がんの予防や治療における漢方治療の存在意義を考察しています。がん治療に役立つ情報も紹介しています。
「漢方がん治療」を考える
462)進行乳がんの代替医療(その2):ビタミンD3とスリンダクとジスルフィラム
図:①細胞質内でβ-カテニン(β-Cat)はリン酸化されてユビチキン化され、プロテオソームで絶えず分解されている。②Wntが受容体Frizzledとその共役受容体のLRP5/6に結合してWntシグナルが活性化されるとβ-カテニンのリン酸化と分解が阻止される。③その結果、細胞質と核内のβ-カテニンの量が増える。④β-カテニンは転写因子のTCF(T-cell factor)の活性を高めて、c-mycやサイクリンD1の発現を促進して細胞の増殖を促進する。アルデヒド脱水素酵素(ALDH)もTCFによって発現誘導される。⑤活性型ビタミンD3の1,25(OH)2ビタミンD3がビタミンD受容体に結合すると、9-シスレチノイン酸が結合したレチノイドX受容体(RXR)とヘテロダイマーを形成してビタミンD応答配列に結合して、ビタミンDターゲット遺伝子の発現を亢進する。発現が誘導される遺伝子は細胞増殖を抑制しアポトーシスを誘導し、分化を誘導する作用がある。⑥Wnt/β-カテニン経路を阻害する因子の発現も促進する。⑦非ステロイド性抗炎症剤のスリンダクはフォスフォジエステラーゼ5の活性阻害によってcGMPの分解を阻害し、プロテインキナーゼGの活性を亢進し、β-カテニンのリン酸化を亢進してβ-カテニンの分解を亢進するメカニズムでWnt/β-カテニン経路を阻害する。⑧断酒薬のジスルフィラムはアルデヒド脱水素酵素(ALDH)の活性を阻害することによってビタミンDやスリンダクのWnt/β-カテニン経路阻害による抗腫瘍効果を増強する可能性が報告されている。スリンダクとジスルフィラムはがん細胞の酸化ストレスを高めて細胞死を誘導する作用がある。以上より、ビタミンD3とスリンダクとジスルフィラムはWnt/β-カテニン経路の阻害と酸化ストレス亢進による抗腫瘍効果において相乗効果が期待できる。
462)進行乳がんの代替医療(その2):ビタミンD3とスリンダクとジスルフィラム
【Wnt/β-カテニン経路の活性化は乳がん患者の予後を悪くする】
Wntシグナルは種を超えて広く保存されたシグナル伝達経路で、遺伝子発現、細胞増殖、細胞運動、細胞極性などを調節することで、発生や幹細胞の維持、発がんなどに深く関与することが知られています。
特にβカテニンを介するWnt/β-カテニン・シグナル伝達系は多くのがん細胞で異常を起こしており、がん治療の重要なターゲットになっています。
Wnt/β-カテニン経路が活性化しているがんは予後が悪いという研究結果が多く報告されています。乳がんに関しては以下のような報告があります。
Prognostic Value of β-catenin Expression in Breast Cancer Patients: a Meta-analysis.(乳がん患者におけるβ-カテニン発現と予後との関係:メタ解析の結果)Asian Pac J Cancer Prev. 2015;16(14):5625-33.
