秘境という名の山村から(東祖谷)

にちにちこれこうにち 秘境奥祖谷(東祖谷山)

暮らしの山里 初夏 花の美しき故に

2014年05月25日 | Weblog

雑感



徒然草

「春暮れて後、夏になり、夏果てて、秋の来るにはあらず。春はやがて夏の気を催し、
夏より既に秋は通ひ、秋は即ち寒くなり、十月は小春の天気、草も青くなり、梅も蕾みぬ。
木の葉の落つるも、先づ落ちて芽ぐむにはあらず、下より萌しつはるに堪へずして落つるなり。

迎ふる気、下に設けたる故に、待ちとる序甚だ速し。生・老・病・死の移り来る事、また、これに過ぎたり。
四季は、なほ、定まれる序あり。死期は序を待たず。死は、前よりしも来らず。かねて後に迫れり。
人皆死ある事を知りて、待つことしかも急ならざるに、覚えずして来る。
沖の干潟遥かなれども、磯より潮の満つるが如し。」


春が終わって夏になり、夏が終わって秋になるのではない。春はある時期から夏の準備を作り出し、
夏には秋の空気が混ざって秋の準備を作り出す。生物は生長を続けていくが、ある時期が来ると
死の準備も続けていくものだ。季節の移ろいには順序がある

人が年老い、病気になり、死んでいく移ろいは、順序を待ってくれない。
死は向こうから来るものと、思っているが、そうではない。実は背後からやってくるの
人は誰でも自分が死ぬ事を知っている、が、あまり切実に考えない。
沖の浅瀬が、潮で満ちてくるものと眺めているが、潮は磯のほうから満ちるものだ。

徒然草にはこの思想が基盤になっているのではあるまいか、そうでなければ徒然草に
漂う世の無常の想いがあれほど色濃く反映されることはなかったであろう

生が成長していく過程で、ある時期が来れば生のなかに死の準備が成長していくもの
死は生に反したものではない、生の智慧である

世阿弥の風姿花伝に

「花と、面白きと、めづらしきと、これ三つは同じ心なり。
いづれの花か散らで残るべき。散るゆえによりて、咲く頃あればめづらしきなり。」

世阿弥は世の無常を秘めた諸々のものを前向きに捉えようとした
散る花には、どこかに哀しみが秘められている、花は散るからこそ
次に咲いたときに美しさを感じる 、無限の美に高めようとした

白州正子は世阿弥のこころを継承しながら、生あるものの宿命として死の成長を内在して
ともに成長して最後に生を死が見届ける、この冷徹とした死の役目は生に反したものではないことを
索漠のこころと云い得たものであろう
索漠のこころを受け容れて、むしろ、索漠を楽しむ境地に至り、日本古来の美を
味わおうとしたのであろう









































こんな風に考えて暮していると近頃の世の激変をどう思うかと云われても返答に困ってしまう
あれやこれやと思索してみたところで、ちぐはぐである
「つまらん、つまらん」と云いながら何か面白いものはないかと探してみたくなるものだ
現代の世界不安とやらいう代物に面白いものはないかと不謹慎にも考えてみるとあったのである

朝日新聞の5月25日ニュース配信に

「脱原発」意見、9割超 エネ計画のパブリックコメント
エネルギー基本計画に対する意見にみる原発への賛否という見出しに始まる文章に

「安倍内閣が4月に閣議決定したエネルギー基本計画をつくる際、国民に意見を募った
「パブリックコメント」で、脱原発を求める意見が9割を超えていた可能性があることがわかった。
朝日新聞が経済産業省に情報公開を求め、開示された分について原発への賛否を集計した。
経産省は、そうした意見をほとんど反映しないまま、基本計画で原発を「重要なベースロード電源」と
位置づけた。

経産省が昨年12月6日に示した基本計画の原案に対し、対象の1カ月間にメールやファクスなどで
約1万9千件の意見が集まった。経産省は2月に代表的な意見を発表したが、原発への賛否は
集計しなかった。

朝日新聞はすべての意見の公開を求め、経産省は、個人情報保護のために名前を消す作業が終わった
2109件分のメール(2301ページ)を開示した。
受け付け順で開示したとしており、残りの開示の可否は9月までに決めるという。」朝日新聞社


これは充分に不安時代の面白現象ではないか、暢気にすべての意見をパフォーマンスにしてしまう
面白いと言わす充分な力がありそうだ、面白いものにぜいたくになった現代はこのようなとっぴな
面白さを為政者は作ってくれるものだ、不安が無ければ不安を発明してくれる