がんの予防や治療における漢方治療の存在意義を考察しています。がん治療に役立つ情報も紹介しています。
「漢方がん治療」を考える
609)漢方薬は慢性肝炎患者の肝臓がんの発生を抑制する
図:(左)漢方薬は抗炎症作用や活性酸素消去活性や肝細胞保護作用や発がん抑制などの効果のある成分の宝庫であり(①)、これらの成分の相乗効果によって肝炎の進展を抑制し、肝機能を改善し、さらに肝臓がんの発生や治療後の再発を抑制する(②)。
(右)台湾の医療ビッグデータを使用した疫学研究で、B型慢性肝炎患者で漢方薬(中医薬)を使用した患者は、漢方薬を使用しなかった患者よりも肝臓がんの発生率が低いことが報告されている。漢方治療の期間が長いほど肝臓がんの発生率が低いという用量依存性も示されている。グラフはB型慢性肝炎患者の15年間の追跡における肝臓がんの累積発生率を示す。患者の年齢、性、服用薬、併存疾患、居住地の都市化の状況を調整したKaplan-Meier曲線で、漢方薬非使用群に比べて、180日間以上の長期の漢方薬使用群は肝臓がん発生率が有意に低い(log-rank test, p<0.001)。
609)漢方薬は慢性肝炎患者の肝臓がんの発生を抑制する
【肝臓がんは肝臓の慢性炎症によって発生する】
わが国では、肝臓がんによる死亡者数は1980年代から急激に増え始め、2000年前後にピークになり(年間死亡数約3万5千人)、最近では1年間に約2万8千人(2017年)が肝臓がんで亡くなっています。
肝臓がん患者が近年減少しているのは、1985 年度からの B 型肝炎母子感染防止事業や、1989年にC型肝炎ウイルス (HCV) の遺伝子が発見され、輸血用血液のHCVのスクリーニングの導入によって新規の肝炎ウイルス感染者が激減したためです。さらに、B型肝炎ワクチンや抗ウイルス薬の開発などによって肝臓がんの発生率が減少し、さらに肝臓がんの治療法が向上して死亡率が低下しています。
しかしながら、現在でも、肝炎ウイルスの持続感染者はB型肝炎が約110〜140万人、C型肝炎が約190〜230万人います。(平成16年度厚生労働科学研究費補助金肝炎等克服緊急対策研究事業報告書(吉澤班)より推計)
患者数は、慢性肝炎がB型は約5万人、C型は約28万人です。肝硬変・肝がんはB型が約2万人、C型が約9万人と推定されています。(平成20年患者調査)
悪性腫瘍の死亡順位の中で肺がん・大腸がん・胃がん・膵臓がんについで第5位(2016年)です。 日本人の肝臓がんのほとんどはB型かC型肝炎ウイルスの持続感染者で、15年〜40年という長期間を経て慢性肝炎から肝硬変へと進行し、肝臓がんに至るという経過をたどっています。
肝炎ウイルスによる慢性肝炎や肝硬変になった肝臓は、肝臓全体が発がんしやすい状態になっているため、一つの腫瘍を消滅させても、他の場所に新たに発生するリスクが高いのが特徴です。最初にみつかった肝臓がんを治療したあと、1年以内に約30%が再発し、5年以内に70%以上が再発しています。
肝臓がんの体積倍加時間(doubling time)は1~19ヶ月(平均4~6ヶ月)と報告されています。通常、3ヶ月おきくらいに検査を行い、がんが小さいうちに、局所療法などで除去することが西洋医学の再発予防の基本になります。
肝臓の発がんを促進する最大の要因は、炎症の持続によって活性酸素の害(酸化ストレス)が増えることと、細胞死に伴って細胞の増殖活性が促進されるからです。
ウイルスを排除できなくても、肝臓の炎症を抑え、肝細胞の壊死と炎症の程度を反映するGOTやGPTを低い状態に維持することにより、肝がんの発生率を有意に低下できることが示されています。
図:肝炎ウイルスが感染すると炎症が起こり、一部の肝細胞が死滅する(①)。リンパ球やクッパー細胞などの免疫細胞や炎症細胞が肝臓に浸潤し、慢性炎症が起こり慢性肝炎となる(②)。慢性炎症によって活性酸素やフリーラジカルの産生が増え、線維化が亢進して肝硬変になり、さらに肝臓がんの発生と肝機能低下が起こる(③)。慢性炎症による活性酸素やフリーラジカルは遺伝子変異を引き起こし、遺伝子変異が蓄積することによってがん細胞が発生する(④)。
【台湾の医療ビッグデータで証明された漢方薬の肝臓がん予防効果】
