がんの予防や治療における漢方治療の存在意義を考察しています。がん治療に役立つ情報も紹介しています。
「漢方がん治療」を考える
530)がんの発生や再発の予防にどの程度の運動量が必要か
図。がんの発生に及ぼす運動の影響。運動は不足しても過剰でもがん予防にはマイナスになる。適度な運動を心がけることが大切。
530)がんの発生や再発の予防にどの程度の運動量が必要か
【身体活動不足は死亡に対する主要な危険因子になっている】
平成24 年7 月のランセットの論文によると、世界の全死亡数の約9%は身体活動不足が原因で、その影響の大きさは肥満や喫煙に匹敵すると言っています。(Lancet. 2012 Jul 21; 380 (9838): 219-29. )
運動不足は心臓の冠動脈疾患や2型糖尿病や乳がんや大腸がんのリスクを高めるからです。
この論文では、身体活動の不足(physical inactivity)は、冠動脈疾患の6%、2型糖尿病の7%、乳がんの10%、大腸がんの10%の原因になっていると推定しています。
2008年の全世界の死亡者数5700万人のうち530万人(約9%)の死亡の原因に身体活動の不足が関与していると推定しています。したがって、もっと身体活動を増やすべきだと提言しています。
WHO(世界保健機関)は、高血圧(13%)、喫煙(9%)、高血糖(6%)に次いで、身体活動不足(6%)を全世界の死亡に対する危険因子の第4 位として位置づけており、2010 年にその対策として「健康のための身体活動に関する国際勧告(Global recommendations on physical activity for health)」を発表しています。
この中で、5~17 歳、18~64 歳、65 歳以上の各年齢群に対し、有酸素性の身体活動の時間と強度に関する指針及び筋骨格系の機能低下を防止するための運動の行うべき頻度等が示されています。
運動を含めて身体活動を増やすことががんの発生予防に有効であることは、多くの研究で明らかになっています。
【若い人の運動不足ががんを増やしている?】
厚生労働省が平成25年(2013年)11月に実施した「国民健康・栄養調査」によると、運動習慣のある者(1回30分以上の運動を週2日以上実施し、1年以上継続している者)は男性が33.8%、女性が27.2%でした。
年代別では男女とも30歳代が最も低く、男性が13.1%、女性が12.9%です。20歳代も男女とも16%台です。
一方、60歳代では男性が37.3%、女性が34.9%、70歳以上では男性が49.4%、女性が37.2%となっています。
つまり、若い人の運動不足が問題になっています。この若い年代の運動不足ががんの発生を増やしている可能性もあります。
日本では現在、40歳から89歳までの死因の第一位はがん(悪性新生物)です。がん細胞が発生して、臨床的ながんになるまで、すなわちがんで死ぬまで、10年以上かかると考えられています。
つまり、がんで死なないためには、30歳くらいから積極的にがん予防を実践することが大切ですが、20歳代や30歳代では運動習慣がある人の割合が13から16%程度と非常に低いことは、がんを増やしている要因として重要かもしれません。
がんにならないためには、30歳代からがん予防に良いことを実践する必要があります。しかし、30歳代はがんを切実な問題と捉えていません。
【適度な運動は体の治癒力を高める】
身体活動(Physical activity)というのは、骨格筋を使う全ての動き、あるいは、安静にしている状態よりも多くのエネルギーを消費する全ての動作を指します。
身体活動は大きく4つに分類されます。
職業によるもの(仕事に伴う活動)、家事によるもの(家庭内での活動)、移動によるもの(通勤や通学するための活動)、余暇時間によるもの(スポーツや楽しみのために行われた活動)に分けられます。
また、運動量の程度によって、軽度、中等度、強度などと分けられます。例えば、家事は軽度な身体活動で、速歩は中等度の身体活動で、ランニングは強度な身体活動に分類されます。
適度な運動は心身両面から体の治癒力を高めて病気を予防します。
適度な運動は様々な方法で治癒系の働きを活発化します。
血液の循環をよくし、体の代謝を盛んにし、気分を爽快にして、ストレスを緩和し、リラクセーションと快適な睡眠により体の治癒力を向上します。
適度な運動によって、ナチュラルキラー細胞活性の上昇など免疫機能が高められることも報告されています。
動物が繰り返しストレスを受け、そのストレスを吐き出す身体的なはけ口が与えられないと、体の状態がどんどん悪化します。しかし、動物がストレスを受けても、体の運動ができる場合には、ダメージを受ける量は最小限ですむという研究があります。
