448)抗腫瘍免疫の増強法(その4):自然免疫とOK-432(ピシバニール)

図:①活性化したマクロファージはナチュラルキラー細胞(NK細胞)を活性化する。②活性化されたマクロファージやNK細胞などががん細胞を攻撃してがん細胞の破壊が起こるとがん抗原が樹状細胞に取込まれる。抗原による感作の必要のないがん細胞に対する第一次防衛機構が「自然免疫」となる。④がん抗原を貪食した樹状細胞はがん抗原の情報をT細胞やB細胞に渡して活性化する。⑤がん抗原特異的な免疫応答によるがん細胞の攻撃が「獲得免疫」となる。

448)抗腫瘍免疫の増強法(その4):自然免疫とOK-432(ピシバニール)

【自然免疫と獲得免疫】
免疫システムは病原体やがん細胞から生体を守る働きを担っています。この免疫システムは自然免疫獲得免疫に分けられます。
自然免疫は先天的に備わった免疫で、微生物などに特有の分子パターンを認識して異物を攻撃します。マクロファージや好中球には細菌などの病原体に共通した情報を認識できる受容体を細胞表面に持っていて、病原体を認識して貪食します。
さらにマクロファージはナチュラルキラー細胞を活性化します。
ナチュラルキラー(natural killer)細胞(略してNK細胞)は、ターゲットの細胞を殺すのにT細胞と異なり事前に感作させておく必要が無いことから、生まれつき(natural)の細胞傷害性細胞(killer cell)という意味で名付けられました。
感作」というのは、前もって抗原に対する認識能を高めておくことで、感作させておく必要がないというのは、初めて出あった細胞でも、直ちにその異常細胞を認識して攻撃できるということです。
ナチュラルキラー細胞(NK細胞)は、MHCクラスI分子が喪失した細胞(自己性を喪失した異常な細胞)を認識して攻撃します。
NK細胞の細胞質にはパーフォリンやグランザイムといった細胞傷害性のタンパク質をもち、これらを放出してターゲットの細胞を死滅させます。

がん細胞を見つけると直ちに攻撃するため、がんに対する第一次防衛機構として、特に発がん過程の初期段階でのがん細胞の排除において重要な役割を果たしています。
一方、獲得免疫は,後天的に外来異物の刺激に応じて形成される免疫です。高度な抗原特異性と免疫記憶を特徴とします。
マクロファージ樹状細胞が、がん細胞からがん抗原ペプチドと呼ばれる小さな蛋白質を捕足し、その情報がヘルパーT細胞に伝えられ、その情報に従って特定のがん抗原に対する免疫応答が引き起こされるのが獲得免疫です。
T細胞は、がん抗原で活性化されて初めて細胞傷害活性を持つようになります。すなわち、細胞傷害活性を持たないT細胞が抗原提示細胞から抗原ペプチド(がん抗原)を提示されて活性化してはじめてがん細胞に対して特異的な細胞傷害活性を持つ細胞傷害性T細胞(キラーT細胞)となり、がん細胞を攻撃するようになります。

細胞傷害性T細胞(CTL)は細胞傷害物質であるパーフォリン、 グランザイム, TNF(tumor necrosis factor)などを放出したり、ターゲット細胞のFasを刺激してアポトーシスに陥らせることでがん細胞やウイルス感染細胞を死滅させます。
細胞傷害性T細胞の一部はメモリーT細胞となって、異物に対する細胞傷害活性を持ったまま宿主内に記憶され、次に同じ異物(抗原)に暴露された場合に対応できるよう備えます。

【Toll様受容体が自然免疫を発動させる】
自然免疫は獲得免疫と比較して特異性では劣り、免疫記憶も存在しませんが,病原体の侵入に対して即時に対応できます。
獲得免疫は、その制御が破綻すると自己免疫疾患にいたる危険性を有しますが、自然免疫は自己にない「分子パターン」を直接認識するという素朴はメカニズムであるため、破綻しにくい特徴があります。
このような自然免疫の発動で最も重要な仕組みがToll様受容体(Toll-like Receptor: TLR)です。
Toll様受容体(TLR)は動物の細胞表面にある受容体タンパク質で、種々の病原体や体内で発生する危険シグナル(danger signals)に特有の分子パターンを感知して自然免疫を作動させます。
すなわち、TLRは宿主には無く病原体に特異的に存在する分子を認識する受容体で、TLRが認識する成分として、細菌表面のリポ多糖(LPS)、リポタンパク質、鞭毛のフラジェリン、ウイルスの二本鎖RNA、細菌やウイルスのDNAに含まれる非メチル化CpGアイランドなどがあります。ある特定の分子を認識するのではなく、一群の分子を認識するパターン認識受容体です。
これらの受容体にリガンドが結合すると、そのシグナルによって自然免疫の応答が発動されます。

