がんの予防や治療における漢方治療の存在意義を考察しています。がん治療に役立つ情報も紹介しています。
「漢方がん治療」を考える
571)抗がん剤治療中の漢方治療(その2):清熱解毒薬
図:抗がん剤によってがん組織や正常組織がダメージを受けると、ダメージを受けた組織は炎症反応が誘発される(①)。マクロファージやリンパ球やがん細胞から炎症性サイトカインが産生される(②)。これらの炎症性サイトカインは肝臓に作用して炎症反応のCRP(C反応性タンパク質)の産生を亢進し(③)、骨髄に作用して白血球増加や貧血を引き起こす(④)。さらに、末梢神経に作用してしびれや疼痛の原因にもなる(⑤)。大脳に作用して認知力や記憶力を低下させ(⑥)、視床下部に作用して抑うつ、食欲低下、睡眠障害、倦怠感、発熱を引き起こす(⑦)。漢方薬の清熱解毒薬は炎症細胞の活性化や炎症性サイトカインの産生を阻止することによって、抗がん剤による症状を軽減する。
571)抗がん剤治療中の漢方治療(その2):清熱解毒薬
【腫瘍壊死因子アルファ(TNF-α)は炎症を増悪する】
腫瘍壊死因子アルファ(TNF-α)はマウスに移植した腫瘍に対して出血性壊死を誘発させる因子として1975年に単離されました。
主に活性化したマクロファージから産生され、炎症や生体防御に広く関わるサイトカインの一種です。
サイトカインというのは細胞の増殖・分化・細胞死などの情報を伝達し、免疫や炎症や創傷治癒など様々な生理機能の調節を担う蛋白質で、リンパ球や炎症細胞などから分泌されます。
サイトカインは細胞表面の膜上にある受容体に結合することによって、受容体に特有の細胞内シグナル伝達の引き金となり、極めて低濃度で生理活性を示します。
TNF-αの受容体は生体内の細胞に広く存在し、この受容体に血中のTNF-αが結合することによって様々な生理作用を発現します。
TNF-αは炎症病巣で大量に産生され、病状を悪化させる要因となっています。例えば、慢性関節リュウマチにおける関節破壊などの病態形成に中心的な役割を果たしており、TNF-αの阻害をターゲットにした薬が慢性関節リュウマチに治療に使われています。
TNF-αの働きを阻害するキメラ型抗TNFα抗体インフリキシマブや可溶性TNFαレセプターであるエタネルセプトは、治療抵抗性の慢性関節リュウマチに対してきわめて高い有効性を示し、関節破壊の進行を阻止することが明らかとなっています。
【がん治療におけるTNF-αの2面性】
TNF-αは腫瘍の壊死を誘導する作用を有するサイトカインとして発見されたため、当初は悪性腫瘍に対する「夢の治療薬」「奇跡の抗がん剤」として期待されました。
しかし一方、悪性腫瘍の末期にみられ、がん患者の衰弱を促進する悪液質(cachexia)を誘導する物質として発見されたカケクチンも遺伝子クローニングの結果、TNF-αと同じ物質であることが判明し、その副作用が問題になって、がんの治療薬としてはまだ成功していません。
TNF-αにはがん細胞を殺す作用があるのですが、食欲不振や倦怠感や体重減少などの副作用が問題になります。
また、炎症にともなって大量に産生されるTNF-αが細胞の酸化ストレスを増大して発がん過程を促進したり、がん細胞を悪化させる作用も指摘されており、がん治療においては、TNF-αはむしろ悪玉ととらえられることも多くなりました。
腫瘍細胞が多く存在するときは、マクロファージを活性化するサプリメントや医薬品が、がん性悪液質を誘導し悪化させることも指摘されています。
しかし、TNF-αの働きが低下すると感染症やがんの発生に対する抵抗力が弱まることも確かです。
前述の慢性関節リュウマチに対するTNFα阻害療法による感染症や発がんの副作用が問題になっています。特に感染症の誘発は明らかであり、肺炎を始めとする感染症が起こりやすくなります。なかでも結核症は、インフリキシマブ使用によってその頻度が5~10倍上昇することが報告されています。
TNFα阻害療法を施行された患者に、悪性腫瘍が合併する頻度が高いことも報告されています。
このようなTNF-α阻害剤の副作用の問題は、TNFαの感染免疫や腫瘍免疫における重要な役割を再認識させるものでもあり、がん治療におけるTNFαの「光と影」を改めて認識させています。
図:マクロファージが炎症性刺激によって活性化されて産生される腫瘍壊死因子-α(TNF-α)は、がん細胞や病原菌に対する生体防御力を高めるが、炎症を増悪させ、発がんを促進し、がん細胞が多い場合は悪液質を悪化させる場合もある。
