130) 抗がん剤による肝障害を軽減する漢方治療

図:毒物や薬物による肝障害を軽減し回復を促進する効果が認められている生薬やハーブを利用すると、抗がん剤による肝障害の予防や治療にも役立つ

130) 抗がん剤による肝障害を軽減する漢方治療

【抗がん剤による肝障害】
多くの抗がん剤が肝臓にダメージを与えます。抗がん剤やその代謝産物による肝細胞への直接の毒作用の他に、薬物に対するアレルギー反応や血管内皮障害などが関与する場合もあります。
肝細胞へのダメージによって肝細胞壊死胆汁うっ滞脂肪肝などの病理変化が発生します。軽い場合には可逆的ですが、長期の抗がん剤治療では不可逆性の肝線維化や肝硬変に進展する場合もあります。
時に致死的な肝障害を惹起することもあります。
肝障害は軽い場合には症状は出ないので、血液検査の異常(トラスアミナーゼビリルビンの値など)に注意します。
肝障害の症状として、軽い場合には食欲不振、吐き気や嘔吐、倦怠感などですが、高度の肝障害では、黄疸、浮腫、腹水、意識障害など肝不全の症状を呈します。
昔から、肝炎や肝障害の治療に漢方薬が使用されています。欧米でも、薬物や毒物による肝障害を予防・改善するハーブがいくつか使用されています。
抗がん剤治療の副作用軽減の目的で漢方治療を行なう時、毒物による肝障害を予防・治療する効果が知られている以下のような生薬が役立ちます。

【柴胡(サイコ)、黄ごん(オウゴン)、甘草(カンゾウ)】
サイコ(柴胡;Bupleuri Radix)はセリ科のミシマサイコ(Bupleurum falcatum)の根です。夏から秋に小さな黄色の花を多数咲かせ、その根は抗炎症作用や細胞保護作用が知られて、古くから薬用に使用されています。
サイコに含まれるサイコサポニンには、解熱、抗炎症、抗アレルギー、肝障害改善、抗潰瘍、抗ストレス作用などの効能があることが報告されています。柴胡が主体の漢方薬を柴胡剤と言います。
漢方では、遷延化した慢性炎症や感染症に用いられ、長引いた風邪やウイルス性肝炎などに使用される
小柴胡湯(しょうさいことう)が有名です。アルコールや四塩化炭素などによる肝障害の動物実験モデルで、小柴胡湯に肝臓保護作用を示す効果が報告されています。
黄芩(オウゴン)はシソ科のコガネバナの周皮を除いた根で、漢方薬の代表的な清熱薬(解熱・抗炎症作用)の一つです。呼吸器、消化器、泌尿器などの炎症や熱性疾患に幅広く使用されており、特に、肺炎や慢性気管支炎などの呼吸器感染症、感染性腸炎などによる下痢、ウイルス性肝炎などの慢性肝疾患、胆嚢炎、膀胱炎、にきびなどの皮膚化膿症などに使用されてきました。
慢性肝疾患や呼吸器感染症や遷延した風邪には柴胡(サイコ)と併用して用いられます。その代表的な方剤が、小柴胡湯(しょうさいことう)や柴胡桂枝湯(さいこけいしとう)です。
オウゴンはフラボノイド類(バイカリン・バイカレイン・オーゴニンなど)を多く含みます。オウゴンに含まれるフラボノイドには、抗炎症作用・抗アレルギー作用・プロスタグランジン生合成阻害作用・抗腫瘍作用・毛細血管強化作用・脂質代謝改善作用・肝障害予防作用などの多彩な薬理作用が報告されています。
オウゴンのフラボノイドには、がん細胞の抗がん剤感受性を高める効果や、抗酸化作用と抗炎症作用によりがんの再発や進展を抑える効果も報告されています。
甘草(かんぞう)はマメ科のウラルカンゾウの根で、主成分のトリテルペノイド配糖体のグリチルリチンは、ステロイドホルモン様作用・抗アレルギー作用・肝臓機能改善作用・抗消化性潰瘍作用・免疫賦活作用・抗腫瘍作用・抗変異原抑制作用・抗ウイルス作用など多彩な作用を持っています。肝臓の炎症を抑え、肝細胞を保護する作用があります。
他の薬の薬性を調和させ、薬効が過剰にならないように緩和させ、副作用の軽減を図る目的や、味をよくする矯味薬としても使用されます。
抗がん剤は肝臓や腎臓や消化管などの臓器障害を引き起こします。このような副作用に対して細胞保護作用や抗炎症作用を有するサイコとオウゴンやカンゾウを含む漢方薬は有用です
 