 

図:細菌やウイルス由来のリポ多糖、脂質、タンパク質を認識する TLR1,2,4,5,6はいずれも 細胞表面に存在し、細胞表面で微生物の表層成分を認識しシグナルを伝達する.一方,核酸を認識する TLR3,7,8,9はいずれもエンドソーム(エンドサイトーシスによって細胞内へと取り込まれた様々な物質の選別・分解・再利用などを制御する細胞内小器官)などの細胞内オルガネラ膜に局在し、エンドソームでリガンドを認識しシグナル を伝達する。(参考:Immunotherapy. 2009;1(6):949-964.のFig1) 

【獲得免疫の成立には自然免疫の活性化が必要】
従来,自然免疫は獲得免疫の補助的な役割を果たすにすぎないと考えられていましたが,近年,微生物などの感染にさいし初期の自然免疫の発動がなくては獲得免疫も始動しないことや,獲得免疫は脊椎動物に固有で,大部分の生物は自然免疫のみに頼っていることが明らかになってから自然免疫が注目されています。
がん細胞に対する獲得免疫が働くためにもToll様受容体などを介した自然免疫の作動が必要であることが明らかになっています。
死んだ細菌の成分を注射で投与するとがん細胞に対する免疫が増強することが100年以上前から知られています。有名はものとしてはコーリー毒素(Coley toxin)があります。
ウィリアム・コーリー(William Coley)はがんに対する免疫療法で先駆的な研究を行った医師です。肉腫の患者が丹毒にかかって高熱を出したあとに腫瘍が消失した症例を経験し、死んだ化膿レンサ球菌とセラチア菌の混合物を注射する治療を行い、著効例を多く報告しています。
これは自然免疫の活性化ががん抗原に対する獲得免疫を活性化することを意味しています。
コーリー毒素と同様な機序でがんを縮小させようというのが、BCGOK-432(ピシバニール)丸山ワクチンです。
コーリーの免疫療法は効果はあったのですが、手術や放射線治療の発達によって、効果が不確実な免疫療法は次第に重視されなくなりました。
しかし、近年の免疫学の知識を活用すれば、より効果の高い免疫療法が可能になってきました。つまり、自然免疫と獲得免疫の両方を活性化することによって、免疫療法もかなり有効性が高くなってきました。
元来、樹状細胞やマクロファージは身内の細胞であるがん細胞に対してはあまり積極的に異物として認識しない寛容の状態(tolerogenic state)にあります。そこで自然免疫を活性化する目的でTLRのアゴニストが抗腫瘍免疫を高める目的で使用されています。
ダメージ関連分子パターン(DAMPs)を発現させる細胞死の誘導と、マクロファージやNK細胞を活性化して、がん細胞の対する自然免疫を活性化すると、サイトカインの産生や樹状細胞による抗原提示が促進され、がん抗原特異的な獲得免疫が活性化されることが明らかになっています。

図:(左パネル)がん組織の微小環境においては、様々な要因がエフェクターT細胞(Teff)の働きを抑制している。がん組織から産生されるIL-10、TGF-β、VEGFは骨髄由来抑制細胞(MDSC)を動員し、樹状細胞の成熟を抑制し、Teffの機能を抑制している。さらに、がん組織には制御性T細胞(Treg)が増えており、Teffの機能を抑制しIL-10の産生を亢進し、樹状細胞の成熟を抑制している。腫瘍関連マクロファージ(TAM)はTeffの機能を抑制する。未熟な樹状細胞(iDC)はTregの腫瘍内集積を亢進し、Teffの働きを抑制する。
(右パネル)Toll様受容体(TLR)の活性化は様々なメカニズムで抗腫瘍免疫を亢進する。TLRを介した樹状細胞(DC)の活性化は貪食能やMHC発現を亢進し、Th1サイトカイン(特にIL-12)の産生を亢進する。その結果、Teffやナチュラルキラー細胞(NK)の働きが亢進し、抗腫瘍免疫が活性化する。
DC: Dendritic cell; iDC: Immature dendritic cell; MDSC: Myeloid-derived suppressor cell; TAM: Tumor-associated macrophage; Teff: Effector T cell; Treg: Regulatory T cell. 

