【前回の続きです。】
泣いてるナミの頭にパラパラと降る枯れ葉が雪に見えた。
そっか、今は冬だったっけなと思い出したとたん、耳に聞えてたミンミン言うセミの声と、チリリンって鳴る風鈴の音が止み、代わりにドォンドォンって岸にぶち当たる波の音と、風でキンコン鳴るヨットの音がよみがえった。
高校1年の夏休みから、ナミと居る今へタイムスリップした気分だ。
「ヨットに乗りたいなら自分1人で乗ればいいじゃない!!どうして私まで巻き込もうとするの!?」
周りの音と一緒にナミの声も耳に戻る。
泣きながら怒るナミは、ほおが真っ赤で口から白い息をいっぱい吐き出してて、田舎の灯油ストーブを連想してしまう。
そんな顔ずっと見てたくねー俺は、ナミのほおを両手でつかんで、むにっと横に引っぱった。
白い歯がむき出して、泣き顔がオタフク顔に変わる、と思ったら左から勢い付けて飛んで来た張り手にふっ飛ばされ、俺まで目から火花と一緒に涙が出た。
「何するかっ!!!」
灯油ストーブどころか石炭ストーブにモデルチェンジしたナミが怒鳴る。
怒りがマックス超えて涙は引っこんだらしい、その点では結果オーライ、ホッとして向き直った。
「俺独りで乗ったって意味無ェんだ…」
これ以上刺激しないよう、なるべく冷静に説得を試みる。
「…ナミも一緒に乗ってヨットの事知ってくんねェと困るんだよ。だって俺、卒業してヨットマンになったとしても、ナミが居なくちゃ世界1周出来る自信無ェし」
「1人で出来る自信が無いなら最初から目指すな!!」
ナミの指摘はなるほどもっともだと感心した。
けどあきらめる気はもーとー無い。
「俺はどーしてもシャンクスみてーに、ヨットで世界1周がしてェんだ!!
その為にはナミの力が要るんだよ!!」
こぶし握って叫んだ俺の主張を、ナミは心からあきれた目で聞いている。
やれやれと言いたげに頭を振り、ため息吐いて、聞き終ったナミは、母ちゃんが子供に説教するようなせりふを口にした。
「ヨットヨットって高1の夏を過ぎて以来急に言い出して…その割にあんたヨット教室に通おうともせず、本を読んだりしてるばっかじゃない。そもそもヨットマンになるには先ずヨットを買わなくちゃ。そしてヨットを繋ぐ為の港を探して契約しなくちゃ…あんた、それだけで年間幾らかかるか知ってる?300万以上よ!そんな大金払い続けていけるの!?」
「家の庭につないどくのはダメか?」
「駄目に決まってるでしょーが!!犬猫とは違うって、常識的に考えなさいよ馬鹿者ォー!!」
「それでも俺は絶対ヨットマンになってやる!!!」
目の前のナミがガクンと頭をたれた。
今までで1番長く重いため息を吐く。
「……まったく…取り付く島も無いわね…」
この言葉はひょっとしたらヨットで世界1周にかけたシャレだったのかもしんねーけど、俺には意味がよく解らず、悩んでる内にゆっくり頭を起したナミは、意外にも晴れやかな笑顔を浮かべていた。
「いーわよ、勝手になさい。ヨットマンだろうがスーパーマンだろうが目指せば?但し私は付き合わない!」
「ダメだ!!お前も一緒に俺のヨットチームに入って、俺が世界1周出来るよう助けろ!!」
「何で私があんたの夢をサポートしなくちゃいけないのよ!?」
「だから言ったじゃねーか!!ナミが居なくちゃ俺の夢は叶えられねェんだって!!!」
そこまで叫んだところでナミは急にだまり、顔を赤くした。
やっと解ってくれたんだろうか?肩を抱いて下からそおっと目をのぞきこむ。
目が合ったとたん、ナミの顔からスッと赤味が消えて、くちびるが意地悪くゆがんだ。
解ってない、ナミはまだ解ってない。
「…そんなに自分の夢が大事なんだ…その為には私をとことん使おうって腹なんだ?」
クスクス笑いと一緒にもれた白い息が俺の顔にかかる、つかまれてる肩に指が食いこむ。
「方向オンチだもんねェ、あんた。私が居なくちゃ遭難するのは目に見えて明らかだわ…けど私の意志も夢も無視して、己の夢を果たすのに利用しようなんて、随分酷だと思わない?」
違う、そんな事考えてねェ!
