がんの予防や治療における漢方治療の存在意義を考察しています。がん治療に役立つ情報も紹介しています。
「漢方がん治療」を考える
371)代謝と分化を制すれば、がんを征する(その③):ビタミンDの分化誘導作用
図:ビタミンDは複数のメカニズムでがん細胞の増殖を抑制し、細胞の分化や死(アポトーシス)を誘導する。①ビタミンDは核内のビタミンD受容体(VDR)に結合し、9-シス-レチノイン酸が結合したレチノイドX受容体(RXR)とヘテロ二量体を形成して標的遺伝子のビタミンD応答配列に結合して遺伝子発現を亢進する。ビタミンDの標的遺伝子には、細胞周期を停止させるタンパク質や分化やアポトーシスを誘導する遺伝子が含まれている。②一方、細胞膜に結合しているビタミンD受容体(VDR)にビタミンDが結合すると、フォスフォリパーゼCやプロテインカイネースC(PKC)、フォスファチジルイノシトール-3-キナーゼ(PI3K)などの増殖シグナル伝達系が活性化される。この活性化はビタミンD依存性の遺伝子発現とクロストークすることによって、がん細胞の増殖抑制や分化誘導や細胞死誘導の作用を増強する。③さらに、がん細胞で活性化している増殖シグナル伝達系であるWnt/βカテニン・シグナル伝達系に対して、ビタミンDとビタミンD受容体はβカテニンの転写活性を抑制する。Wnt/βカテニン・シグナル伝達系はがん細胞の増殖や生存を促進するので、ビタミンD/VDRによるβカテニンの転写活性の抑制は増殖抑制になる。このような複数の機序で、ビタミンDは抗がん作用を発揮する。
371)代謝と分化を制すれば、がんを征する(その③):ビタミンDの分化誘導作用
【ビタミンD受容体はほぼ全ての組織・細胞に存在する】
ビタミンDは骨代謝や血中のカルシウム調節に重要な役割を果たしています。
骨や歯の発育や維持に重要な役割を担っており、ビタミンDが欠乏すると骨の形成異常が起こり、小児期に発症するものを「くる病」、成人期以降に発症するものを「骨軟化症」と呼んでいますが、これらは骨の石灰化がうまくいかず、骨が軟らかくなる病気です。
ビタミンDはくる病を治す栄養因子として20世紀初めに発見されました。
ビタミンDは細胞核内の受容体に結合して遺伝子発現を調節します。(核内受容体については370話を参照)
食事中のカルシウムは小腸から吸収され、骨に貯蔵され、余分なものは腎臓から排泄され、副甲状腺ホルモン(骨において破骨細胞を活性化し骨芽細胞を抑制して骨吸収を促進する)によってカルシウムとリンが骨から血中に供給されます。
したがって、カルシウム代謝の調節に関するビタミンDの標的組織は、小腸、骨、腎臓、副甲状腺の四つになります。これらの組織において、ビタミンDは骨やカルシウムの代謝に関連する遺伝子の発現を制御することによって、骨形成や血液のカルシウム濃度の調節を行っています。
しかし、ビタミンDの働きは、骨とカルシウムの調節だけではなく、種々の細胞の増殖や分化やアポトーシスの制御や免疫調節作用など、多くの生体内機能に関わっていることが明らかになっています。
骨形成やカルシウム代謝の調節以外のビタミンDの役割の存在は、カルシウムやリンの代謝とは関係のない組織や臓器の細胞にビタミンD受容体が見つかったことから明らかになりました。
すなわち、ビタミンD受容体は小腸、骨、腎臓、副甲状腺の他に、皮膚、脳、筋肉、肝臓、免疫系細胞などほぼ全ての組織での発現が観察されています。
そして、多くのがん細胞においてビタミンD受容体が発現しており、ビタミンDががん細胞の増殖を抑制し分化を誘導する作用を持つことが多くの研究で証明され、がんの治療におけるビタミンDの有用性に注目が集まっています。
【ビタミンDは肝臓と腎臓で代謝されて活性型になる】
ビタミンDは、ビタミンD2(エルゴカルシフェロール)とD3(コレカルシフェロール)の総称です。
