450)抗腫瘍免疫の増強法(その6):Pidotimod(ピドチモド)とCelecoxib(セレコキシブ)

図:①ピドチモドは未熟樹状細胞を成熟樹状細胞に分化誘導する。②COX-2(シクロオキシゲナーゼ-2)によって産生されるプロスタグランジンE2(PGE2)が存在するとIL-12の産生が抑制され、ヘルパーT細胞はTh2型に誘導される。③COX-2阻害剤のCelecoxibはPGE2の産生を抑制し、ヘルパーT細胞のTh2型への分化を阻止し、Th1型に誘導する。④樹状細胞のIL-12の産生が亢進し、ヘルパーT細胞がTh1型に分化されるとインターフェロン-γ(IFN-γ)の産生が増える。Th1細胞はCD8+のキラー細胞の活性を亢進する。⑤PGE2は単球を骨髄由来抑制細胞に分化誘導する作用がある。⑥骨髄由来抑制細胞はCD8+のキラーT細胞の働きを阻害して、制御性T細胞(Treg)を誘導することによって抗腫瘍免疫を抑制する。⑦PGE2の産生を阻害するcelecoxibは骨髄由来抑制細胞への分化を抑制して抗腫瘍免疫を増強する。

450)抗腫瘍免疫の増強法(その6):Pidotimod(ピドチモド)とCelecoxib(セレコキシブ)

【獲得免疫の始動には樹状細胞の活性化が必要】
自然免疫」は、侵入した病原体やがん細胞をマクロファージや好中球などの食細胞が食べてしまうというシステムが基本になっています。病原体を食べた食細胞は、TLR(トル様受容体)などのパターン認識受容体で、病原体や危険シグナルに共通するパターンを認識して活性化します。
一方、「獲得免疫」は「抗原」というターゲットに対応する免疫応答です。この獲得免疫は、自然免疫による病原体認識という段階を経なければ始動しないことが明らかになっています。
その理由は、抗原特異的なT細胞が活性化するには、T細胞は樹状細胞から抗原提示を受けなければならないのですが、樹状細胞は他の食細胞と同様にパターン認識受容体で病原体やがん細胞を認識して活性化する必要があるからです。樹状細胞には全ての種類のトル様受容体(TLR)が発現しています。
樹状細胞(Dendritic cell)は,細胞表面に突起構造を持っていることから名付けられ,高い運動性を有する免疫細胞の一種で,身体のあらゆる場所に存在しています。哺乳動物の免疫系では,最も強力な抗原提示細胞として機能しています。
末梢で病原体やがん細胞を食べて活性化した樹状細胞は最寄りのリンパ節に移動します。樹状細胞は取り込んだ細胞を細胞内で分解してペプチド(アミノ酸が数個~数十個つながったもの)にし、これらのペプチドはMHC(主要組織適合抗原複合体)という分子と結合して細胞表面に提示されます。
樹状細胞は活性化されると、樹状の突起をめいっぱいに出して表面積を広げ、できるだけ多くの抗原を提示しようとします。
樹状細胞が提示する抗原と反応するヘルパーT細胞(CD4+)やキラーT細胞(CD8+)が活性化されて、リンパ球による抗原特異的な免疫応答が活性化されます。


図:①VEGFなどの腫瘍由来因子が未成熟な樹状細胞を骨髄から動員する。②末梢組織からも未熟樹状細胞が腫瘍組織に集まってくる。③がん組織において死滅したがん細胞から放出されたがん抗原は未熟樹状細胞に取り込まれ、活性化されて成熟樹状細胞に分化誘導される。④成熟樹状細胞は最寄りのリンパ節に移動し、MHC(Major Histocompatibility Complex)のクラスI及びクラスIIに結合したがん抗原をTCR(T細胞受容体)を介して、CD4+T細胞(ヘルパーT細胞)とCD8+T細胞(キラーT細胞)に提示する。⑤がん抗原に反応するキラーT細胞(細胞傷害性T細胞)は抗原提示によって活性化され、がん細胞を攻撃する。このようながん抗原特異的な免疫応答によるがん細胞の攻撃が「獲得免疫」になる。(参考:Nat Rev Cancer 8(8): 579-91, 2008年)
 
