つれづれに

きままに書きます。
どうぞよろしく。

ひさしぶり!

2009年07月31日 | Weblog
何がって、
ブログ更新しました。
良かったらリンク集からお出かけください。

夏らしい日がなかなかやってきませんね。
夏の朝、何気ない朝の散歩のときに
見かけたお花たち。

今朝もまた雨でしたね。
おかげで庭やベランダの草に宿る水滴に挑戦できました。
でもまだパソコンへの取り込みが終わっていません。
マクロレンズなので、きっとブレブレでしょうね。
三脚は立てるのが億劫で、いい方法がないかしら。

そうそうこれから久しぶりで
絵手紙を描きます。
明日までに半紙に2枚。
あまりのご無沙汰に
なかなか取り掛かれません。
試験勉強に取り掛かれない
そんな時みたいです。

願いを書いてというのですが
何を書きましょうか?

あなたの願いは何でしょうか。
教えていただけませんか。

行って来ました、絵の個展

2009年07月29日 | Weblog
先日、この日記でご案内した画家さんの個展行って来ました。
伊豆高原でも一緒だった友人と2人で。

個展初日の27日、生憎午後はつよい雨降りでした。
でもこの日ならウエハラさんにお会いできるということでしたから。

 会場の近くは 方やお堀、もう一方には丸の内警察、帝国劇場などが見えました。
お天気さえ良ければ散歩を楽しめたでしょうが。

会場の東京會舘は結婚式場などに使われているようで、
ギャラリーは2階の壁面を使ったものでした。

壁面は濃いアイボリーに褐色の斑点が見えていましたが〔大理石の1種とのことでした)、絵はその壁に負けることなく、くっきりと浮かび上がって見えました。

会館に入ったら、丁度ウエハラさんのにこやかな顔が目に入りました。

一通り拝見して帰ろうとしたら、
お茶でも如何ですかと声をかけていただ来ました。

いろんなことをお聞きしました。
うまく合いの手をはさむと、話はよどみなく流れました。
友人がびっくりして、そろそろお邪魔しないと声を発した時は2時間以上経っていました。

いくつもの印象的なお話を伺ったのですが、その一つを。
病気の再発にあって、数十回の放射線照射をうけて、とてもきつかったそうです。
でもそれもまた人生のスパイスと考えて、絵を書いていくのだそうです。
いろんな経験で感じたことを心の中に寝かせて、手が動き出した時、描き出すのだそうです。
描いてやろう描いてやろうとしてかけるものではない、絵とはそういうものだと。

そしてもう一つは、楽しみなニュースです。
この秋に、志木にある平林寺のお茶室に
彼の絵を展示して、
お茶を楽しむそんな催し物が実現するかもしれないということでした。

秋を楽しみに思い描きながら、ではまたと帰ってきました。

ひと時の心地よい朝に

2009年07月26日 | Weblog
 朝のフットワークが悪いのは長年のこと。
夜更かしの生活習慣が長くてどうしても
朝型に切り替えられない。
朝の気持ちよさは充分に承知しているのに。

 でも今日はファxリーxを取りに降りてきて、そのまま1階に。
まだ朝の気配が残っている。

青空が木の先に見えている。

今日は風も無く、窓から見える檸檬の木や箱根うつぎも静まり返っている。
テラスの屋根に影を映している西洋かえでの枝先の葉陰が微かに揺れるばかり。

シャクナゲに絡まって蔓を伸ばした胡瓜が、木漏れ日を浴びている。

先ほどかけたJiuzhaigou Valley(九寨溝)の曲以外、何の音も聞こえない。

昨夜思い立って綺麗にした水槽ではたった1匹の熱帯魚が静かに浮かんでいる。

2匹の猫も朝ごはんが済んだら姿を消してしまった。
朝帰りのモノはちょっと気恥ずかしそうに見えたのはこちらの先入観のせいかもしれないけれど。

裏の広い草原だったところに最近建ったばかりの住宅からもまだ子どもたちの声も聞こえてこない。

見えている陽ざしは相当に強そうなので、この部屋の涼しさもあとわずか。

ひと時の静寂と平穏は消えていくことだろう。

憂うことの多い日本の現在に
心の平穏を保つのは難しい。


ps:いつもと調子をかえて書いてみました。変かしら?