運動がストレスの適当なはけ口になると免疫力と高めることにもつながります。つまり、規則的に体を動かすことは、ストレスの結果おこる生理的産物をうまく吐き出させるための手段として、一番適当な方法であり、体の自然治癒力や防御能を刺激する作用があります。
運動によって、インスリン様成長因子-1(IGF-1)の血中濃度が低下するという報告もあります。IGF-1はがん細胞の増殖を促進する作用があるので、IGF-1の血中濃度の低下はがん抑制効果と関連します。IGF-1の活性化を抑制するIGF-1結合タンパク質の産生が運動によって高まるという報告もあります。
運動には、身体的な利点と同時に、大きな心理的変化も起こすことがあります。
規則的に運動している人は、運動していない人に比べて、考え方が柔軟になりやすく、自己充足感が高く、抑うつ感情も軽減します。
抑うつ感情は健康維持に悪い影響を与えるため、規則的な運動によって抑うつ状態から抜け出すことは、心身を健全な状態にもっていき、免疫力にも良い影響を与えます。
運動は様々なメカニズムで体に良い影響を与え、生活習慣病を予防し、がんの発生や再発を予防する効果もあります。
【運動不足は大腸がんと乳がんの危険因子】
規則的で活発な身体運動ががんの発生を予防することは科学的に確立しています。ある報告ではこのような身体運動ががんの発生を40%減らす可能性を示しています。
運動によるがん予防効果は大腸がん(結腸直腸がん)と乳がんで最も強く認められています。
運動不足が大腸がんや乳がんの発生率を高めることは、多くの疫学的研究で報告されています。
例えば、約8千人の男性労働者の仕事中の姿勢と大腸がんの発生率を調べた大阪府立成人病センターの疫学調査によると、デスクワーク中心の人が大腸がんになる危険度を1.0とすると、立ち仕事が中心の人の危険度は0.27という結果が出ています。
仕事中に体を動かす量に反比例して大腸がんのリスクが低下することが明らかになっており、同様の結果は欧米でも多く発表されています。
運動が大腸がんのリスクを下げる理由としては、運動によって便通が促進され、便に含まれる発がん物質と腸の粘膜との接触時間が短くなる可能性や、発がん過程を促進するインスリンや胆汁酸のレベルに影響する可能性などが示唆されています。
動かないことが問題で、デスクワーク中心の人は運動不足を解消することが大切です。
日本でも最近急増している乳がんも運動不足が発がんリスクを高めることが報告されています。乳がんの発がんを促進する女性ホルモン(エストロゲン)が卵巣の他に体脂肪からも産生されるため、乳がんの場合は体脂肪との関連が大きく、運動不足による肥満が乳がんの発がんリスクを高めるようです。
日頃の日常生活で体を動かすことの多い人や、適度な運動を行っている人では、乳がんの発生率が30%も減るとか、乳がん治療後の再発率が減少するという報告もあります。
大腸がんと乳がん以外のがんでは、運動による発がんリスクの低下ははっきりとは証明されていませんが、子宮体がん、卵巣がん、肺がん、前立腺がん、膵臓がんなどでも、運動が発がんリスクを低下させる可能性が示唆されています。
白血病や悪性リンパ腫や多発性骨髄腫のような血液系の腫瘍の発生リスクには運動は関与しないようです。
【がんの診断後も運動はメリットが多い】
がんと診断された後でも、活発な運動は手術の治療成績を向上し、抗がん剤や放射線治療の副作用を軽減し、精神面や身体機能を良好に維持する効果があります。
乳がんや大腸がんでは、診断後の規則的な身体運動が生存率を50〜60%も高めることが、大規模な前向き臨床試験で示されており、運動によるがん再発予防効果はもはや否定できません。
大腸がんと乳がんでは運動の再発予防効果をもっと認識する必要があります。抗がん剤による補助化学療法よりも再発予防効果は高い印象です。
前立腺がんのホルモン療法では筋肉量の減少や運動能力の低下や心肺機能の低下などの副作用が発生しますが、活発な運動は、男性ホルモン(テストステロン)の血中レベルを上げることなく、このような副作用を軽減することが報告されています。
乳がんや前立腺がんのホルモン療法は心血管系疾患や肥満、2型糖尿病、骨粗しょう症、サルコペニア(筋肉減弱症)の発症リスクを顕著に高めます。
がん治療には様々な副作用があり、他の慢性疾患の発症リスクを高め、他の疾患の発病率や死亡率を高める可能性があります。つまり、抗がん剤治療や放射線治療はがんの再発や進行を抑えても、寿命を短くする治療と言えます。