【メチオニン・エンケファリンとピドチモドによる樹状細胞の活性化】
メチオニン・エンケファリン(オピオイド増殖因子)は、制御性T細胞の活性を抑制し、CD8+の細胞傷害性T細胞を活性化して抗腫瘍効果を増強することが報告されています。(445話参照)
ピドチモド(Pidotimod)は、ペプチド様構造の免疫活性剤の一種で、自然免疫と獲得免疫の両方を活性化する効果が知られており、古くから臨床で用いられています。
樹状細胞の成熟にメチオニン・エンケファリンとピドチモドが相乗効果を示すことがマウスの実験で報告されています。以下のような報告があります。
 
Synergistic effect of methionine encephalin (MENK) combined with pidotimod(PTD) on the maturation of murine dendritic cells (DCs). (マウスの樹状細胞の成熟過程におけるメチオニン・エンケファリンとピドチモドの相乗効果)Human Vaccines & Immunotherapeutics. 9(4):773-783. 2013年
【論文の抜粋】
マウスの骨髄由来の樹状細胞の形態や機能に対するメチオニン・エンケファリンとピドチモド(pidotimod)の作用を、培養した樹状細胞を用いたin vitroの実験系で検討しています。
骨髄由来樹状細胞をメチオニン・エンケファリンとピドチモドの2つの存在下で培養すると、樹状細胞の成熟のマーカー(CD40, CD80, CD83, CD86, MHC-II)の強い発現を認め、T細胞を活性化する働きが顕著に亢進され、IL-12とTNF-αの産生が亢進されました。
以上の結果から、骨髄由来樹状細胞の成熟に対して、メチオニン・エンケファリンとピドチモド(pidotimod)は相乗的に作用することが示されました。
 
メチオニン・エンケファリンはプレプロエンケファリンA遺伝子から産生され、別名をオピオイド増殖因子(Opioid Growth Factor)とも言い、様々な細胞の増殖の制御が関与しています。
いろんな細胞から産生され、オートクリンあるいはパラクリンの機序で作用を発揮します。細胞に存在する複数のオピオイド受容体に結合し、細胞の増殖や分化、発がん、再生や創傷治癒、血管新生などの過程において重要な働きを行っています。
ピドチモド(Pidotimod)は、免疫増強作用を示すペプチド様構造の物質です。(構造は下図)
 
 
動物およびヒトの細胞を使った実験で、自然免疫と獲得免疫の応答を増強し、その作用は生体内の実験(in vivo)でも確認されています。さらに、多くの臨床試験で感染症に対する有効性が確認されています。
例えば、呼吸器感染症を繰り返す人に使用して感染症を予防する効果が臨床試験で証明されています。感染症を発症する頻度の減少し、発症しても症状が軽いという結果が報告されています。
特に小児を対象にした臨床試験が行われており、ウイルス感染に対する抵抗力の増強や、学校を休む日数の減少などの有効性と、安全性が極めて高いことが報告されています。
ピドチモドの免疫刺激作用のメカニズムとして、樹状細胞の成熟を促進し(HLA-DRと補助刺激分子の発現亢進)、樹状細胞からのサイトカインの産生を刺激してT細胞の増殖とTh1フェノタイプ(細胞性免疫に関与)への分化誘導、ナチュラルキラー細胞(NK細胞)の機能亢進と貪食能の亢進などが報告されています。
ピドチモドはインターロイキン-12(IL-12)の産生を高める効果があります。IL-12は当初「NK細胞刺激因子」の名称で報告されたように、NK細胞に対する著明な活性化作用を特徴とするサイトカインです。IL-12はT細胞やNK細胞に対して細胞増殖の促進、細胞傷害活性誘導、IFN-γ産生誘導、LAK細胞誘導などの作用を示します。
このように、ピドチモドは自然免疫と獲得免疫の両方を活性化し増強します(下図)。
 
図:①ピドチモドは未熟樹状細胞を活性化して成熟樹状細胞に分化させる。②成熟樹状細胞はリンパ節に移動し、CD4+T細胞(ヘルパーT細胞)とCD8+T細胞(キラーT細胞)に抗原提示を行う。③リンパ球のTh1フェノタイプを促進してIL-2, TNF-α,インターフェロン-γ(IFN-γ) の産生を亢進し、B細胞からIgGと分泌型IgAの産生を亢進する。④一方、Th2フェノタイプを抑制して抗アレルギー作用を示す。⑤ピドチモドはNK細胞、マクロファージ、好中球など自然免疫も活性化する。⑥これらの総合作用によって感染症やがんに対する免疫力を増強する。
 
