483)医療大麻を考える(その9):大麻と精神病

図:大麻使用が統合失調症などの精神病を直接引き起こしているかどうかは確定的ではない(1)。タバコやその他の違法薬物は精神病の発症リスクを高めるが(2)、大麻使用者はタバコや違法薬物の使用が多いというデータがある(3)。また、精神病の発症しやすい体質(4)と大麻を使用する性質(5)には共通の遺伝的素因が存在することも指摘されている。つまり、タバコや違法薬物や遺伝的素因などの交絡因子の影響を補正すると、大麻使用と精神病発症の間に因果関係は無い(あるいはかなり弱い)ことが指摘されている。

483)医療大麻を考える(その9):大麻と精神病

【大麻の有害性に関する議論は科学的根拠に基づかなければならない】
大麻による高度な中毒状況では精神障害が生じることが指摘されています。大麻の長期的な使用が統合失調症などの精神病の発症リスクを高める可能性も報告されています。その他にも、大麻には様々な有害作用が報告されています。
大麻の有害性を議論するときの重要な視点は「有害性の程度」です。もし、大麻の有害性がタバコやアルコールより軽微であれば、有害性を理由に大麻を非合法化する根拠は無くなります。
もう一つの重要な視点は「科学的根拠」に基づいて議論することです。
EBM(evidence-based medicine:根拠に基づく医療)という言葉があります。医療は科学的根拠に基づいて議論されることが最も大切です。
医療で使用されている治療法の根拠には、「ある人が効くと言っている」という噂のレベルから、「大規模なランダム化二重盲検試験で証明された」というレベルのものまであります。
大麻の有害性の議論もEBMの基づいて行う必要があります。
大麻の有害性に関する過去の記述には、科学的根拠に基づかないものが多いという点を認識する必要があります。この数年間に発表されている臨床試験を主体にした医学的根拠に基づいて議論する必要があります。
大麻の有害性に関する10年以上前の記述には、最新の科学的根拠に基づいて書き改めなければならない箇所が数多くあります。

【『大麻使用が統合失調症の原因となる』はまだ証拠が乏しい】
「大麻使用が統合失調症の発症リスクを高める」という報告が多数ありますが、一方、それに疑問を呈する報告も数多くあります。どちらの意見も、それぞれエビデンスをもって考察しています。このような状況においては、専門家による最新の総説が参考になります。
以下のような論文があります。現時点では最も妥当な見解を示しています。

Clearing the smoke: What do we know about adolescent cannabis use and schizophrenia?(煙をきれいに:青年期の大麻使用と統合失調症の関連について我々は何を知っているのか?)J Psychiatry Neurosci. 2014 Mar; 39(2): 75–77.

著者(Matthew N. Hill, PhD)はカナダのカルガリ大学のホッチキス脳研究所(Hotchkiss Brain Institute)の講師で、大麻の精神作用の専門家です。
Clearing the smoke(煙をきれいに)」という表現は、2001年に全米科学アカデミーの医学研究所から「Clearing the Smoke: Assessing the science base for tobacco harm reduction(煙をきれいに:たばこの害を低減するための科学的根拠を評価する)」というタバコの有害作用をまとめた有名なレポートがあり、それに引っ掛けているのかもしれません。Smokeにはマリファナの意味もあります。
以下に日本語訳(全文)を記載しています。赤字は訳者の独断で重要と思われる部分を指摘するためです。

【日本語訳】

世界中の多くの文化の中で、何世紀にも渡って娯楽用の薬として大麻は使用されてきたが、大麻が脳に作用するメカニズムが明らかになったのは、つい最近のことである。
1980年代の終わりから1990年代初期にかけて、内因性カンナビノイド・システムの主要な因子(カンナビノイド受容体CB1とCB2、内因性リガンドのアナンダミドと2-アラキドノイルグリセロール)が発見され、大麻の科学的な研究が始まった。
この25年間の間に、大麻の主な効果(食事摂取量の増加、鎮静、不安感の軽減、血圧低下)が内因性カンナビノイド・システムへの作用であることが明らかになっている。しかしながら、大麻の作用には不明な点が数多く残されている。

過去数十年にわたって大麻の薬効や安全性に関する議論が数多く行われているが、十分な科学的根拠に基づくものは極めて少数である
「大麻は全く無害で有用な物質である」という意見から「大麻は健康に様々な害を及ぼす高度に危険な薬物である」という意見まで、両極端の見解がある。
これらの意見は両方とも正確ではない。しかし、不幸なことに、科学的に間違った見解が、薬物規制などの政策決定の議論に採用されている
コロラド州やワシントン州で娯楽用大麻が合法化され、カナダでは医療大麻の使用プログラムにおいて大規模な改訂が行われているという状況を考えると、大麻の規制も科学的根拠に基づいて決定されなければならない。