台湾では国民全体の医療情報(年齢、性別、病名、治療内容など)のデータベース化が進んでいます。「全民健康保険研究データベース(National health insurance research database; NHIRD)」や「難治性疾患患者登録データベース(Registry for Catastrophic Illness Patients Database)」を解析することによって、がん患者に使用される漢方方剤や生薬の種類も明らかになっています。
台湾では、抗がん剤治療の副作用軽減の目的で漢方薬や鍼治療が積極的に利用されています。
608話で紹介したように、台湾の医療ビッグデータを解析した疫学研究で、漢方治療を受けたがん患者は漢方治療を受けなかったがん患者より生存率が高いことが明らかになっています。
台湾のがん死亡の原因では、肺がん、肝臓がん、大腸がん、乳がん、口腔がんが多いと報告されています。日本に比べて肝臓がんが多いのが特徴です。ウイルス性肝炎の感染率が高いためです。
漢方治療がB型肝炎患者の肝臓がんの発生を抑制する結果が、台湾の医療ビッグデータを使用した研究で報告されています。以下のような報告があります。
Associations between prescribed Chinese herbal medicine and risk of hepatocellular carcinoma in patients with chronic hepatitis B: a nationwide population-based cohort study(B型慢性肝炎患者における漢方薬服用と肝細胞がん発症リスクの関連性:全国人口ベースのコホート研究)BMJ Open. 2017; 7(1): e014571.
【要旨】
目的: B型慢性肝炎患者は、肝細胞がんの発症リスクが高い。中国伝統医学の重要な治療手段である漢方薬治療が、B型慢性肝炎患者における肝細胞がんの発症リスクを低下させるかどうかは不明である。本研究は、B型慢性肝炎患者の肝細胞がん発症リスクに対する漢方治療の影響を調べることを目的とした。
方法:このコホート研究では、台湾国民健康保険研究データベースを用いて、1998年から2007年にかけて新たに診断されたB型慢性肝炎患者21020人を同定した。この内8612人がB型慢性肝炎を発症後に漢方薬治療を受けた(漢方薬使用群)。残りの12380人がコントロールグループ(漢方薬非使用群)に割り当てられた。全ての登録者は2012年末まで追跡され、 肝細胞がんの発生率とハザード比が解析された。
結果:15年間の追跡期間中に、漢方薬使用群は371人の肝細胞がんが発症し、漢方薬非使用群では958人が肝細胞がんを発症した。1000人年(1000 person-years)当たりそれぞれ5.28と10.18の発生率であった。 漢方薬使用群は、非使用群と比較して肝細胞がんの発症リスクが有意に低かった(調整ハザード比 = 0.63:95%信頼区間 0.56〜0.72)。
最も顕著な効果は、漢方薬を180日以上使用している患者で認められた(調整ハザード比 = 0.52)。
肝細胞がんの発症リスクの低下と有意な関連を示した生薬として、白花蛇舌草、半枝蓮、地黄、板藍根が同定され、漢方方剤としては一貫煎、小柴胡湯、五苓散、甘露飲が同定された。
結論:B型慢性肝炎患者において、漢方薬の使用は肝細胞がん発症の有意な低下と関連を認めた。この結果は、B型慢性肝炎の治療に漢方治療を取り入れることが、患者の予後を良好にする可能性を示唆している。
比較するグループの人数と観察期間が異なる場合、観察した人数とその観察期間をかけた観察人時(person-time)で調整します。多くの場合、期間は年単位で観察されますので、観察人年 (person-year)を用います。
この論文では、B型慢性肝炎患者における肝臓細胞がんの発生率は、1000人年当たり漢方薬使用群は5.28で非使用群は10.18でした。これは、B型慢性肝炎患者1000人を1年間追跡すると、漢方治療を受けないグループでは10.18人が肝臓がんを発症し、漢方治療を受けているグループでは5.28人が肝臓がんを発症したということです。
