こんな小冊子が出てきました。1991年・・・30年前のこと
我が国初のお茶の国際シンポジウムが開かれたのです。一番最初から最後まで関係したひとりです。当時を知る人はもうほとんどいません・・・
上の報告書は、私が一人で作ったものです。持ってる人も殆どいないでしょうね・・・貴重品です。ここには、組織、日程、行事、予算・決算、寄付企業名まで、すべて書いてあります。表紙にあるシンボルマークも公募した159点から選んだものです。
国や県、既存の組織が行ったものではなく、有志が実行委員会を作て行ったまさに手作りの会だったのです。当然、紆余曲折ありました。
いまなら出来ないでしょうね・・・
予算規模が、46,784,605円也・・・寄付をしてくれた企業が153社。みんなで手分けして集めたのです。バブル崩壊直後とはいえ、よくみなさん出したな~って気がします。当時、このような会に寄付する習慣がなかったのが幸いしました。いくら出してよいか基準がなかったのです。ですから、最初に帽子の中に入れるお金・・・たしか、三井農林、伊藤園が200万円、これが基準になりました。
ただ、参加費も高くひとり30,000円、同伴者10,000円。それでも世界中から401名の参加者がありました。
勿論、裏話もたくさん・・・わけても・・・
ある大物の先生が、「わたしに話がない・・」とご立腹。あんな会、つぶしてやる・・とおっしゃてるということが耳に入り、これは大変、委員の先生お二人に説明と謝罪に出向いてもらいました。気持ちよく聞き入れてくださったとかで、一安心。ところがところが・・・最後の最後にとんでもないことが起きるのです・・・
知ってる人もほとんどいないので、これはこのまま闇の中へ・・・
30年前の日本は面白かったですね。
・・・