大麻の安全性に関する議論は、肺がんや心臓不整脈を含めた様々な症状が主な対象であったが、興味深いことに、安全性の議論は主に精神系への影響、特に青年期における大麻使用と統合失調症の発症の関連性に移っていった。

大麻使用と統合失調症の関連性を報告した最初の論文は1987年のランセット(Lancet)に発表された。この論文では、スウェーデンの45000人以上の軍隊徴収兵を対象にした15年間の追跡調査によって、大麻使用と統合失調症の間に関連があることが報告された。
この報告では、大麻使用が多い人(18歳までに50回以上の大麻使用)では、統合失調症の発症リスクが高かった。(訳者注:大麻のヘビーユーザーは非使用者に比べてオッズ比は6.0 、95%信頼区間は4.0-8.9)
大麻使用によって精神病に似た症状が生じることが過去に記述されていたので、統合失調症の発症に大麻使用が関連する可能性を指摘したこの論文は注目された。
その後、数十年間に複数の研究でこの関係が確認された。すなわち、過去にさかのぼる研究(後ろ向き研究)では、統合失調症を発症した患者では大麻使用が多いこと、特に青年期からの使用が多いことが明らかになった。
この事実は幾つかの考察を可能にする。すなわち、1)大麻が統合失調症の原因になる、2)大麻が統合失調症の発症を促進する危険因子の一つとして作用する、3)大麻は自己治療で使用される、という可能性である。

それでは、科学的研究結果は我々にどのように回答しているのだろうか。
まず第一に、大麻が統合失調症を引き起こす原因になるという仮説は基本的に根拠が無い
確かに、大麻の精神活性成分のテトラヒドロカンナビノール(THC)を大量に健常人に投与すれば、精神病に似た症状が一過性に出ることはある。しかし、このような症状は非常に早く収まり、本物の精神病状態になることは無い。
西洋社会では、大麻使用は1950年代までは基本的に存在しないものであり、1960年代から1970年代にかけて急速に広まった。
このような社会レベルにおける劇的な大麻使用の増加にも拘らず、統合失調症の発症率はほとんど不変である

自己治療仮説に関しては、相反する証拠が存在する。
幾つかのレポートでは、統合失調症の患者が大麻を使用すると、陰性症状と認知障害の症状を軽減した(しかしながら、陽性症状の顕著な増悪がしばしば認められた)。

(訳者注)
「陽性症状」は「本来、心の中に無いものが存在する」症状で、幻覚・幻聴・妄想・思考の混乱・異常行動など。

「陰性症状」は「本来、心の中にあるはずのものが存在しない」症状で、感情や意欲の減退・社会的引きこもり・集中力の低下・無関心など。
「認知障害」は記憶や注意、思考、判断などの脳の高次機能の低下

通常の精神病治療薬は陰性症状には十分な効果を発揮しないので、患者は自身の陰性症状を緩和する目的で大麻を使用するようになるという意見がある。
この仮説に一致して、一般住民に比べて、統合失調症の患者では大麻使用の率が極めて高い。
しかしながら、この仮説の重要な問題点は、後ろ向き研究と前向き研究の両方において、大麻の使用は統合失調症の症状の発症前に始まっていることが明らかになっていることである。つまり、症状を緩和する目的で大麻を使用しているという仮説は根拠が乏しい。

もっともあり得る仮説は、すでに統合失調症に成りかかっている人に精神症状を引き起こす危険因子の一つとして大麻が作用するという考えである。この仮説であれば、大麻使用と統合失調症の間に関連が存在することと、その関連は人口レベルではそれほど強くないことを説明できる。

統合失調症になりやすい素因を持ち、大麻の有害作用を受けやすい特徴的な脆弱性をもつ個人において、統合失調症と大麻使用の関連が存在すると仮定すると、青年期がなぜそのような特徴的な脆弱性を持つのかと言う疑問が出てくる。
興味深い事に、青年期は大麻に感受性が高い特徴的な時期であることを、幾つかの証拠が示している。
まず第一に、大脳皮質の発達、神経細胞の移動、神経の接続性、シナプス形成において内因性カンナビノイド・システムは重要な働きを担っている。
青年期においては、多くの脳領域で成長とシナプス再構成が起こっており、特に前頭前皮質領域に最も大きな変化が起こっている。
興味深いことに、前頭前皮質領域はカンナビノイド受容体が多く存在しており、また、統合失調症の発症に最も関連の深い脳領域の一つである。
成熟する前の動物にTHC(テトラヒドロカンナビノール)を投与する動物実験で、THCが前頭前皮質の発達において、形態学的および機能的に重大な作用を示すことが明らかになっている。
さらに、カンナビノイドはドーパミン分泌を刺激することが知られている。統合失調症の患者や一親等の親族(=両親)に統合失調症がいる場合は、カンナビノイドによるドーパミン分泌刺激作用は増幅される。
青年期においては、前頭前皮質におけるドーパミン作動性神経系は一時的な機能の変化を起こす。
したがって、発達途中の脳に対するカンナビノイドのドーパミン分泌刺激作用は、ドーパミン作動性神経系が確立している成熟した脳とは異なる効果を示す。
さらに、内因性カンナビノイド・システム自体が青年期には個体発生上の劇的な変化を起こす。すなわち、CB1受容体の発現は出生後から増加し、青年期の初期にピークに達し、その後加齢とともに減少する。