【がん治療におけるマクロファージ活性化の注意】
マクロファージは白血球の1種で、細胞内に消化酵素を持ち、細菌、ウイルス、死んだ細胞などの異物を細胞内に取り込んで消化するので、大食細胞や貪食細胞とも呼ばれます。分解した異物をいくつかの断片にして細胞表面に抗原として提示する(抗原提示という)役割を持ち、リンパ球による免疫反応の最初のシグナルとして重要な働きをします。
さらに、各種のサイトカイン(リンパ球などの免疫細胞の働きを調節するホルモン様蛋白質)を放出してナチュラルキラー細胞やT細胞などを活性化し、感染症やがんに対する生体防御機構において重要な役割を果たします。
がんに効くと宣伝されているサプリメントの多くが、マクロファージを活性化して、がん細胞に対する免疫力を高めることを強調しています。
しかし前述のように、がん患者において、TNF-αの体内での産生を高めることは、良い面と悪い面の2面性があるので注意が必要です。
がん性悪液質の改善には、TNF-αやプロスタグランジンの働きを阻害するサリドマイドやCOX-2阻害剤や抗酸化剤やω3不飽和脂肪酸などが有効な場合もあります。
漢方治療では、免疫力を活性化する生薬と同時に、炎症を抑える生薬(清熱解毒薬)や気血の流れを良くする生薬(駆お血薬や理気薬)、抗酸化作用のある生薬などと組み合わせるのが基本です。
「清熱」は抗炎症作用を意味し、「解毒」は肝臓における解毒機能だけでなく、抗菌・抗ウイルス作用やフリーラジカル消去作用のように体に毒になるものを消去する作用と考えることができます。
実際、清熱解毒薬には抗炎症作用、抗酸化作用、抗菌・抗ウイルス作用、がん細胞の増殖抑制作用などが示されたものが多くあります。
免疫力を高める治療では、抗炎症作用や抗酸化作用や解毒作用や血液循環改善作用をもった漢方薬を併用することは、がん性悪液質の増悪などTNF-αの副作用を防ぐ目的で役立ちます。
図:マクロファージが活性化されて産生される腫瘍壊死因子-α(TNF-α)は、がん細胞や病原菌に対する生体防御力を高めるが、炎症を増悪させ、発がん過程を促進し、がん性悪液質を悪化させる場合もある。漢方治療では、マクロファージの活性化(免疫賦活)作用と同時に、抗炎症作用や抗酸化作用や解毒作用を併用することによって、TNF-αの副作用を抑えながら生体防御力を高めることができる。
【抗がん剤は組織の炎症を引き起こす】
抗がん剤治療を受けているときには様々な副作用が起こります。その理由の第一は、抗がん剤ががん細胞だけでなく、正常細胞にもダメージを与えるからです。
特に細胞分裂の盛んな骨髄細胞(赤血球、白血球、血小板)やリンパ球や消化管の粘膜細胞は抗がん剤で死にやすいので、貧血、白血球減少、血小板減少、免疫力低下、下痢、食欲不振などの副作用が起こります。
細胞分裂が盛んでない臓器でも、抗がん剤はダメージを与えます。肝臓や心臓へのダメージは体力低下や倦怠感を引き起こします。
神経細胞のダメージはしびれや感覚低下や痛みを引き起こします。
抗がん剤治療に伴う食欲低下や倦怠感の原因は、抗がん剤によって正常の組織や臓器がダメージを受け、その働きの低下によるものと一般的に考えられています。
しかし、正常細胞への直接的なダメージによってがん組織や正常組織の炎症が引き起こされ、体内の炎症性サイトカインの産生を高めることによって食欲低下や倦怠感や抑うつや睡眠障害を引き起こしているメカニズムが報告されています。
【炎症性サイトカインとsickness behavior】
細菌やウイルスなどの病原菌や、体にとって害になる異物の侵入に対して、体は免疫細胞によってこれらを排除するシステムを持っています。
これらの病原菌や異物は、まずマクロファージや樹状細胞に取り込まれて分解され、その抗原となる部分がマクロファージや樹状細胞の表面に移動してきます。これを抗原提示といい、マクロファージや樹状細胞を抗原提示細胞と言います。
抗原提示細胞の表面に提示された抗原はTリンパ球によってよって認識され、その抗原を排除するために他のリンパ球を活性化します。活性化されたリンパ球には、病原菌や異物を直接殺す働きをするキラーT細胞や、B細胞からの抗体の産生を指令するヘルパーT細胞などがあります。これらのリンパ球の働きによって、病原菌や異物は処理され排除されます。