俺はナミが好きなんだ!
だからナミと一緒にどこまでも行きたいんだ!
違う夢を持ってても、そばに居て欲しいんだ!
元々はお前だって同じ方角を目指してたじゃないか!
俺の進む航路を地図に書いて、示してくれたじゃないか!
母ちゃんと同じで海が大好きだって、俺知ってるのに!
どうすれば解ってもらえる!?何て言えば良い!?
抱きしめてキスしてSEXでもすれば、俺がお前を好きな気持ちを理解して、ついて来てくれるのか!?
「カナヅチのくせに…!あんたがヨットマンになって、世界1周出来る訳――
――ゴメン、出来るわ…あんたなら……」
『出来るわけが無い』、という言葉を、ナミは呑みこんだ。
代わりに『出来る』とつぎ、おだやかな顔に変る。
嵐を過ぎた海みたく、怒りの波が急激に静まった。
うるんだ真ん丸い目で、俺の目をじっと見つめる。
「…ゴメン…最低な事言おうとした…ゴメン…」
「……ナミ、俺、お前を利用しようなんて思ってねェ…」
「うん、解ってる…あんたがそんな奴じゃないって知ってるのに…どうかしてるんだ、私…」
ヨットがキンコンって、木琴に似た音を響かせる。
海を走る乗り物なのに、つながれたヨットは、さびしくて歌うのかもしれねェ。
それからしばらく2人してだまったまま抱き合ってた。
パラパラパラパラ枯れ葉の雪がかかる、波しぶきもかかってぬれる。
服も髪も体も、いいかげんしょっぱくなってるだろう。
ぬれた首筋から甘いオレンジの匂いがして、胸がドキドキ騒いだ。
何度も抱きしめて知ってるけど、ナミの体は驚くほど柔らけェ。
予定してたのとは違うけど、ここでプロポーズしちまおうか?
考えてたそこへ、係りのおっさんらしき奴が近付いて来て、困った顔で「済みませんが、そこは一般客立ち入り禁止区域なので、直ぐに移動して下さい」と言って来た。
怒られたんじゃしょうがない、ナミと2人慌ててさん橋を走り、おっさんが案内する通りに門をくぐって、一般客用の通行路に出た。
俺達が道に出たのを確認した後、おっさんは門を閉めて、さん橋入口側に建ってる見張り小屋(?)に引っこんだ。
残された俺達は、お互い気まずい顔して見つめ合った。
ナミが笑う、俺も照れ笑う。
と、突然俺の腕を持ったナミが、近くのバス停に引きずってった。
ちょうどそこへ幼稚園のバスみてーな、パステルグリーン色したバスが停まったんで、2人してパスポートを見せて乗りこむ。
1番前の2人席に並んで座ったところで、ナミが宣言するように言った。
「お腹がペコペコです!」
「俺もメチャクチャ腹へったァ!」
右に同じとばかりに、俺の腹の中に居る虫が、グゥ~!って鳴る。(あれ?右じゃねーか)
「当然よ!もう直正午になるもん!」
さっきの泣きべそがウソみたく、ナミはほがらかに笑った。
「折角の初めての旅行なんだし、喧嘩するのは止めよv」
けれど俺の耳には、その言葉にかくれた裏の声が、はっきり聞えてた。
石だたみをガタガタ進むバスの後ろで鐘の音色が響く。
音楽は、さっきバスの中でナミが見とれていた、教会の方から聞えた。
※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※
バスから降りたナミはわき目もふらず、直ぐ横の建物の中へ入ってった。
牛乳びんを3本並べたような、茶色いレンガかべの建物だ。
何となくコーヒー牛乳が飲みたくなった。
ナミを追いかけてとびらを開ける、するとあったけー空気に乗って、チョコレートの甘~いにおいが漂って来た。
たちまち腹の虫がオーケストラ演奏を始める。
胃が空っぽになったのを感じて、俺は動くのも苦しくなった。
「ナミィ、俺もうダメだァ。腹減り過ぎて死ぬゥ~。何でもいいから食わせろォ~」
「私だってお腹減ってるのは同じよ!だから此処に連れて来たんじゃない!しっかり目を開けて見たら?店中あんたの好きな物だらけよ!」
ヨロヨロと肩にもたれかけた顔をペシリとはたかれる。
言われて、顔に貼りついた手の指のすき間から、じーっと奥までながめた。
…においからしてチョコ…チョコが有るよな…?チョコ売ってんのか!?