【田七人参(デンシチニンジン)】
田七人参(三七人参とも呼ばれる)はウコギ科のサンシチニンジン(Panax notoginseng)の根で、高麗人参の仲間です。古来より「金不換(きんふかん)」とも呼ばれ、金にも換えられないほど価値が高い薬草として珍重されてきました。
主な薬効成分はサポニンです。人参サポニンには、滋養強壮作用や免疫増強作用や様々な臓器の働きを促進する作用が知られています。田七人参が含有するサポニンの量は高麗人参より多いと報告されています。また、田七人参には、他の人参には無い特殊なサポニンが発見されています。
このサポニンの違いが薬効の違いとも関連しています。すなわち、田七人参には、血管や心臓や肝臓に対する効果が特徴です肝細胞の保護作用と、障害を受けた肝細胞の再生を促進する効果があるので、肝機能障害に使用されます。また、止血作用があるので、喀血、吐血、血便など出血がある場合に使用されます。血液循環を良くするので虚血性心疾患や高血圧にも使用されています。
抗がん剤による心臓障害に対して田七人参サポニンが保護作用を示す動物実験の研究結果が報告されています。(Planta Med. 74:203-209, 2008)この研究では、ドキソルビシンの抗がん作用を低下させず、ドキソルビシンによる心臓毒性に対して田七人参サポニンは心臓保護作用を示すことが報告されています。
人間の場合には、どの程度の効果があるかは、まだ不明です。しかし、伝統的かつ経験的に、田七人参が心臓機能を良くし、心筋のダメージに対して保護作用を示すことは良く知られており、心筋梗塞狭心症の治療に田七人参が利用されています。
また、止血作用や免疫増強作用も報告されていますので、血小板の減少などによる出血しやすい状態や免疫力低下を緩和する効果も期待できます。このように田七人参は、抗がん剤によるダメージから肝臓や心臓や血管を保護し、さらに止血作用があるので、抗がん剤によるこれらの臓器障害や出血傾向の副作用の緩和に効果が期待できます

【五味子(ゴミシ)】
五味子(ゴミシ, Schisandrae Fructus)はマツブサ科のチョウセンゴミシ(Schisandra chinesis)の成熟果実を乾燥したものです。
神農本草経の 上品に収載される生薬で、口が渇く・水分を欲する・元気がない・疲れやすい・咳や喘息・腰や膝がだるく無力などの症候に用いられ、漢方薬の中でも重要な生薬の一つです。
「乾いた果実をなめると塩からく、果肉を食べると酸っぱい味があって甘く、種子を 噛み砕くと苦くて辛い味がする」と著されるように、塩からさ・酸っぱさ・甘さ・苦さ・辛さの5種類の味を備えていることから「五味子」と名付 けられました。
五味子は咳を鎮める効果があり、喘息や風邪、その他多くの呼吸器疾患に使用されます。小青竜湯(しょうせいりゅうとう)や清肺湯(せいはいとう)などに配合されるのはそのためです。
また、滋養強壮の効果も有し、不眠や胃腸虚弱を改善するため、人参養栄湯(にんじんようえいとう)や清暑益気湯(せいしょえっきとう)などの補剤にも配合されています。
体力や持久力を高め、疲労の回復を促進する効果も知られており、健康茶としても利用されています。運動能力や精神活動を高める効果も報告されています。
動物実験では、様々な肝臓毒から肝臓を保護し、肝臓機能を高め、肝細胞の再生を促進することが示されています
1980年代、五味子の肝機能改善や肝細胞保護作用、肝炎の治療に対する効果が盛んに研究されました。その結果、五味子の活性成分であるシザンドリン(Schizandrin)ゴミシンA(gomisin A)には、肝細胞障害を防ぎ、肝細胞の再生や修復を促進し、正常の肝細胞の機能を促進する効果が確かめられました。
以上のことから、がん治療においても、抗がん剤や手術や放射線治療に伴う体力低下や肝臓障害の予防や回復の促進に効果が期待できます。
五味子には、がん細胞の増殖を抑える効果も報告されています。
さらに最近の研究では、五味子(ゴミシ)の成分に、がん細胞の抗がん剤に対する抵抗性(多剤耐性)を減弱させる効果があることを、米国のスタンフォード大学医学部の内科の腫瘍部門の研究グループが報告しています。
このような報告は、抗がん剤治療中に併用する漢方治療に五味子の有用性を示唆しています。