ピドチモドは1日400~800mg程度を1日1~2回に分けて服用します。経口摂取での生体利用率(bio-availability)は42~44%で、血中の半減期は約4時間です。体内では代謝されずにそのままの形で尿中から排泄されます。
安全性は極めて高く、副作用は少なく、感染症を繰り返す小児や高齢者への使用が行われています。
 
【ピポチモドの再評価】
ピドチモドの免疫増強効果は1990年代初期から報告があります。感染症の予防や治療に有効であることが複数の臨床試験で明らかになっています。
幾つかの国(イタリア、ギリシャ、中国、ベトナム、コスタリカ、ドミニカ共和国、エルサルバドル、グアテマラ、ホンジュラス、メキシコ、パナマ)で医薬品として販売されています。
最近、ピドチモドの免疫増強作用が再評価されています。その動向を知るために、ピドチモドに関する最近の論文の要旨を幾つか紹介しておきます。
 
Pidotimod: a reappraisal.(ピドチモド:その再評価)Int J Immunopathol Pharmacol. 22(2):255-62.2009年
【要旨】
ピドチモド(Pidotimod)はペプチド様の合成化合物で、自然免疫と獲得免疫を活性化する生物活性を持つ。
動物およびヒトに由来する培養細胞を用いたin vitroの実験で、自然免疫および獲得免疫を亢進する強い活性が認められ、生体内(in vivo)の研究でも同様の効果が認められた。
このような活性は臨床試験で確かめられ、上気道感染症や尿路感染症を頻回に繰り返す小児を対象にした臨床試験で、ピドチモドは感染症の発症頻度を減少させる効果が確認されている。
同様の臨床効果は、成人における再発性の呼吸器感染症を対象にした臨床試験でも確認された。
興味深いことに、このようなピドチモドの免疫増強効果は老化やダウン症候群やがんのような免疫低下を起こしやすい状況でより明らかな効果が認められた。
 
Efficacy and safety of pidotimod in the prevention of recurrent respiratory infections in children: a multicentre study.(小児の再発性呼吸器感染症の予防におけるピドチモドの有効性と安全性:多施設臨床試験)Int J Immunopathol Pharmacol. 27(3):413-9.2014年
【要旨】
急性呼吸器感染症は、小児科医にとって重要な疾患であり、特に他の疾患を持った小児は呼吸器感染症に罹患しやすいので予防のための対策が必要である。
小児においては免疫システムが十分に発達していないことも感染症を発症しやすい理由になっている。
本研究では、ロシアの5つの場所で呼吸器感染症を罹患しやすい小児を集め、ピドチモド投与群と対照群に分けて30日間の投薬を行い、6ヶ月間の経過観察で急性呼吸器感染症の罹患頻度を比較した。
さらに、血清中の免疫グロブリンの濃度を、薬を投与する前と投与開始30日後で比較した。
病気を持って急性呼吸器感染症を発症しやすい小児157人を対象に、ピドチモド投与群とプラセボ投与群の2群に分けた。
3つの時点で比較した結果、いずれも急性呼吸器感染症の発症頻度はピドチモド投与群で統計的有意に低下した。
6ヶ月後の比較では、対照群では79例(100%)に急性呼吸器感染症の発症を認め、ピドチモド投与群では72例(92.3%)であった。
免疫グロブリンの数値も、ピドチモド投与群で良好なプロフィルを示した。
疾患を有する小児を対象にした試験で、30日間のピドチモドの投与で急性呼吸器感染症の発症頻度を3ヶ月間にわたって低下させ、発症した場合でも症状は軽く、回復が早かった。
 