たまんなくなってナミの手を握ったまま売り場に駆けよる。
チョコだチョコだ、店中いっぱいチョコだらけ。
チョコアイスにチョコクッキーにチョコケーキ、チョコドリンクなんてのまで有る!
どこのコーナーにもチョコが山積み、目移りした。
「うまほー!!食いてェ~~!!」
「言っておくけど駄目よ!此処に並んでるのは皆商品なんだから!買わない内に取って食べたら怒られちゃう!」
クッキーが並ぶショーケースに貼りついた俺の後ろから、ナミが苦笑いして念押しする。
そんな事、子供じゃねーんだから、言われなくたってしょーちしてるさ。
けど焼き立てクッキーのにおいが俺を誘惑する…あ~、クッキーってどうしてこんなに甘くて香ばしいにおいがするんだろォ~。
だんちょーの思いで誘惑を振り切り、立ち上がったら店員のおばさんと目が合った。
サンタ帽をかぶったおばさんは、なぜかおびえてるみてーに、引きつった笑いを浮かべてた。
「涎、いっぱい出てる!拭けば?」
すかさずスッと横から渡されたティッシュで、慌てて口をふく。
照れ笑いで「サンキュー」と返したら、「一緒に居て恥ずかしくなる真似しないで」と文句を言われた。
「『チョコレートハウス』って言う、チョコレート専門店なんだって。あんたが絶対気に入ると思って、連れて来てあげたの」
さすがナミだ、俺の事良く解ってる。
感心する俺の横で、ナミも目をキラキラさせて、クリスマスラッピングしてあるチョコを手に取った。
雪だるまの袋入りやら紅白ブーツ入りやら、クリスマス用の菓子って不思議とワクワクする。
中身は同じでも、紅白ブーツに入った菓子は数倍おいしく感じられるんだよな。
子供の頃を思い出してたら、一段と甘い良いにおいに鼻をくすぐられた。
引き寄せられるように側へ行って驚いた――ドロドロに溶けたチョコレートが、3段の滝になって流れてる。
売り場右のスペースに、とびらと向かい合って、ドーンとでっかくだ。
「すっげー、本物かァ!?」
「うん、本物みたいよ。横にそう説明書きが立ててあるし」
『高さ4.2mから流れ落ちるチョコレートは本物のチョコレートです。
遠く熱帯の地にて収穫されたカカオ豆は幾多の行程を経てチョコレートハウスにやってきました。』
「私達の入って来た所って裏口だったみたいね。表口から入った客は、このチョコレートの滝に出迎えられビックリすると。思い切った演出だわー」
ドロドロのチョコだまりに指を近付ける。
すくってなめようとしたすんでに、ナミが肩にかけてるオレンジ色のエコバッグ(折りたたみ傘入り)が、俺の後ろ頭を襲った。
――ズパァーーン!!!!
