朝廷での休憩時の話です。田狭は同僚の豪族たちに語りかけます。
「私の妻ほどの美人(麗人<カオヨキヒト>は見たことないよ。」
「茂<コマヤカ>で、しかも、綽<サワヤカ>な女性ですよ。」
ここで話が終わっておれば、その後から起る田狭の悲劇はなかったのですが、興に乗ったのでしょうか、それとも周りにいた人々からのわんやの喝采があったのでしょうか、その美しさのありように付いて、つい うかうかと、おしゃべりを続けます。その話というのが
「諸好備矣<モロガオソナワレリ>」と、さも自慢そうに語ります。「美人の要素が総て彼女には備わっているのですよ。何処を見ても非の打ちどころがないほどの美人ですよ」
と。
よくもそんなにまで自分の妻の美しいことに付いて云わなくてもいいのではと思うのですが。そこら辺りが「日本書紀」を読む面白さのひとつでもあるのです。だれも、それに付いてくどくどと知ったかぶりして説明している人もいないので、敢て、私がここに取り上げたのです。
「矣」という字を使って、次から次へと田狭は妻の美しさをみんなに話して聞かせております。「茂矣綽矣」につづいて、これで3回目の「矣」です。後3回も、これでもかこれでもかと、妻の美しさに付いて、「矣」という字を使い「田狭」の語りを書き綴っております。
田狭の言う「茂・綽・諸好備」な女性とは一体どのような麗人だったのでしょうかね