【要旨】
研究の背景:乳がん細胞の増殖や進展においてβ-カテニンは重要な役割を果たしており、β-カテニン発現と乳がん患者の予後との関係が数多く報告されている。しかし、その関連については不明な点も多い。
方法:論文のデータベースを検索し、2014年7月1日までに報告された論文から、β-カテニンの発現量や局在と乳がんの予後との関連について検討した研究結果のメタ解析を行った。
結果:12件の報告(全患者数2204人)をまとめてメタ解析を行った。乳がん組織における細胞質内および核内におけるβ-カテニンの発現量が多いと、全生存期間(ハザード比:1.93, 95%信頼区間:1.40-2.65)と無再発生存期間(ハザード比:1.60, 95%信頼区間:1.20-2.13)を短縮した。 しかしながら、細胞膜に局在するβ-カテニンの発現量とは全生存期間(ハザード比: 0.65, 95%信頼区間: 0.42-1.02)も無再発生存期間(ハザード比: 0.66, 95%信頼区間: 0.38-1.13)も相関は認めなかった。
結論:外科手術を受けた乳がん患者において、β-カテニンの細胞質と核内における発現は、患者の予後を悪くする指標となる。
βカテニンは781個のアミノ酸からなる92kDaのタンパク質で、細胞間接着と遺伝子発現調節の2つの働きを持っています。
細胞のβカテニンの大部分は細胞間接着結合部分に局在し, 膜貫通型の接着タンパクであるE-カドヘリン(E-Cadherin)と会合体を作っています。このような細胞膜の接着部位のβカテニンはE-カドヘリンとアクチン細胞骨格との連結を助けています。
E-カドヘリンと会合していないβカテニンはすべて細胞質で複数のタンパク質からなる大型の分解複合体により分解されています。
しかし、Wnt(ウィント)という分子量約4万の分泌性糖タンパク質が受容体に結合すると、細胞質におけるβ-カテニンの分解が阻止されて細胞質に蓄積し、核内に移行した後, 転写因子のTcf/Lef(T cell factor/ Lymphoid enhancer factor)と複合体を形成し、Tcf/Lefの転写活性を亢進します。
つまり、β-カテニンはTcf/Lefの転写活性化補助因子として機能し、Tcf/Lefの標的遺伝子の転写を誘導します。このシグナル伝達系をWnt/β-カテニン経路と言います。(下図)
図:①β-カテニンは細胞間接着結合部分に局在し, 膜貫通型の接着タンパクであるE-カドヘリンに結合し、カドヘリンとアクチン細胞骨格との連結を助けている。②E-カドヘリンと会合していないβカテニンはリン酸化され、ユビキチン化をうけて最終的にプロテアソームで分解される。③Wntは細胞膜上のFrizzled(7回膜貫通型受容体)と共役受容体である1回膜貫通型LRP5/6(Low-density lipoprotein receptor-related protein5/6)に結合する。④Wntが受容体に結合するとβカテニンのリン酸化が抑制され、β-カテニンの分解が阻止される。⑤βカテニンは細胞質に蓄積し核内に移行し、⑥転写因子のTcf/Lef(T cell factor/ Lymphoid enhancer factor)と複合体を形成する。⑦βカテニンにより活性化される遺伝子群にはc-mycや cyclinD1など細胞の増殖を促進する因子が含まれ、⑧その結果、細胞の増殖が亢進する。
β-カテニンは細胞膜近傍か細胞質・核のどちらかに局在し, 特に核にあるときは一連の遺伝子発現に影響を与えると考えられています。 Wnt/β-カテニン・シグナル伝達系により活性化される遺伝子群にはc-myc、 c-jun、 cyclinD1など細胞の増殖や転移を促進する因子が含まれます。
つまり、Wnt/β-カテニン・シグナル伝達系が活性化されると、がん細胞の増殖や転移が促進されることになります。 したがって、「β-カテニンの細胞質と核内における発現は、患者の予後を悪くする指標となる」ということになります。
【がん細胞ではWnt/β-カテニン経路の異常が高頻度で認められる】
Wnt/β-カテニン経路は極めて複雑で、まだ不明な点も多くあります。簡単にまとめると、次のようになります。
�Wntは分子量約4万の細胞外分泌糖タンパク質で、種を超えて保存されており、初期発生における体軸の決定や器官形成を制御しています。これまでに哺乳類において19種類のWnt が同定されています。
�Wnt はFrizzledやlow-density lipoprotein receptorrelated protein(LRP)5/6の受容体を介して細胞内にシグルを伝達し、多様な細胞機能を制御しています。Frizzledは7回膜貫通型受容体でLRP5/6はFrizzledの共役受容体として機能します。