このようながん治療に伴う他の疾患の発症リスクを減らす方法として、活発な身体運動が有効であることは多くの臨床試験で確認されています。
進行がんでは、標準治療では再発予防の目的で、抗がん剤治療やホルモン療法が補助療法(adjuvant therapy)として行われています。
補完・代替医療の分野では、抗がん作用のあるサプリメントや漢方薬や食事療法などが利用されています。
運動療法は、場合によってはこれらの治療法よりも有効性の高いがんの補助療法の可能性があります。そのくらい、がんの発生や再発の予防において、運動の重要性が認められるようになってきています。
【どの程度の運動が必要か】
米国がん協会(American Cancer Society)は、がん予防のための運動量として、成人の場合は、1週間に150分以上の中等度の運動、あるいは75分以上の強度(かなり活発)な運動を行うことを推奨しています。
1日に集中して運動するのではなく、週を通して運動するのが良いと言っていますので、1回に30~60分間程度の中等度から強度(かなり活発)の運動を週に3回以上実施する感じです。
小児や十代の場合は、1時間以上の中等度から強度(かなり活発)の運動を毎日実施し、週に3日以上は活発な運動を行うことを推奨すると言っています。
一方、そんなに頻回に強度な運動をする必要ないという報告もあります。
週1~2回の運動でも、全死因・心血管疾患・がんによる死亡リスクを低減するのに十分かもしれないという研究結果が最近報告されています。(JAMA Internal Medicine誌オンライン版2017年1月9日号)
Association of "Weekend Warrior" and Other Leisure Time Physical Activity Patterns With Risks for All-Cause, Cardiovascular Disease, and Cancer Mortality.(全死因死亡率、心臓血管疾患死亡率、およびがん死亡率と、「週末戦士」と他の余暇時間の身体活動パターンの関連性。)JAMA Intern Med. 2017 Jan 9. doi: 10.1001/jamainternmed.2016.8014. [Epub ahead of print]
この研究は、英国ラフバラ大学(Loughborough University)のGary O'Donovan氏らによって行われ、イングランドとスコットランドの40歳以上の男女を対象に、1994~2012年にデータを収集し、2016年に分析しています。
回答者6万3,591人(平均年齢58.6)のうち、追跡期間中に計8,802人が死亡しました。このうち、心血管疾患による死亡が2,780人、がんによる死亡が2,526人でした。
全死因死亡のハザード比(HR)は、「運動していない」群と比較して、「運動が不十分(中程度の運動が週150分未満かつ強い運動が週75分未満)」の群で0.66(95%CI:0.62~0.72)、「週末戦士(週1~2回の運動、中程度の運動を週150分以上または強い運動を75分以上)」群で0.70(同:0.60~0.82)、「定期的に運動(週3回以上の運動、中程度の運動を週150分以上または強い運動を75分以上
)」している群で0.65(同:0.58~0.73)でした。
心血管疾患による死亡のHRは、「運動していない」群と比較して、「運動が不十分、週1~2回」の群で0.60(95%CI:0.52~0.69)、「週末戦士」群で0.60(同:0.45~0.82)、「定期的に運動」している群で0.59(同:0.48~0.73)でした。
がんによる死亡のHRは、「運動していない」群と比較して、「運動が不十分、週1~2回」の群で0.83(95%CI:0.73~0.94)、「週末戦士」群で0.82(同:0.63~1.06)、「定期的に運動」している群で0.79(同:0.66~0.94)でした。
「運動が不十分な群」というのは週に1〜2回程度の運動で、中程度の運動が週150分未満かつ強い運動が週75分未満です。
「週末戦士群(Weekend Warrior)」は週1~2回の運動ですが、中程度の運動を週150分以上または強い運動を75分以上です。
「定期的に運動している群」は:週3回以上の運動、中程度の運動を週150分以上または強い運動を75分以上です。
このように分類した場合、「運動していない群」にくらべて、いずれのグループも全死亡率や心疾患死亡率やがん死亡率はほとんど差がないという結果でした。
この論文では、全死因死亡率やがんや心疾患による死亡率は、週1〜2回程度の運動で十分に低下できるという結論です。
