ウロコのつぶやき

昭和生まれの深海魚が海の底からお送りします。

パンドラの箱再び

2014-04-29 20:28:00 | 日記
そういう訳で、ちょっと前に書いてたテキストをアップしておきます。
あんまり推敲できてないんで前のエントリーと重複してる部分もあるし、何よりネタが古いけど。

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先日理由あって久しぶりにワイドショーを見てたら、丁度例のSTAPとかいう細胞に関する記者会見の翌日で、ひたすらその話題ばっかりでした。
あれ見てつくづく思ったのは、マスコミ各社万能細胞について報じてるんじゃなくて、万能細胞をダシにして「オボちゃん」というキャラクターをいじってるだけなんだな、という事でした。
ワイドショーなんて昔からそんなもんだと言えばその通りなんだけど。

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このSTAP細胞と例の佐村河内騒動の共通点として、本質ではなく周辺の物語が取り沙汰されているだけだと指摘しているテキストを目にしました。

だって本質を語ろうにも、文系のアタシタチには最新の科学研究なんてさっぱりわからないし、クラッシック音楽を論じるような知識も教養も持ってないですもん。

昼間っからワイドショー見てる暇人な視聴者はもちろん、伝えるマスコミ関係者や偉そうなスタジオコメンテーターだって似たようなもんではないでしょうか。

だから「科学」も「音楽」も語らないというか語れない。
「被爆二世」で「全聾」だったり、「お祖母ちゃんの割烹着」を着た「リケジョの星」だったり、ロン毛にサングラスだったり巻髪にヴィヴィアン・ウエストウッドだったりする分かりやすいキャラクターに乗っかって騒ぐ。

…だけならいいけど、それで何かを分かったような気になってるのが滑稽だな、と思いました。だから簡単にだまされるんだよね、きっと。

***

翻ってフィギュアを見ると、これもまたワイドショーを中心としたマスコミに取っては同じ事なんだろうなと思いました。
これが野球やサッカーなら部活だのスポーツ少年団だのでの経験者が一定の割合でそこら中にいて、競技の中身について語れる人も少なくないけど、競技人口の少ないフィギュアスケートは話が違う。

前のエントリーに書いたように、スケートそのものについては「わからない」事が広く一般社会でのコンセンサスと化しているから、スケートそのものではなく、その周辺でしか語れない。…って事なのかなと漠然と思う今日この頃です。

「金メダル」「世界最高得点」「天才少年(少女)」「
4回転ジャンプ」「3回転半ジャンプ※」…そして「日本のエース」
(※ワイドショー的視点だと、3Aは「3回転のアクセルジャンプ」ではなく「3回転半のジャンプ」として語られているような気がします。ジャンプの種類は「わからないもの」けど回転数なら「わかる」って事なんでしょうね)

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そもそも私、大ちゃんが自分を「日本のエース」と自称した発言を見聞きした記憶がないんですが、私が忘れているだけなんでしょうか?
私自身が、これと言った定義もない「日本のエース」とか言うキャッチフレーズにさしたるステイタスを感じていないせいもあるのかも知れませんが。

寧ろ、他の日本男子選手…というか、他選手を新しい「スター」として祭り上げたいマスコミや関係者の方が、「日本のエース」という言葉に拘っているように感じていました。
まるで、高橋大輔から「日本のエース」の称号を奪えば、ファンや人気もそっくりそのまま付いて来る、と思っているように見えて、そこにすごく違和感を感じたまま今に至っております。

だって私たちファンは、「日本のエース」の肩書きを見るためにショーや試合の会場に足を運んでいる訳じゃない。
点数ではないしメダルでもない、「高橋大輔の演技」が見たい、その一心でチケットを買い、会場に向かう訳ですよ。

***

バンクーバーの辺りから、大ちゃんと某女子選手をセットで語る人がたまにいますが、全く違うと私は思います。
某女子選手が華々しくシニアデビューを飾り、お茶の間の話題を独占し、大手企業がわんさかスポンサーに付いてトリノ五輪に出せ出せと皆が騒いでいた頃。
一方大ちゃんは「そういえば男子もいたっけ」みたいな扱いでした。
寧ろマスコミは、「有名戦国武将の子孫」という分かりやすい「キャラクター」を持ったもう一人の選手をスターとして持ち上げたがっていて、大ちゃんはどちらかというと引き立て役っぽく扱われていた印象があります。
(当時は大ちゃんのファンじゃなかったというか、フィギュア自体に興味なかったから、これはファンのヒイキ目ではない、はず)

