25) がん治療における清熱解毒薬の役割

図:がん組織内のがん細胞や炎症細胞から産生される腫瘍壊死因子-アルファ(TNF-α)などの炎症性サイトカインや、活性酸素や一酸化窒素などのフリーラジカルは、さらに転写因子のNF-κBを活性化して、シクロオキシゲナーゼ-2(COX-2)や一酸化窒素合成酵素(iNOS)、炎症性サイトカインなどの伝達物質が産生を促進する。これらの物質は免疫細胞を活性化して抗腫瘍的に働く場合もあるが、過度に産生されると、むしろがんを悪化させたり、悪液質を増強することが多い。清熱解毒薬はこのような状況を抑制してがんの悪化を防ぐ効果がある。

25)がん治療における清熱解毒薬の役割

【免疫力を高めるだけの治療でがんが悪化する場合もある】
免疫力を高めることをうたい文句にしている健康食品(アガリクス、メシマコブ、冬虫夏草など)や、高麗人参のような滋養強壮剤を含む漢方薬を、がんの患者さんが使用して、かえってがんが悪化したという体験談を聞きます。「気力や体力を高めることを目的とした漢方薬を投与したらがんが悪化した」という医師の経験談も時々耳にします。
免疫力を高める健康食品や漢方薬ががん治療に盛んに使われるようになってきたのですが、良い面ばかり強調されて、悪い結果が起こる可能性についてはほとんど言及されていません。免疫力を高める薬は、抗がん剤のようながんを攻撃する治療と併用する場合や、がんの発生を予防する目的には良いようです。しかし、がんが進行しているときには、がん細胞の増殖を抑える配慮を行わずに、単に免疫力の賦活だけを行うと、がん細胞の増殖を促進する可能性もあるのです。
 
【「免疫力の活性化」と「炎症の増悪」は紙一重】
アガリクスなどのキノコ由来の抗腫瘍多糖であるベータ・グルカンが免疫力を活性化するときのメカニズムとしてマクロファージという細胞が重要な役割を果たします。マクロファージの細胞表面にはベータ・グルカンに反応する受容体(レセプター)があり、この受容体が刺激されると、遺伝子の発現を調節する転写因子の一つであるNF-kBという細胞内の蛋白質が働いて、炎症や免疫に関与する様々な酵素やサイトカインの合成を高めます。
転写因子NF-kBの活性化によって発現が誘導される酵素として、誘導性一酸化窒素合成酵素(iNOS)シクロオキシゲナーゼー2(COX-2)があります。iNOSが合成する一酸化窒素(NO)には抗菌・抗腫瘍作用がありますが、NOはフリーラジカルであるため大量に放出されると正常細胞を傷つけて発がん過程を促進することが知られています。
COX-2プロスタグランジンという化学伝達物質を合成します。プロスタグランジンにはたくさんの種類がありますが、炎症反応において活性化されたマクロファージはプロスタグランジンE2を大量に産生します。このプロスタグランジンE2はリンパ球の働きを弱めたり、腫瘍血管の新生やがん細胞の増殖を促進する作用があります。
 また、活性化したマクロファージは、腫瘍壊死因子アルファ(TNF-α)インターロイキン-12 (IL-12)を合成します。IL-12はナチュラルキラー細胞を活性化したり、細胞性免疫(Th1細胞)を増強して抗腫瘍的に働きます。TNF-αはその名の通りがん細胞を殺す作用があるのですが、大量に産生されると悪液質の原因となったり、腫瘍血管の新生を刺激する結果になります
このようにマクロファージを活性化することは、免疫力を高めて抗腫瘍効果を発揮することになるのですが、場合によっては、酸化ストレスを高めたり悪液質を増悪させ、がん細胞の増殖を促進する可能性もあるのです