以上のように、青年期はCB1受容体の発現レベルとその機能が最も高い時期であるため、青年期の脳に対する大麻の影響は、成熟した脳に対する影響とは基本的に異なる。
したがって、青年期の大麻使用は、脳(特に前頭前皮質)の発達に有害に作用することが医学的に説明できる。

しかしながら、大麻を使用している10代(ティーンエイジャー)のほとんどに統合失調症は発症していない。この事実は、脳機能における大麻の作用に対する感受性を高める他の要因が存在することを示唆している。

ある種の遺伝子の多形性が統合失調症の発症に関連している可能性が報告されており、例えばCOMT遺伝子やAKT1遺伝子がその候補として報告されている。しかし、一つの遺伝子の多形では説明できないので、多数の遺伝子の多形性が関与していると思われる。
このような遺伝子要因を明らかにすることも重要である。

このような知識を大麻の議論にどのように生かすべきであろうか?
現時点で言えることは、大麻の議論において最も有力な意見が科学的根拠に基づいていないことである。
人口のレベルにおいて、青年期の大麻使用が精神疾患の発症に関わる主要なリスク要因になっているという意見には、証拠がほとんどない
実際、社会レベルでは、精神病患者を一人減らすには、3000人から4000人の青少年の大麻使用を減らす必要があると考えられている。
しかしながら、同時に、精神的に脆弱なハイリスクな集団においては、大麻が高度に有害に作用するという証拠があるので、大麻は全く無害であるという主張は間違いである。

カナダ保健省は最近、医師や医療従事者に科学的根拠に基づいた解説を提供する目的で、精神疾患を含めた様々な病気に対する大麻の有益性と有害作用に関して科学的に解説した文書を編集している。
理想的には、このような科学的文書は、大麻使用に関する政策決定や薬物規制を正しいものにするために使われ、さらには、大麻使用においては、使用する個人の年齢(家族歴やその他のリスク要因も同様に)も考慮されなければならない。

統合失調症という診断が決まったら、大麻使用は明らかに有害であり、治療薬の規則的な摂取を妨げ、脳の灰白質の損失を促進し、長期予後を悪化させる

そのような理由で、統合失調症と診断された患者は、年齢とは関係なく、大麻が有害であるという情報を知らせなければならない。そして、統合失調症の患者には大麻使用は禁忌であることを、十分に考慮する必要がある。

(訳者注)

前頭前皮質(前頭前野)は、思考や創造性を担う脳の最高中枢であると考えられており、系統発生的にヒトで最もよく発達した脳部位であるとともに、個体発生的には最も遅く成熟する脳部位です。
前頭前皮質の高次機能は神経伝達物質のドーパミン、セロトニン、ノルエピネフリン、ガンマアミノ酪酸(GABA)などによって支えられています。
ドーパミンは大脳皮質の中では前頭葉に最も多く分布しており、前頭前野の働きに最も重要な役割を果たす神経伝達物質です。
統合失調症では、シナプス前細胞からのドーパミンの放出が亢進しており、ドーパミン神経の過活性が発症に関連しています
大麻はドーパミン神経系を活性化する作用があるので、統合失調症になっている人やなりやすい遺伝的素因を持っている人には、大麻の使用は有害に作用することになります。

【タバコと精神病のリスク】
大麻が精神病の発症リスクを高めるという点を議論する場合、まず、タバコが精神病の発症リスクを高めることを理解する必要があります。大麻の精神病発症リスクの研究において、交絡因子(調べようとする因子以外の因子で、病気の発生に影響を与えるもの)としてタバコの関与が指摘されているからです。
最近の研究で以下のような論文があります。 

Does tobacco use cause psychosis? Systematic review and meta-analysis. (タバコの喫煙は精神病を引き起こすか? 系統的レヴューとメタ解析) Lancet Psychiatry 2:718-725, 2015年

