映画 夜空はいつでも最高密度の青空だ/石井裕也監督
最初に映画、と断ってあるのは、原作が最果タヒの詩集であるからのようだ。原作詩集は未読だが、最果さんの詩は雑誌で読んだ記憶はある。失礼ながらほとんど意味は分からなかったが、現代の詩というのはそういうものかな、とは思った。
さて、映画の方だが、いわゆる労働者階級の人間と、やっぱり労働者階級なのかという看護婦さんとの恋愛談を中心にして、彼らの生活そのものを活写したもののようだ。筋は一応あるが、そういう意味ではあんまり明確に筋を追うような映画ではない。だから面白いような作品でもないが、雰囲気を楽しむという感じはあるかもしれない。俳優さんたちは一応メジャーな人たちが中心だし、商業映画ではあるんだろう。
こういうのを見ていると、まあ、そういう若者はいるかもしれないな、と思う反面、現代日本では、このような若者像を描くのが、難しくなっているのではないかという疑いである。それは東京でのリアリティはあるのだろうが、僕らのまったく知らない世界である限定の話のようにも見えるし、いわゆる貧困問題というようなものでも無いような気もする。セーフティ・ネットが十分だとかそういうことを言いたいわけではなくて、今時このようなものに苦しむ人がいるとしても、あまり同情的にみるような人は少ないだろうし、それが社会的な意味のあるメッセージとして受け止められるものなのか、多少疑問に感じる。生きる希望が無いとか、そういうことでもない気もするし、実際この話は、ささやかながら、あきらめない人を応援もしている感じだ。いろいろあるが、しあわせだってあろう。まあ、そういうことを言いたいわけでもないのだろうけど、なんとなく難しい。ちょっとした閉塞感は、そりゃあるんだろうけど。
ということで、こういう話なら、東南アジアか、ひょっとしたら韓国あたりだと、もう少し伝わり方が違うかもしれない。日本だと、やっぱり何かが終わっているんじゃなかろうか。実際のところそうじゃない人は存在するだろうが、それと東京が上手くリンクしない。そんな印象を受ける微妙な作品のような気がした。