このような免疫細胞が活性化される過程で、抗原提示細胞(マクロファージや樹状細胞)やリンパ球(T細胞、B細胞、ナチュラルキラー細胞)などは、サイトカインという蛋白質を産生して、お互いを制御したり活性化するための伝達物質として使っています。
サイトカインは、傷の修復や炎症反応でも重要な役割を果たしています。
つまり、サイトカインというのは、細胞の増殖、分化、細胞死などの情報を伝達し、免疫や炎症や創傷治癒など様々な生理機能の調節を担う蛋白質です。
サイトカインは蛋白質で、リンパ球や炎症細胞などから分泌されます。サイトカインは細胞表面の膜上にある受容体に結合することによって、受容体に特有の細胞内シグナル伝達の引き金となり、極めて低濃度で生理活性を示します。
白血球が分泌し免疫系の調節を行なうインターロイキン、ウイルス増殖阻止や細胞増殖抑制の働きをもつインターフェロン、様々な種類の細胞増殖因子など数百種類のサイトカインが知られています。炎症反応に関与するものを炎症性サイトカインと呼んでいます。
体内に病原菌が侵入すると、マクロファージなどの炎症細胞からインターロイキン-1(IL-1)やインターロイキン-6(IL-6)や腫瘍壊死因子アルファ(TNF-α)といった炎症性サイトカインが分泌され、感染部位に他の免疫細胞や炎症細胞を集め、炎症反応や免疫応答を開始します。このような反応を急性期反応(acute phase response)と言います。
急性期反応では、炎症の起こっている局所だけでなく、体全体に様々な症状が発現します。
すなわち、これらの炎症性サイトカインは、発熱、倦怠感、食欲低下を引き起こし、長期間に及ぶと、さらに、貧血、抑うつ、認知力や記憶力の低下も起こります。痛みに対しても敏感になるため痛みが増強します。
このような感染症や炎症に伴う症状をsickness behavior(病的行動)と呼ばれています。Sickness behaviorは1980年代に、カリフォルニア大学獣医学部のBenjamin L Hart教授(現在は名誉特別教授:distinguished professor emeritus)が、病気の動物の行動の特徴として提唱しています。
sickness behaviorは炎症性サイトカイン(IL-1β, TNF-α, IL-6など)が中枢神経系に作用することによって発症します。
抗がん剤治療中やがん末期の悪液質における倦怠感や食欲低下や抑うつなどの症状も、炎症性サイトカインが中枢神経系に作用して起こるsickness behavior と考えられています。
sickness behaviorは元来感染に対する防御応答であると理解されています。すなわち体内に侵入した細菌の増殖を抑えるために、細菌の増殖に必要な微量元素等を必要以上摂取しないようにするために食欲が低下すると説明されています。またこのような栄養が供給されないような状態に耐えるために、自らの行動を抑え、エネルギーの消耗を控えるために、行動が低下すると考えられています。
図:炎症刺激によってマクロファージやリンパ球から産生される炎症性サイトカイン(IL-1, IL-6, TNF-α)は脳に作用して、食欲低下、倦怠感、抑うつ、睡眠障害などの症状を引き起こす。これをSickness behavior(病的行動)と言う。
【抗がん剤の副作用発現にsickness behaviorが関与している】
感染症で見られるsickness behaviorと類似の症状はインターロイキン-2や種々の抗がん剤の投与でも発生すると報告されています。さらに、がん細胞による組織の障害や、がん細胞に対する体の反応として、炎症性サイトカインが産生されることも指摘されています。
抗がん剤治療の副作用としてみられる症状が、IL-1, IL-6, TNF-αの産生増強によってみられる症状と類似していることが指摘されています。
これらの炎症性サイトカインは、発熱、倦怠感、食欲低下を引き起こします。長期間に及ぶと、さらに、貧血、抑うつ、認知力や記憶力の低下も起こります。
痛みに対しても敏感になるため痛みが増強します。
末梢神経の障害も炎症性サイトカインの関与が指摘されています。つまり、抗がん剤の末梢神経障害によるしびれや感覚低下は、微小管などの神経細胞自体のダメージが原因になっていますが、炎症性サイトカインの産生もダメージを増強しているという意見があります。
