がんの予防や治療における漢方治療の存在意義を考察しています。がん治療に役立つ情報も紹介しています。
「漢方がん治療」を考える
268)アビクラリンの脂肪酸合成酵素阻害作用
図:がん細胞では脂肪酸の合成が亢進しており、脂肪酸合成酵素の活性亢進が、がん細胞の抗がん剤耐性や悪性化と関連している。アビクラリンやケルセチンや緑茶ポリフェノール(エピガロカテキンガレートなど)は脂肪酸合成酵素の阻害作用が報告されており、これらの成分の抗がん作用の一つの作用メカニズムとして注目されている。
268)アビクラリンの脂肪酸合成酵素阻害作用
【がん細胞では脂肪酸の合成が亢進している】
がん細胞が細胞分裂を繰り返して増殖するためには、細胞を複製するためのエネルギー産生と細胞構成成分(核酸やタンパク質や脂質など)の合成を増やす必要があります。この目的のために、がん細胞ではグルコース(ブドウ糖)の取り込みおよび分解(解糖系)が亢進していることは、前回(267話)を含めこのブログで何回も言及しています。
グルコースの取り込み増加を目印としてがんを早期発見するのが、いわゆるPET診断です。PET(positron emission tomography)は18F-fluorodeoxy glucose (フルオロデオキシグルコース、FDG)をトレーサーにして、グルコースの取り込みの盛んながん組織を検出する検査法です。さらに、がん細胞では解糖系の亢進に加えて脂肪酸の新規合成が盛んです。
脂肪酸は炭素原子と水素原子で構成された長いひも状の分子の端に酸性の官能基がついた構造をしています。脂肪酸には2つの大きな役割があります。細胞の周囲や内側を構成する膜の主成分となっている脂質をつくることと、エネルギーを圧縮して貯蔵することです。
脂肪酸は食事からも摂取されますが、細胞内でも新規に合成されています。通常、食事から摂取したグルコース(ブドウ糖)は、解糖系を経てミトコンドリアのクエン酸サイクル(TCA回路)によりエネルギーに変換されます。生成したエネルギーは体が必用とするエネルギーとして利用され消費されますが、その消費量が少ない場合には、グルコースはクエン酸に変換された後、ミトコンドリアを出て脂肪合成の場である細胞質へ移行し、アセチルCoAを経由して脂肪酸そして脂肪、あるいは、コレステロールに変換され、体内に蓄積されます(図)。
すなわち、糖分を摂取し過ぎると肥満になる(体脂肪が増える)理由は、ブドウ糖がTCA回路でクエン酸になって、これがATPクエン酸リアーゼ(ATP citrate lyase)や脂肪酸合成酵素(Fatty acid synthase)の働きで脂肪酸や脂肪に変換されるからです。
アセチルCoAはミトコンドリアを通過できないのですがクエン酸は通過できます。TCAサイクルでできたクエン酸がミトコンドリアの外に出て、ATPクエン酸リアーゼによって脂肪の合成に消費されます。
ATPクエン酸リアーゼの阻害剤としてヒドロキシクエン酸が知られており、これはダイエットのサプリメントとして販売されているので、がん治療に応用する報告もあります。(第177話、215話参照)
がん細胞が分裂して細胞を増やすためには、脂肪酸の合成は必要です。したがって、ATPクエン酸リアーゼや脂肪酸合成酵素の活性を阻害するとがん細胞の増殖を抑えられることは納得できます。
【脂肪酸合成酵素の活性が高いがんは予後が悪い】
脂肪酸は細胞膜を構成するので、がん細胞が細胞を増やすときに脂肪酸の合成を増やす必要があります。実際に多くのがん細胞では、脂肪酸の合成が亢進しており、脂肪酸合成酵素(fatty acid synthase)をはじめ幾つかの脂質代謝酵素の発現亢進ががんの悪性化や抗がん剤耐性と関連していることが報告されており、これらががん治療の新たな標的分子となる可能性が期待されています。
脂肪酸合成酵素の発現量が多いほど、がん細胞は抗がん剤が効きにくく、予後が悪い(再発や転移をしやすく、生存期間が短い)ことが報告されています。特に、乳がんや前立腺がんで、脂肪酸合成酵素の発現が高いほど予後が悪いことを示す研究結果が多く報告されています。
脂肪酸合成酵素を効果的に阻害する薬の開発が行われていますが、未だ薬となったものはありません。一方、食品や薬草などの天然成分の中に、脂肪酸合成を阻害する成分が知られており、それらを使ったがんの予防や治療も検討されています。
【アビクラリンの脂肪酸合成阻害作用】
桑寄生(そうきせい)や扁蓄(へんちく)などに含まれるアビクラリンには非常に強力な脂肪酸合成酵素阻害活性があることが報告されています。以下のような論文があります。
Potent inhibition of fatty acid synthase by parasitic loranthus [Taxillus chinensis (dc.) danser] and its constituent avicularin.(桑寄生とその成分のアビクラリンによる脂肪酸合成酵素の強力な阻害作用)J Enzyme Inhib Med Chem. 2006 Feb;21(1):87-93.