個人的には、大ちゃんの人気はマスコミ主導ではなく、ファンの口コミで草の根的に広まった感じに近いと思います。

私自身、「ノクターン」の「演技」を見て決定的に「ハマった」訳ですが、当時ブログに大ちゃんの事を書いた時のアクセス数の増加はすごかった。
潜在的なファンの需要はあるのに、マスコミなどの発信する情報の供給が追いついていない、故にこんな辺境のブログにも、情報に飢えたファンたちが押し寄せて来る…そんな印象がありました。
これ、マスコミ主導ではなく口コミで人気がじわじわ来てる時の感覚なんですよね。

試合で結果を出せばマスコミの扱いは大きくなる。
でもそれだけなら、ニュース見て終わり。時が経てばマスコミの話題も他に移ります。
ニュースでの扱いはあくまで入り口。そこで「たまたま」演技を目にして、「素敵だな」と思うところが本当の始まりだと思います。

そこで試合なりショーなりの番組をチェックして、そうこうする内に会場で生で見たいと思う。そうしていざ生で演技を見て感動するからこそ、2度、3度と足を運ぼうという気になる。

お店でもテーマパークでも、人気を維持するには「リピーター」の獲得が必須だと申します。一見さんが一見さんのままで終わるようなら長くは持ちません。

高橋大輔の人気は、そうして積み上げられて来た、と私は思います。
自分自身もファンなのに、たまにすごく熱いファンが多いなってびっくりするんですよね。私がハマッたトリノの頃から比べても、随分増えたと感じます。
でもファンの多くはトリノの頃の私と同じく、何かのきっかけでたまたま目にした彼の演技がドツボにハマったんだろうなあ、とも思います。

そう言えば大ちゃんは、「ソナチネ」を、作曲者(を自称する人)のプロフィール(当時はみんな信じてた)ではなく、曲そのものを気に入って選んだと言ってました。
さもありなん、と思います。
バンクーバーの「道」だって、映画は見てないとかどっかで言ってたし、基本的には「音楽」それ自体に共鳴するのであって、音楽に付随する「物語」にはそれほど興味を持たないタイプなんだろうなと。

そういう人だからこそ、フィギュアスケートを語る言葉を持たない私たちにも、問答無用で「素敵だ」と思わせて引き寄せる、そんな演技ができるのかも知れません。

***

実は私、4月6日のなみはやドームでのショーのチケットを持っていました。大ちゃんが出なくても、一応、8割くらいは見に行く方向に傾いてはいたのですよ。
でも世界選手権男子シングルの優勝者様の、高橋大輔が出てなくても客席が埋まってて良かっただの何だのいう有り難いお言葉を伝え聞いて見に行くのやめました。

何か、アホらしくなってしまった。

なにが悲しくて、高いチケット買ってわざわざ会場に足を運んだ挙げ句に出場者からディスられにゃならんのかと。

ここ最近、高橋大輔のファンを非難する風潮が一部にありますが(他スケーターの痛いファンだけじゃなく、一応プロのライターまでが一緒になってやってる)、言われてる事の大半は、別に非難されるようなものではないと思います。

私たちは、自分が良いと思ったものを賞賛し、良いと思った演技に喝采を贈り、その人の演技が好きだと思ったスケーターを応援しています。
すべてのスケーターを「平等に」応援する義務なんてないし、スケート連盟がプッシュするスケーターのファンにならなければならない理由もありません。

そもそも「フィギュアスケート」を見に来なければならない義務もないし、ファンになる対象をフィギュアの選手の中から選ぶ必要もありません。

決して安くないチケットを買い、交通費と、時には宿泊料をかけ、時間と労力を使って会場に足を運ぶのは、そうしてでも見るだけの価値が高橋大輔の演技にあると思うからです。

***

本当に不思議なんだけど、大ちゃんのファンに対していちいち当てつけがましい事を言うライターや選手は、一体観客が何のために大枚はたいて会場に来てると思ってるんでしょう。
理由はなくても、黙ってチケットを買って馳せ参じるのが当たり前だとでも思ってる?