【清熱解毒薬の抗腫瘍効果】
WHO国際がん研究機関の推算によると、がんの約18%がウイルス、細菌、寄生虫などの感染が原因で発生していると言われています。喫煙(約30%)、食事と栄養(約30%)につぐ第3位の発がん原因と位置づけられています。
代表的なものは、B型やC型の肝炎ウイルスと肝臓がんヘリコバクターピロリ菌と胃がん、などがあげられます。これらの場合、肝炎・肝硬変や萎縮性胃炎などの慢性炎症状態を経てがん化していきます。感染の他に、アスベストなどの環境由来物質への暴露で起こる炎症や、潰瘍性大腸炎慢性膵炎などを含めると、ヒトのがんの多くで慢性炎症が関係していることになります。
このような慢性炎症状態では、細胞や組織の障害が繰り返され、再生や修復が長年にわたると細胞の遺伝子変異が起こる確率が高まります。さらに炎症部位で発生するフリーラジカルや、様々なサイトカイン、細菌からの毒性物質や代謝産物が発がん過程を促進します。したがって、炎症自体を抑えることは、発がん予防だけでなく、がんの進展(悪化)を防ぐ効果が期待できると考えられています。
進行がんの漢方治療では清熱解毒薬が多く使われます。がんが進行しているときの発熱、疼痛、局部の熱感、口渇などの症状や、舌質が赤く、舌苔が黄色、脈拍が早いなどの症候は体内に邪熱がたまっている状態であり、このような状況は往々にして腫瘍が急速に進展していることと関連しています。また、炎症と感染はがんの進展と悪化の要因になります。清熱解毒薬は、炎症と感染を抑え、症状を軽減させ、腫瘍の進展を抑制する作用を発揮します。
「清熱解毒」という薬効を西洋医学的に解釈すると、抗炎症作用と体に害になるものを除去する作用に相当します。体に害になるものとして、活性酸素やフリーラジカル、細菌やウイルスなどの病原体、環境中の発がん物質などが考えられますが、「清熱解毒薬」には、抗炎症作用、抗酸化作用、フリーラジカル消去作用、抗菌・抗ウイルス作用、解毒酵素活性化作用などがあり、がんの予防や治療に有用であることが理解できます。
清熱解毒薬に分類される生薬としては、黄連・黄ごん・黄柏・山梔子・夏枯草・連翹・金銀花・半枝蓮・白花蛇舌草・山豆根・虎杖根・板藍根・大青葉・大黄・蒲公英などがあり、感染症や化膿性疾患に使用されるていますが、がんの予防や治療においても有用な生薬です。
抗がん生薬の多くは清熱解毒薬に分類されるものが多く、清熱解毒法はがんの漢方治療に最も常用されている治療法です。
腫瘍は血管新生(angiogenesis)が伴わないと増殖しません。一般に炎症反応は血管新生を促進することが知られています。慢性炎症状態の存在ががん組織の発育を促進する原因として酸化ストレスの他に、腫瘍組織の血管新生を促進することも関与しています。清熱剤による抗炎症作用は血管新生を抑制して腫瘍の休眠状態を維持する上でも有用といえます。

【生薬成分によるNF-κBの特異的阻害作用】
化学療法や放射線療法によってがん細胞が細胞死をきたす場合にはアポトーシスの機序が作動します。アポトーシスはTNF-αなどのサイトカインによって引き起こされる細胞死の機序でもあります。
TNF-αや化学療法剤や放射線などの刺激は、同時に転写因子NF-κBをも活性化し、細胞死に対して抵抗しようとする機序が働き、これらの刺激によるアポトーシスの感受性を低下させる原因となっています。すなわち、化学療法剤によって引き起こされるNF-κBの活性化は、腫瘍が抗がん剤抵抗性を獲得する主要なメカニズムであり、したがって、NF-κB活性の阻害はがん治療効果を高める有効な手段となります。
生薬の中の成分にもNF-κBの活性化を阻害するものが報告されています。ヨーロッパにおいて解熱の民間薬として"feverfew (Tanacetum parthenium)"(ナツシロギク)という薬草が使用されています。この薬草の活性成分はパルテノライド(parthenolide)というセスキテルペンラクトン(Sesquiterpene lactone)類の物質であることが知られています。その他、メキシコ・インディアンの伝統薬の中にもパルテノライドなどのセスキテルペンラクトン類を主成分とする薬草が解熱薬や抗炎症剤として使用されています。セスキテルペンラクトンによる抗炎症のメカニズムは科学的にも研究されており、肥満細胞からのヒスタミン分泌抑制、プロスタグランジン合成阻害、誘導性一酸化窒素合成酵素(iNOS)遺伝子発現抑制など多彩な薬理作用が報告されています。最近、パルテノライドがNF-κB活性化の過程を特異的に阻害する作用をもつことが報告され注目されています。
パルテノライドと似た成分にコスツノリド(costunolide)という物質があります。これは木香という生薬の主要成分ですが、これにもNF-κB活性化阻害作用があることが明らかになっています。コスツノリドには種々の発がん実験で発がん抑制効果が証明されています。このような生薬を化学療法剤と併用することにより、効果を高める可能性も示唆されています。

(文責:福田一典)

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