この研究は、台湾の医療ビッグデータを使用した、全国民を対象にした疫学研究です。 台湾の全民健康保険(National Health Insurance)では、西洋医学の標準治療だけでなく、中医学治療(漢方治療)も保険給付され、それらの情報がデータベース化されています。したがって、B型慢性肝炎の患者で、漢方治療を受けた患者と漢方治療を受けなかった患者で、生存率や生存期間の比較も可能になっています。使用された漢方薬の内容も解析できます。
世界中で3億5千万人以上がB型肝炎ウイルスに慢性的感染した状態にあると報告されています。これらのB型肝炎感染患者は、慢性肝炎や肝硬変や肝臓がんに進行するリスクが高い集団です。
中国や台湾ではB型慢性肝炎の患者が多く、肝炎や肝臓がんの治療やがん発生予防の目的で中医薬(漢方薬)治療が積極的に使用されています。
費用(コスト)と毒性(副作用)の少ないことから、中国や台湾ではB型慢性肝炎の患者の約80%が中医薬(漢方薬)治療を受けているという報告もあります。そして、漢方治療は肝臓がん患者の生存率を高めたり、肝臓がんの発生率を低下させるという疫学データが報告されています。
この論文では、台湾の医療ビッグデータを用いた解析で、漢方治療はB型慢性肝炎患者の肝臓がんの発生率を低下させることを報告しています。
この研究では、20歳以上で、1998年から2007年の間で新規にB型慢性肝炎と診断され、核酸アナログ(lamiduvine, adefovir, telbivudine, entevacir or tenofovir)治療を受けた患者(n=22 896)を対象にしています。診断の時点で肝臓がんが見つかった1171人と追跡期間が3ヶ月以内の705例は除外されました。その結果、21020人のB型慢性肝炎の患者が解析の対象になっています。
慢性肝炎の治療目的で30日間以上漢方薬を服用した患者群を漢方薬使用群にしています。それ以外は非使用群になります。
漢方薬使用群は、非使用群と比較して肝細胞がんの発症リスクの調整ハザード比 は 0.63:95%信頼区間 0.56〜0.72でした。 漢方治療を180日間以上受けているグループでは、調整ハザード比 は 0.52:95%信頼区間 0.43〜0.62でした。 つまり、漢方薬を長期間服用すると、B型慢性肝炎からの肝臓がんの発生率を半分程度に減らせることを示しています。
図:B型慢性肝炎患者の15年間の追跡における肝臓がんの累積発生率。患者の年齢、性、服用薬、併存疾患、居住地の都市化の状況を調整したKaplan-Meier曲線。漢方薬非使用群に比べて、180日間以上の長期の漢方薬使用群は肝臓がん発生率が有意に低い(log-rank test, p<0.001)。
【板藍根には抗ウイルス作用がある】
前述の論文では、肝細胞がんの発症リスクの低下と有意な関連を示した生薬として、白花蛇舌草、半枝蓮、地黄、板藍根が同定され、漢方方剤としては一貫煎、小柴胡湯、五苓散、甘露飲が同定されています。
「生薬」という場合は一種類の薬草を指します。
「方剤」をいうのは「薬剤を調合すること、あるいは調合した薬剤」のことです。したがって、「漢方方剤」というのは複数の生薬を調合して作成した漢方薬のことです。
生薬の中で白花蛇舌草(びゃっかじゃぜつそう)と半枝蓮(はんしれん)は他の種類のがんでも広く使用されますが、板藍根(ばんらんこん)はウイルス性肝炎に特に使用されています。板藍根には抗ウイルス作用があるからです。
板藍根(ばんらんこん)はホソバタイセイ(Isatis tinctoria)という植物の根です。漢方的には清熱涼血・解毒の効能(西洋医学的には解熱・抗炎症・抗菌・抗ウイルス作用)があり、風邪、インフルエンザ、肺炎、はしか、ウイルス性肝炎、脳炎、髄膜炎、急性腸炎、丹毒など様々な感染症の治療に用いられています。
中国では風邪や扁桃炎の治療にバンランコンを含む製剤が大衆薬として多く使用されています。中国では風邪の季節になると、板藍根茶や板藍根が入ったエキス剤をサプリメント感覚で服用し、中国の小学校などではこの板藍根を煎じた液をうがい薬にしたり、のどにスプレーしたりもします。
さらに中国では、日本脳炎、インフルエンザ、ウイルス性肝炎などのウイルス性疾患に対する臨床研究が行われ、バンランコンの注射液なども開発されています。