�Wnt の非存在下では細胞質内のβ-カテニンのタンパク質量は低く保たれています。これはGSK-3がβ-カテニンをリン酸化し、リン酸化された-カテニンはユビキチン化を受け、最終的にはプロテアソームで分解されるためです。
�Wnt が分泌されて細胞膜上のFrizzled と共役受容体であるLRP5/6に結合すると,そのシグナルは細胞内へと伝達され、GSK-3依存性のβ-カテニンのリン酸化を抑制し、低リン酸化状態となったβ-カテニンはプロテアソームによる分解から免れ、細胞質内に蓄積します。
�細胞内に蓄積したβ-カテニンは核内に移行し、転写因子Tcf/Lef と複合体を形成して標的遺伝子の発現を促進することによって、種々の細胞機能を制御しています。Tcf/LefはT-cell factor/lymphoid enhancer factorの略です。
�Tcf/Lefの標的遺伝子は100種類以上に及び、細胞の増殖、分化、運動、幹細胞多能性維持などの制御に関わっています。c-mycやcyclin D1などの発現を亢進して細胞増殖を促進します。 (下図参照)
図:(左)Wntのシグナルが無いと、β-カテニンは細胞質内でリン酸化され、ユビキチンが結合しプロテアソームで分解されている。
(右)Wntが受容体のFrizzledとLRP5/6に結合してWntシグナルが活性化されると、β-カテニンのリン酸化が阻止されてβ-カテニンは分解されなくなり、細胞質内で増加して核内に移行して転写因子のTCFに結合し、β-カテニン/TCFのターゲット遺伝子の転写を活性化して、細胞の増殖を亢進する。
がん細胞では様々なメカニズムでWnt/β-カテニン・シグナル伝達系が活性化され、核内でのβ-カテニンの量が増加し、その結果、TCf/Lefの転写因子活性が亢進して、がん細胞の増殖を促進しています。
【ビタミンD3はWnt/β-カテニン経路を抑制する】
食事やサプリメントとして摂取したビタミンD3は、肝臓で25位が水酸化されて25(OH)ビタミンD3(カルシジオール:Calcidiol)に変換され、さらに腎臓などで1α位が水酸化されて活性型の1,25(OH)2-ビタミンD3(カルシトリオール:Calcitriol)になります。 ビタミンD3は複数のメカニズムでがん細胞の増殖を抑制し、細胞の分化や死(アポトーシス)を誘導します。(371話参照)
活性型ビタミンD3は幾つかのメカニズムでWnt/β-カテニン経路を抑制することが報告されています。以下のようなメカニズムが提唱されています。
�β-カテニンはビタミンD受容体とも相互作用します。ビタミンDとビタミンD受容体の複合体にβ-カテニンが結合すると、β-カテニンとTcf/Lefの結合を阻止するので、Tcf/Lefの転写活性が抑制され、増殖抑制作用を示すというメカニズムが提唱されています。
�β-カテニンは接着分子のE-カドヘリンに結合して細胞間接着に重要は働きを担っています。ビタミンD3はE-カドヘリンの発現を亢進するので、β-カテニンを細胞膜の接着班に取り込むことによって細胞内のβ-カテニンの量を減らすことになります。
�ビタミンD3はDickkopf(DKK)-1というタンパク質の発現を亢進します。DKK-1はWntシグナルの細胞外の阻害因子です。
以上のような複数のメカニズムで、活性型ビタミンD3はβ-カテニン/TCFのターゲット遺伝子(c-mycやサイクリンD1など)の発現を抑制し、その結果、がん細胞の増殖を抑制することになると考えられています。(下図参照)
図:①活性型ビタミンD3の1,25(OH)2ビタミンD3はビタミンD受容体(VDR)と結合してVDRとβ-カテニンの結合を促進する。その結果、転写因子のTCFとβ-カテニンの結合を阻害するので、β-カテニン/TCFのターゲット遺伝子の転写を抑制する。②ビタミンD3と結合したビタミンD受容体はさらにβ-カテニンと結合することによってビタミンDのターゲット遺伝子の転写を活性化する。③細胞膜のE-カドヘリンをコードするCDH1遺伝子の発現を促進し、β-カテニンを細胞膜の接着班に取込む。④細胞外のWnt阻害因子であるDKK-1の発現を促進することによってWntシグナルを阻害する。このように、活性型ビタミンD3の1,25(OH)2ビタミンD3は様々なメカニズムでβ-カテニン/TCFの転写活性を阻害することによって、細胞増殖を抑制する。(参考:Cancers 2013, 5, 1242-1260)
【スリンダクはWnt/β-カテニン経路を阻害する】
アスピリンやインドメタシンやスリンダクのような非ステロイド性抗炎症剤(nonsteroidal antiinflammatory drug, NSAID)はシクロオキシゲナーゼ(Cyclooxygenase; COX)活性を阻害することにより炎症惹起性プロスタグランジンの産生を抑えて抗炎症作用を発揮します。