NF-κBの活性を抑えて炎症性サイトカインの産生を阻害すると、神経や腎臓のダメージを軽減する効果があるという報告もあります。
貧血も骨髄抑制だけでは説明できない場合があります。炎症性サイトカインは赤血球の産生を阻害する働きがあることも知られています。
このように、抗がん剤の副作用の発現には炎症性サイトカインの関与があり、炎症性サイトカインの産生を抑える治療は抗がん剤の副作用緩和に効果が期待できると言えます。
図:抗がん剤によってがん組織や正常組織がダメージを受けると、ダメージを受けた組織は炎症反応が誘発される(①)。マクロファージやリンパ球やがん細胞から活性酸素や炎症性サイトカインなどが産生される。活性酸素はTNF-αを活性化し、転写因子のNF-κBを活性化し(②)、IL-6の発現を亢進する(③)。マクロファージから産生されるIL-1βはTNF-αを活性化し(④)、シクロオキシゲナーゼ-2(COX-2)の発現が誘導されてプロスタグランジンE2(PGE2)の産生が亢進し、PGE2はIL-6を活性化する(⑤)。これらの炎症性因子は、大脳に作用して認知力や記憶力を低下させる(⑥)。視床下部に作用して抑うつ、食欲低下、睡眠障害、倦怠感、発熱を引き起こす(⑦)。肝臓に作用して炎症反応のCRP(C反応性タンパク質)の産生を亢進し(⑧)、骨髄に作用して白血球増加や貧血を引き起こす(⑨)。さらに、末梢神経に作用してしびれや疼痛の原因にもなる(⑩)。このように、抗がん剤の副作用に炎症性サイトカインが関与している。
【炎症性サイトカインの産生を抑える清熱解毒薬】
組織や臓器のダメージが原因であれば、細胞保護作用や修復を促進する作用を目標にすることが、抗がん剤の副作用緩和に効果が期待できると言えます。
抗がん剤治療中の体力低下や倦怠感の治療を目的とした漢方治療では、滋養強壮薬が主に使われます。すなわち、体力や抵抗力を高める高麗人参(コウライニンジン)、紅参(コウジン)、田七人参(デンシチニンジン)のような人参(Ginseng)類や、黄耆(オウギ)、大棗(タイソウ)、炙甘草(シャカンゾウ)、当帰(トウキ)、熟地黄(ジュクジオウ)、枸杞子(クコシ)、女貞子(ジョテイシ)などの生薬を多く使います。
また、抗がん剤によって低下した免疫力を高める目的で、霊芝(レイシ)、梅寄生(バイキセイ)、茯苓(ブクリョウ)、猪苓(チョレイ)などのサルノコシカケ科のキノコが多用される傾向にあります。
このような滋養強壮薬は、ダメージを受けた細胞や組織の修復や回復を促進する目的では有効です。
しかし、このような滋養強壮薬や免疫増強薬だけでは、食欲低下や倦怠感や体重減少などの副作用の緩和にあまり効果が無い場合も多く経験します。むしろ逆に副作用が悪化するように感じることもあります。
免疫を高めるといわれる生薬や健康食品はマクロファージや単球を活性化して炎症性サイトカインの産生を高めるので、場合によっては、これらの滋養強壮薬は副作用を悪化させる可能性があります。
実際に、動物実験では、パン酵母由来のβグルカンの投与で摂食低下が起こるという実験結果があります。
発熱、血中のCRP,フィビリノゲン、ハプトグロビンの濃度が高いときには炎症性サイトカインの産生が高いといえます。
IL-1,TNF-αは肝細胞に作用しCRPを誘導、IL-6はフィブリノゲン、ハプトグロビンなどを誘導するからです。このような場合には、免疫細胞を刺激する治療よりも炎症を抑える治療の方が有効です。
炎症性サイトカインの産生を抑える治療として、西洋薬では、副腎皮質ホルモン、プロスタグランジンの産生を抑えるシクロオキシゲナーゼ阻害剤、TNF-αの産生を阻害するサリドマイドなどが有効です。
漢方薬でも、抗炎症作用やNF-κBの活性阻害をもった生薬を使用することによって炎症性サイトカインの産生を抑える効果があります。
そのような効果をもつ生薬として清熱解毒薬(せいねつげどくやく)があります。
「清熱解毒」という薬効を西洋医学的に解釈すると、抗炎症作用と体に害になるものを除去する作用に相当します。体に害になるものとして、活性酸素やフリーラジカル、細菌やウイルスなどの病原体、環境中の発がん物質などが考えられます。
つまり、「清熱解毒薬」には、抗炎症作用、抗酸化作用、フリーラジカル消去作用、抗菌・抗ウイルス作用、解毒酵素活性化作用などがあります。