「『お手を触れないでください』とも書いてあるでしょーが馬鹿者ォー!!!」
「痛ェェ!!!マジでバカになったら困るから止めろって!!!…触れて欲しくなきゃ、触れられないトコに飾ればいいじゃねーか!」
「だからこれは観るだけのディスプレィ!食べ物じゃないの!」
「チョコ食べなくてどーすんだよ!?はっきり言って俺腹減って限界なんだぞ!!早く何か食わせろ!!でねーと店中のチョコかたっぱしから食ってくかんなー!!」
なんかもう目が回って、うがーって暴れたい気分だ。
数分だってがまん出来ねェ、本気で手当たりしだいにむさぼり食っちまおうかと考えてた前で、ナミはニッコリ笑うとガイドみてーなしぐさで右手を案内した。
「空腹を待てないお客様にはこちら、飲食スペースが御座います♪」
【続】
…今、場内バスはニュースタッドに停まらないんだけど、話の都合上そういう設定にさせて下さい。(汗)
上の写真はチョコレートハウスのシンボル、チョコレートの滝。
チョコレートハウスについては、まったりさんのブログを御覧下さい。
チョコフォンデュ美味いよv
予約制だけど、数に余りが有れば、予約無しでも食べられるでしょう。
で、今夜はもう1話更新致します。(汗)
泣いてるナミの頭にパラパラと降る枯れ葉が雪に見えた。
そっか、今は冬だったっけなと思い出したとたん、耳に聞えてたミンミン言うセミの声と、チリリンって鳴る風鈴の音が止み、代わりにドォンドォンって岸にぶち当たる波の音と、風でキンコン鳴るヨットの音がよみがえった。
高校1年の夏休みから、ナミと居る今へタイムスリップした気分だ。
「ヨットに乗りたいなら自分1人で乗ればいいじゃない!!どうして私まで巻き込もうとするの!?」
周りの音と一緒にナミの声も耳に戻る。
泣きながら怒るナミは、ほおが真っ赤で口から白い息をいっぱい吐き出してて、田舎の灯油ストーブを連想してしまう。
そんな顔ずっと見てたくねー俺は、ナミのほおを両手でつかんで、むにっと横に引っぱった。
白い歯がむき出して、泣き顔がオタフク顔に変わる、と思ったら左から勢い付けて飛んで来た張り手にふっ飛ばされ、俺まで目から火花と一緒に涙が出た。
「何するかっ!!!」
灯油ストーブどころか石炭ストーブにモデルチェンジしたナミが怒鳴る。
怒りがマックス超えて涙は引っこんだらしい、その点では結果オーライ、ホッとして向き直った。
「俺独りで乗ったって意味無ェんだ…」
これ以上刺激しないよう、なるべく冷静に説得を試みる。
「…ナミも一緒に乗ってヨットの事知ってくんねェと困るんだよ。だって俺、卒業してヨットマンになったとしても、ナミが居なくちゃ世界1周出来る自信無ェし」
「1人で出来る自信が無いなら最初から目指すな!!」
ナミの指摘はなるほどもっともだと感心した。
けどあきらめる気はもーとー無い。
「俺はどーしてもシャンクスみてーに、ヨットで世界1周がしてェんだ!!
その為にはナミの力が要るんだよ!!」
こぶし握って叫んだ俺の主張を、ナミは心からあきれた目で聞いている。
やれやれと言いたげに頭を振り、ため息吐いて、聞き終ったナミは、母ちゃんが子供に説教するようなせりふを口にした。
「ヨットヨットって高1の夏を過ぎて以来急に言い出して…その割にあんたヨット教室に通おうともせず、本を読んだりしてるばっかじゃない。そもそもヨットマンになるには先ずヨットを買わなくちゃ。そしてヨットを繋ぐ為の港を探して契約しなくちゃ…あんた、それだけで年間幾らかかるか知ってる?300万以上よ!そんな大金払い続けていけるの!?」
「家の庭につないどくのはダメか?」
「駄目に決まってるでしょーが!!犬猫とは違うって、常識的に考えなさいよ馬鹿者ォー!!」
「それでも俺は絶対ヨットマンになってやる!!!」
目の前のナミがガクンと頭をたれた。
今までで1番長く重いため息を吐く。
「……まったく…取り付く島も無いわね…」
この言葉はひょっとしたらヨットで世界1周にかけたシャレだったのかもしんねーけど、俺には意味がよく解らず、悩んでる内にゆっくり頭を起したナミは、意外にも晴れやかな笑顔を浮かべていた。
「いーわよ、勝手になさい。ヨットマンだろうがスーパーマンだろうが目指せば?但し私は付き合わない!」
「ダメだ!!お前も一緒に俺のヨットチームに入って、俺が世界1周出来るよう助けろ!!」
「何で私があんたの夢をサポートしなくちゃいけないのよ!?」
「だから言ったじゃねーか!!ナミが居なくちゃ俺の夢は叶えられねェんだって!!!」
そこまで叫んだところでナミは急にだまり、顔を赤くした。
やっと解ってくれたんだろうか?肩を抱いて下からそおっと目をのぞきこむ。
目が合ったとたん、ナミの顔からスッと赤味が消えて、くちびるが意地悪くゆがんだ。
解ってない、ナミはまだ解ってない。
「…そんなに自分の夢が大事なんだ…その為には私をとことん使おうって腹なんだ?」
クスクス笑いと一緒にもれた白い息が俺の顔にかかる、つかまれてる肩に指が食いこむ。
「方向オンチだもんねェ、あんた。私が居なくちゃ遭難するのは目に見えて明らかだわ…けど私の意志も夢も無視して、己の夢を果たすのに利用しようなんて、随分酷だと思わない?」
違う、そんな事考えてねェ!
