◆ 竹中英太郎記念館 人はそこで夢を見る ◆
★本日の一枚☆ ![]() -幻の絵、知りませんか?- ![]() ![]() :: 湯村山の高台に佇む館::: おはようございます。 短い初夏が終りを告げ、いよいよ梅雨入り ![]() じめじめとした室内に、乾かない洗濯物。 考えるだけでも憂鬱な主婦レポーターのみっちゃんです。 ![]() さて、前回は国民文化祭の事業のひとつ「大茶会」を紹介させて いただきましたが、今回はその第2弾ということでっ。 開館10周年とやまなし国民文化祭を記念して 英太郎と労の「父子展」を期間限定で開催している 竹中英太郎記念館にお邪魔させていただきました ![]()
昭和初期、英太郎さんはあの有名な江戸川乱歩、横溝正史、 夢野久作が書いた小説の挿絵画家として一世を風靡していました。 ところが人気絶頂の最中、ある出来事を境に彼は突然、筆を折ります。 挿絵画家生活から決別した英太郎さんは、第二次世界大戦中 ひょんなことから疎開先の山梨で「後に続くものを信ず」という言葉で 有名な身延出身の若林東一の絵を描くことに。 その絵は第7回山梨美術展で入選したと報じられたのですが、 その後、所在が行方不明になっているそうです。 ![]() ☆★竹中英太郎の描いた幻の絵★☆ わかっている情報は次の通り。 ![]() ******************************** ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() 絵は「点描」スタイルで独特のタッチがあります ![]() こんな雰囲気のタッチの絵です。 ![]() ![]() ![]() 実際にどのような絵だったのか、わかっていません。 今回はイメージとして、2Fに展示されている別の英太郎さんの作品を 拡大させていただきました。 ******************************** 「ただ、その絵を一目見たい」 その一心で、英太郎さんの娘であり、同時に竹中英太郎記念館 館長でもある金子紫さんは、この絵を探し続けているそうです。 もし絵の行方をご存じの方がいましたら、ぜひ竹中英太郎記念館まで ご一報下さいませ。 ![]() :: 父から息子、そして娘へ::: その後、30年の時を経てルポライターである息子・労さんの頼みで 英太郎さんは再び筆を手にすることになります。 ![]()
二人の関係は、親子を超越した闘う同志。 ![]() でも何か通じるものがあったからこそ、英太郎さんは再び 労さんのためだけに絵筆を握ったのでしょう。 「父の絵の価値を一番よく解っていたのは、労さんですから」 そう呟いた館長さんの口許には、どこか懐かしむような 微笑が浮かんでいました。 ところで、英太郎さんの長男・労さんですが 何と初めは「乱」と名付けられたんですって ![]() でも父親である英太郎さんがアナキズムからポルシェヴィズムに 転向したため、喧嘩屋の異名をとる「労」になったようなんですが…… 労さんの言論は少し過激で、その人生は波乱に満ちていたよう。 ちなみに労さんは、天童よしみさんの名付け親でもあるんです。 ![]() その昔、「全日本歌謡選手権」の審査員長をしていた労さんは "天から授かった童・天才少女"の意を込めて彼女に 「天童よしみ」という芸名をつけたんですって。 ![]() 労さんは、彼女のデビュー曲「風が吹く」の作詞も手掛けているんですよ。
鑑賞後は1Fのテーブル席で英太郎さん関連のDVDを ゆっくり満喫することもできます ![]() 私は館長さんが淹れて下さった美味しい紅茶をいただきながら オススメの絵を尋ねてみることにしました ![]() 「そうねぇ……私にとって最も思い入れの深い絵は、 父が私をイメージして描いた『夢を吐く女』かしら」
印刷すると紫色に見えるこの絵ですが、実際に人物を 覆っている色は淡いピンク。 英太郎さんの絵は一見、写実的な画風に見えるのですが そこには妖艶な美しさが漂っています ![]() ドキッ、と。こう胸に、響くような絵なんです。 独学でここまで極めた人は、きっと、それほどいないでしょう。 館長さんは他にも二つの絵をオススメして下さいました。 ![]()
そのオススメの一つが「女郎断指」という作品。 指を詰める女郎の恍惚とした表情。 絵の中に隠されたつがいの蝶。 この二つには、英太郎さんからの意外なメッセージが 隠されているんですが、詳細はぜひ記念館で。 ![]() そしてオススメのもう一つが「花電車の女」という 英太郎さん晩年の作品です。
これが実に傑作なんです ![]() 絵は実際に実物を見て驚いていただきたいのですが、 この絵には二つの表情があります。 ヒントは「目を細めて」絵を見ること ![]() そうすることで、女性の表情が騙し絵のように変化します。 記念館を訪れたらぜひ試してみて下さいネ。 ![]() 「蝶」「蛾」「女性」「花」 英太郎さんのテーマとも呼べるこれらのキーワードは、 手法を変えて様々な作品に登場します。 その絵をまるでピカソのようと表現する人もいますが、私はむしろ 英太郎さんの絵を眺めていると、ポール・シニャックを思い出します。 シニャックが光を描く絵師なら、英太郎さんは闇を操る絵師。 そこには完成されていない美しさがあると思います。 人も絵も。未完成だからこそ、味がある。 だから何度見ても、新鮮で面白い。 そんな気がしました。 ![]() 館長さんは語ります。 ![]() 「父はこれまでに小説の挿絵やレコードのジャケットなど、 多くの色彩画を手掛けてきました。 でもひとつも自分のために描いた絵がなかった。 『花電車の女』も労さんのために書いたもの。 だからまだ描き続けたい。今度は自分のものを、って。 最期までそう言い続けていたんですよ」 抑圧された社会からの解放。 英太郎さんはもしかすると、最後の最後まで現役を貫くことで 己自身の殻を破ろうとしていたのかもしれません。 甲府市のつつじが崎霊園にある英太郎さんの墓碑には、 こう刻まれています。 「せめて自らにだけは、恥じなく眠りたい、と」 ![]() ![]() ![]()
|