Pidotimod: the state of art.(ピドチモド:その現状)Clin Mol Allergy. 2015; 13(1): 8.
【要旨】
抗生物質やワクチンの発達にもかかわらず、呼吸器感染症の罹患率は依然として高い。特に免疫系が未熟な小児や、老化によって免疫力が低下している高齢者においては、呼吸器感染症を予防する手段は重要である。そのような理由から、免疫系を活性化し増強する医薬品は、感染症の予防や治療において益々重要性を増している。
ピドチモド(Pidotimod:3-L-pyroglutamyl-L-thiazolidine-4carboxylic acid)は2つのアミノ酸が結合したような構造の合成化合物で免疫調整作用を有する。
本論文では、呼吸器感染症を繰り返す小児や高齢者を中心にして、ピドチモドの臨床効果に関する報告をまとめた。
ピドチモドは免疫調整作用を示し、自然免疫と獲得免疫に働く免疫細胞の機能を活性化し、患者の臨床症状を改善した。
ピドチモドは細菌に対する唾液腺IgAの濃度を高め、気道粘膜の上皮細胞のトル様受容体と接着分子の発現を亢進して気道粘膜の感染症に対する抵抗性を高めた。
アトピー性皮膚炎の患者を対象にした研究では、ピドチモドは抗アレルギー作用を発揮するようにTリンパ球のバランスを制御した(Th1優位にした)。
気管支喘息の患者に対しては、ピポチモド投与によって呼吸器機能が改善した。
主な臨床効果として、感染症を罹患する頻度の減少と症状の軽減が認められ、その結果として、抗生物質や対症療法薬の使用量の減少、仕事や学校を休む日数の減少、死亡率の低下が認められた。
これらの研究結果は、ピドチモドの有効性を示している。さらに多くの臨床研究によって高い安全性が認められており、重篤な副作用や催奇形性は認められず、副作用の頻度も極めて低かった。
 
その他、漢方薬に使われる紅参(高麗人参を加熱処理したもの)に含まれる酸性多糖とピドチモドを併用すると、免疫増強効果が相乗的に高まることが報告されています。抗腫瘍免疫を活性化する漢方治療とピドチモドの併用は有用だと言えます(後述)。
 
【抗がん剤や放射線は抗腫瘍免疫を刺激する】
放射線治療が全身の抗腫瘍免疫の活性化の引き金になりうることが明らかになっています。
がん組織に放射線照射を行うと、がん細胞が死滅して細胞内成分が放出されるとこれらの成分が危険シグナルとなって自然免疫が活性化されます。同時に死滅したがん細胞からがん抗原が放出され、このがん抗原の情報を抗原提示細胞(樹状細胞やマクロファージ)が細胞傷害性T細胞(CTL)に提示してCTLは活性化され、獲得免疫が成立すると、生き残ったがん細胞を攻撃して排除しようとします。
このような非照射のがん細胞にも免疫細胞の作用が働くことをアブスコパル効果(Abscopal efffect)と言います。(447話参照) 
同様に、抗がん剤治療も、分裂しているがん細胞を死滅させるだけでなく、この死滅した細胞から放出された細胞成分が自然免疫を刺激し、がん抗原が樹状細胞などの抗原提示細胞に認識されて、がん抗原特異的な抗腫瘍免疫を引き起こします(下図)。 
 
図:①放射線治療や抗がん剤治療でがん細胞が死滅するとがん抗原が放出される。②がん抗原は樹状細胞やマクロファージなどの抗原提示細胞に取込まれ、ペプチドに分解されて抗原ペプチドとして抗原提示細胞上のMHC(主要組織適合抗原複合体)に提示される。MHCはがん抗原を介してCTL(細胞傷害性T細胞)上のTCR(T細胞受容体)と反応してCTLを活性化する。③抗原提示を受けたがん抗原特異的なCTLは増殖し、④がん抗原を持っているがん細胞を攻撃する。
 
シクロフォスファミドなどの抗がん剤は通常の壊死やアポトーシスに比べて免疫応答を惹起しやすい形でがん細胞を死滅させます。このような細胞死は「免疫原性細胞死」と呼ばれています。
シクロフォスファミドの他、アントラサイクリン系(doxorubicin, epirubicin, idarubicin)、オキサリプラチン(oxaliplatin)、ミトキサントロン(mitoxantrone)、ボルテゾミブ(bortezomib)などが免疫原性細胞死を起こしやすいことが報告されています。
2−デオキシ-D-グルコースをがん細胞に取り込ませておくと、抗がん剤による免疫原性細胞死を増強することが報告されています。(447話参照)
したがって、放射線治療や抗がん剤治療を受けるときは、その前に2-デオキシグルコースをがん細胞に取り込ませ、さらに治療後は免疫原性細胞死を起こした死滅したがん細胞を樹状細胞の認識させ、がん抗原特異的なCT4+T細胞(ヘルパーT細胞)とCD8+T細胞(キラーT細胞)を活性化して増殖させるという治療戦略は効果が期待できます。樹状細胞の活性化においてピドチモドやオピオイド増殖因子を利用すると効果を高めることができます。
 