ビタミンD2は植物に含まれるエルゴステロール(プロビタミンD2)から生成され、ビタミンD3は動物の体内でコレステロールから生成されます。
ビタミンD2はキノコなどの植物性食品に含まれ、特に白キクラゲや干し椎茸に多く含まれています。ビタミンD3は魚に多く含まれています。
日光に当たれば、体内で十分な量のビタミンD3が生成されます。すなわち、日光に含まれるUV-B帯域(波長280~315 nm)の紫外線が皮膚に当たると、表皮内で7-デヒドロコレステロール(プロビタミンD3)からプレビタミンD3を経てビタミンD3(コレカルシフェロール)が生成されます。
7-デヒドロコレステロールはコレステロールから体内で生成されるので、紫外線を含んだ日光に当たることでビタミンDは体内で作られるビタミンということになります。
体内で生成されたビタミンD3と食物から摂取したビタミンD2およびD3は、肝臓で25位が水酸化されて25(OH)ビタミンD(カルシジオール:Calcidiol)に変換され、さらに腎臓などで1α位が水酸化されて活性型の1,25(OH)2-ビタミンD(カルシトリオール:Calcitriol)になります。
25(OH)ビタミンDは体内でのビタミンDの貯蔵型であり、長期間安定に血液中を循環しています。したがって、血中25(OH)ビタミンDの濃度がビタミンDの体内貯蔵量の指標として用いられます。(下図)
図:自然界のビタミンDは植物で紫外線の働きで生成されるエルゴステロール(ergosterol; プロビタミンD2)と動物の皮膚で紫外線の働きで生成される7-デヒドロコレステロール(7-dehydrocholesterol; プロビタミンD3)から合成される。ビタミンD3は肝臓で25位が水酸化されて25-ヒドロキシ・ビタミンD3(Calcidiol)になり、さらに腎臓で1α位が水酸化されて1α,25-ジヒドロキシ・ビタミンD3(Calcitriol)となって活性化される。
【ビタミンDは多様な生理活性作用を持つ】
元来ビタミン(vitamin)というのは、生命に必要なアミンの意味で、微量で生体の正常な発育や物質代謝を調節し、生体機能不可欠な有機化合物で、普通は動物体内では生合成されないもので、食物などから摂取する必要があります。
しかしビタミンDは例外で、体内で合成できます。つまり、ビタミンDは体内で生成されることから、ビタミンというよりホルモンに近いと言えます。ただ、ホルモンは生体内で生成されるものに限定されるので、ビタミンDは体内で産生されるだけでなく、食品からの摂取量も多いのでビタミンに分類されています。
欧米の報告では、体内のビタミンDの90%程度は皮膚で紫外線を浴びて生成(7-デヒドロコレステロールからプレビタミンD3を経てビタミンD3)、10%が食事から摂取と言われています。
ビタミンDの主な働きはカルシウム代謝の調節です。ビタミンDは、小腸からのカルシウムの吸収を高め、腎臓からの尿への排出を抑制し、骨からの血中へのカルシウムの放出を高めることによって血中のカルシウム濃度を高める作用があります。
しかし、ビタミンDにはカルシウム代謝や骨形成における役割だけでなく、細胞の増殖や分化や死、生体防御機構、炎症、免疫、発がんなど多岐にわたる生体機能の調節に関与していることが明らかになっています。
例えば、ビタミンDの不足は、くる病や骨軟化症だけでなく、自己免疫疾患、呼吸器感染症、糖尿病、高血圧、循環器疾患、神経筋肉系疾患、がんの発生と深く関連していることが明らかになっています。
ビタミンD受容体は生体防御や免疫に関わる細胞(単球、マクロファージ、抗原提示細胞、活性化T細胞などで発現しています。これはビタミンDが生体防御や免疫に重要な働きを持つことを意味します。
がんとの関連においては、ビタミンDの多い状態(日光、食事、サプリメントなど)は多くのがんの発生を予防することが多くの疫学研究で明らかになっており、がん細胞の増殖抑制や細胞死(アポトーシス)や分化の誘導作用によってがん治療にも有用であることが明らかになっています。