他選手の人気に、大ちゃんのファンがどうのこうの、は関係ないと思います。
高い代償に見合うだけの価値があるものを提供できるかどうか、それがすべてではないでしょうか。
その選手の演技に、お金と時間と労力を注ぐ価値があると思う、そういう人が多数いるなら、マスコミ使って「○○フィーバー!」なんて宣伝せずともお客様は集まって来るでしょう。
(ていうか、とりあえず「点数」の上では基礎のスケーティングも音楽の表現も世界最高レベルと評価されている訳で、採点が適切に行われた上でその結果が出ているというのであれば、その選手の「演技」に感動する人続出で黙ってても大フィーバー起きてるはずなので、何も心配する必要はないと思うんですけどね。あくまで採点が正しければ、の話ですけどね)

***

それにしても。
化学もクラシック音楽も分からない私たちが、どうやってそれを本物だと認識したんでしょうか。
そこには、無知な私たちに代わって「お墨付き」を与える「権威」が存在していたはず。

それが偽物だとなれば、祭り上げられた本人たちだけでなく、お墨付きを与えた「権威」への信用も失墜するというものです。

佐村河内騒動では、NHKがそうでしたね。天下のNHKがもっともらしいドキュメンタリーで取り上げたからこそ、私たちはそれを信じました。
STAP細胞にしても、お墨付きを与えた「権威」が最初にいたはずですけど…どこの誰?私この騒ぎよく知らないので分かりませんが、「オボちゃん」ひとりでこんな大騒ぎにはならないと思うんですけど。
(あと、先端科学の分野ではそう簡単に真偽の結論は出ないもの、らしいですよ)

そしてフィギュアの場合は、審判が「お墨付き」を与える「権威」のはずです。
そして私は彼らを信用していません。

そう言えば、ソチ五輪の女子シングルの結果に異を唱える韓国の抗議はまだまだ続きそうですね。
金メダリストへの得点を疑問視し、銀メダリストを真の勝者と主張して、あわよくば結果を覆そうとしている様子は、まんま4年前の、バンクーバーの女子銀メダリストのファンたちを見ているようです。
…というとバンクーバー女子銀メダリストのファンから怒られそうですが。

でも、対象となる選手が違っても、審判の出した得点を信用していない、という点では同じです。

人間の目は案外いい加減で自分の見たいものを見てしまうから、自分の応援する選手の演技は甘く、ライバルの演技は厳しい目で見てしまうものです。
だからこそ、審判に対する「客観的で適切な判定をしている」という信頼がなければ競技が成立しないはずなんですけどね。

(私を含めて)誰もが好き勝手な主張を繰り広げている現状を見るに、この競技の審判は最早誰からも信頼されていないんじゃないかって気がして来ます。

***

フィギュアスケートという競技自体の繁栄を考えている大ちゃんには大変申し訳ないんですけど、やはり私が見たいのは、「フィギュアスケート」ではなく「高橋大輔のスケート」のようです。

それを非難する向きもあるようですが、ただの観客に過ぎない私が、何に対してお財布のヒモをゆるめるのかは私の自由だと思います。
自分が、それに対してお金を払うに値する、それだけの価値があると思うなら、他のものにももちろんお金は払います。それは何もスケートに関するものでなくても良いんですよね。

現状、大ちゃんの出ない試合やショーに行くよりも、自分が滑るためにリンクに足を運ぶ方がずっと楽しいです。

でも、本当の意味でフィギュアが「人気競技」になるには、選手をタレントとして扱うのではなく、競技の中身を語れる人がもっと増える必要があると思うし、その為には「ちゃんと」スケートを滑る人が増える事こそ、本当に必要な事なんじゃないかな、とも思います。

当のフィギュアの関係者が望んでいるのはその逆のようですが。

…まあ、私がスケートするのは単に楽しいからですけどね。
楽しいですよー自分で滑るスケート(神戸ポーアイの大人のスケート教室は自分の経験上おすすめはしませんが)。

拍手コメントへのお返事

2014-04-29 20:10:00 | 日記
皆さんこんにちは。今日は「昭和の日」だそうですね。
この日を「天皇誕生日」と認識して育った昭和生まれの虹川です。お元気ですか。

どうせ大して見に来る人もいないだろうとタカをくくって好き勝手な事を書いていた当ブログですが、どうもどこかで紹介して頂いたらしく、今迄にない勢いでカウンターが回っててビビリました。
拍手ボタンが3ケタ押されたの初めてみましたよありがとう。
いつもは次のエントリーの最後に拍手コメントのお返事を書くんですが、長文でコメント下さった方だけでもお返事を…と思って書いたら結構な量になったので独立したエントリーにしました。

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■という訳で拍手コメントへのお返事。今回長文の方のみでご容赦下さい。

□2014/4/20 20:54
むつきさん、お久しぶりです。色々読まれてますね(笑)。
大ちゃんはあれだけアーティスティックな人でありながら、同時に勝負の世界で滑るのが好きなんだと思います。
だからこそ、彼の才能と努力が報われない事に空しさを覚えてしまう訳ですが…。
私も多分「高橋大輔」のファンはやめないというか、やめられないと思います。