俺はナミが好きなんだ!
だからナミと一緒にどこまでも行きたいんだ!
違う夢を持ってても、そばに居て欲しいんだ!
元々はお前だって同じ方角を目指してたじゃないか!
俺の進む航路を地図に書いて、示してくれたじゃないか!
母ちゃんと同じで海が大好きだって、俺知ってるのに!
どうすれば解ってもらえる!?何て言えば良い!?
抱きしめてキスしてSEXでもすれば、俺がお前を好きな気持ちを理解して、ついて来てくれるのか!?
「カナヅチのくせに…!あんたがヨットマンになって、世界1周出来る訳――
――ゴメン、出来るわ…あんたなら……」
『出来るわけが無い』、という言葉を、ナミは呑みこんだ。
代わりに『出来る』とつぎ、おだやかな顔に変る。
嵐を過ぎた海みたく、怒りの波が急激に静まった。
うるんだ真ん丸い目で、俺の目をじっと見つめる。
「…ゴメン…最低な事言おうとした…ゴメン…」
「……ナミ、俺、お前を利用しようなんて思ってねェ…」
「うん、解ってる…あんたがそんな奴じゃないって知ってるのに…どうかしてるんだ、私…」
ヨットがキンコンって、木琴に似た音を響かせる。
海を走る乗り物なのに、つながれたヨットは、さびしくて歌うのかもしれねェ。
それからしばらく2人してだまったまま抱き合ってた。
パラパラパラパラ枯れ葉の雪がかかる、波しぶきもかかってぬれる。
服も髪も体も、いいかげんしょっぱくなってるだろう。
ぬれた首筋から甘いオレンジの匂いがして、胸がドキドキ騒いだ。
何度も抱きしめて知ってるけど、ナミの体は驚くほど柔らけェ。
予定してたのとは違うけど、ここでプロポーズしちまおうか?
考えてたそこへ、係りのおっさんらしき奴が近付いて来て、困った顔で「済みませんが、そこは一般客立ち入り禁止区域なので、直ぐに移動して下さい」と言って来た。
怒られたんじゃしょうがない、ナミと2人慌ててさん橋を走り、おっさんが案内する通りに門をくぐって、一般客用の通行路に出た。
俺達が道に出たのを確認した後、おっさんは門を閉めて、さん橋入口側に建ってる見張り小屋(?)に引っこんだ。
残された俺達は、お互い気まずい顔して見つめ合った。
ナミが笑う、俺も照れ笑う。
と、突然俺の腕を持ったナミが、近くのバス停に引きずってった。
ちょうどそこへ幼稚園のバスみてーな、パステルグリーン色したバスが停まったんで、2人してパスポートを見せて乗りこむ。
1番前の2人席に並んで座ったところで、ナミが宣言するように言った。
「お腹がペコペコです!」
「俺もメチャクチャ腹へったァ!」
右に同じとばかりに、俺の腹の中に居る虫が、グゥ~!って鳴る。(あれ?右じゃねーか)
「当然よ!もう直正午になるもん!」
さっきの泣きべそがウソみたく、ナミはほがらかに笑った。
「折角の初めての旅行なんだし、喧嘩するのは止めよv」
けれど俺の耳には、その言葉にかくれた裏の声が、はっきり聞えてた。
石だたみをガタガタ進むバスの後ろで鐘の音色が響く。
音楽は、さっきバスの中でナミが見とれていた、教会の方から聞えた。
※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※
バスから降りたナミはわき目もふらず、直ぐ横の建物の中へ入ってった。
牛乳びんを3本並べたような、茶色いレンガかべの建物だ。
何となくコーヒー牛乳が飲みたくなった。
ナミを追いかけてとびらを開ける、するとあったけー空気に乗って、チョコレートの甘~いにおいが漂って来た。
たちまち腹の虫がオーケストラ演奏を始める。
胃が空っぽになったのを感じて、俺は動くのも苦しくなった。
「ナミィ、俺もうダメだァ。腹減り過ぎて死ぬゥ~。何でもいいから食わせろォ~」
「私だってお腹減ってるのは同じよ!だから此処に連れて来たんじゃない!しっかり目を開けて見たら?店中あんたの好きな物だらけよ!」
ヨロヨロと肩にもたれかけた顔をペシリとはたかれる。
言われて、顔に貼りついた手の指のすき間から、じーっと奥までながめた。
…においからしてチョコ…チョコが有るよな…?チョコ売ってんのか!?
