吉備王国の大悪天皇「雄略」への融和政策によって献上された稚媛は大変美しい姫君であったことには違いありません。二人の間には「磐城<イハキ>皇子」と「星川皇子」の二人の御子がありました。その雄略も在位二十三年、御年六十二歳で崩御します。長子は先に殺戮した葛城園大臣の媛『韓媛』との間に生まれた「白髪皇子」ですが、その皇子がよほど気に入っていたのでしょうか、その死の床で「星川皇子」についての「どうしてそこまで」と思えるような悪口雑言とでもいうべき遺言されます。
「星川皇子は心によくないことを抱いて兄弟の道にかけている、このような出来の悪い皇子に国家を統治させると、きっと君臣に恥ずかしい思いをさせ、国民に嫌われる。そのようなことを考慮して「白鬚皇子<シカノミコ>」を皇太子にしたのだ。この皇太子に跡を継がせよ。」
などと、大悪天皇雄略の言葉とは思えないような暖かな心の持ち主であるが如き言葉が書紀には並んでいます。更にその上に、ご丁寧にも、"一本云”として
「星川王腹悪心麁。天下著聞。不幸朕崩之後、当害皇太子、汝等民部相助、勿令侮慢也」
(星川王子は大変な腹黒い男だということは天下に知れ渡っている。もし私の死後、星川皇子が皇太子の政務を邪魔しようものならば。お前たちみんなして皇太子を助けくれよ)
と書いてあります。まあ、これも吉備王国を貶める為の大和朝廷、天皇家に対する忖度だと思われるのですが???
「星川皇子は心によくないことを抱いて兄弟の道にかけている、このような出来の悪い皇子に国家を統治させると、きっと君臣に恥ずかしい思いをさせ、国民に嫌われる。そのようなことを考慮して「白鬚皇子<シカノミコ>」を皇太子にしたのだ。この皇太子に跡を継がせよ。」
などと、大悪天皇雄略の言葉とは思えないような暖かな心の持ち主であるが如き言葉が書紀には並んでいます。更にその上に、ご丁寧にも、"一本云”として
「星川王腹悪心麁。天下著聞。不幸朕崩之後、当害皇太子、汝等民部相助、勿令侮慢也」
(星川王子は大変な腹黒い男だということは天下に知れ渡っている。もし私の死後、星川皇子が皇太子の政務を邪魔しようものならば。お前たちみんなして皇太子を助けくれよ)
と書いてあります。まあ、これも吉備王国を貶める為の大和朝廷、天皇家に対する忖度だと思われるのですが???