板藍根の名前が日本で広く知られるようになったきっかけは、2003年のSARS騒動です。
SARSはSevere Acute Respiratory Syndrome(重症急性呼吸器症候群)の略で、新種のコロナウイルスによる感染症で、2003年3月頃から中国広東省を起点とし、大流行の兆しを見せ始めました。
この時、風邪やインフルエンザの治療に中国で古くから利用されていた板藍根含有の製品が売り切れになるとか、値上がりするという社会現象が起こり、日本でもインフルエンザや風邪の治療における板藍根の薬効が注目され、板藍根を含むお茶や漢方薬やのど飴などの販売量が増えました。
最近では、新型インフルエンザの流行によって、板藍根の需要が増えているようです。
昔の人が経験で発見した天然の抗ウイルス薬ですが、実際、 基礎研究でも抗ウイルス作用は認められ、臨床研究でも、インフルエンザや風邪に対する治療効果が証明されています。
日本脳炎やウイルス性肝炎など他のウイルス性疾患の治療にも利用されています。 したがって、ウイルス性肝炎の漢方治療では多く使用されます。
【肝臓がんの発生を抑制する白花蛇舌草と半枝蓮】
白花蛇舌草(ビャッカジャゼツソウ:Oldenlandia diffusa)は本州から沖縄、朝鮮半島、中国、熱帯アジアに分布するアカネ科の1年草のフタバムグラの根を含む全草を乾燥したものです。フタバムグラは田畑のあぜなどに生える雑草で、二枚の葉が対になっています。高さ10~30cmで茎は細く円柱形で、下部から分岐し、直立または横に這います。(下図)
抗菌・抗炎症作用があり、漢方では清熱解毒薬として肺炎や虫垂炎や尿路感染症など炎症性疾患に使用されます。
さらに最近では、多くのがんに対する抗腫瘍効果が注目され、多くの研究が報告されています。
白花蛇舌草の煎じ薬は、肝臓の解毒作用を高めて血液循環を促進し、白血球・マクロファージなどの食細胞の機能を著しく高め、リンパ球の数や働きを増して免疫力を高めます。脂肪肝やウイルス性肝炎やアルコール性肝炎などの各種肝障害で傷ついた肝細胞を修復する効果もあります。
消化管の悪性腫瘍(胃がんや大腸がんなど)や、肺がん、肝臓がん、乳がん、卵巣がん、白血病など各種の腫瘍に広く使用され、良い治療効果が報告されています。
飲み易く刺激性が少ないので、中国では白花蛇舌草の含まれたお茶や煎じ薬はがんの予防薬や治療薬として多く使われています。
成分としてヘントリアコンタン(Hentriacontane)、ウルソール酸(Ursolic acid)、オレアノール酸(Oleanolic acid)、stmigastrol、β-シトステロール、クマリンなどが分離されています。
白花蛇舌草の抗腫瘍効果に関する研究は、中国、シンガポール、台湾、英国、米国、日本などの異なる多くの研究グループが報告していますので、白花蛇舌草の抗腫瘍作用は世界的に注目されているようです。
抗腫瘍効果の作用機序は使用したがん細胞の種類の違いなどによって結果が異なりますが、様々な機序でがん細胞にアポトーシスを誘導する効果が認められています。その活性成分として、ウルソール酸とオレアノール酸の関与が多く報告されています。 半枝蓮 (はんしれん)は学名をScutellaria barbataと言う中国各地や台湾、韓国などに分布するシソ科の植物です(下写真)。
アルカロイドやフラボノイドなどを含み、抗炎症・抗菌・止血・解熱などの効果があり、中国の民間療法として外傷・化膿性疾患・各種感染症やがんなどの治療に使用されています。
黄色ブドウ球菌・緑膿菌・赤痢菌・チフス菌など様々な細菌に対して抗菌作用を示し、さらに肺がんや胃がんなど種々のがんに対してある程度の効果があることが報告されています。
漢方治療では、清熱解毒・駆瘀血・利尿・抗菌・抗がん作用などの効能で利用されています。
半枝蓮の抗がん作用に関しては、民間療法における臨床経験から得られたものが主体ですが、近年、半枝蓮の抗がん作用に関する基礎研究が発表されています。これらの基礎研究では、半枝蓮には、がん細胞の増殖抑制作用、アポトーシス(プログラム細胞死)誘導作用、抗変異原性作用、抗炎症作用、発がん過程を抑制する抗プロモーター作用などが報告されています。
さらに最近は、人間での臨床試験も実施されるようになりました。