たまんなくなってナミの手を握ったまま売り場に駆けよる。
チョコだチョコだ、店中いっぱいチョコだらけ。
チョコアイスにチョコクッキーにチョコケーキ、チョコドリンクなんてのまで有る!
どこのコーナーにもチョコが山積み、目移りした。
「うまほー!!食いてェ~~!!」
「言っておくけど駄目よ!此処に並んでるのは皆商品なんだから!買わない内に取って食べたら怒られちゃう!」
クッキーが並ぶショーケースに貼りついた俺の後ろから、ナミが苦笑いして念押しする。
そんな事、子供じゃねーんだから、言われなくたってしょーちしてるさ。
けど焼き立てクッキーのにおいが俺を誘惑する…あ~、クッキーってどうしてこんなに甘くて香ばしいにおいがするんだろォ~。
だんちょーの思いで誘惑を振り切り、立ち上がったら店員のおばさんと目が合った。
サンタ帽をかぶったおばさんは、なぜかおびえてるみてーに、引きつった笑いを浮かべてた。
「涎、いっぱい出てる!拭けば?」
すかさずスッと横から渡されたティッシュで、慌てて口をふく。
照れ笑いで「サンキュー」と返したら、「一緒に居て恥ずかしくなる真似しないで」と文句を言われた。
「『チョコレートハウス』って言う、チョコレート専門店なんだって。あんたが絶対気に入ると思って、連れて来てあげたの」
さすがナミだ、俺の事良く解ってる。
感心する俺の横で、ナミも目をキラキラさせて、クリスマスラッピングしてあるチョコを手に取った。
雪だるまの袋入りやら紅白ブーツ入りやら、クリスマス用の菓子って不思議とワクワクする。
中身は同じでも、紅白ブーツに入った菓子は数倍おいしく感じられるんだよな。
子供の頃を思い出してたら、一段と甘い良いにおいに鼻をくすぐられた。
引き寄せられるように側へ行って驚いた――ドロドロに溶けたチョコレートが、3段の滝になって流れてる。
売り場右のスペースに、とびらと向かい合って、ドーンとでっかくだ。
「すっげー、本物かァ!?」
「うん、本物みたいよ。横にそう説明書きが立ててあるし」
『高さ4.2mから流れ落ちるチョコレートは本物のチョコレートです。
遠く熱帯の地にて収穫されたカカオ豆は幾多の行程を経てチョコレートハウスにやってきました。』
「私達の入って来た所って裏口だったみたいね。表口から入った客は、このチョコレートの滝に出迎えられビックリすると。思い切った演出だわー」
ドロドロのチョコだまりに指を近付ける。
すくってなめようとしたすんでに、ナミが肩にかけてるオレンジ色のエコバッグ(折りたたみ傘入り)が、俺の後ろ頭を襲った。
――ズパァーーン!!!!
「『お手を触れないでください』とも書いてあるでしょーが馬鹿者ォー!!!」
「痛ェェ!!!マジでバカになったら困るから止めろって!!!…触れて欲しくなきゃ、触れられないトコに飾ればいいじゃねーか!」
「だからこれは観るだけのディスプレィ!食べ物じゃないの!」
「チョコ食べなくてどーすんだよ!?はっきり言って俺腹減って限界なんだぞ!!早く何か食わせろ!!でねーと店中のチョコかたっぱしから食ってくかんなー!!」
なんかもう目が回って、うがーって暴れたい気分だ。
数分だってがまん出来ねェ、本気で手当たりしだいにむさぼり食っちまおうかと考えてた前で、ナミはニッコリ笑うとガイドみてーなしぐさで右手を案内した。
「空腹を待てないお客様にはこちら、飲食スペースが御座います♪」
【続】
…今、場内バスはニュースタッドに停まらないんだけど、話の都合上そういう設定にさせて下さい。(汗)
上の写真はチョコレートハウスのシンボル、チョコレートの滝。
チョコレートハウスについては、まったりさんのブログを御覧下さい。
チョコフォンデュ美味いよv
予約制だけど、数に余りが有れば、予約無しでも食べられるでしょう。
で、今夜はもう1話更新致します。(汗)