プロスタグランジンはアラキドン酸からシクロオキシゲナーゼ(COX)の働きにより合成される生理活性物質で、炎症の代表的なメディエーターです。
COXにはCOX-1とCOX-2の2種類のアイソザイムが知られています。
COX-1は胃や腸などの消化管、腎臓、卵巣、精嚢、血小板などに存在し、胃液分泌、利尿、血小板凝集などの生理的な役割を担います。
一方、COX-2はサイトカインや発がんプロモーター、ホルモンなどの刺激により、マクロファージ、線維芽細胞、血管内皮細胞、がん細胞などで誘導され、炎症反応、血管新生、アポトーシス、発がんなどに関与しています。
非ステロイド性抗炎症剤の一つのスリンダク(sulindac)はCOX-1とCOX-2の両方を阻害する非選択的なCOX阻害剤です。 COX阻害剤としての抗がん作用がありますが、スリンダクのCOX非依存的なメカニズムでの抗がん作用が注目されています。
一つは、スリンダクががん細胞特異的に酸化ストレスを高めて、抗がん剤の効き目を高める作用が報告されています。これについては365話で解説しています。
さらに、Wnt/β-カテニン経路の阻害作用も報告されています。
図:スリンダクはプロドラッグ(それ自体は薬効がなく、体内で代謝されて薬効のある物質に変化する薬)で、肝臓で代謝されてSulindac sulfideとSulindac sulfoneになる。COX阻害作用があるのはSulindac sulfideであるが、SulindacとSulindac sulfideとSulindac sulfoneにはCOX非依存性の抗がん作用があることが知られている。そのCOX非依存性の抗がん作用のメカニズムとしてがん細胞の酸化ストレスを高める作用が報告されている。さらに、Wnt/β-カテニン経路の阻害作用も報告されている。
スリンダクががん細胞におけるβ-カテニンの発現を抑制することが報告されています。次のような報告があります。
Sulindac suppresses β-catenin expression in human cancer cells.(スリンダクはヒトのがん細胞におけるβ-カテニンの発現を抑制する)Eur J Pharmacol. 2008 Mar 31; 583(1): 26–31.
【要旨】
スリンダクは培養細胞や動物実験モデルでの検討で、がん抑制遺伝子のp21WAF1/cip1の発現を誘導するメカニズムで大腸がん細胞の増殖を抑制する作用が示されている。本研究では、ヒト乳がん細胞株MCF-7、肺がん細胞株A549、大腸がん細胞株SW620を用いて、スリンダクの抗腫瘍効果を検討した。
3種類の細胞株において、スリンダク投与によって24時間後と72時間後の測定で、増殖が顕著に阻害された。アポトーシスは肺がん細胞と大腸がん細胞で誘導されたが、乳がん細胞ではアポトーシスは誘導されなかった。
スリンダクによるp21蛋白の発現誘導は、肺がん細胞と大腸がん細胞では認められたが、乳がん細胞では認められなかった。
最も重要な結果は、Wntシグナル経路の主要な因子であるβ-カテニンの発現が、3つの細胞株全てで、スリンダク投与によって抑制されたことである。 スリンダクは用量依存的にβ-カテニンの発現を遺伝子転写レベルで抑制した。 β-カテニンのターゲット遺伝子であるc-myc、cyclin D1、cdk4も顕著に抑制された。
以上の結果から、スリンダクによるがん細胞の増殖抑制効果はβ-カテニン経路の抑制が関連していることが示唆された。
非ステロイド性抗炎症剤のスリンダクが大腸がんの発生や増殖を抑制する作用は多くの報告があります。その抗腫瘍効果のメカニズムの一つとして、スリンダクがWnt/β-カテニン経路を抑制することが報告されています。
さらに、大腸がん以外にも、乳がんや前立腺がんや肺がんなどでもスリンダクの抗腫瘍効果が報告され、Wnt/β-カテニン経路の抑制を含め複数の作用機序が報告されています。
スリンダクがWnt/β-カテニン経路を阻害するメカニズムはいろいろ報告されています。
そのメカニズムの一つとして、スリンダクがフォスフォジエステラーゼ-5を阻害してcGMPの分解を阻止してプロテイン・キナーゼGを活性化してWnt/β-カテニン経路経路を阻害する作用メカニズムが報告されています。 フォスフォジエステラーゼ-5の阻害作用は、バイアグラやシアリスなどの勃起不全の治療薬と同じ作用です。以下のような報告があります。
Sulindac selectively inhibits colon tumor cell growth by activating the cGMP/PKG pathway to suppress Wnt/β-catenin signaling.(スリンダクはcGMP/PGK経路を活性化してWnt/β-カテニン経路を抑制して大腸がん細胞の増殖を選択的に阻害する)Mol Cancer Ther. 2013 Sep;12(9):1848-59.