【山梔子(サンシシ)と茵ちん
蒿(インチンコウ)】
山梔子(サンシシ)はアカネ科のクチナシの果実です。
消炎・利胆・止血薬として黄疸・肝炎・血便・血尿・吐血・不眠の治療に用いられます。肝疾患に対する効果はイリドイド配糖体のゲニポサイドおよびその腸内代謝産物であるゲニピン、あるいは黄色色素のクロシンやクロセチンによる胆汁分泌促進作用が主として関与しています。
茵蔯蒿(インチンコウ)はキク科のカワラヨモギの花穂で、黄疸を治療する代表的生薬です。胆汁分泌促進作用・肝障害改善・抗炎症・解熱・利尿などの薬理作用があります。
したがって、胆汁うっ滞がある場合には、サンシシやインチンコウが有効です。

【ミルクシスル 】
ミルクシスルはSilybum marianum というキク科の植物で、マリアアザミ、オオアザミ、オオヒレアザミなどとも呼ばれます。原産は地中海沿岸で、ヨーロッパ全土、北アフリカ、アジアに分布しています。日本においても帰化植物として分布しています。
葉に白いまだら模様があるのが特徴で、この模様はミルクがこぼれたようにみえるためmilk thisle(thisleはアザミの意味)と言い、ミルクを聖母マリアに由来するものとしてマリアアザミの名があります。
その種子がヨーロッパでは2000年以上前から民間薬として肝機能障害などの治療に経験的に利用されています。1970年代から種子に含まれるシリマリンを中心に研究がすすめられ、ドイツでは肝炎や肝硬変の治療に30年も前から用いています。ドイツのコミッションE(ドイツの薬用植物の評価委員会)は、粗抽出物の消化不良に対する使用や、標準化製品の慢性肝炎や肝硬変への使用を承認しています。
肝硬変、慢性肝炎、脂肪肝、アルコール性肝疾患、胆管炎や胆管周囲炎、胆汁うっ滞に効果があります。また、胆汁の溶解度を高め、胆石を治す効果も報告されています。
ミルクシスルの活性成分はシリマリン(silymarin)というフラボノリグナン(flavonolignan)の混合物です。ミルクシスル種子は4~6%のシリマリンを含有しています。
シリマリンは最も強力な肝臓保護物質の一つとして知られています。
シリマリンは肝細胞の蛋白質合成能を高め、ダメージを受けた肝細胞の修復や再生を促進します。
さらに、肝障害の原因となるフリーラジカルやロイコトリエンやプロスタグランジンを抑制します。シリマリンにはビタミンEより強い抗酸化作用があります。
肝臓のグルタチオンの量を増やす効果も指摘されています。グルタチオンは肝臓の解毒能や抗酸化作用を高めます。
アルコールや医薬品、トルエンやキシレンなどの化学薬品、毒キノコなど、多くの肝臓毒性物質による肝臓傷害に対して、ミルクシスルが肝臓保護作用を示すことは、動物実験のみならずヒトでの臨床試験でも確認されています。
例えば、死亡率30%に上る毒キノコであるタマゴテングタケ(Amanita phalloides)を摂取する前にミルクシスルの活性成分であるシリマリンを服用すると、100%の確率で中毒を防ぐことができ、毒キノコ服用後24時間後でも死亡を防ぐ効果があることが報告されています。
また、有毒なトルエンやキシレン蒸気に5~20年間曝露された労働者の肝障害に対して、シリマリン投与によって有意な改善がみられることが報告されています。アルコール性肝障害に対しても、ミルクシスルおよびその活性成分のシリマリンは非常に高い改善効果が認められています。
動物実験では、四塩化炭素、ガラクトサミン、エタノールなど様々な有害な化学薬品による実験的肝障害の全てに対して、ミルクシスルは肝臓保護作用を示すことが確かめられています。
抗がん剤治療による肝臓障害に対しても、ミルクシスルの有効性が報告されています。
肝機能障害を発症した急性リンパ性白血病の50人の子供を対象に、ミルクシスルのサプリメントの治療効果がランダム化二重盲検試験で検討されています。その試験結果によると、ミルクシスルの投与によって、肝機能が著明に改善することが明らかになっています。
ミルクシスルは肝臓保護作用の他にも、抗がん剤による腎臓や心臓のダメージを軽減する効果も報告されています。(ミルクシスルについてはこちらへ

以上のような肝障害を軽減し回復を促進する生薬に、さらに肝障害の程度や症状に応じて、血液循環や新陳代謝を良くする生薬や、滋養強壮作用のある生薬などを加えた漢方薬は、抗がん剤による肝障害などの副作用軽減に効果が期待できます。
(文責:福田一典)

 

 

 

 

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