カワセミ側溝から

好きな言葉は「のこのこ」。好きなラジオ中継「相撲」。ちょっと苦手「煮た南瓜」。影響受けやすいけど、すぐ忘れます。

犯罪を助長させる考え方

2019-06-19 | HORROR

 ゲートドラッグ(ゲートウェイドラッグともいう)という考え方がある。大麻やハシシなどのソフトドラッグが、より強いドラッグ(麻薬)の使用につながる入口、または入門であるという考えである。麻薬規制の理論にもよく用いられる考え方なのだが、実証されているわけではない(研究はされているが)。また、この考え方から、煙草がそのようなものであるという理屈もあったり、その後飲酒なども、次のステップになるという理屈の展開として使用されることがある。もう何でもあり、という無茶なものだが、こういう考え方が、一定の人の支持を受けることは間違いなさそうだ。または、恐怖をあおる材料として、有効なのかもしれない。
 この考え方が間違っているのは、人間の複雑な多様性を無視していることだろう。ビールを飲んでいる人が、必ずしもウイスキーを飲むようになるとは限らないわけで、そういう段階というのが、一方方向の指向性を形作るものではない。また、漫画の表現をもって犯罪を誘発するなどの議論も、きわめてこのような飛躍理論的な解釈と相性がよさそうである。
 ただし、一部の指向性のある人にとっては、そのような道筋が当てはまるように見える場合があるのも事実だろう。ヒトラーが、疲労回復のためのビタミン注射から、段々とエスカレートしていって麻薬を摂取し、のちにジャンキーになったように、個人的に置かれている立場によっては、精神的に依存する方向が、そのような道筋をたどる場合はあるだろう。いわゆる特殊すぎるケースであっても、依存しやすい道筋や、背景が相対的に絡んでいる可能性はあるのだろう。
 要するに麻薬であるとか酒を飲む前の人間性に、いくらかの問題が潜んでいる可能性がある。またはその人の置かれているストレスの状態というか。また、年齢(体力など)によっても影響するものは違うのではないか。そういうものを関数的に勘案しないことには、そのようなゲート的な役割を論じることは不当だろう。
 結論としては、ダメな人は駄目であるということか。それでは言い訳出来ないので、精神的につらいので、助け舟を出しているわけではあるまい。ある意味では、犯罪などをしてもよい理由として援用される危険もある。ゲートドラック理論などのようなものは、より危険度の高いものへの依存を、却って助長させる可能性の方が高いのではないだろうか。
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