【運動強度(METs)とは】
METs(メッツ)は「Metabolic equivalents」の略で、活動・運動を行った時に安静状態の何倍の代謝(カロリー消費)をしているかを表しています。
身体活動におけるエネルギー消費量を座位安静時代謝量(酸素摂取量で約3.5 ml/kg/分に相当)で除したものです。
メッツ・時とは、運動強度の指数であるメッツに運動時間(hr)を乗じたものです。
酸素1.0 リットルの消費を約5.0kcal のエネルギー消費と換算すると、1.0 メッツ・時は体重70kg の場合は70kcal、60kg の場合は60kcal となります。
このように標準的な体格の場合、1.0 メッツ・時は体重とほぼ同じエネルギー消費量となるため、メッツ・時が身体活動量を定量化する場合によく用いられます。
国際的には、中等度(3~6 メッツ)の身体活動を週に150 分行うことが推奨されていますが、これは7.5~15 メッツ・時/週に相当します。
身体活動の運動量(メッツ)に実施時間(時)をかけたものを「エクササイズ」と言います。
普通の歩行で3METs、軽いジョギングやテニスで6METs、水泳や山登りで8METs程度です。
中等度の運動は5〜6METs、かなりきつい運動は8METs以上になります。
9 メッツ・時/週以上というのは、歩行(3METs)であれば週に3時間、軽いジョギングやテニス(6METs)であれば週に1.5時間程度の運動量になります。
厚生労働省は、強度が3 メッツ以上の身体活動を23 メッツ・時/週行うことを推奨しています。
具体的には、歩行又はそれと同等以上の強度の身体活動を毎日60 分行うことに相当します。
日本人を対象とした研究では、日本人の身体活動量の平均は概ね15~20 メッツ・時/週ですが、この身体活動量では生活習慣病の発症予防や、生活機能低下のリスク低減の効果を統計学的に確認できなかったと言っています。
一方、身体活動量が22.5 メッツ・時/週より多い者では、生活習慣病等及び生活機能低下のリスクが有意に低かったという報告を根拠にしています。
米国癌研究財団による「癌予防15ヵ条」では、「体を動かすことが少ないか、動かしても中程度の職種の人は、一日に1時間の速歩か 、それに匹敵する運動、さらに週に少なくとも合計1時間の活発な運動をする」ことが勧告されています。
速歩(平地、95~100m/分程度)は4METsです。これを毎日すると28メッツ・時になります。そして活発な運動(メッツが8以上)を1時間とすると合計で36メッツ・時になります。
米国癌研究財団による「癌予防15ヵ条」では、この程度の運動量が必要だと考えているようです。
【乳がん治療後に再発率を下げるために適切な運動量】
2005年5月25日号のJAMA(米国医師会雑誌)に、ハーバード大学とBrigham and Women's Hospitalの研究者が行った研究が報告されています。
Physical activity and survival after breast cancer diagnosis.(乳がん診断後の身体活動と生存)JAMA. 2005 May 25;293(20):2479-86.
[研究の背景]日常生活やスポーツで体を動かすこと(身体活動)が乳がんの発生率を下げることは報告されているが、乳がんと診断された後の再発率や生存期間におよぼす身体活動の影響については明らかになっていない。
[目的]乳がんに罹った女性において、身体活動を高めることが、運動不足の乳がん患者の死亡率を下げることができるのかどうかを明らかにするための研究。
[研究計画]1984年から1998年の間にステージI,II,IIIと診断された女性看護士を2002年6月まで追跡調査した
[主な評価法]身体活動の度合いをmetabolic equivalent task [MET] hours per weekで評価し、
[結果]身体活動が3MET-hours/週以下の女性と比較して、3-8.9MET-hours/週のグループの乳がんによる死亡の相対危険度は0.80 (95% confidence interval [CI], 0.60-1.06) であった。
9-14.9 MET-hours/週のグループの相対危険度は0.50 (95% CI, 0.31-0.82) であった。
15-23.9 MET-hours/週のグループの相対危険度は0.56 (95% CI, 0.38-0.84) であり、24 MET-hours/週以上の身体活動の高いグループの相対危険度は0.60 (95% CI, 0.40-0.89) であった。