【要旨】
非ステロイド性抗炎症剤は大腸がんをはじめ様々ながんに対して確かな抗腫瘍活性を示すが、シクロオキシゲナーゼ(COX)阻害作用による副作用の問題から長期使用が制限され、がんの化学予防の目的での使用には難点もある。
これまでの研究から、非ステロイド性抗炎症剤の抗腫瘍作用にはCOX阻害作用は必ずしも必要ないことが明らかになっているが、そのメカニズムは十分に解明されていない。 本研究では、非ステロイド性抗炎症剤のsulindac sulfideが、大腸がん細胞株の増殖を抑制しアポトーシスを誘導する濃度において、cGMPフォスフォジエステラーゼ(cyclic guanosine 3',5'-monophosphate phosphodiesterase)の活性を阻害し、細胞内のcGMP濃度を高め、cGMP依存性プロテインキナーゼ(PKG)を活性化することを明らかにした。
正常な大腸上皮細胞を用いた実験ではsulindac sulfideはcGMP/PKG経路を活性化することはなく、細胞増殖やアポトーシスにも影響しなかった。
cGMP特異的なフォスフォジエステラーゼー5(PDE5)をsiRNAやPDE5特異的阻害剤であるtadarafil(シアリス)やsildenafil(バイアグラ)で阻害すると、正常細胞には影響せず、PDE5を過剰に発現している大腸がん細胞の増殖を選択的に阻害した。
このようなスリンダクの抗腫瘍効果とGMP/PKG経路の阻害は、β-カテニンの遺伝子転写を抑制し、その結果としてWnt/β-カテニン経路が阻害され、Tcf(T-cell factor)の転写活性が抑制され、サイクリンD1とsurvivinの発現抑制が関与していることを示している。 これらの結果から、PDE5と恐らく他のcGMP分解酵素を阻害するようなスリンダク誘導体は大腸がんの化学予防薬の候補となる可能性がある。
医薬品としてのスリンダク(sulinda)は体内で肝臓などで代謝されて活性型のsulindac sulfideやsulindac sulfoneになって薬効を示します。
スリンダクはプロドラッグ(それ自体は薬効がなく、体内で代謝されて薬効のある物質に変化する薬) です。
培養細胞を使った実験ではスリンダクは活性型になれないので、培養細胞を使った実験ではsulindac sulfideやsulindac sulfoneを使う必要があります。
COX阻害剤が大腸がんの予防に有効であることは多くの報告がありますが、COX阻害作用は長期に使用すると副作用が問題になるので、スリンダクのCOX阻害に依存しないメカニズムでの抗腫瘍効果が注目されています。そのようなメカニズムとしてフォスフォジエステラーゼ-5(PDE5)の阻害作用で、このPDE5の阻害はcGMPの分解を阻止するので、cGMP依存性のプロテインキナーゼGを活性化し、その結果、Wnt/β-カテニン経路が阻害されて、増殖抑制とアポトーシス誘導が起こるというメカニズムを報告しています。
勃起不全治療薬のsildenafil(バイアグラ)やtadarafil(シアリス)やvardenafil(レビトラ)はPDE5特異的阻害剤です。実際にこれらの薬が前立腺がんなどの予防や治療に有効であることが報告されています。
これらのPDE5特異的阻害作用をもった勃起不全治療薬を日常的に服用している人は前立腺がんの発症が少ないというデータが報告されています。 がんの治療薬としても有効であるという報告があります。 乳がん細胞でも同様な結果が報告されています。 例えば、以下のような報告があります。
Inhibition of PDE5 by sulindac sulfide selectively induces apoptosis and attenuates oncogenic Wnt/β-catenin-mediated transcription in human breast tumor cells.(sulindac sulfideによるPDE5の阻害は、ヒト乳がん細胞において選択的にアポトーシスを誘導し、腫瘍促進性のWnt/β-カテニン誘導性の遺伝子転写を抑制する)Cancer Prev Res (Phila). 2011 Aug;4(8):1275-84.