【IL-12産生を刺激しPGE2の産生を抑制するとTh1細胞活性が増強する】
T細胞(Tリンパ球)には、細胞表面にCD4という分子を出しているヘルパーT細胞(CD4陽性T細胞)と、CD8という分子を出しているキラーT細胞(CD8陽性T細胞)があります。まだ抗原に出会ったことのないT細胞をナイーブT細胞と言います。
樹状細胞やマクロファージなどの抗原提示細胞が抗原提示を行う相手はナイーブT細胞です。
抗原提示を受けて活性化したT細胞は抗原特異的な免疫応答を開始します。
ヘルパーT細胞にはTh1細胞(細胞性免疫)とTh2細胞(液性免疫)があります。抗原提示細胞がIL-12を産生するか、それともプロスタグランジンE2(PGE2)を産生するかがTh1とTh2のどちらが優位になるかを決定しています。
抗原提示細胞が抗原をナイーブT細胞に提示する際にIL-12を分泌するとTh1細胞(T helper 1 cell)に分化します。Th1細胞はIFN-γ、IL-2、TNF-αなどのサントカインを産生し、細胞性免疫を促進します。Th1細胞が産生するIFN-γはTh0細胞(ナイーブヘルパーT細胞)のTh1細胞への分化を促進します。
一方、抗原提示細胞が抗原をナイーブT細胞に提示する際にプロスタグランジンE2(PGE2)を分泌するとTh2細胞(T helper 2 cell)に分化します。Th2細胞はIL-4、IL-5、IL-10などのサイトカインを産生し、液性免疫(抗体産生)を促進します。Th2細胞が産生するIL-4はTh0細胞(ナイーブヘルパーT細胞)のTh2細胞への分化を促進します。
がん細胞を攻撃する抗腫瘍免疫を高めるためにはTh1細胞を増やして細胞性免疫を高める必要があります。そのためには、抗原提示細胞からのIL-12産生を促進し、PGE2の産生を抑制することがポイントになります。
ピポチモドは樹状細胞の成熟とIL-12の産生を促進し、Th1細胞を増やします。PGE2産生はシクロオキシゲナーゼ-2(COX-2)の阻害剤のcelecoxib(商品名:セレコックス)で阻止できます。
多くの実験系で、がんワクチンや樹状細胞療法にCOX-2阻害剤のcelecoxibを併用すると抗腫瘍免疫が増強することが示されています。
つまり、ピポチモドとセレコックスの併用はTh1細胞を増やして細胞性免疫を高める方法となります。(下図)
図:①ナイーブヘルパーT(Th)細胞が抗原提示細胞(樹状細胞やマクロファージ)から抗原の提示を受ける際、IL-12はTh1細胞への分化を促進する。②一方、プロスタグランジンE2(PGE2)はTh2細胞への分化を誘導する。③Th1細胞はインターフェロン-γ(IFN-γ)、IL-2、TNF-αなどのサイトカインを産生し、細胞性免疫を促進する。IFN-γはナイーブTh細胞のTh1細胞への分化を促進する。④Th2細胞はIL-4、IL-5、IL-10などのサイトカインを産生して液性免疫(抗体産生)を促進する。IL-4はナイーブTh細胞のTh2細胞への分化を促進する。⑤ピドチモドは樹状細胞からのIL-12の産生を亢進し、⑥COX-2阻害剤のcelecoxibはPGE2の産生を阻害するので、両者を併用するとTh1細胞への分化を促進して抗腫瘍免疫を亢進できる。
 
【がん患者のTh1サイトカイン産生を高める漢方薬】
リンパ球にはB細胞・T細胞・ナチュラルキラー細胞などがあります。
B細胞は抗体を使って細菌やウイルスを攻撃するもので、これを「液性免疫」といいます。IgEという抗体の一種が関与するアレルギー性疾患はこの液性免疫が過剰に反応する結果発生します。

