赤や茶色のレンガで造られた小さな家は、都会の片隅にひっそりとあった。
私は見た瞬間、遠い昔に忘れていた懐かしい気持ちになり、その家の作りを眺めていた。昔は建築関係の仕事をしていたからだ。
レンガの前には、色とりどりの花が咲いており、モネの絵画から飛び出して来た感じだった。
家の中に入ると、ツンとしたお香の香りが漂っていた。その香りは、アジア大陸を思い起された。木で作られた椅子と大きな机が真ん中にあり、机の横に古時計が立てかけられてある。
どこからか小さなフサフサの犬が私の顔を見るなり、木の椅子にちょこんと座った。その後にこれまた絵画の中の女性が出てきた。
髪はショートカットで、目が大きく、鼻筋が通っていて、どことなく若い時のオードリーヘップバーンに似ていた。
私の顔を見ると微笑んだ。
「いらっしゃいませ。おば様。お客様よ。」と爽やかな口調で言った。
奥の方から上品で、金のメガネに大きなネックレス。服もドレスのような格好のおば様が現れた。
「こんちには。何かお探しのものでも。」顔みたいなシワのある声だった。
「いえ。作りがあまりにもよかったもので、よらせてもらいました。」
「そうですか。ではごゆっくり。マリアお茶でも差し上げなさい。」老婆は、私の方をチラッと見ると奥に戻っていった。
「はい。分かりましたわ。おば様。」女性はもう一度微笑むと、台所へ行って、私の前の机にカップを置いた。紅茶で真ん中にレモンが浮いていた。私はカップをじっくりと見て、一口飲んだ。カップも高そうだった。
私はカップを置くと、家の作りと彼女の姿をゆっくりと眺めた。
私が見とれていると、彼女が恥かしそうに答えた。
「ポアロっていうんです。」
「えっ。」
「犬の名前。」隣で椅子に座っている犬の方を差した。
「そうなんですか。あの探偵の名前ですね。」
「よくご存知で。私大好きなんですよ。卑下をはやして、紳士的で、まるでおじ様みたいな人。」
私の事を言っているのか。違うおじ様の事を言っているのか分からなかった。私が首を傾げていると、ポアロも首を傾げてクーンと鳴いた。
私たちはどうやら同じ気持ちのようだ。
何時間そこの場所に居ただろうか。彼女と話すと若い頃を思い出していた。私がもう少し若かったら、彼女の事を好きになっただろう。
いや。今でも十分ときめいていた。
夕暮れになり、古時計が5時を合図していた。
窓の隙間から、夏特有の風が吹き込んできた。私がもうそろそろ帰りますと言うと、彼女は「また来て下さい。」と言った。
「ありがとう。紅茶はいくらですか?」
「いえ、結構です。楽しい話しを聞かせてもらいましたから。」
「そんな訳にはいかない。とって下さい。」私は財布の中を取り出そうとした。彼女が意味深な目をして訴えるように言った。
「本当にいいんです。私おじ様に助けられた事があるんです。覚えてらっしゃらない。」
何の事を言っているのかさっぱり分からなかった。
偶然に立ち寄った店で彼女に会って、懐かしい気持ちになったのはあるが、それは男性特有の一目惚れというやつに違いなかった。
それにこんな美人を忘れるはずがない。
「そっか。忘れたのも無理ないわ。私が8歳の頃だったの。私が迷子になってて、おば様をずっと探していたわ。知らない町。知らない人。私は恐くて泣いていたの。その時に、黒い帽子にスーツを着ていたポアロの様なおじ様が助けてくれた。やさしい目。やさしい声。やさしい仕草。飴を買って、一緒に探してくれたわ。」
確かに今から十年前くらいに少女が迷子になって探したような記憶があった。結局は探せなくて、交番に届けたのだった。
あの時の少女だったのか。
「私は、子供ながら思った。大人になったら会ってお礼がしたいと思ってたの。今日、神様が会わせてくれたわ。」
だけど、今更どうすればいいのだ。
おじさんがこんな若い子に手を出すわけにもいかない。
「お嬢さんの話しは大体分かりました。そのおじ様を探しているのでしょう。私は違います。あなたの事を知らないし、見たこともない。私はただこの店に寄っただけです。」私は心の中でシコリの様なものがすっと取れた。あの少女は無事に帰れたのだ。あの時、心配で何度か交番に聞いたのを思い出した。
「そうですか。とても残念です。せっかく巡り合えたと思ったのに。」彼女の長い睫毛が沈んだ。
それでいい。彼女には彼女の人生がある。サンタクロースも足長おじさんもきっとそれでいいと言っているに違いない。
「それでは、失礼します。」私が背中を向けると、彼女が呟いた。
「あの時はありがとうございました。また、きっと来て下さいね。」
ポアロは相変わらず首を傾げている。
私は、何も言わず店を後にした。
ただ、あの店が何を売っている店かは分からないが、私は勝手に「ポアロ」という名前にしていた。
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私は見た瞬間、遠い昔に忘れていた懐かしい気持ちになり、その家の作りを眺めていた。昔は建築関係の仕事をしていたからだ。