【TLRの活性化のまとめ】
TLRに関するまとめを以下に記述しておきます。

1)TOLの活性化

Toll様受容体(TLR)は、細菌やウイルスや原虫や真菌などに共通して保存されている病原体関連分子パターン(pathogen-associated molecular patterns)を認識する。

TLRシグナル系は自然免疫と獲得免疫の両方を活性化する。TLRの活性化はタイプIインターフェロンと炎症性サイトカインの遺伝子発現を促進する。

誘導されるサイトカインのパターンは樹状細胞の種類(サブセット)やTLRアゴニストの種類やシグナル伝達系のアダプター(adaptor)によって決められる。

TLRを介する樹状細胞の活性化は、貪食作用や、成熟、流域リンパ節への移動、Th-1サイトカイン(T helper cell-1 cytokines)の分泌、リンパ球への抗原提示能を亢進する。

タイプ1インターフェロンは抗原提示、T細胞増殖、樹状細胞の成熟、ナチュラルキラー細胞の活性化を促進する。

2)がん治療法としてのTLRアゴニスト

合成アゴニスト、微生物製剤、内因性リガンドはTLRの作用に影響する。

TLRのアゴニストはがんの免疫療法において有望な治療薬となりうる。多くの物質が臨床使用に向けて開発中である。

腫瘍局所にTLRアゴニストを投与すると、自然免疫と獲得免疫を誘導し、さらに腫瘍の微小環境に様々な作用を及ぼして、腫瘍を効率的に排除することができる。

TLRアゴニストは樹状細胞を活性化し、T細胞応答を増強し、制御性T細胞の免疫抑制作用を減弱させるので、がんワクチン療法の効果を増強する。

抗がん剤治療や放射線治療や抗体療法や分子標的薬とTLRアゴニストとの併用療法に関する研究が進行中である。

3)TLRと抗がん剤や放射線の関係

抗がん剤や放射線治療によって死滅した細胞はTLRシグナルを刺激し、抗腫瘍免疫の発動を誘導する。

TLRの多様性が通常のがん治療を受けた患者の予後に影響する

4)結論

がん細胞に対する免疫療法において、いくつかのTLRアゴニストは有望な治療効果が期待できる。

【ピシバニール(OK432)は制御性T細胞の働きを抑制する】
ピシバニール(Picibanil)は溶連菌の一種のストレプトコッカス・ピオゲネス(Streptococcus pyogenes)のペニシリン処理凍結乾燥粉末で、OK-432は略号です。
胃がんや肺がんの化学療法と併用した場合は保険適用されています。抗がん剤との併用で、抗がん剤単独に比べて生存期間の延長が認められています。
Th1 タイプサイトカイン(IL-12、IFN-γ) や IL-1、IL-2、TNF-αの産生、Natural killer 活性の増強が認められています。40年前から現在まで使用されています(1975年発売)。
ピシバニールは細菌成分なので、TLRを介した自然免疫を活性化できます。次のような論文があります。

Overcoming regulatory T-cell suppression by a lyophilized preparation of Streptococcus pyogenes.(溶血性連鎖球菌の凍結乾燥製剤による制御性T細胞の克服)Eur J Immunol. 43(4): 989-1000, 2013年

【要旨】
CD4(+)CD25(+)制御性T細胞(regulatory T cell: Treg)による免疫抑制が、がん免疫療法の臨床効果が十分に上がらないことと関連している。したがって、がんの免疫療法においてTregの抑制は重要な戦略となる。
本研究では、CD4(+)T細胞(ヘルパーT細胞)に対するTregの抑制作用を、Toll様受容体を刺激する溶血性連鎖球菌の凍結乾燥製剤(OK-432)が克服するかどうかを、細胞培養(in vitro)および生体内(in vivo)の実験系で検討した。
培養細胞を使ったin vitroの実験系で、OK-432はTregの抑制作用を阻止する作用によってCD4(+)エフェクターT細胞の増殖を著明に亢進した。このTreg抑制作用は抗原提示細胞から産生されるIL-12に依存していた。
がん細胞が増殖している浸出液に直接OK-432を投与するとCD4(+) CD25(+) Foxp3(+) 制御性T細胞(Treg)の免疫抑制作用を低下させた。
食道がん患者を対象にしたHER2とNY-ESO-1の抗原によるワクチン治療にOK-432を補助療法として併用すると、NY-ESO-1に特異的なCD4(+)T細胞の前駆細胞が活性化され、NY-ESO-1-特異的CD4(+) T細胞がエフェクター/メモリーT細胞の中に検出された。
これらの患者から採取されたCD4(+)T細胞クローンは高親和性TCR(T細胞受容体)を発現し、自然に過程で処理され樹状細胞によって提示されたNY-ESO-1タンパク質を認識した。
以上のように、OK-432は制御性T細胞の働きを抑制し、がん抗原に特異的なT細胞の活性化に寄与することが示された。