スリンダクは乳がん細胞においてもPDE5を阻害してcGMPの分解を阻止し、プロテインキナーゼGの活性を高めてβ-カテニンのリン酸化を促進してβ-カテニンの分解を亢進し、Wnt/β-カテニン経路を阻害するというメカニズムを報告しています。 その結果、スリンダクは乳がん細胞の増殖を抑制し、アポトーシスを誘導すると報告しています。 スリンダクは複数のメカニズムで抗腫瘍効果を示す可能性があります。(下図参照)
図:スリンダクは様々ながん細胞に細胞増殖抑制とアポトーシス誘導の作用を示す。その作用機序としてシクロオキシゲナーゼ(COX)依存性のメカニズムとCOX非依存性のメカニズムがある。COX非依存性のメカニズムとして、活性酸素産生増加による酸化ストレス亢進や、フォスフォジエステラーゼ-5(PDE-5)阻害作用によるプロテインキナーゼG(PKG)活性上昇と、それによるβ-カテニンのリン酸化とβ-カテニン分解の亢進によるWNT/β-カテニン経路の抑制が報告されている。
PDE5の過剰発現が乳がんや非小細胞性肺がんなどで報告されており、PDE5の発現亢進ががん細胞の発生や進展を亢進する可能性が指摘されています。
PDE5阻害剤が腫瘍組織の骨髄由来抑制細胞の働きを弱めることによって抗腫瘍免疫を増強するように腫瘍組織の微小環境を変えることが報告されています。
PDE5阻害剤と抗がん剤の併用は、がん細胞における活性酸素の産生を相乗的に高めます。 PDE5阻害剤が抗がん剤の抗腫瘍効果を高めることが、乳がんにおけるスリンダクとカペシタビンの併用、前立腺がんにおけるsildenafil(バイアグラ)とドキソルビシンの組合せなどで報告されています。 抗がん剤治療中にスリンダクを併用する根拠はかなりあると言えます。
【アルデヒド脱水素酵素の阻害はβ-カテニンの発現阻害による抗腫瘍効果を増強する】
以下のような論文が最近報告されています。
Combined expression of aldehyde dehydrogenase 1A1 and β-catenin is associated with lymph node metastasis and poor survival in breast cancer patients following cyclophosphamide treatment.(アルデヒド脱水素酵素1A1とβ-カテニンの両方の発現はシクロフォスファミド治療後の乳がん患者に置けるリンパ節転移と予後不良に関連する) Oncol Rep. 2015 Sep 15. doi: 10.3892/or.2015.4273. [Epub ahead of print]
【要旨】
本研究は、乳がん組織におけるアルデヒド脱水素酵素1A1(ALDH1A1)とβ-カテニンの発現量を検討し、この2つのタンパク質の同時発現が、乳がん患者の臨床経過や病理学的特徴や抗がん剤に対する反応性や予後とどのような関連があるかを解析した。
276例のヒト乳がん組織と80例の良性の過形成組織を対象に、ALDH1A1とβ-カテニンは免疫染色法にて解析した。
対照と比較して乳がん組織ではALDH1A1の発現が亢進していたが、β-カテニンの発現量には有意な差は認めなかった。 ALDH1A1の発現が少ない乳がん組織に比べて、ALDH1A1が高発現の乳がん組織では、細胞膜に局在しているβ-カテニンと比べて、細胞質内に存在するβ-カテニンの量が顕著に多かった。
β-カテニンが細胞膜に局在している乳がん細胞に比べて、細胞質内のβ-カテニンが多い乳がん細胞ではALDH1A1の発現量が有意に亢進していた。