ランセット・サイカイアトリー誌(Lancet Psychiatry)は臨床系学術雑誌のトップレベルのランセットの精神分野版で、この論文は2015年7月10日に発表されています。
英国のロンドン大学キングスカレッジの精神病部門のジェイムス・マッケーブ(James H MacCabe)博士らの研究グループからの報告です。
メタ解析(meta-analysis)とは、過去に行われた複数の研究結果を統合し、統計的に総合評価を行う方法です。一つ一つの研究では症例数が少なくて統計的に差がでなくても、そのような研究データをまとめて統計的に処理すれば、より信頼性の高い結果が得られます。
系統的レビュー(systematic review)とは、文献をくまなく調査し、ランダム化比較試験のような質の高い研究のデータを、出版バイアスのようなデータの偏りを限りなく除き、分析を行うことです。
両者はほぼ同じような意味で、今まで行われてきた研究結果を総合的に統計解析してコンセンサスを出す手法です。

この論文では、これまで報告された61件の観察研究のメタ解析を行っています。61件の研究を合わせると、解析対象者は喫煙者が14,555人で非喫煙者が273,162人です。
この論文では、日常的に喫煙している人は非喫煙者に比べて、精神病の発症リスクが2.18倍(95%信頼区間:1.23〜3.85)という結果を報告しています。さらに、日常的な喫煙者では非喫煙者に比べて、精神病を発症する年齢が1.04年早い(95%信頼区間:-1.82〜-0.26年)という結果を報告しています。

精神病を患っている人は、健康なコントロールと比べて、たばこを吸う人が約3倍多いという疫学データがあり、喫煙と精神病、特に統合失調症との関連性は以前から認識されています。しかし、たばこ自体が精神病のリスクを高める可能性はあまり注目されていませんでした。
精神病を患っている人にタバコを吸う人が多いことについて、けん怠感や悩みからの解放、自己治療(タバコが精神病の症状を緩和する)といった理由が挙げられてきました。もしそうであれば、たばこを吸う率は精神病の発症後にのみ増えているはずだと研究グループは考えました。
そこで、精神病を最初に発症したときにたばこを吸っている率を分析したところ、57%が発症する以前からたばこを吸っていました。精神病を最初に発症した人は、発症していない人と比べて、たばこを吸っている人が約3倍多かったという結果でした。さらに、毎日たばこを吸う人は、吸わない人と比べて、精神病の発症がおよそ1年分早いことも明らかになりました。
以上のことから喫煙が精神病の発症リスクを高めることが示され、統計的解析で、日常的な喫煙は精神病の発症率を2.18倍に増やすという結果を報告しています。
タバコを吸うと、快楽を生み出す「ドーパミン」の分泌が増えます。ニコチンは脳内報酬系を刺激してドーパミン神経系を刺激して快楽を生じさせます。
このドーパミン分泌異常が統合失調症などの精神病の発症と関連している可能性が指摘されています。
精神病患者に喫煙者が多いのは、結果ではなく原因ということです。タバコのニコチン自体に精神病を発症させる可能性は医学的に多くの研究で指摘されています。

【大麻の精神障害にタバコが関連している】
最近の研究によると、大麻と精神疾患との関連性は、大麻自身でなくタバコの影響が大きな部分を占めている可能性が指摘されています。以下のような報告があります。 

Associations of cannabis and cigarette use with psychotic experiences at age 18: findings from the Avon Longitudinal Study of Parents and Children.(大麻とタバコの使用と18歳以下の精神病体験との関係:「両親と子供のエイボン縦断的研究」の結果)Psychol Med. 2014 Dec; 44(16): 3435–3444.

エイボン(Avon)というのは英国のエイボン州のことで、その州都がブリストル(Bristol)です。この論文はブリストル大学からの報告です。
the Avon Longitudinal Study of Parents and Children(両親と子供のエイボン縦断的研究)」というのは、このエイボン州で行われている前向きコホート研究です。
コホート研究とは、特定の地域や集団に属する人々を対象に、長期間にわたってその人々の健康状態と生活習慣や環境の状態など様々な要因との関係を調査する研究です。
縦断的研究(Longitudinal Study)というのは、特定の集団を長期間に渡って観察する方法です。
この「両親と子供のエイボン縦断的研究」というのは、英国のエイボン州で1991年から1992年に生まれた約15000人の子供とその両親を、その後長期間に渡って観察している疫学研究です。
この研究の対象になっている子供を対象に大麻と精神病の発症について疫学的に検討しています。この論文の要約は以下です。