レンガの前には、色とりどりの花が咲いており、モネの絵画から飛び出して来た感じだった。
家の中に入ると、ツンとしたお香の香りが漂っていた。その香りは、アジア大陸を思い起された。木で作られた椅子と大きな机が真ん中にあり、机の横に古時計が立てかけられてある。
どこからか小さなフサフサの犬が私の顔を見るなり、木の椅子にちょこんと座った。その後にこれまた絵画の中の女性が出てきた。
髪はショートカットで、目が大きく、鼻筋が通っていて、どことなく若い時のオードリーヘップバーンに似ていた。
私の顔を見ると微笑んだ。
「いらっしゃいませ。おば様。お客様よ。」と爽やかな口調で言った。
奥の方から上品で、金のメガネに大きなネックレス。服もドレスのような格好のおば様が現れた。
「こんちには。何かお探しのものでも。」顔みたいなシワのある声だった。
「いえ。作りがあまりにもよかったもので、よらせてもらいました。」
「そうですか。ではごゆっくり。マリアお茶でも差し上げなさい。」老婆は、私の方をチラッと見ると奥に戻っていった。
「はい。分かりましたわ。おば様。」女性はもう一度微笑むと、台所へ行って、私の前の机にカップを置いた。紅茶で真ん中にレモンが浮いていた。私はカップをじっくりと見て、一口飲んだ。カップも高そうだった。
私はカップを置くと、家の作りと彼女の姿をゆっくりと眺めた。
私が見とれていると、彼女が恥かしそうに答えた。
「ポアロっていうんです。」
「えっ。」
「犬の名前。」隣で椅子に座っている犬の方を差した。
「そうなんですか。あの探偵の名前ですね。」
「よくご存知で。私大好きなんですよ。卑下をはやして、紳士的で、まるでおじ様みたいな人。」
私の事を言っているのか。違うおじ様の事を言っているのか分からなかった。私が首を傾げていると、ポアロも首を傾げてクーンと鳴いた。
私たちはどうやら同じ気持ちのようだ。
何時間そこの場所に居ただろうか。彼女と話すと若い頃を思い出していた。私がもう少し若かったら、彼女の事を好きになっただろう。
いや。今でも十分ときめいていた。
夕暮れになり、古時計が5時を合図していた。
窓の隙間から、夏特有の風が吹き込んできた。私がもうそろそろ帰りますと言うと、彼女は「また来て下さい。」と言った。
「ありがとう。紅茶はいくらですか?」
「いえ、結構です。楽しい話しを聞かせてもらいましたから。」
「そんな訳にはいかない。とって下さい。」私は財布の中を取り出そうとした。彼女が意味深な目をして訴えるように言った。
「本当にいいんです。私おじ様に助けられた事があるんです。覚えてらっしゃらない。」
何の事を言っているのかさっぱり分からなかった。
偶然に立ち寄った店で彼女に会って、懐かしい気持ちになったのはあるが、それは男性特有の一目惚れというやつに違いなかった。
それにこんな美人を忘れるはずがない。
「そっか。忘れたのも無理ないわ。私が8歳の頃だったの。私が迷子になってて、おば様をずっと探していたわ。知らない町。知らない人。私は恐くて泣いていたの。その時に、黒い帽子にスーツを着ていたポアロの様なおじ様が助けてくれた。やさしい目。やさしい声。やさしい仕草。飴を買って、一緒に探してくれたわ。」
確かに今から十年前くらいに少女が迷子になって探したような記憶があった。結局は探せなくて、交番に届けたのだった。
あの時の少女だったのか。
「私は、子供ながら思った。大人になったら会ってお礼がしたいと思ってたの。今日、神様が会わせてくれたわ。」
だけど、今更どうすればいいのだ。
おじさんがこんな若い子に手を出すわけにもいかない。
「お嬢さんの話しは大体分かりました。そのおじ様を探しているのでしょう。私は違います。あなたの事を知らないし、見たこともない。私はただこの店に寄っただけです。」私は心の中でシコリの様なものがすっと取れた。あの少女は無事に帰れたのだ。あの時、心配で何度か交番に聞いたのを思い出した。
「そうですか。とても残念です。せっかく巡り合えたと思ったのに。」彼女の長い睫毛が沈んだ。
それでいい。彼女には彼女の人生がある。サンタクロースも足長おじさんもきっとそれでいいと言っているに違いない。
「それでは、失礼します。」私が背中を向けると、彼女が呟いた。
「あの時はありがとうございました。また、きっと来て下さいね。」
ポアロは相変わらず首を傾げている。
私は、何も言わず店を後にした。
ただ、あの店が何を売っている店かは分からないが、私は勝手に「ポアロ」という名前にしていた。
こんなに素敵なぉ話、初めて読みました。
心憎いおじ様。わたしの理想です。
本当に素晴らしいぉ話です。
次も期待してます。
もっとこのブログ、宣伝したいですね・・・。
素敵なお話しと言われてとても嬉しいです。
こんな素敵なおじ様になりたいと思って書いて見ました。
まだまだ、先になりそうですが、紳士的なおじ様になりたいのでございます。
そうやって素敵に歳を重ねていきたいものです。