフッ素の同位体で標識したグルコース(18F-fluorodeoxy glucose:フルオロデオキシグルコース)を注射して、この薬剤ががん組織に集まるところを画像化することで、がんの有無や位置を調べる検査法です。正常細胞に比べてグルコース(ブドウ糖)の取り込みが高いがん細胞の特性を利用した検査法です。
がん細胞がグルコースを多く取り込むことは古くから知られています。がん細胞は盛んに分裂するので、正常な細胞に比べてエネルギーが多く必要であるため、グルコースをより多く消費する必要があることは容易に推測されます。しかし、最も重要な理由は、がん細胞は酸素を使わない非効率的な方法でグルコースからエネルギーを産生していることです。正常な細胞はミトコンドリアで酸素を使った酸化的リン酸化という方法でエネルギーを産生しています。1分子のグルコースから、酸化的リン酸化では36分子のATPを産生できるのに、嫌気性解糖系では2分子のATPしか産生できません。したがって、嫌気性解糖系でのエネルギー産生に依存しているがん細胞ではより多くのグルコースが必要となっているのです。
細胞分裂しない神経や筋肉細胞を除いて、正常の細胞は古くなったり傷ついたりするとアポトーシスというメカニズムで死にます。このアポトーシスを実行するときに、ミトコンドリアの電子伝達系や酸化的リン酸化に関与する物質が重要な役割を果たしています。
つまり、がん細胞ではアポトーシスを起こりにくくするために、あえてミトコンドリアにおける酸化的リン酸化を抑え、必要なエネルギーを細胞質における解糖系に依存しているという様に解釈できると言うことです。
がん細胞におけるミトコンドリアの機能抑制は不可逆的なものではなく、機能を可逆的に正常に戻すことができるという研究結果が報告されています。そして、がん細胞におけるミトコンドリア内での酸化的リン酸化を活性化すると、がん細胞のアポトーシス(細胞死)が起こりやすくなることが報告されています。
【ミトコンドリアを活性化すると体は元気になってがん細胞は死滅する】
がん細胞のおけるミトコンドリアでのエネルギー産生を活性化する薬としてジクロロ酢酸ナトリウムやアルファリポ酸が有効です。
ジクロロ酢酸ナトリウムはピルビン酸脱水素酵素キナーゼを阻害してピルビン酸脱水素酵素を活性します。(ピルビン酸脱水素酵素キナーゼはピルビン酸脱水素酵素を不活性化します。)
ピルビン酸脱水素酵素の活性が高まると、ピルビン酸からアセチルCoAの産生が促進され、ミトコンドリアでTCA回路によるエネルギー産生が高まります。
ジクロロ酢酸ナトリウムでミトコンドリアが活性化されると、がん細胞がアポトーシスで死滅していくことが培養細胞や動物実験で報告されています。ジクロロ酢酸ナトリウムの併用によって抗がん剤が効きやすくなることも報告されています。
アルファリポ酸も、ビルビン酸脱水素酵素の補酵素として活性を高めることによってミトコンドリアの酸化的リン酸化を高めます。したがって、がん細胞を死滅しやすくする効果が期待できます。
がん細胞のミトコンドリアにおける酸化的リン酸化を活性化する方法として、アルファリポ酸とジクロロ酢酸ナトリウムとビタミンB1の組み合わせは、試してみる価値があるがんの代替治療の一つです。(TCA回路でのエネルギー産生が高まるとビタミンB1の需要が増え、ビタミンB1が不足するのを予防するためビタミンB1を摂取します)
さらに、解糖系酵素を阻害する作用が抗がん生薬の半枝蓮(ハンシレン)にあることが報告されています。がん細胞のエネルギー産生は細胞質における嫌気性解糖に依存しているため、解糖系酵素を阻害する薬はがん細胞をエネルギー枯渇に陥らせて殺す作用が期待できます。がんの漢方治療で使用される半枝蓮は、解糖系酵素を阻害することが報告されています。
お茶やコーヒーに含まれるカフェインが酸化的リン酸化を刺激してがん細胞のアポトーシス感受性を高める作用が報告されています。お茶とコーヒーは抗酸化作用の高い成分を多く含むので、がん治療にも有効です。
以上のような、がん細胞のエネルギー産生の特徴をターゲットにした様々な治療法や食事療法は、副作用が少なく、がんとの共存を目指す治療法として試してみる価値があると思います。
つまり、漢方薬で体力を高めるときに、生薬の半枝蓮や、ジクロロ酢酸ナトリウム、アルファリポ酸、ビタミンB1を摂取し、コーヒーかお茶をたくさん飲用すると、がん細胞の増殖を抑えることが可能になります。
(詳しい説明はこちらを参照)
(文責:福田一典)
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