【要約】
研究の背景:大麻使用と精神病体験(psychotic experiences)の関係を明らかにする必要がある。我々の目的は、大麻とタバコの使用と精神病体験の間にどのような関連があるかを明らかにすることである。
方法:大麻使用と喫煙と精神病体験のデータがある1756人の青少年を対象にしてコホート研究を行った。
結果:16歳での大麻使用と喫煙は、18歳における精神病体験の頻度と同程度に関与していた。18歳時の精神病体験の発症リスクのオッズ比は大麻使用が1.48(95%信頼区間:1.18〜1.86)、喫煙が1.61(95%信頼区間:1.31〜1.98)であった。
喫煙の頻度(オッズ比1.27:95%信頼区間0.91〜1.76)あるいは他の違法薬物の使用(オッズ比1.25:95%信頼区間0.91〜1.73)を補正すると、大麻使用と精神病体験の関連性は顕著に低下した。
喫煙と精神病体験の関連性(オッズ比1.42:95%信頼区間1.05〜1.92)で補正すると、大麻と精神病体験の関連性の低下はより大きくなった。
自分で非喫煙者と申告した人も含めて、ほとんどの大麻使用者はタバコも喫煙していた。
結論:タバコの影響から大麻の作用を分離することは非常に困難であり、今回の研究を含めて今日までの過去の研究において、この点に関して適切に対処されていない可能性がある。精神病体験における大麻とタバコと他の違法薬物との独立した作用を検討するための有効な検討方法が必要である。

交絡因子とは「調べようとする因子以外の因子で、病気の発生に影響を与えるもの」です。
大麻と精神病発症の関連性を調べようとする場合、調べようとする因子(大麻)以外の因子(喫煙やアルコールや他の違法薬物など)が精神病の発生率に影響を与えているかもしれません。このとき、喫煙や他の違法薬物が交絡因子に該当し、これらが調査(大麻と精神病との関連)に影響を与えないように、データを補正する必要があります。
大麻使用者は非使用者に比べて喫煙や他の違法薬物の使用が多いので、大麻だけの影響を評価するには、タバコなどの交絡因子の影響を除外するように補正する必要があります。
前述のように、タバコが精神病の発症率を高めることが報告されているので、タバコの影響を補正すると、大麻による精神病発症リスクはかなり低いものになるという結果です
この研究では、大麻使用者の65.5%が飲酒していましたが、アルコールは大麻と精神病の関連の交絡因子にはならないという結果でした。
大麻使用者で覚せい剤などの他の薬物の使用経験者は41%で、これらの薬物の使用は交絡因子となっていました。
違法薬物を全く使用していない人(1483人)を対象にした解析では、大麻と精神病体験の間に関連は認めませんでした。
喫煙の経験者は44.6%で、日常的な喫煙者は5.2%でした。日常的な喫煙者では、精神病体験のリスクは非喫煙者に比べて4.2倍でした。
このような交絡因子を排除すると、大麻と精神病体験との関連は以前から言われているほど大きくは無いといえます。少なくとも、今までの研究は、喫煙などの交絡因子の調査や検討は不十分だったと言えます。
つまり、現在言われている「大麻が精神病の原因になる」という意見は、科学的には証明されていないということになります

疫学研究では、交絡因子の関与を排除しないと間違った結果になります。
例えば、ケース・コントロール研究では、「野菜や果物の摂取が多いほどがんが少ない」という結果が得られています。しかし、コホート研究の多くで、野菜や果物の摂取ががんを減らす効果は確認されていません。
その理由は、野菜や果物の摂取量の多いグループは摂取量が少ないグループに比較して、喫煙率や飲酒量や摂取カロリーや肥満の程度が低く、運動量が多いというデータがあるためです。野菜や果物ががんを予防する直接的効果をもつのではなく、がん予防に良い生活習慣(禁煙、禁酒、運動、標準体重維持、カロリー制限など)の指標に過ぎないということです(下図)。

図:野菜・果物の摂取量の多い人はがんが少ないが、喫煙・飲酒・肥満・摂取カロリー・運動などの交絡因子を補正すると、野菜や果物の摂取自体にはがん予防効果は認められない。

このように、大麻と精神病発症リスクの検討でも、「大麻使用者は喫煙者が多い」などという交絡因子の関与の排除が重要です。この交絡因子の存在が「大麻と精神病」の関係を誇張している可能性があるのです。

