秘境という名の山村から(東祖谷)

にちにちこれこうにち 秘境奥祖谷(東祖谷山)

山躁

2009年04月22日 | Weblog
気だるくまどろんだ空気が流れるような風景に久保集落最上が近づいて
家の前の畑が綺麗に耕されてじゃがいもを植えつけているのを見つけると
T老婦は元気で暮らしているのであろうと雲上寺の宮の内和尚は嬉しくなった。

しばらく祖谷を離れて下の人となり、街に埋没していた和尚は鼻の穴を大きく
開けて、嫌というほど懐かしい匂いを吸いながら坂を上がって家の庭に足を
踏み入れた。

庭の石に腰掛けて蓑のなかの薇の綿を除いていたT老婦は人の気配に気づいて
振り向いて目をこらしていたが、何時もの口調で
「ああー誰かと思うたら、雲上寺の和尚さんかや、久しいのう、元気にしよった
か、久しく来んで病気にどもなったんかいなと心配しとった」

「わしもいろいろあってな、しばらく祖谷を離れていたんよ、それでよう来んじゃった、ばあさんも元気でなりよりじゃなあ」

「いいや、和尚さん、わたしゃ今年は悲しい目に会うたわ、こんな悲しいこと
ないわい、和尚さんには云うまいと思うとったが、」

T老婦は涙声になってぽつりと云った、今年1月の10日ごろに大阪で家庭を構えていた
長男が51歳で突然この世を去った顛末をぽつりぽつりと話し始めた。

宮の内和尚は絶句していた、あまりのことに言葉を見失ってしまった
帰郷していた長男に何回となしに和尚は会って話し込んだものだ、決まって
剣山から三嶺、天狗塚を何回も縦走した話が出てきた。

和尚が山歩きが好きなのを知っているので二人して夢中に話したものである
あの元気な彼が、男盛り51歳の若さで逝くとは。

T老婦は張り裂けんばかりの悲しみを堪えて畑を耕してジャガイモを植えつけた
綺麗な畑に悲しみを埋め込むように。

眼前に聳え立つ天狗塚、天狗峠や山々が躁(さわぐ)で鎮魂の舞を舞ったように
想えた。
コメント (2)
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