3MET-hours というのは時速2~2.9マイル(3.2〜4.6km)で1時間歩く仕事量に相当する。
身体活動によって乳がんによる死のリスクが減るのはホルモン-依存性の乳がんにおいて特に顕著であった。
身体活動が9 MET-hours/週未満の患者でホルモン依存性の乳がんの死亡リスクと比較して、身体活動が9 MET-hours/週以上の患者でホルモン依存性の乳がんの死亡の相対リスクは、0.50 (95% CI, 0.34-0.74)であった。
身体活動が3 MET-hours/週未満の患者の乳がんの死亡リスクと比較して、身体活動が9 MET-hours/週以上の患者では、10年後の死亡率は6%減少する。
[結論]乳がんと診断された後に、身体活動を高めると乳がんによる死亡のリスクを下げることができる。もっとも効果が出るのは、週に3から5時間のウオーキングであり、これ以上にエネルギー消費量を増やしてもリスク低下に寄与するという証拠は乏しい。ここに推奨されたレベルの身体活動を行うことは、乳がん治療後の死亡のリスクを下げる効果がある。
ウオーキングのメッツが3〜4として、週に3〜5時間とすると9〜20メッツ・時/週になります。
体力は個人差があるので、運動が嫌いな人や体力が低下している場合や高齢の場合は9メッツ・時/週を目標にすれば良いと思います。
運動が好きな人や若い人は、厚労省が推奨している「強度が3 メッツ以上の身体活動を23 メッツ・時/週行う」が一つの目標になります。
元気な人は加圧運動も加えて、もう少し増やしても良いようです。
【過度な運動は逆効果】
過度の運動はかえって健康を害することも指摘されています。運動は急激に大量の酸素を消費するため、多量の活性酸素が体内に発生し、体の酸化障害を促進することになります。
肉体的および精神的なストレスを引き起こすような過度の運動は、ナチュラルキラー細胞活性などの免疫系の働きを低下させることが知られています。
マラソンのトレーニングとそれに類似した過酷な運動は免疫機能を低下させ,感染症リスクを増大させる可能性を指摘する報告もあります。
西洋のスポーツは身体機能を高めることと競技性を重視しており、健康への寄与は必ずしも高くありません。運動は不足でも過剰でも、老化や発がんの過程を促進すると考えられており、何ごとも適度(中庸)がベストです。(トップの図)
【適度なストレスはストレス抵抗性を増強する】
体には、軽度なストレスを受けると、そのストレスを排除するために細胞内システムが活性化して、そのストレスに対する抵抗力を高めるようになるという仕組みがあります。
生物に対して通常有害な作用を示すものが、微量であれば逆に刺激作用を示す有益な作用になるという現象で、こうした生理的刺激作用を「ホルミシス(Hormesis)」と言います。
除草剤(農薬)のパラコートは活性酸素を発生させます。線虫を様々な濃度のパラコートの入った培地で育てて、その寿命を検討した実験があります。
パラコートの濃度が極めて低い(0.005mM以下)と寿命に影響は及ぼしませんが、濃度が0.01mMから0.5mMの場合は、寿命が最大で60%くらい延長します。1mM以上だと逆に寿命は短縮します。軽度の酸化ストレスは寿命を延ばし、高度の酸化ストレスはダメージを与えるので寿命は短縮するという結果です。
図:細胞へのストレスの刺激強度が強いと細胞にダメージを与える。しかし、軽度なストレス刺激は細胞のストレ抵抗性やダメージに対する修復能を高め、その結果寿命を延ばす。
ミトホルミシス(Mitohormesis)というのは「ミトコンドリアをターゲットにしたホルミシス効果」という意味です。
例えば、ミトコンドリアでの活性酸素の産生が高まると、細胞内の抗酸化力が高まるので、ストレスに対する抵抗力が高まって寿命が延びるという考えです。
適度な有酸素運動はミトコンドリアでの呼吸活性を上昇させ、活性酸素種の発生が増えます。体内で活性酸素が増えると活性酸素を消去するために、細胞は抗酸化酵素や解毒酵素の発現を高めます。その結果、細胞のストレス抵抗性は高められ、加齢関連疾患の発症を抑制し、寿命を延ばす作用を発揮するのです。
有酸素運動でミトコンドリアでの酸素呼吸が増えて活性酸素種が増えたとき、抗酸化作用のあるサプリメントを摂取して活性酸素種を消去すると、運動の健康作用は消えてしまいます。運動後に抗酸化性サプリメントを過剰に摂取すると、ホルミシス効果が働かなくなるためです。
ただし、過度の運動の後に、過剰に発生した活性酸素の害を軽減する目的で抗酸化剤を摂取するのは意味があるかもしれません。過剰な活性酸素は細胞に酸化傷害を引き起こすからです。