【大麻使用者はもともと精神病を発症しやすい遺伝形質を持っている】
さらに、大麻を使用しやすい人と精神病になりやすい人には共通する遺伝的な素因があるという報告もあります。
薬物依存症には遺伝との関連が知られています。例えば、アルコール依存の場合は、約3人に1人がアルコールを乱用する親を持っており、アルコール依存の父を持つ子どもの4人に1人は、自身がアルコール依存になりやすいといわれています。
双子の研究では、アルコール依存の一致率は二卵性より一卵性(遺伝子が完全に一致)の方が高い結果が得られています。アルコール依存の発症に遺伝要因が占める割合はおよそ2分の1から3分の2と推定されています。
統合失調症の発症にも遺伝的要素が関与していると考えられています。遺伝子がまったく同じ一卵性双生児では、両方が統合失調症になる割合は約50%程度です。家族に発症者がいる場合は、統合失調症になる確率が増えるとも言われています。

そこで、「統合失調症などの精神病を発症しやすい遺伝的素因を持っている人は大麻を使用しやすい」あるいは逆に、「大麻を使用しやすい人は精神病を発症しやすい遺伝的素因をもっている人が多い」という考えがあります。以下のような報告があります。

Genetic predisposition to schizophrenia associated with increased use of cannabis.(統合失調症になりやすい遺伝的素因は、大麻使用の増加と関連している)Mol Psychiatry. 2014 Nov;19(11):1201-4.

大麻の使用が統合失調症の原因の一つになる可能性を示す証拠は多く報告されていますが、大麻が直接的に統合失調症を発症させる原因になるのか、あるいは統合失調症になりやすい遺伝的素因が大麻使用を増やしているのかに関しては、明らかになっていません。
この論文では、2082例の健康人を対象にして、統合失調症のリスクを高める遺伝子の存在と大麻使用の関連について検討しています。
その結果、「統合失調症の発症」と「大麻の使用」との間には、共通の遺伝的素因が存在することを明らかにしています
大麻使用と統合失調症の発症に関連する遺伝子の候補としてすでに幾つかが知られているますが、一つの遺伝子でなく複数の遺伝子が関与していると考えられています。
つまり、喫煙だけでなく遺伝的素因も交絡因子となっている可能性があります。(トップの図参照)

【アルコールでも幻覚や妄想や知能低下が起こる】
大麻の有害性の記述の中に「幻覚・妄想、意識障害、記憶力の低下、知的障害」などという言葉がでてきます。
確かに、精神機能が脆弱な人では、大麻による高度な中毒状況でそのような症状が出る可能性はあります。しかし、飲酒も過剰に飲めば同様な症状を呈することは常識として知れ渡っています。
酔っぱらうと人が変わったように荒れる人がいます。これを複雑酩酊といいます。暴力や犯罪の原因になることもあります、
大量飲酒で翌日覚えていないという状態はブラック・アウトと言います。一時的な健忘・記憶喪失です。
アルコール中毒の患者が急に酒を止めると、幻覚、幻聴、不安、イライラ、興奮、手や全身のふるえ(振戦)、振戦せん妄など様々な禁断症状がでます。これらの禁断症状は数ヶ月続くこともあります。アルコールの離脱症状はヘロインより強力です。
離脱症状とは連用している薬物を完全に断った時に禁断症状が現れることで、身体依存を意味します。
米国の国立薬物乱用研究所のジャック・ヘニングフィールド(Jack Henningfield)博士と、カリフォルニア大学サンフランシスコ校のニール・ベノウィッツ(Neal Benowitz)博士の評価では、離脱症状の強さの順番は、強い方からアルコール、ヘロイン、ニコチン、コカイン、カフェイン、マリファナ(大麻)の順番です
長期の大量飲酒では、知覚・記憶・認知・判断・現実見当識といった精神機能が障害され、多様な精神症状が現れ、様々な精神病を引き起こします。幻覚・妄想などの統合失調症の症状に似た症状や、脳に器質的病変が生じて知能の低下や認知機能の障害が起きる認知症(アルコール性認知症)を発症することもあります。
このようなアルコールの過剰摂取と依存症は、事故や犯罪や暴力の原因となり、個人の身体状態や精神状態、人間関係や家族関係、社会的信頼性などにおいて深刻な障害と甚大な損失をもたらします。
一般的に、「アルコールは人を攻撃的にさせ暴力的犯罪を引き起こすが、大麻は人々の攻撃性を低下させる」と言われています。
医学的には、大麻の精神機能に対する有害性は、飲酒(アルコール)より軽微であることは常識になっています。
以上のように、もし大麻をその有害性から非合法にするのであれば、飲酒やタバコを合法にしている根拠を司法と行政(厚労省)は示す必要があります。

【大麻はヘビーユーザーでなければ有害性は軽微】
世界各国で医療大麻の使用が認められるようになり、幾つかの国や米国の州では娯楽用の大麻の使用も許可されるようになりました。そこで、タバコや飲酒と同様に、その有害性に関して、正しい情報を人々に与える必要性が認識され、最近は大麻の有害性に関する論文が多くなっています。以下のような論文があります。

Adverse effects of cannabis.(大麻の有害作用)Prescrire Int. 2011 Jan;20(112):18-23.