清熱解毒薬に分類される生薬としては、黄連(オウレン)・黄芩(オウゴン)・黄柏(オウバク)・山梔子(サンシシ)・欝金(ウコン)、夏枯草(カゴソウ)・半枝蓮(ハンシレン)・白花蛇舌草(ビャッカジャゼツソウ)・山豆根(サンズコン)・板藍根(バンランコン)・大青葉(タイセイヨウ)・蒲公英(ホコウエイ)などがあり、感染症や化膿性疾患に使用されていますが、がん治療の副作用軽減と抗腫瘍効果増強にも有用な生薬です。
清熱薬の代表である黄連(キンポウゲ科オウレンの根茎)には、がんを移植したマウスの実験で悪液質改善作用が報告されています。その機序として、炎症性サイトカインの産生抑制やがん細胞増殖の抑制作用などが示唆されています。
黄ごんに含まれるフラボノイトや、ウコンに含まれるクルクミン、板藍根や大青葉に含まれるグルコブラシシンがNF-κBを阻害して炎症性サイトカインの産生を抑えることが報告されています。
以上のように、抗がん剤治療中の副作用の原因として、炎症性サイトカインの関与にも目を向け、抗がん剤の副作用の軽減には、炎症性サイトカインの作用を抑える治療が必要だということを理解しておく必要があります。
【がんの漢方治療では清熱解毒薬の使用が重要になる】
がんの漢方治療は、体力や免疫力を高める目的で、補気・補血などの滋養強壮薬が重要と考えられています。しかし、滋養強壮薬以上に、清熱解毒薬を適切に使用することが、がんの漢方治療では重要です。
以下のような論文があります。
Anticancer activities and mechanisms of heat-clearing and detoxicating traditional Chinese herbal medicine.(伝統的中国医学における清熱解毒剤の抗がん活性とその作用メカニズム)Chin Med. 2017; 12: 20.
【要旨】
伝統的中国医学の理論では、炎症性要因に関連する病的な発熱と毒素が、がんの発症の原因となり、その増殖を促進すると考えている。
したがって、清熱(heat-clearing)と解毒(detoxicating)の作用を持った薬草は、がん治療のための中国伝統薬の処方において必須成分である。
清熱解毒薬の研究に関心が高まっており、清熱解毒薬または清熱解毒薬を基本にした漢方処方は、単独あるいは他の治療法と併用した場合、顕著な抗がん効果を示すことが示されている。
清熱解毒薬を含む漢方薬のいくつかは臨床試験でその効果が検討されている。
研究により、清熱解毒薬の抽出物または純粋な化合物が、重大な毒性作用なしに、固形がんおよび血液悪性腫瘍の両方に対して広い抗がんスペクトルを示したことが明らかになった。
注目すべきは、清熱解毒薬またはそれを含む漢方処方の中には、化学療法または放射線療法の抗がん活性を強く増強し、その副作用を緩和することができることである。
清熱解毒薬の抽出エキスまたは純粋な化合物の抗がん活性は、アポトーシスや細胞分化や細胞周期停止の誘導、がん細胞の増殖、浸潤および転移の阻害、血管新生の阻害などの複数の作用メカニズムを介していることが報告されている。このレビューでは、清熱解毒薬のさらなる研究と応用を促進するために、この分野における研究の進展と将来の見通しの包括的な分析と要約を提供する。
この論文では、清熱解毒薬として黄芩(Scutellariae Radix)、黄連(Coptidis Rhizome)、青蒿(, Artemisiae annuae Herba)、白花蛇舌草(Hedyotis diffusa)、半枝連(Scutellariae barbatae Herba)などを挙げています。漢方方剤としては黄連解毒湯や黄芩湯(PHY906)を挙げています。
【水溶性食物繊維によるsickness behaviorの改善作用】
植物に多く含まれるペクチンのような水溶性食物繊維がsickness behaviorを緩和する効果があることが報告されています。以下にその論文を紹介します。
Sickness behavior induced by endotoxin can be mitigated by the dietary soluble fiber, pectin, through up-regulation of IL-4 and Th2 polarization.(エンドトキシンで誘発される病的行動は、水溶性食物繊維ペクチンによって、IL-4の発現増加とTh2優位のT細胞分化誘導によって軽減される)Brain Behav Immun. 24(4):631-640, 2010