桑寄生(そうきせい)というのは、様々な樹木に寄生するヤドリギ科の常緑小低木のヤドリギやオオバヤドリギなどの茎葉です。ヤドリギの茎葉にはオレアノール酸、アビクラリン、イノシトール、ケルセチンなど抗腫瘍活性をもつ成分が含まれており、がんの漢方治療にも利用されています。
この論文では、脂肪酸合成酵素の阻害活性をスクリーニングした結果、桑寄生のエキスが非常に強力に脂肪酸合成酵素を阻害する活性を持つことを報告しています。
酵素活性を50%阻害する濃度(IC50)は0.48マイクログラム/mlで、今まで報告された成分の中で最も阻害作用が強いということです。
桑寄生エキスには幾つかの阻害成分が含まれ、それらが脂肪酸合成酵素の違う部位に作用するので、相乗的に阻害活性が強くなっている可能性を推測しています。その中で、成分のアビクラリン(avicularin)が最も強い阻害活性をもつことを見つけています。
アビクラリンはフラボノイドのケルセチンに糖がついた構造をしており、このアビクラリンとケルセチンが脂肪酸合成酵素の阻害において重要な役割を果たしているだろうと推測しています。
アビクラリンは桑寄生だけでなく、扁蓄(へんちく)という生薬にも多く含まれています。扁蓄(へんちく)は、タデ科 Polygonaceae 扁蓄 Polygonum aviculare L. (ミチヤナギ)の全草を乾燥したもので、
利尿作用・抗菌作用・駆虫作用などの薬効があります。アビクラリン(avicularin)の名前は扁蓄の学名の「aviculare」に由来しているようです。
アビクラリンはフラボノイドのケルセチン(クエルセチン)にアラビノフラノースが結合した構造です。ケルセチン(quercetin)はフラボノイドの一種で、配当体(ルチン、クエルシトリンなど)または遊離した形で柑橘類、タマネギ、そばをはじめ多くの植物に含まれるフラボノイドの一種です。ケルセチンやその配当体には様々な薬理活性をもつものが多く存在し、アビクラリンもその一つで、アビクラリンやケルセチンが脂肪酸合成酵素を阻害する作用をもつということです。
アビクラリンやケルセチン以外にも、緑茶ポリフェノール(エピガロカテキンガレート、エピカテキンガレートなど)やウコンのクルクミンに脂肪酸合成酵素の阻害作用が報告されています。(Curr Med Chem 13: 967-977, 2006)(Mol Cell Biochem 35: 19-28, 2011)
嫌気性解糖系の酵素(乳酸脱水素酵素)の阻害、TCA回路を活性化するピルビン酸脱水素酵素の活性化、腫瘍性のピルビン酸キナーゼの活性阻害、低酸素誘導因子の阻害、などに加えて、さらに脂肪酸合成酵素の阻害を併用すると、さらに抗腫瘍作用を高めることができます。このようながん細胞に特徴的なエネルギー産生と物質代謝を阻害すると、副作用の少ないがん治療が行える可能性があります。がん細胞に特徴的な代謝異常を阻害する作用をもった成分が食品や薬草などの天然物から見つかっています。がんの漢方治療においても、がん細胞に特徴的なエネルギー産生や物質合成を阻害する成分の利用が役立ちます。
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