ビタミンDの作用は、その前駆体物質と活性体、ビタミンDの代謝に関与する酵素、核内受容体、遺伝子のビタミンD応答配列、核内でヘテロダイマーを形成するレチノイドX受容体(RXR)、Wnt/βカテニンシグナル伝達系などが関与する複雑なシステムを形成しています。
ビタミンDの作用メカニズムは、核内受容体を介するメカニズム(遺伝子発現が関与)と細胞膜に結合した受容体を介するメカニズム(遺伝子発現は非関与)の2種類に大別されます。
核内受容体を介するメカニズムは60 以上の遺伝子の発現を制御することによって発揮されます。例えば、ビタミンDによって活性化された核内のビタミンD受容体はCYP24A1, Osteocalcin, p21Waf1/Cip1, the growth arrest and DNA-damage-inducible gene, GADD45などの遺伝子の発現を誘導し、副甲状腺ホルモン(パラサイロイドホルモン)の発現を抑制します。
細胞膜に結合したビタミンD受容体にビタミンDが結合すると、フォスフォリパーゼCやプロテインカイネースC(PKC)、フォスファチジルイノシトール-3-キナーゼ(PI3K)などの増殖シグナル伝達系が活性化されます。この活性化はビタミンD依存性の遺伝子発現とクロストークすることによって、がん細胞の増殖抑制や分化誘導や細胞死誘導の作用を増強します。
さらに、がん細胞で活性化している増殖シグナル伝達系であるWnt/βカテニン・シグナル伝達系に対して、ビタミンDとビタミンD受容体はβカテニンの転写活性を抑制します。(トップの図参照)
Wnt/βカテニン・シグナル伝達系はがん細胞の増殖や生存を促進するので、ビタミンD/VDRによるβカテニンの転写活性の抑制は増殖抑制になります。
Wntシグナルは種を超えて広く保存されたシグナル伝達経路で、遺伝子発現、細胞増殖、細胞運動、細胞極性などを調節することで、発生や幹細胞の維持、発がんなどに深く関与することが知られています。特にβカテニンを介するWnt/βカテニン・シグナル伝達系は多くのがん細胞で異常を起こしており、がん治療の重要なターゲットになっています。極めて複雑な経路なので、ここではこれ以上は触れませんが、ビタミンD/ビタミンD受容体がβカテニンの働き(転写活性など)を阻害して抗がん作用を示すことが明らかになっています。
このような複数の機序で、ビタミンDは多様な生理活性や抗がん作用を発揮しています。
1941年に、北アメリカで、緯度が高いところ(北)に住む人は南の人よりもがんの発生率が高いことが報告されています。これは、日光によるビタミンDの産生量が発がんに影響する可能性を示した最初の報告です。
例えば、日本の国立がんセンターのがん予防・検診研究センターの研究では、日本人約38000人を対象に、あらかじめ血中25(OH)ビタミンD濃度を4段階のレベルにわけ、その後11.5年間に大腸がんになった患者グループと、ならなかった対照者グループにおいて、血中25(OH)ビタミンD濃度と大腸がんの発生率との関係を調べています。その結果、25(OH)ビタミンDが最低(22.9 ng/ml未満)のグループはそれ以上(22.9 ng/ml以上)の3つのグループに比べ、直腸がんのリスクが男性で4.6倍、女性で2.7倍高いという結果が得られています。 (Br J Cancer, 97: 446-451, 2007)
実際に、血中の25(OH)ビタミンDの濃度が高いほど再発率や死亡率が低いことが肺がんや大腸がんや乳がんで報告されています。
ビタミンD3のサプリメント:
1カプセル1000 IU/250錠(6300円)
米国:DaVinci Laboratories of Vermont
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