つれづれに

きままに書きます。
どうぞよろしく。

夏太りって知ってますか

2013年09月21日 | 写真
体調がいいどころか、
点滴やら入院やらと不調がつづいていました。

ちょっと無理をして動き始めると、たちまち症状が悪化して・・・のあくじゅんかんなのです。

在宅中は無理をせず出来るだけ脚を上げて休んでいるようにと言われて、守っていました。
暑さによる体力低下がいやなので、ソファーで脚をあげて横になっている時も、エアコンを入れていました。

なのに(だからというべきか)、体重はしっかり上昇気味。私にしては珍しいことでした。

明らかに増えた体重分が身になるところは、おわかりでしょう。
それが嫌でどうしたものかと悩んでいたら、
夏太りというのがあると知りました。

冷房のきいた部屋に居続けると、血液循環が悪くなり、体温低下。
それにつれて内臓も冷えて温度が低下。
そうなると、カロリーの消費量が低下。
結果、体重増加につながるということでした。

これを解消するには、お風呂によく入って、
体をあたためて、血液循環を良くすることです。

こんな悩みがある方はあまりいないことでしょうね。
暑い中で、しっかり働いたり、元気にお出かけして
エネルギーを消化しておいででしょうから。

こんな不思議な朝、経験ありませんか。

2013年09月17日 | Weblog
最近なかった強風と降雨の一日が過ぎて、爽やかな朝。

いろんなものが 
そうです、
流れる空気も
花々を輝す光も 
すべて爽やかです、
(被災地の皆様ごめんなさい)

政治のニュースはその気分をぶち壊してくれますが、
今は見ない見ない。

でもとっても不思議なことがおきました。
ここ1~2週間にわたって続いていた憂欝な思いが
すっきりととれました。
まるで台風がさらって行ってくれたみたいに。

結構重たい悩みでしたが・・・。、
言ってみれば自分の健康状態と
やらなくてはと思うことのギャップ。
と言っても、どだい一人で出来ることではなかったのですが。

3週間くらい悩み続けて、
ディスッカションを繰り返し、
シンポジュウムにもでて、
そして静養をとり、

今朝は
何だか急に肩が軽くなり、
視界が透明感を増して
爽快な朝の始まりのような気分になっています。

あくまでも気分だけですが。

もしかすると、
しっかりと前を見つめ、
いろんなことをやり上げてきた頼りになりそうな人たちに
それでいて誰かを責めてはいない人たちに出会えたからかもしれません。
(出会えたばかりだからいいとこしか見えてないかも、でもいいんです、今は)

いつまで続く爽快感かわかりませんが
なんだか
気持ちよく頑張れそうな気がしています。

こんな朝経験したことありませんか?

いつまでもこの心境が続けられたらいいな~と
思っています。





長寿と健康の集いに招待されました。

2013年09月13日 | Weblog
 祝敬老の集いともあります。要するに敬老の日にあたって、
自治会が開いてくれた会です。この市に住んで30数年。今のところに住んで20数年。随分長くなりましたが、定年まで勤めていましたので、家にいたのは晩御飯から朝ごはんまで。

少しは立ち話をすることもありましたし、自治会の班長もやりましたが、在宅の皆様とのギャップは歴然でした。退職してからも飛び歩いていましたので縁は薄いものでした。

今年はその自治会の老人会の集いに招待されたのです。ちょうど節目の年と言うことで参加費無料。折角の機会のこのこ出かけました。退院して一週間、どうかなとは思ったのですが、前からの約束でしたので思い切って出かけました。

私など若い方で、最高は88歳、お世話をしてくださる役員さんがてきぱきしていて、若く感じました。

手織りの紅白の鶴が飾られ、お祝いの色紙には切り絵のだるまさんに手書きの祝辞。
手作り感に溢れていて、いいな~と。

役員の挨拶は短く、第二部はコーラスあり、伴奏つきの独唱?あり。
会員の作曲、作詞による歌も紹介されました。
最後はビンゴで素直に盛り上がって楽しく終わりました。
私がゲットしたのは寒天氷もち:初めて食べるものでした。
会員さんに商店の方もいるので景品は寄付かな?

孤独死が結構話題になる昨今、これだけきめ細かな取り組みがされている事は
なかなかいいじゃないと思いながら帰ってきたのでした。




虫の音に包まれながら思い出す入院のこと

2013年09月07日 | Weblog
 九日ぶりに帰ってきた我が家。
虫の音が響きながら寄せてきます。
あっという間に秋なのです。

入院した病棟は4階、虫の音などどこからも聞えてきませんでした。
関東を竜巻が襲った日、鳴り響く雷鳴で深夜目が覚めました。

今回の入院で、私はとても怖い体験をしました。

何度目かの再燃なのか再発なのか、また蜂窩織炎で真っ赤になった脚。
入院になるだろうと思って、簡単に準備をして、
息子に頼んで何とか病院まで送ってもらいました。
予想通り、「緊急入院」になりました。
トイレも洗面も車いすと言うおまけつきでした。
車いす使用は初めてで、そんなに悪いのかとちょっと心配になったのでした。

私が入って間もなく6人部屋のベットは満床。
聞こえてくるみなさんの会話から、
85歳、83歳、73歳、70歳、62歳(後で知ったのですが)そして30代の女性の面々。
私ともう一人を除いてはみなさん ガンの治療を受けていました。
高性能の放射能照射装置があるということで、そのために入院している方がほとんどでした。

私も体験しているのでわかるのですが、
この部屋のガン患者さん達は 治すこと、生きることに必死なので、緊張感があって、
見るからに病人といった感じの方はいませんでした。

私の正面のベットの方は体格もよく、お元気そうで。
まあ、来客が多く、午後から夕食近くまで、ず~とおしゃべりが続いていました。
声を潜めて話すということがないので嫌でも話が聞こえてきて、
何とかならないと思ってしまうほどでした。

9時には消灯。熱が下がらず、点滴が続いていた私は
普段と違っておとなしく寝ていました。

朝が来て、廊下の灯がつき、みな洗面や体温測定に取り掛かります。
前のベットの方はまだ起きている様子がなく、
夜勤の看護師さんが「xxさん、xxさん」と呼びながらカーテンの中に入って行きました。
その呼ぶ声が4回になり、5-6回になった時、
看護師さんの声が大きく、緊張したものに変わりました。

そして、廊下を駆けだす足音が聞え、すぐ数人の看護師さんの足音がして、
ベットの上で心臓マッサージをする気配が。
間もなく、「xx室に移動しよう」との声とともに、ナースステーションの方に移動していきました。

アナウンスが入ったのです。「エマージェンシーコール4階」が繰り返されました。

私たちは、驚きと不安の中で言葉もあまり発することもなく
朝食をすましたのでした。

そして9時過ぎに息子さんと思しき20代の男性が一人で、
彼女の残していった荷物を片づけていたことで何が起こったのか私たちは理解したのでした。

言葉がありませんでした。
誰にも気づかれることなく、一言も言葉を発することもなく、病院のベットの上で亡くなるなんていうことが起きるのですね。
あまりのあっけなさに さらに言葉がありませんでした。