【要旨】
大麻は高濃度のカンナビノイド、とくに精神作用のあるデルタ9-テトラヒドロカンナビノールを含む樹脂を産生するために使用されている。
大麻使用はフランスやその他多くの国で違法となっているが、特に青少年や若い成人によって、そのリラクセーション効果や快楽作用を目的に広く使用されている。
健康に対する大麻の有害作用とはどのようなものであろうか?
大麻を使用している時の有害作用や長期の使用における有害作用とは何か。
大麻の使用が精神疾患を引き起こすのであろうか?
これらの疑問に答えるために、医学的根拠に基づいた標準的な方法論によってレヴューした。
大麻の長期使用による有害作用を評価することは困難である。
それは、大麻使用者の知識のある無しに関係なく、タバコ喫煙や飲酒、特異な生活習慣や行動が大麻使用と関連していることが多いためである。
一般的に、精神活性物質を使用する人々にはある特有の個人的な特性が存在する。
大麻の効果は用量依存的である。
報告されている有害作用の中で最も頻度が高いのは、精神活動の抑制であり、反応速度の低下や不安感の増強などである。
大麻による高度な中毒状況では重度の精神障害が生じることが報告されている。
大麻の早期で規則的で頻回の使用は学業の低下と関連がある。
多くの研究は大麻の長期使用と記憶障害との関連を検討しているが、その結果は一致していない。
抑うつと自殺企図に対する大麻の効果を検討した19のコホート研究があるが、その結果は一致しておらず、まだ結論は出ていない。
幾つかのコホート研究は自己申告による大麻使用と精神疾患の間には関連があることを示している。
しかしながら、自己申告の大麻使用のデータには信頼性に疑問があり、方法論的な問題から、その結果を正しく評価することは困難である。
このような方法論的な限界があるため、これらの因果関係を証明することは不可能である。
オーストラリアでは大麻使用が顕著に増加しているが、統合失調症の発症率は増えてはいない
このような利用可能なデータに基づいて考察すると、大麻使用が精神病を引き起こすかどうかについて明確な結論を導きだすことはできない。
特に高用量の使用において、大麻が急性の精神障害を引き起こす可能性があることを、明らかに脆弱と思われる人々に情報を与えることは賢明と思われる。
大麻に対して依存性が生じることがあるが、この依存は通常は精神的なものである。
定期的な大麻使用を中断したとき、48時間以内に離脱症状が起こることがあり、その症状として、過敏性亢進、不安感、緊張、不穏状態、睡眠障害、攻撃性などがある。
このような症状は、通常2週間から12週間の間に消失する。
大麻の影響下での運転は、致死的な交通事故のリスクを2倍に増やす。飲酒による交通事故のリスクはもっと高い
いくつかの臨床研究やレポートによると、大麻使用は、特に冠動脈疾患を有する患者において、心血管系の有害事象を増やすことが示されている。
ある種のがんの発生と大麻使用の関連性を検討した症例対照(ケース・コントロール)臨床試験が多数行われている。
大麻使用ががん発生に関連する可能性を否定はできないが、大麻使用者はタバコの喫煙も多いので、タバコによる発がんの影響を除外して判断しなければならないので、大麻とがん発生の因果関係の立証は困難である。
C型ウイルス性肝炎の臨床過程に大麻使用が影響するかを検討した臨床試験では、結論が出ないままになっている。
C型ウイルス性肝炎の患者が避けなければならない主要な毒性物質はアルコールであることは確定している
脆弱な人々には大麻使用が深刻な有害作用を引き起こす可能性はあるが、実際には、低用量の娯楽用の大麻使用の有害作用は一般的には軽微である
神経精神的および身体的影響や事故や暴力の観点から評価すると、大麻の有害作用は、全体的に、アルコールの有害作用より深刻でないように思われる。 

大麻はヘビーユーザーでなければ、有害作用は軽微であり、その有害度はアルコールより低いと言っています。
この論文では、「オーストラリアでは大麻使用が顕著に増加しているが、統合失調症の発症率は増えてはいない。」と記述しています。この記述の引用論文は以下です。

Testing hypotheses about the relationship between cannabis use and psychosis.(大麻使用と精神病の関連性に関する仮説の検証)Drug Alcohol Depend. 2003 Jul 20;71(1):37-48.