中国医学で使用されている薬草の抗がん作用を検討する臨床試験としては、FDA(米国食品医薬品局)が承認した最初のものです。乳がんや膵臓がんなどで臨床試験が行われており有効性が報告されています。
白花蛇舌草と半枝連は併用されることが多く、進行がんの治療では、白花蛇舌草は20~60g、半枝蓮は10~30g程度を1日量の目安として煎じ薬として使用されます。
例えば、ある民間療法の処方では白花蛇舌草と半枝蓮は2:1で使用されていて、白花蛇舌草65gと半枝蓮32.5gを1日量としてお湯で煎じて飲用するという方法があります。
白花蛇舌草と半枝蓮は中国の民間薬であり、がんに対する有効性は経験的なものですが、この2つの生薬の抗がん活性に関する科学的な研究が、日本や欧米の医学雑誌などにも掲載されるようになりました。
2000年の和漢医薬学雑誌には「半枝蓮と白花蛇舌草の癌細胞増殖抑制効果と自然発症肝腫瘍マウスの延命効果」(和漢医薬学雑誌、17:165-169, 2000)という題の論文が掲載されています。この研究では白花蛇舌草65gと半枝蓮32.5gを4000 mlの熱水で抽出した液を作成し、肝臓がんを自然発症するマウスに自由摂取にて投与して、生存期間をコントロール群(薬を飲まなかったグループ)と比較検討しています。
肝臓がんが発病すると寿命が短くなり、コントロール群の平均生存期間は55週齢であったのに対して、投与群では76週齢でした。約1.4倍に生存期間を延ばしたことになりますが、投与群にも最終的には全例に肝臓がんが発生しているため、がん発生を防止するというより、がん細胞の増殖速度を抑えることによりがん化の進展を抑える可能性が示唆されています。
また培養がん細胞を用いた実験で、ヒトの乳がん細胞や前立腺がん細胞の増殖を抑える効果も報告されています。長期間の投与でも有害作用は認められていないため、がん再発のリスクが高い場合の予防的な投与や、がん発見当初より服用する価値があることも示唆されています。
米国カリフォルニアのロマリンダ大学医学部の細菌学のWong博士らは、半枝蓮と白花蛇舌草を投与すると、マウスに移植した腎臓癌細胞(Renca細胞)の増殖が抑制され、その作用メカニズムとしてマクロファージが活性化して腫瘍の増殖を抑制することを報告しています。また、Wong博士らは、半枝蓮と白花蛇舌草には発がん物質の活性化(変異原性)を抑える可能性も報告しています。
白花蛇舌草の抗がん成分としてトリテルペノイドのウルソール酸(Ursolic acid)とオレアノール酸(Oleanolic acid)などが指摘されています。さらに半枝蓮はフラボノイドやアルカロイドなど多くの抗がん成分が含まれています。このような異なる成分の相乗効果で抗腫瘍効果が高まると考えられます。
【生薬の総合作用で肝臓がんの発生を抑制する漢方治療】
慢性肝炎では、肝臓の慢性炎症によって、肝細胞を死滅し、コラーゲン線維が増えて、肝硬変になり、肝機能が低下します。
漢方医学的には、肝臓の線維化と機能低下は、肝臓の血流不良(瘀血)、解毒機能の低下による毒素の停滞、臓器機能や新陳代謝やエネルギー産生の低下(気虚)を引き起こします。したがって、慢性肝炎や肝硬変に対する漢方的治療は、駆瘀血(血液循環の改善と血液浄化)、清熱解毒(抗炎症作用と解毒機能の亢進)、補気(エネルギー産生や物質代謝や臓器機能を高める)と言った作用が利用されています。
このような考え方は西洋医学的な理論とも一致します。肝臓の炎症を抑えるためには、抗炎症作用や抗酸化作用・フリーラジカル消去作用が中心になります。肝機能を良くするためには、血液循環や物質代謝やエネルギー産生を高めることが必要です。
肝臓の慢性炎症と線維化を抑える漢方治療では、抗炎症作用やフリーラジカル消去作用のある「清熱解毒薬」と血液循環を良くする「駆瘀血薬」が主体になります。肝硬変になって肝機能が低下してくるのを防ぐためには物質代謝やエネルギー産生を高める補気薬、がんの発生を防ぐためには、抗がん作用のある抗がん生薬などを併用すると、肝硬変に対する有効な漢方薬となります。