ご紹介させていただきます。

2009年07月23日 | Weblog
ある画家さんが、東京會舘で個展を開きます。
お時間と興味がおありでしたら、是非お顔を出していただけたらと願って。

4月10日の日記に書いた画家さんで、ウエハライチロウという方です。

日記にも書きましたが彼はいま3度目の癌と闘っています。

全く偶然に4年前に伊豆高原のギャラリーで会いました。
とても印象的な出会いでした。

4年前にその出会いを書いたブログです。
http://blog.goo.ne.jp/lemon18jp/e/107aaa9966c5465f068d0a8e317beb98

精神性の高さを感じさせる絵です。
平林寺の住職が禅に通じるものがあると
言われたそうです。
見ればそうとわかる絵です。

昨年私が同じ病いで入院する直前
彼もまた肝臓に癌が出来て治療中だというメールをもらったのです。

そして今現在、転移した癌と闘いながら
今回の個展を開くことに、
そして来年はニューヨークで個展を開くことに決めたのだそうです。
その前向きな心意気に圧倒されています。

彼にとっては一人でも多くの方に見てもらえることがエネルギーの源になるでしょう。
だから何とか応援したいと思うのです。


ウエハライチロウ展
7月27日〔月〕-8月2日〔日)
午前11時~午後7時
東京會舘ギャラリー ロビー2階
強靭な和紙に、墨とガッシュで描かれた形と色の美しさ!
宇宙のリズムや調和を表したシンプルで生命力に満ちたモダンアートは、多くの人々の心を癒します。






老いを感じるということは?

2009年07月22日 | Weblog
「青 春」
サムエル ウルマン

青春とは人生のある期間を言うのではなく
心の様相を言うのだ。
逞しき意志、優れた創造力、炎ゆる情熱、
法儒を却ける勇猛心、
安易を振り捨てる冒険心、
こう言う様相を青春と言うのだ。

年を重ねてただけで人は老いない。
理想を失う時に初めて老いが来る。

歳月は皮膚のしわを増すが、
情熱を失うときに精神はしぼむ。

苦悩や孤疑や、不安、恐怖、失望、
こう言うものこそ恰も長年月の如く
人を老いさせ、精気ある魂をも芥に
帰せしめてしまう。

年は70であろうと、16であろうと、その胸中に
抱き得るものは何か。

曰く、
驚異への愛慕心、空にきらめく星晨、その輝きにも似たる事物や思想に
対する欽仰、事に処する剛穀な挑戦、
小児の如く求めて止まぬ探究心、
人生への歓喜と興味。

人は信念と共に若く 疑惑と共に老ゆる。
人は自信と共に若く 恐怖と共に老ゆる。
希望ある限り若く 失望と共に老い朽ちる。

大地より、神より、人より、美と喜悦、勇気と
壮大、そして偉力の霊感を受ける限り人の
若さは失われない。
これらの霊感が絶え、悲歎の白雪が人の
心の奥までも蔽いつくし、皮肉の厚氷が
これを固くとざすに至ればこの時こそ
人は全くに老いて神の憐れみを乞う他は
なくなる。
          松永安左衛門 訳

足跡を追って訪ねた otomi6776方のトップページで見つけました。

この詩をもとに青春について つい2~3年前、議論したことがあります。
ほとんどがリタイアー後の人たちや、同じような年齢の女性ばかりでしたが。

その時、私はまだ青春のタダなかにいたと思っていました。

そして病気と挫折を感じた後の現在
老いがどのような精神状態から生まれるのか、
まさに実感しています。

ただ再び青春の只中に戻っていけそうな予感も持てるようになりました。

皆さんは如何でしょうね。