つれづれに

きままに書きます。
どうぞよろしく。

春の訪れ

2011年02月28日 | Weblog
ひな祭りは3月3日と決まっているのかしら。

3日に家にいられるとは限らないからきっと拘らなくていいのでしょうね。

2月にさきちゃんにお雛様を贈りました。
正確には、娘に催促されたような気がします。
娘に彼女のおばあちゃん達が贈ってくれたものを飾りたがりませんでしたから。

折角贈ったのに、飾って見せてくれるのかしらと、簡単な食事つきで、期待したのですが、声がかかりません。

先日の一升もちを担がせた1歳のお祝いで精一杯なのかもしれません。
でこちらから、催促。
といっても、おすしを持って持参するからと申し出たのです。


で、昨日、簡単な散らし寿司をつくって、出かけていきました。
お雛様に再会したかったというか、写真を撮りたかったのです。
それに、早いスピードで発達していくさきちゃんに会いたくもあり。

2週間ぶりのさきちゃんは、パンを自分でしっかり手に持って食べていました。
持っていったおすしも、初めてだそうですがよく食べてくれました。
少し体調が良くないとかで、甘えん坊になってはいましたが、
おいしいや抱っこしてのベビーサインで意思を伝えてくれました。

地味かしらと思ったお雛様も、大人たちは品があっていいとお気に入りのようでした。
私も気に入って、たいまいはたいた甲斐がありました。
自分の子ども達の時はとにかく目が回る忙しさの中で
あまりやれなかったことを、
今楽しませてもらっているみたいです。

大病をして、あまり動き回れないことのおかげといえそうです。
こんな風に人生を楽しむのも幸せなことと思えて・・・。

そして今日は庭で春の訪れを感じさせるものを見つけました。

やっと開いた福寿草、
そして、紫花菜の膨らんだ蕾、
ちいさなクロッカスの花。

それに先日の春一番からひどくなった花粉症。

(写真はまた後ほど)

さきちゃん、一升餅をかつぐ

2011年02月18日 | Weblog
 つい先日の雪や寒さが嘘のようです。
青空が広がり、しっとりとした空気です。
でも風は強くて、いろんなものが舞い上がっていきます。

先ほども3月4日に開かれる講演会のチラシが空高く舞い上がっていきました。

2月11日はさきちゃんの1歳のお誕生会でした。
娘夫婦が水天宮の駅ビルでひらいた家族の誕生会に私も呼ばれました。
ハワイでの結婚式に自費で参加した私と彼の両親へのお礼を兼ねていました。

さきちゃんは真紅のワンピースを着て、リュックに入った一升の紅白餅を担がされてました。〔写真1)
photo by kosumosu from OCNフォトフレンド
普通はここでつぶれて泣き出すそうですが、さきちゃんは持ちこたえて3歩何とか前進しました。〔写真2〕
photo by kosumosu from OCNフォトフレンド

でもこれが限界。
座り込んでもう一度トライさせようとする両親に応えてくれませんでした。

そういえば、予防注射でも、うんと言った顔をしたものの泣き出すことなくお医者さんに「なかなか大者だね~」と言われたそうです。
このあたりはおじいちゃん譲りかも。

やっぱりこの方がラクチンとばかり歩き始めました。
photo by kosumosu from OCNフォトフレンド

目の前で厚い牛肉を焼いてくれるコックさんをまじまじと見つめて
お兄さん恥ずかしそうに照れ笑い。
その組み合わせがおかしくてみんなで大笑い。

ご馳走をすっかり堪能して帰途に着く頃、
降りしきる雪で窓の外はかすんでいました。

思いは遠く60年前に。

2011年02月15日 | Weblog
 昨夜、雪がかなり降りました。
夜息子から電話で、「車で帰れないから泊めて」と言ってきました。勿論OKしました。

今朝の朝食のとき「ボクの小さいときの写真ないかな~?」というのです。
困ったことに、写真どこにあるのかわかりません。
何しろ彼は大変な写真嫌い、中・高校の卒業アルバムも捨てようとしたくらい。
そんなわけで、私も引っ越し以来整理に手をつけていませんでした。

慌てて、思い当たる場所を探してみました。
出てきたのは保育園の写真集。
息子は産休明けから保育園だったのですが、1~2歳のアルバムが2冊ばかり。

何しろその頃はまるで女の子のようにさらさらの髪で、色白、ぽっちゃり。私が切っていたので髪はおかっぱ頭。
この頃はまだ写真嫌いではなかったようです。

そこには、保育園との交換日記があって、ついつい
読み始めてしまいました。
いろんなやり取りが書かれていました。
悪戦苦闘しながらの育児と仕事。
必死だった私たち夫婦の書き込みがいっぱい。
それにしっかり応えてくれている保母さんの書き込み。
おかげでいろんなことを思い出しました。

残念なことに今はこんなやり取りが難しくなっていると聞きました。

育児に恐れをなして、結婚に二の足を踏んでいる息子に見せたら考え直してくれるでしょうか、それともますます怖気づくかしら。

時間が無くなってて、息子は写真を手にすることも無く、出勤していきました。

逝ってしまわれた、あなたに。

2011年02月08日 | Weblog
病院で検査を待っていた私の携帯がなりました。
昨秋一緒に旅をした友人の声が聞こえて・・・。

あなたが逝ってしまわれたことを
知らせる声が、重い。

秋に一緒にコスモス畑を眺め、
浅草を楽しむはずだった旅にあなたは見えなかった。
実はこの旅の直前に倒れたのだと後で知った。
でもあなたは会話が出来ていたのに。

退職後海の見える田舎で一人楽しむ夫の足になるために
車の免許をとったあなた
一人大阪に残り、90歳をこえたお母さんを介護し続けたあなた。

癌に倒れた夫を看病の末送ったのは3年前
そして母を送り
久しぶりに私たちの旅に顔を見せてくれたのは二年前。
あまりに白い顔色に心が痛んだ。
「これからは自分のために、体を大切にしてね」
そう言ったら「ほんまやね~」とあなたは頷いた。

入院してまもなくあなたは意識を失って、
そのまま誰とも言葉を交わすことなく
逝ってしまった。

生きることに相変わらず悩み続ける私が
一番会いたかったあなただったのに。
あなたならきっと私を心穏やかにしてくれたはず。

穏やかな関西弁が
くるくる回る瞳が
よみがえってきて・・・。

今夜は一人であなたを送ります。
こんなときはお酒が飲めたらと思うのです。
素面でいるのはつらいから。

あなたが好きな花を私は知らないままだったから
私の好きな梅花空木を供えておきましょう。