小柴胡湯(しょうさいことう)は、柴胡(さいこ)、黄芩 (おうごん)、半夏(はんげ)、大棗(たいそう)、甘草(かんぞう)、人参(にんじん)、生姜(しょうきょう)の7つの生薬を処方した漢方薬です。柴胡、人参、甘草に含まれているサポニンという成分にはステロイド様の作用があり、細胞膜の保護や抗炎症作用、抗アレルギー作用などがあるため、慢性肝炎の治療に使用されています。
その治療目的は、肝炎を抑えて肝機能を改善し、AST(GOT)、ALT(GPT)値を低下させることによって、病気の進行を遅らせることです。慢性肝炎に使用されるグリチルリチン製剤(強力ミノファーゲンC)やウルソに漢方薬の小柴胡湯や十全大補湯を併用すると炎症を抑える効果(トランスアミナーゼを低下させる効果)を高めることができるという報告もあります。
(日本では小柴胡湯エキス顆粒は肝硬変と肝癌の患者には使用できないことになっています。間質性肺炎を引き起こす可能性が指摘されているためです。)
この論文で、B型慢性肝炎に使用される頻度が高い漢方方剤として一貫煎(いっかんせん)が記述されています。一貫煎は清代の王孟英による「柳州医話」に登場する方剤です。
一貫煎の組成は生地黄・沙参・麦門冬・当帰・枸杞子・川楝子です。慢性炎症によって微熱や寝汗があり、体液が減少し口腔内が乾燥し、脇部の疼痛や食欲不振などの症状があるときに用います。漢方的には、滋陰柔肝・涼血解毒の効能があり、肝腎陰虚で瘀血があるときに使用します。
このように、患者の呈する症状や病態に合わせた漢方方剤に、抗ウイルス作用や抗がん作用のある生薬を追加すると肝臓がんを予防する漢方薬を作れます。
図:ウイルス性肝炎では、慢性炎症によってフリーラジカルや炎症性サイトカインによって肝細胞傷害や線維化が進行して肝硬変になって肝機能が低下する。一方、DNAの変異や血管新生や細胞増殖活性が亢進してがん細胞の発生が促進される。このような多段階的な病変の進行において、抗炎症作用と解毒作用のある「清熱解毒薬」、血液循環を良くする「駆瘀血薬」、体力や臓器機能を高める「補気・補血薬」、がん細胞の増殖を抑え死滅させる作用がる「抗がん生薬」などを組み合せると、ウイルス性慢性肝炎の悪化や肝臓がんの発症を抑制できる。さらに、気の巡りを良くする「理気薬」、体液の循環を良くする「利水薬」、体液の欠乏を補う「滋陰薬」、代謝を活性化する「補陽薬」などを症状に合わせて加味することによって、症状を良くすることができる。
【コーヒーや野菜にも肝臓がん予防効果がある】
がんの標準治療を行っている医者の多くは漢方薬などの補完・代替療法を否定しています。漢方薬はがんに効かないと断言しています。
確かに、がんが縮小しなければ有効と認めない西洋医学の基準では、漢方治療は効かないと言われても仕方ありません。しかし、腫瘍組織を縮小させる効果(奏功率)が高い抗がん剤が必ずしも延命効果があるとは限りません。むしろ、「奏功率と延命効果は関連しない」というのが、現在の抗がん剤治療の常識です。
がん組織の縮小効果は弱くても、漢方治療は症状を改善し、QOLを高め、がんの進行を抑制して、結果的にがん患者の延命に有効であることが多くの研究で明らかになっています。
608話で紹介した台湾の医療ビッグデータを使用した解析では、膵臓がんや肺がんや乳がんや白血病など多くのがんで漢方薬(中医薬)の延命効果が明らかにされています。 漢方薬を長期間服用しているがん患者さんは、死亡のリスク(ハザード比)が半分以下になるような結果が報告されています。
前述の「漢方治療はB型慢性肝炎患者の肝臓がんの発生リスクを半分程度に低下させる」という結果は多くの人は信じないかもしれません。しかし、他の疫学研究の証拠から、これは簡単に納得できるのです。
つまり、「コーヒー摂取が多いほど肝臓がんの発生が少ない」「野菜摂取が多いほど肝臓がんが少ない」という疫学データが数多く報告されており、現在では、これらは確実な事実として認識されています。
実は、コーヒーや野菜が肝臓がんを予防するメカニズムと、漢方薬が肝臓がんの発生を予防するメカニズムはほとんど同じなのです。
【コーヒーの肝臓がん予防効果】
複数のコホート研究や症例対照研究でコーヒーの肝臓がん予防効果が示されています。
南欧と日本で行われた症例対照研究 6 件(肝臓がん1,551例)と日本で行われたコホート研究 4 件(肝臓がん709例)のメタ解析の結果、コーヒーを飲まない群と比べてコーヒー摂取群では肝臓がん発症リスクが全体で41%低下することが明らかになっています。(Hepatology 46: 430-435.2007)