インターロイキン-12(IL-12)は、当初"NK細胞刺激因子"の名称で報告されたように、NK細胞に対する著明な活性化作用を特徴とするサイトカインです。
IL-12はB細胞および単球系細胞より産生され、T細胞やNK細胞に対して細胞増殖の促進、細胞傷害活性誘導、IFN-γ産生誘導、LAK細胞誘導などの作用を示します。こうした細胞性免疫機能への作用から、IL-12には感染防御やがん治療や免疫不全症の改善における臨床応用が期待されています。
ピシバニールはIL-12の産生を増やして抑制性T細胞の働きを抑制し、細胞傷害性T細胞(CTL)やNK細胞の働きを高めるということです。

The bacterial preparation OK432 induces IL-12p70 secretion in human dendritic cells in a TLR3 dependent manner.(細菌製剤OK432はヒト樹状細胞においてToll様受容体3を介してIL-12p70の分泌を誘導する)PLoS One. 2012;7(2):e31217. doi: 10.1371/journal.pone.0031217.

【要旨】
がんの免疫療法において、樹状細胞はT細胞を活性化しがん細胞をターゲットにした免疫応答を引き起こす。
溶連菌製剤のOK-432(ピシバニール)は、樹状細胞の成熟に必要なIL-12p70の産生を増やす作用がある。
OK432による樹状細胞の活性化のメカニズムを明らかにする目的で、IL-12p70産生における個々のToll様受容体(TLR)の関与を検討した。
様々なTLRシグナルの阻害剤を使った実験で、OK432による樹状細胞からのIL-12p70産生にTLR3(Toll様受容体3)が関与していることが明らかになった。
さらに、TLR3刺激によるIL-12p70産生はプロテイナーゼ(蛋白分解酵素)によって阻害され、またRNA分解酵素(RNAse)によっても部分的に阻害された。
OK432のような細菌製剤がヒト樹状細胞においてTLR3経路を活性化するという実験結果は新しい発見である。OK432はIL-12p70の産生を亢進できるので、樹状細胞活性化をベースにした免疫療法において重要な働きを行うことができる。

前述のようにTLR3はエンドソームに存在するToll様受容体(TLR)の一種です。リガンドとしてウイルスの二本鎖RNAが知られていますが、この論文では蛋白分解酵素やRNA分解酵素で分解されるピシバニールに含まれる何らかの成分がTLR3を刺激してIL-12の産生を亢進することを報告しています。
IL-12は2つのサブユニットを持つタンパク質二量体で、IL-12A(p35)とIL-12B(p40)という2種類の遺伝子にコードされ、p35とp40からなるヘテロ二量体(p70)と、p40のホモ二量体が存在します。IL-12p70というのはIL-12のヘテロ二量体の産生が亢進していることを示しています。

【免疫原性細胞死誘導+自然免疫活性化=がん抗原特異的抗腫瘍免疫の増強】
現在、がんワクチン樹状細胞療法などによってがん抗原特異的な抗腫瘍免疫の増強を目標にした治療が注目されています。
このような獲得免疫を活性化する方法に、免疫抑制のメカニズム(制御性T細胞、骨髄由来抑制細胞、CTLA-4、PG-1/PD-L1)を阻止するような治療を併用すると、がん細胞を免疫力で縮小できる可能性があります。
ただ、これらの治療法の中には非常に高額なものもあるので、実施には費用的な問題が多いのが事実です。
また、免疫抑制系を抑制し過ぎると、自己免疫疾患の発症など副作用も問題になってきます。 
副作用が少なく、安価で実現可能な方法があれば、がん治療に使えます。例えば、以下の方法は一つのアイデアです。

1)エトポシドやシクロフォスファミドのような免疫原性細胞死を起こしやすい抗がん剤を短期間使用する。この際、小胞体ストレスを引き起こす2−デオキシグルコース(2-DG)を抗がん剤治療前と治療中に摂取することによって、がん細胞の免疫原性細胞死の頻度を高める。(447話参照)

2)抗がん剤治療と2-DGの併用によってがん細胞の免疫原性細胞死を誘導したあとは、樹状細胞の成熟を促進し、NK細胞活性を高める目的で、ピシバニール(筋肉注射)で自然免疫を高める。BCGや丸山ワクチンなどでも可。

3)免疫抑制作用のあるプロスタグランジンE2の産生を阻害する目的でCOX-2阻害剤のCelecoxibを併用する(446話参照) 

4)さらにオプションとして、制御性T細胞活性を抑制し、細胞傷害性T細胞(CTL)の活性を高めるメチオニン・エンケファリン(オピオイド増殖因子)、免疫系を活性化する漢方治療などを併用。

 この他にも利用できる方法があり、免疫制御のメカニズムを理解して、抗腫瘍免疫を積極的に高めることはがん治療法として有望です。
コメント ( 0 ) | Trackback ( 0 )
« 447)抗腫瘍免... 449) 抗腫瘍免... »