著者はオーストラリアのシドニーのニューサウスウェールズ大学の国立薬品アルコール研究センター(National Drug and Alcohol Research Centre)のグループです。
1940-1944, 1945-1949, 1950-1954, 1955-1959, 1960-1964, 1965-1969, 1970-1974, 1975-1979の8時期に生まれた集団(コホート)を解析しています。
オーストラリアではこの30年間の間に大麻使用が急速に増えており、統合失調症との関連が無いかどうかを検証しています
この研究では4つの仮説を検証しています。
1)大麻使用と統合失調症の発症には因果関係が存在する。
2)大麻使用は脆弱な人において統合失調症の発症を促進する。
3)大麻使用は統合失調症を悪化させる。
4)統合失調症に人は大麻を使用しやすい。

結果:オーストラリアでは過去30年間の間に大麻使用が急激に増えており、大麻使用開始の年齢も低下している。しかし、過去30年間以上のおいて、統合失調症の発症率が増加している事実はない。統合失調症の発症年齢のデータでも特に明らかなパターンは認めない。統合失調症の患者では、一般住民と比べて大麻使用が多い。
結論:大麻使用が統合失調症の発症の原因として関わっている可能性は低い。しかし、精神病を発症しやすい人では大麻が精神病の発症を促進する可能性があり、さらに、すでに精神病を発症している人では、病状を悪化させる可能性が示唆された。

この論文では、オーストラリアでは1848年から1978年までの調査で統合失調症の発症率はほとんど変化が無いという論文を引用しています。つまり、大麻使用が統合失調症の原因とはならないという結論です。
しかし、統合失調症の患者で、大麻使用者では非使用者に比べて発症年齢(最初の症状が発生する年齢)が1年くらい早いというデータ(3年くらい早いという論文もある)があるので、統合失調症になる素因を持っている人が大麻を使用すれば、その発症を促進する可能性は高いようです。

精神病患者を一人減らすには、3000人から4000人の青少年の大麻使用を減らす必要があると報告されています。その論文は以下です。

If cannabis caused schizophrenia--how many cannabis users may need to be prevented in order to prevent one case of schizophrenia? England and Wales calculations.(もし大麻た統合失調症の原因となるのであれば、一人の統合失調症を防ぐのに何人が大麻使用を止める必要があるのか? 英国とウェールズでの計算)Addiction. 2009 Nov;104(11):1856-61.

統合失調症と大麻使用との間にある程度の関連性はあると言う前提で、どの程度の関連があるかを、「一人の統合失調症や精神病の発症を防ぐのに何人が大麻を止めなければならないか」という数値で評価しています。
イングランドとウェールズで調査を行い、統合失調症の発症率、大麻のヘビーユーザーとライトユーザーの比率、大麻使用が統合失調症を発症するリスクを計算しています。
number needed to prevent(NNP)」という評価法です。1年間に1例の統合失調症の発症を予防するのに、何人が大麻使用を止めなければいけないかです。その結果は以下にように報告されています。

男性の大麻の大量使用者と統合失調症との関連でのNNPの平均は、20〜24歳での2800人から35〜39歳の4700人に分布
女性の大麻の大量使用者と統合失調症との関連でのNNPの平均は、25〜29歳の5470人から35〜39歳の10870人に分布。
大麻の大量使用者と精神病との関連でのNNPの平均は、統合失調症の場合より低く、20〜24歳の男性では1360人、16〜19歳の女性で2480人。
大麻の中等量の使用者(light cannabis users)におけるNNPは大量使用者(ヘビーユーザー)に比較して4〜5倍であった。

生涯のうちに統合失調症にかかる人は人口の0.7%〜0.8%程度と言われています。つまり、130人に一人が発症する比較的頻度の高い病気です。130人に一人が発症する病気で、4000人の青少年が大麻を使用しなければ1人の発症を減らすことができないという結果は、統合失調症の発症に大麻の関与は極めて少ないことを意味しています。

以上の最近の報告から、現在のコンセンサスをまとめると以下のようになります。

1)大麻が統合失調症の発症原因となる証拠は現時点では無い。

2)統合失調症の人、あるいは統合失調症になる素因を持っている人(一親等の親族が統合失調症)は大麻使用は有害である。症状の発症を促進し増悪する可能性がある。

一方、大麻成分のカンナビジオール(CBD)には抗精神病作用が指摘されており、CBD含有量の多い医療大麻が統合失調症などの精神病に治療に有効という報告もあります。

大麻は食欲増進や吐き気止めや鎮痛の作用を期待するときにはTHC(テトラヒドロカンナビノール)の存在が重要です。一方、てんかんや精神病の治療では、CBD含有量の多い医療大麻が期待されています。
医療というのは、その病気の治療に適切な薬を使い分ける技術です。医療大麻も、その有害作用を熟知し、成分の異なる様々な品種や株を使いわけると非常に有用な薬になります。

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