米国で行なわれた前向き大規模臨床試験 (HALT-C)では、C型肝炎による線維性架橋形成か肝硬変が肝生検で確認され、ペグインターフェロンとリバビリンの併用治療で効果がなかった766名を38年間追跡しています。 3か月ごとに肝疾患の進行、肝関連死亡、肝性脳症、肝細胞がん、静脈瘤出血、肝線維化の進行などを評価しました。その結果、1日に3杯以上コーヒーを摂取すると、慢性肝炎の進行度が半分くらいに低下することが示されました。(Hepatology 50: 1360-1369, 2009)
この臨床試験では、コーヒーを1日3杯以上摂取している人はコーヒーを飲まない人に比べて、ペグインターフェロンとリバビリンの治療効果(ウイルス減少量)が高いという結果も得られています。 (Gastroenterology. 140: 1961-9, 2011)
シンガポール在住の中国人男女63,257人を対象にした前向きコホート研究(Singapore Chinese Health Study)では、1日3杯以上のコーヒーを飲む人は、コーヒーを飲まない人に比べて肝臓がんの発生率が44%減少することが報告されています。(Cancer Causes Control. 22(3): 503-510, 2011 )
最近の研究では、以下のような論文もあります。
Association of coffee intake with reduced incidence of liver cancer and death from chronic liver disease in the US multiethnic cohort.(米国の多民族コホートにおける、コーヒー摂取と肝臓がんの発生率および慢性肝疾患による死亡の低下との関連)Gastroenterology. 2015 Jan;148(1):118-25
【要旨】
研究の背景と目的:肝細胞がんや慢性肝疾患の発症リスクを減らすためにコーヒー摂取が提案されているが、米国の多民族人口を対象にした前向き試験の研究データはほとんど無い。我々は、米国多民族コホートの162,022人のアフリカ系アメリカ人、先住民ハワイ人、日系アメリカ人、ラテン系人および白人のコーヒー摂取と肝細胞がんおよび慢性肝疾患との関連性を検討した。
方法: 1993〜1996年にハワイ州とカリフォルニア州の215,000人以上の男女を対象とした集団ベースの前向きコホート研究から多民族コホートのデータを収集した。参加者は、この研究に参加したときに、コーヒー消費量やその他の食生活や生活習慣要因を報告した。 18年間のフォローアップ期間中、肝細胞がんの事例が451件、慢性肝疾患による死亡が654件発生した。ハザード比および95%信頼区間は、既知の肝細胞がんリスク因子を調整して、Cox回帰を用いて計算した。
結果:高レベルのコーヒー消費は、肝細胞がんの発生率の低下および慢性肝疾患による死亡率の低下と関連していた(Ptrend≤0.002)。コーヒーを飲まない群と比較して、1日2〜3杯のコーヒーを飲んだ人々は、肝細胞がんの発症リスクが38%減少した(ハザード比 = 0.62; 95%信頼区間:0.46-0.84)。
1日4杯以上を飲んだ人は、肝細胞がんの発症リスクが41%低下していた(ハザード比 = 0.59; 95%信頼区間:0.35-0.99)。
コーヒーを飲まない群と比較して、1日2〜3杯のコーヒーを飲んだ人々は、慢性肝疾患による死亡リスクが46%減少した。(ハザード比 = 0.54; 95%信頼区間:0.42-0.69)。さらに、1日4杯以上のコーヒーを飲んでいた群では、慢性肝疾患による死亡リスクが71%減少した(ハザード比 = 0.29; 95%信頼区間:0.17-0.50)。
コーヒー消費量と肝臓がん発生率および慢性肝疾患による死亡率との間の逆相関は、参加者の民族性、性別、肥満指数、喫煙状態、アルコール摂取または糖尿病の状態にかかわらず同様であった。
結論:コーヒー消費の増加は、多国籍の米国人口における肝細胞がんおよび慢性肝疾患のリスクを低減する。