しかし、日頃から過剰の抗酸化剤を摂取していると、むしろ細胞の抗酸化力や解毒力などのストレス抵抗性を弱めて、酸化傷害を受けやすい状態になる可能性があります。
過剰な抗酸化性サプリメントの摂取ががんの発生を促進し、寿命を短くする理由となっていることが指摘されています。
つまり、抗酸化性サプリメントの摂取には良い面と悪い面の2面性があることを認識しておくことが重要です。
図:適度な運動はミトコンドリアでの呼吸活性を上昇させ、活性酸素種の発生を増やす。その結果、ホルミシス効果で細胞は抗酸化酵素や解毒酵素の発現を高め、ストレス抵抗性を高めて、加齢関連疾患の発症を抑制し、がんの発生を抑制し、寿命を延ばす。一方、過度の運動は活性酸素の産生が増え、細胞膜やDNAの酸化傷害を高め、加齢関連疾患の発症やがんの発生を促進し寿命を短縮する。抗酸化剤はこのどちらの過程も阻害する。したがって、過度の運動による酸化傷害を阻止するが、適度な運動による健康作用を妨げるという2面性がある。
【抗酸化剤はミトホルミシスを働かなくする】
活性酸素を消去する抗酸化剤には良い面と悪い面の2面性があることを説明しました。
体内で発生する活性酸素を消去することは全て良さそうに思うのですが、活性酸素による適度な酸化ストレスがある方が老化を防ぎ、長生きできるのです。そのメカニズムをもう少し説明します。
抗酸化剤が健康に良くないというのは糖尿病でも指摘されています。
以下の論文はPNASの有名な論文です。
Antioxidants prevent health-promoting effects of physical exercise in humans.(抗酸化剤はヒトにおける身体運動の健康増進作用を阻止する)Proc Natl Acad Sci U S A. 2009 May 26;106(21):8665-70.
運動は様々な健康作用があり、インスリン抵抗性を改善して、糖尿病の予防に有効であることは証明されています。
この論文では、運動後に抗酸化性のサプリメントを摂取すると、運動の健康作用がキャンセルされるという結果を報告しています。
運動で軽度の酸化ストレスが発生すると、ミトホルミシスのメカニズムで体の抗酸化力を高めるのですが、抗酸化剤を摂取するとそのミトホルミシスが作用しないので、運動の健康作用(インスリン抵抗性の改善など)がキャンセルされるということです。
ミトホルミシスというのは、ミトコンドリアでの活性酸素の発生が増えると、酸化ストレスを軽減するために、細胞は抗酸化酵素の発現や活性を高めて抗酸化力を高め、その結果、老化を抑制し、寿命を延ばすというメカニズムです。
この論文では、運動はミトホルミシスの機序でインスリン抵抗性が改善し、糖尿病が予防できるが、抗酸化剤を摂取すると、その効果が無くなると報告しています。
この研究では、ビタミンC (1000 mg/日) と ビタミン E (400 IU/日)を投与しています。
運動するとPPARγ(ペルオキシソーム増殖因子活性化受容体)やPGC1α(PPARγコアクチベーター1α)の発現が亢進し、内因性の抗酸化酵素(SODやグルタチオンペルオキシダーゼなど)の発現などにより酸化ストレス抵抗性が亢進します。しかし、ビタミンCとビタミンEを摂取すると、この抗酸化酵素の発現誘導が阻止されるというメカニズムです。(下図)
図:適度な運動によってミトコンドリアでの活性酸素の産生が増えると、細胞はPPARγ(ペルオキシソーム増殖因子活性化受容体)やPGC1α(PPARγコアクチベーター1α)の発現が亢進し、スーパーオキシド・ディスムターゼ(SOD)やグルタチオンペルオキシダーゼなどの内因性の抗酸化酵素の発現亢進などにより酸化ストレス抵抗性が亢進する。運動後にビタミンCやEを摂取すると、このミトホルミシスの機序が起こらなくなり、運動の健康作用が消失する。
以上、体力や年齢や病気の状態に応じて、運動ができる状況であれば、1週間に9〜30メッツ・時くらいの運動はがん治療後の再発予防に有効です。
健常人であれば、1週間に23〜36メッツ・時くらいが妥当です。
つまり、健常人のがん発生予防や、体力に問題ないがんサバイバーは、毎日速歩1時間程度の運動(これは通勤や仕事でも可)に週に1〜2回程度の活発な運動を1時間程度行う(週末で可)くらいが妥当のようです。
運動不足ががんの発生や再発を促進することは確かです。
適切な運動は、補助化学療法よりも再発予防効果は高そうです。
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