一方、ウイルス感染細胞やがん細胞など自分の細胞に隠れている異常を発見して、Tリンパ球などが直接攻撃する免疫の仕組みを「細胞性免疫」といいます。
この液性免疫と細胞性免疫の制御は2種類のヘルパーT細胞 (Th) のバランスによって決まります。ヘルパーT細胞は、B細胞やT細胞の増殖や働きを調節するタンパク質(サイトカイン)を分泌して、液性免疫と細胞性免疫のバランスを調節しており、そのサイトカインの産生パターンから、Th1(1型ヘルパーT) 細胞とTh2(2型ヘルパーT) 細胞に分類されます。
Th1細胞はインターフェロン・ガンマ(IFN-γ)や インターロイキン-2(IL-2)を分泌して細胞性免疫に関与し、Th2細胞はIL-4, IL-5, IL-6, IL-10などを分泌して液性免疫に関与します。ヘルパーT前駆細胞(Th0)がTh1細胞になるためにはマクロファージや樹状細胞から分泌されるIL-12が必要であり、一方、Th2細胞となるためにはT細胞から分泌されるIL-4が必要とされています。
図:ヘルパーT前駆細胞(Th0)は1型ヘルパーT細胞(Th1)と2型ヘルパーT細胞(Th2)に分化誘導される。
Th1細胞はインターフェロン・ガンマ(IFN-γ)や インターロイキン-2(IL-2)を分泌して細胞性免疫に関与し、Th2細胞はIL-4, IL-5, IL-6, IL-10などを分泌して液性免疫に関与する。ヘルパーT前駆細胞(Th0)がTh1細胞になるためにはマクロファージや樹状細胞から分泌されるIL-12が必要であり、一方、Th2細胞となるためにはT細胞から分泌されるIL-4が必要とされている。がん細胞を攻撃するのはTh1細胞である。
 
漢方薬の補剤といわれる処方はTh1細胞を活性化して細胞性免疫を増強することが知られています。例えば、体力や免疫力を高める漢方処方の代表である補中益気湯(ほちゅうえっきとう)十全大補湯(じゅうぜんたいほとう)はTh1細胞を活性化して細胞性免疫を高めることが報告されています。
がん患者ではTh2サイトカインが優位になっており、このTh2サイトカインの優位性が腫瘍の進展と関連していることが知られています。
したがって、がん患者におけるTh2優位性の状態を逆転することは、がん治療において有用であると考えられています。
漢方薬に使用されるオウギ(黄耆)とセンキュウ(川芎)が、がん患者におけるTh2サイトカイン優位な免疫状態をTh1サイトカイン優位に逆転する効果を示す研究結果が報告されています。以下のような報告があります。
 
Traditional Chinese medicine Astragalus reverses predominance of Th2 cytokines and their up-stream transcript factors in lung cancer patients.(肺がん患者の末梢リンパ球のサイトカイン分泌と遺伝子転写におけるTh2優位性を、伝統中国医学で使用される黄耆が逆転する)Oncol Rep. 10:1507-12, 2003
(要旨)
肺がん患者37人と健常人19人を対象に、末梢血リンパ球におけるサイトカインの分泌と遺伝子転写の状態を検討。採取した末梢血リンパ球で、Th1サイトカイン(インターフェロン-γ、IL-2)とTh2サイトカイン(IL-4, IL-6, IL-10)のmRNAの陽性率や発現量を比較した。さらにTh1サイトカインとTh2サイトカインの遺伝子転写を誘導する転写因子の活性レベルを比較した。
その結果、健常人と比較して肺がん患者の末梢リンパ球では、Th1サイトカインの分泌や転写活性は低下し、Th2サイトカインの分泌と転写活性が上昇していた。
培養したリンパ球を用いた実験で、中国伝統医学で利用される黄耆は、肺がん患者における末梢血リンパ球のTh1サイトカインの分泌と転写活性を高め、Th2サイトカインの分泌と転写活性を低下させる効果があることが示された。
黄耆は、肺がん患者におけるTh2サイトカイン優位の免疫状態を逆転し、抗腫瘍免疫を高める効果が示唆された。
 
Type two cytokines predominance of human lung cancer and its reverse by traditional Chinese medicine TTMP.(中国伝統薬に含まれるテトラメチルピラジンは、肺がん患者におけるTh2優位のサイトカイン分泌を逆転する)Cell Mol Immunol. 1:63-70, 2004
テトラメチルピラジン(Tetra-Methylpyrazine)は、中国伝統薬に使用されるセンキュウなどに含まれる薬効成分。肺がん患者から採取した末梢血リンパ球を培養しテトラメチルピラジンを添加すると、リンパ球のTh1サイトカイン(インターフェロン-γ、IL-2)の産生を増やし、Th2サイトカイン(IL-4, IL-6, IL-10)の産生を低下させた。テトラメチルピラジンは、がん患者におけるTh2サイトカイン優位の免疫状態をTh1サイトカイン優位に逆転し、抗腫瘍免疫を高める効果が示唆された。
 
