秘境という名の山村から(東祖谷)

にちにちこれこうにち 秘境奥祖谷(東祖谷山)

菜菜子の気ままにエッセイ(それからの・我が愛しき人)

2020年05月27日 | Weblog
前略。
このような状況が続く中。ようやく施設の面会が解除された。
そして本日。養護老人ホームに3月に入所した彼女(ヴヴヴのお友達)を訪ねることが出来た。

「古味に行く時は、黙っていくけんの、行くって言わんけんの」
あの日、おばちゃんは、帰り際にそう言った。
「古味に嫁さんに行くんとおんなじゃー、死ぬまで戻れんってことよの」

そう言いながら、あの日、顔をくしゃくしゃにして、ごまかすみたいに、声にして笑っていた。
あの日から一度だけ、彼女の家を訪ねた時があった。
多分、居ないような気がして、確かめに行った時があった。

丈夫な雨戸がキッチリと閉められていて、それらは、初めて見た光景だった。
おばちゃんの家には、新品みたいな雨戸があったんだ。見慣れた障子戸だけでは、なかったんだ。
新品みたいな雨戸は、張られた白の結界みたいに見えた。

空っぽになった空間で、まだ消し切れてない時間が、燻りながら止まっているみたいだった。
あの日から、そして今日まで。

自室での面会はまだ、許可されてなく、会議室を借りての面会になった。
おばちゃんは、薄いブラウスに淡い辛子色のニットのベストを着て、現れた。
農作業のあのスタイルとは、すっかり見違えるみたいに垢抜けていたが
笑うといつもの、おばちゃんだった。

二人で、広い会議室の隅っこの椅子に、並んで座った。
私は、この時点で涙腺が緩み、それを堪えるのに大変だった。
緩む涙腺を固める?ために、おばちゃんに必死に話しかけた。

「おばちゃん、面会が遅れてゴメンよ」
「まあ、スマンのぉ。わざわざ迷惑ばっかりかけるの〜」
「おばちゃん、ご飯食べれよる?」
「食べよる。食べよる」
「夜は寝れよる?お腹の痛いのはマシな?」
「ようさは、寝たりねれんかったりじゃわ、腹はちょっとマシなように思う」
顔をくしゃくしゃにして、笑う。

「あのの、菜菜美さんよ、あれじゃわ、足が腫れてイカンわ」
そう言いながら、脚をさすっている。
足首を触りながら、確かめると湿布を貼っていた。
「家でおる時は畳だったけんの、ここでは部屋でおらんあいだは、ずっと椅子じゃけん、足が腫れるんじゃわ」
「みなと、おんなじように、せないかんきんの、しよないわの…」

そう言いながら、脚をさわっていた。
「まだ、一回しか部屋は間違えてないんぞ、一回だけ話ししながら、
その人に付いて歩いていっきょって、知らん人の部屋に入っての、オコトワリしたわー」

そんな話をずっと頷きながら、聞いていた。涙腺も、ずっと頑張っていた。
「猿がの、度胸ように来だしてからよの、これはおれんとおもた。下の家の人に、
腹痛いたびに呼ぶわけにはいかんしの。病院は遠いしの…」

おばちゃんは、確かめるみたいに、自分自身に言い聞かせるみたいに、話す。
「まさか、こんなとこに、来るとは思うてもなかったわ」
「あいだで、家に帰りたいって言うたら、ここの人に迷惑かけるしの。
家は電気はくるようにしとんぞ。電気は断ってないんぞ」

「ここから、おばちゃんの家まで、車で30分あったら、着くよ!近いよー」
そう言ってあげると、おばちゃんの顔が少し、綻んだ。

「そうじゃ、菜菜美さんよ、タマネギは〇〇さんに取って帰れってあげたけど、
ニンニクはまだ、吊ったままじゃ。あったら、持って帰れよ」

あの場所に、心は帰っている。感触を持たない様な言葉の行く先。
そして、今の現実。それなのに、発してくれるおばちゃんの顔を見つめながら、
私の切なさは頂点に達していたが、頑張って耐える。私はこのような切なさが、一番キツイ。

「おばちゃん、夏になったら着てよ。夏物の七分袖のパジャマ」
そう言いながら、持参したパジャマを、テーブルに広げた。
「夏のは、買わなイカンとおもとったんじゃわ。スマンの。これは寝る時に着たら楽げえなの」
「うん。寝る時に着る服じゃよ!」

※おばちゃんは、パジャマを知らなかった。寝巻きと言えば、良かった。
淡いブルーの小さな花柄のパジャマを、おばちゃんの胸に充ててみた。
似合っている。サイズもピッタリ。

マジックテープのパジャマもあったのだけど、敢えてボタンタイプにした。
おばちゃんには、まだまだ自分の指先で、ボタンを留めて欲しかったから。

面会時間の1時間は、すぐに過ぎた。
おばちゃんは、涙目になって、私に言った。

「まあちゃん(※おばちゃんと同じ集落に住み、ずっとおばちゃんをお世話してくれた女性)と、
菜菜美さんは、娘みたいで、顔みたら子供に会うより嬉しい」
そう、言いながら、目頭を押さえて、少し咳き込んだ。

私は私で、おばちゃんに背中を向けて、涙を思い切り指先で拭いた。
「おばちゃん、また、今度はお部屋にお邪魔するね」
「迷惑かけるの。また、来ての」

またね、と言いながら、おばちゃんの小さな背中を見送った。
知らない若い男性職員が、おばちゃんに話しかけていた。
「ご面会だったんですね」
おばちゃんの頷くのが、見えた。

二人の背中を見送りながら、私は心の中で、彼の背中にお願いした。
「おばちゃんを、お願いします。優しく、優しくお願いします。」


           草々


























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