つまり、コーヒーを多く摂取すると肝臓がんの発生も、慢性肝疾患による死亡も低下し、用量依存性があるということです。 他にも、コーヒー摂取量と肝臓がん発生の関連性を検討した疫学研究は数多くありますが、そのほとんどで同様の結果が得られています。
【野菜の肝臓がん予防効果】
日本の厚生労働省研究班の多目的コホート研究(JPHC Study)が報告されています。(Br J Cancer. 100(1): 181–184.2009)
この研究では、40~69 歳の 19998人の男女の 約12 年間の追跡調査データを分析しています。 追跡期間中に101 人 (男性69人、女性32人) が肝臓がんと診断されました。
野菜、緑黄色野菜、緑葉野菜の摂取量が多い上位3分の1のグループは、最も少ない下位3分の1のグループと比較して、肝臓がんのリスクがそれぞれ 39%、 35%、 41%低下しました。
α-カロテンとβ-カロテンの摂取量の多い上位3分の1のグループは、最も少ない下位3分の1のグループと比べて、肝臓がんのリスクがそれぞれ 31%と 36 %減少しました。
果物は摂取量が増えると肝臓がんリスクが増加する傾向が見られました。 しかし、果物ジュースを除くと、リスクの増加は消失しました。
ビタミンC の摂取量が多い人々は、肝臓がんリスクが高い傾向が認められました。 ビタミンC には、肝臓がんのリスク要因の1つと考えられている鉄の吸収を高める作用があることが関係していると考えられると考察しています。
肝臓がんの場合、野菜摂取は多いほど発生率を低下させる効果がありますが、果物にはそのような効果は無い様です。果糖は肝臓の中性脂肪の合成を増やし、ビタミンCは鉄の吸収を促進するので、肝臓がんの発生を促進する可能性もあるようです。 野菜と果物と肝臓がんの発生に関して、以下のような報告もあります。
Fruit and vegetable consumption in relation to hepatocellular carcinoma in a multi-centre, European cohort study(多施設欧州コホート研究における果物および野菜の摂取と肝細胞がんの関連)Br J Cancer. 2015 Mar 31; 112(7): 1273–1282.
この研究では、がんと栄養に関する欧州前向き試験(the European Prospective Investigation into Cancer and nutrition)に参加した総計486,799人の男女を平均11年間追跡し、201例の肝細胞がんの発生を認めています。 その結果、野菜の場合は摂取量が多いほど肝細胞がんの発症リスクは統計的有意に低下し、野菜を100g摂取すると肝細胞がんの発症リスクのハザード比は0.83(95%信頼区間:0.71〜0.98)でした。つまり、野菜の摂取が100g増えると、肝細胞がんの発症率は17%低下するということです。300gの摂取で肝細胞がんのリスクは半分くらいになることになります。
しかし、果物の摂取は肝細胞がんの発症リスクとは関連を認めませんでした。
このように、コーヒーや野菜の摂取が多いほど、肝細胞がんの発症率が低下し、コーヒーや野菜の摂取を増やすと肝細胞がんの発症率を半分以下にできることが多くの疫学研究で明らかになっています。 漢方薬もコーヒーも野菜も、肝機能改善とがん予防に有効な成分を多く含みます。その結果、これらを多く摂取すると肝臓がんの発生を予防する効果が得られるのです。
図:漢方薬やコーヒーや野菜には、様々なメカニズムによって肝機能を改善し、肝臓がんの発生を予防する成分を多く含む。したがって、これらの摂取量が多いと、肝炎の進展を抑制し、肝機能を改善し、肝臓がんの発生や再発を予防する。
図:ウイルスや変異原物質や酸化障害によって引き起こされる細胞のがん化と悪性進展の多段階の過程において、生薬や漢方薬は多彩なメカニズムで阻止する。
以上の多くの疫学研究の結果から、コーヒーや野菜の摂取量を増やし、さらに適切な漢方薬を服用すると、ウイルス性肝炎からの肝臓がんの発生や再発リスクを3分の1以下に減らせる可能性が示唆されます。
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