テトラメチルピラジンは川芎に含まれ、血小板凝集抑制など血液循環改善作用が知られていいます。さらに、リンパ球のTh2サイトカイン産生を抑制しTh1サイトカイン産生を高める作用は、がん細胞に対する免疫力の増強や、アトピーなどのアレルギー性疾患に対する効果が示唆されます。
リンパ球のTh2サイトカイン優位の免疫状態をTh1サイトカイン優位の免疫状態に変えることは、がん細胞に対する免疫力を高めるので、がん治療において有効な治療手段となります。
オウギ(黄耆)やセンキュウ(川芎)を含む漢方薬は、がん患者の抗腫瘍免疫を高める効果が期待できます。オウギとセンキュウを含む漢方薬として十全大補湯などがあります。
 
【免疫抑制のメカニズムを解除すれば抗腫瘍免疫が高める】
樹状細胞の成熟を促進し、ヘルパーT細胞のTh1細胞への分化を誘導し、がん抗原特異的なキラーT細胞を増やすことができれば、がん細胞を死滅させる効果が得られます。
体内から採取した樹状細胞とがん細胞を混ぜて培養し、樹状細胞ががん抗原を提示できるようにして体内に戻すという治療が行われています。
体外で培養しなくても、腫瘍組織でがん細胞が免疫原性細胞死を起こしている状態に、樹状細胞の成熟やヘルパーT細胞のTh1細胞への分化や、キラーT細胞の増殖を促進すれば、がん組織を免疫細胞が攻撃してくれるはずです。
しかし、多くの場合、このような免疫療法はあまり効果が得られていません。その理由の一つが、骨髄由来抑制細胞(myeloid-derived suppressor cell)制御性T細胞(Treg)などの免疫抑制性細胞の存在や、PD-1/PD-L1CTLA-4による免疫細胞の活性抑制のメカニズムの存在です。(446話参照)
そこで、このような免疫抑制性のメカニズムを阻止すれば、免疫療法の効き目を高めることができます。
前述のようにCOX-2阻害剤のcelecoxib(商品名:セレコックス)ピドチモドの併用は樹状細胞の成熟とTh1細胞の分化とCTL(細胞傷害性T細胞)の活性を高めて、抗腫瘍免疫を亢進します。
さらに骨髄由来抑制細胞(MDSC)の働きを抑制するシメチジン、MDSCを分化誘導して免疫抑制活性を低下させるレチノイドとビタミンD3の併用も免疫療法の効き目を高めます。
低用量のシクロフォスファミド(エンドキサン)の投与がMDSCを死滅させて抗腫瘍免疫を高めることが報告されています。
さらに、紅参(こうじん)、黄耆(おうぎ)、川芎(せんきゅう)などTh1サイトカインの産生を高める漢方治療を併用すると、がん細胞に対する免疫細胞の攻撃力を増強できると思います。
このように「腫瘍組織における免疫抑制性の微小環境(TumorImmunosuppressive Microenvironment)」を改善する治療法は、がんの免疫療法の効果を高めることができます。(下図)
 
図:①ピドチモドは樹状細胞の成熟とIL-12産生を促進して1型ヘルパーT細胞(Th1)を増やす。②ピシバニールもIL-12の産生を高め樹状細胞の成熟を促進する。③プロスタグランジンE2(PGE2)はIL-12の産生を抑制して2型ヘルパーT細胞(Th2)への分化を誘導するので、COX-2阻害剤のCelecoxibはPGE2の産生を阻害してTh2への分化誘導を阻止する。④PGE2は骨髄由来抑制細胞(MDSC)の増殖を促進するので、CelecoxibはMDSCの増殖を阻止する。⑤漢方薬(紅参、黄耆、川芎など)はTh1サイトカインの産生を高めて細胞性免疫を活性化する。⑥シメチジンとシクロフォスファミドはMDSCの活性や生存を阻害する。⑦レチノイドとビタミンD3は未熟なMDSCを成熟させ分化誘導によって免疫抑制活性を低下させる。
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