ALDH1A1の高発現の乳がん、あるいはβ-カテニンの細胞質内発現の多い乳がんでは、リンパ節転移が多く、臨床経過は不良であった。この傾向は特に、シクロフォスファミド治療を受けた患者で顕著であった。
ALDH1A1の高発現とβ-カテニンの細胞質内発現の両方の性質を持った乳がんでは、リンパ節転移が多く、予後不良でシクロフォスファミド治療に抵抗性を示した。 ALDH1A1高発現と細胞質内β-カテニンの高発現の乳がん細胞では、β-カテニンがALDH1A1の発現を誘導している可能性が示唆された。
ALDH1A1と細胞質内β-カテニンの発現は、シクロフォスファミド治療後の乳がん患者の予後を推定するマーカーとして使用できる可能性が示唆された。
アルデヒド脱水素酵素(ALDH)は4量体の酵素で、アルデヒド(CHO)を酸化してカルボン酸(COOH)にする反応を触媒する酵素です。
アルデヒト脱水素酵素はがん幹細胞のマーカーとしても知られています。つまり、アルデヒト脱水素酵素はがん幹細胞に過剰に発現し、その生存や増殖や自己複製に何らかの重要な働きを行っていることが指摘されています。
細胞にとってアルデヒドは毒性があるので、アルデヒドを早く代謝するために必要なのかもしれません。
多くのがん種においてALDH活性の高いがん細胞は増殖や転移を促進することが報告されています。
乳がんや卵巣がんなどで、ALDH活性の高い腫瘍は生存期間も短く予後が悪いことが報告されています。
ALDHの活性を阻害すると転移能を抑制できるという報告もあります。
アルデヒド脱水素酵素を阻害する薬として断酒薬のジスルフィラムがあります。ジスルフィラムの抗がん作用については419話で解説しています。
ジスルフィラムを服用中はアルコールの摂取はできません。ある種の抗がん剤点滴では、溶解液にアルコールを使っている場合があるので、点滴の抗がん剤治療を受けている場合はアルコールが使われていないか注意が必要です。 飲酒しない人であれば、がん治療に試してみる価値はあります。実際に使ってみて効果があることを経験しています。
ジスルフィラムはアルデヒド脱水素酵素を阻害することによって細胞内の酸化ストレスを高めます。したがって、がん細胞の酸化ストレスを高める効果があるスリンダクとの併用は相乗効果が期待できます。
以上のメカニズムから、がん細胞のWNT/β-カテニン経路の阻害と酸化ストレす亢進を目標にしたビタミンD3とスリンダクとジスルフィラムの組合せは乳がんの代替医療として可能性があります。
この組合せは乳がんだけでなく、大腸がんや膵臓がんや肺がんなど他のがんにも効果が期待できます。 しかし、飲酒する場合はジスルフィラムは使用できません。(飲酒する進行がんの患者さんの率は低いと思います)
参考文献: Vitamin D is a multilevel repressor of Wnt/β-Catenin signaling in cancer cells. Cancers 2013, 5, 1242-1260
★ トリプル・ネガティブ乳がんで死なないためには、治療の早い段階から、エビデンスに基づいた補完・代替医療を利用することが重要です。トリプル・ネガティブ乳がんの補完代替医療については以下のサイトでまとめています。
http://www.f-gtc.or.jp/TNBC/Triple_Negative_Breast_Cancer.html
ビタミンD3のサプリメント:
1カプセル1000 IU/250錠(6300円)
米国:DaVinci Laboratories of Vermont
購入ご希望の方は銀座東京クリニックにお問い合わせください。
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