【要旨】
病原体によって免疫系が活性化されると、炎症性サイトカインによって病的行動(sickness behavior)が誘起される。
水溶性食物繊維と不溶性食物繊維のいずれかを含む食餌を6週間与えた後、リポポリサッカライド(LPS)を腹腔内に注入して感染症に類似の病態を誘発したところ,両群間の反応は明確に異なった。
腹腔内にLPSを注入したマウスにおいて、不溶性食物繊維を投与されたマウスに比べて、水溶性食物繊維を投与されたマウスでは、脳内のIL-1RA(IL-1受容体アンタゴニスト)の量が増加し、IL-1βとTNF-αは減少していた。(IL-1βとTNF-αは炎症を悪化させ、IL-1RAはIL-1の作用を阻害して炎症を抑制する。)
また、水溶性食物繊維を投与されたマウスでは、小腸と脾臓のIL-4が増加していた。(IL-4はTh2分化を誘導する。B細胞の抗体産生を刺激する)
水溶性食物繊維を投与されたマウスから採取されてマクロファージをLPSで刺激すると、不溶性食物繊維を投与されたマウスから採取されたマクロファージに比べて、炎症を悪化させるサイトカインであるIL-1β、TNF-α、IFN-γ、IL-12の発現が抑制され、炎症を抑制するIL-1RA,arginase1,Ym1の発現が増加していた。
以上の結果は、水溶性食物繊維がマウスにLPSによって誘発したsickness behaviorを抑制し、回復を促進することを示している。水に不溶性の食物繊維にはsickness behaviorを軽減する効果は認めなかった。その作用機序として、水溶性食物繊維はエンドトキシン(LPS)で誘導される炎症性サイトカインの発現を抑制し、T細胞のTh1/Th2バランスをTh2優位に誘導することが示された。
【水溶性食物繊維とは】
食物繊維とは、ヒトの消化酵素によって消化されない食物中の難消化性成分の総称です。多くは植物の細胞壁を構成する成分で、化学的には多糖類(糖が多数つながったもの)です。消化吸収されないため、従来は、栄養的に不要なものと考えられていましたが、最近は多くの生理作用が明らかになり、栄養素の一つとして認識されています。
食物繊維は水溶性と不溶性に大別されます。水溶性食物繊維はコレステロールの吸収を抑制したり、食後の血糖値の急激な上昇を防ぐ効果があります。不溶性食物繊維は、便のかさを増やし、大腸の運動を促進する作用があります。
食物繊維は野菜や果物など植物性食品に多く含まれ、動物性食品(肉や乳製品や卵)や魚介類にはほとんど含まれていません。穀物も精白すると食物繊維がほとんど失われてしまいます。したがって、肉と精白した穀物を主体とする食事では食物繊維の摂取量が少なくなります。近年食生活の欧米化に伴い食物繊維の摂取量は減少傾向にあります。
水溶性食物繊維を豊富に含む食材は,オート麦(燕麦)、オートミール、大麦、ナッツ類,種子類,豆類,柑橘類などです。抹茶、カレー粉、プルーン、ゆず、かんぴょう、ゆりね、ゴボウ、オクラ、ゴマなどにも多く含まれます。
紹介した論文の研究では柑橘類由来のペクチンが使用されています。ペクチンは、野菜や果実、特に柑橘類に多く含まれている天然の高分子多糖類で、セルロースと共に植物体において、その基本構造を形成するための重要な成分です。漢方薬に使われる生薬にも多く含まれます。
漢方薬は生薬を煮出して服用します。生薬は食物繊維が豊富ですが、生薬を煎じると、水溶性食物繊維は煎じ液の方に溶け出し、不溶性食物繊維はカス(滓)の方に残ります。つまり、煎じ薬は水溶性食物繊維を多く含みます。
このような煎じ薬に含まれる水溶性食物繊維が、抗がん剤の副作用軽減や悪液質の症状緩和に役立っている可能性が示唆されます。
図:感染症や抗がん剤治療や悪液質では、炎症性サイトカインの産生が高まり、食欲低下、倦怠感、体重減少、抑うつ、貧血などの症状の原因となっている。これをSickness behaviorと言う。水溶性食物繊維の摂取がSickness behaviorを緩和するという研究結果が報告されている。野菜や果物や生薬は水溶性食物繊維の宝庫である。
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