□2014/4/22 22:47
Hideko.Sさんこんにちは。コメントありがとうございます。
選手個人に心惹かれているからこそ、その選手を正当に評価しない競技の世界に幻滅してしまうのですよね。
大ちゃんは、気持ち的には復帰したいのだという発言もありましたね。
競技から1年離れている間に、実際に復帰して戦える状況を整える事ができるかどうか可能性を探ると同時に、離れた所から客観的にフィギュア競技の世界を観て欲しいなと思います。
彼が見を置くのに、本当にふさわしい場所なのかどうか。
彼が出した結論ならもちろんどこへでも付いて行きますが、正直ほんとこの競技末期だと思います。

□2014/4/23 23:59
ちいさんこんにちは。
大ちゃん見たさに長野へ、仙台へ、金沢へ…と旅した日々は本当に楽しかったです。
でも本当、ここ2年は疲れる事ばかりでしたね。リンクの外の「大人の事情」で美しかったはずのリンクの中の世界もいまやペンペン草すら生えない荒廃した土地になってしまったような。
私は2輪には詳しくないのですが、様々な大人の事情が交錯するモータースポーツの世界でも、なんだかんだで最後に勝つには本物の実力が必要になって来ると思います。トヨタが外からどんな手を回しても、結局F1では結果は出せなかった。
本当に実力のある相手に負けるのなら、負けた悔しさも楽しめるんですよね、ある意味。
でもフィギュアスケートにはそれはないと私も思います。

□2014/4/23 23:59
私はあくまで「高橋大輔」のファンであって「フィギュアスケート」そのもののファンではないから、何かもう怒るのもめんどくさくてもういいやって感じですが、
「フィギュアスケート」そのものを愛してる人はもっと怒っていい状況だと思いますよ。
私も大ちゃんはこれからも応援しますが、試合は正直、TVで観るのもめんどくさいです。結果を気にせずに大ちゃんの「演技」だけを楽しむ…という器用なことができるならそうしたいものですが。

□2014/4/25 13:51
ISUも日本スケート連盟も、長い目でみれば自分たちの首を締めているように思えるんですが、私の気のせいでしょうか。
あくまで競技の世界にこだわる大ちゃんの気持ちはとてもよくわかるしのですが、彼のファンだからこそ、沈みゆく船からは早く脱出して欲しいとも思ってしまいます。

□2014/4/25 23:08
なまじ大ちゃんのスケートを知ってしまったせいで、他のスケーターの演技に満足できなくなるというのは、分かります。
単にフィギュアの世界で上手、というだけではない、アーティスティックな感性とスケートの技術が高い次元で融合した希有なスケーターだと思います。
だからこそ、それを結果に反映させる事ができないフィギュアの採点が空しいんですよね…。

□2014/4/26 18:07
初コメントありがとうございます。
以前に別のエントリーで書いたかも知れませんが、今の男子シングルのチャンピオンの周囲の諸々を見ていると、F1でのトヨタを思い出すんですよ。
トヨタにとってのモータースポーツは自社のプロモーションの場であって「競技」ではなかった。
プロモーションの材料にするために結果が必要だったから、お金にものを言わせて自分たち有利にルールを改正させたり(その結果カテゴリー自体が一度消えたり)、レギュレーション違反や盗作をやったり(バレてペナルティ食らってるから、「疑惑」止まりではなく実際にやってたんでしょうね)、色々やったものの、結果的に上手くいきませんでした。
その点フィギュアは良いですよね(遠い目)。審判を手なづけさえすれば、モータースポーツより遥かに簡単に「結果」をコントロールできる。
そしてその「結果」をネタにしてのあの手この手のプロモーション活動…はい。私もうんざりです。私が見たいのは広告ではなく「フィギュアスケート」です。

□2014/4/28 12:40
miwaさんこんにちは。お久しぶりのコメントありがとうございます。
思えばニースの頃は、採点に異を唱える世界中の声に、「チャン選手はスケーティングスキルが大変優れているから、ジャンプでミスしてもPCSの差で勝てるのだ」という反論がずっとなされていました。スケーティングスキルというのは一朝一夕に磨かれるものではないから、そう簡単に他選手との差は埋まらないと。なのに、福岡GPFでは不動だったはずのそのチャン選手のアドバンテージが消えてしまった。そして誰もスケーティングスキルの話をしなくなりました。「高橋大輔だってSSならば優れている」という声は今も昔もまるっと無視です。
今きっと、フィギュアの世界で日本の発言力が大きくなっているんでしょう。でもそれは、世界的に右肩下がりのフィギュア界で、日本しか商売になる場所がない、というネガティブな理由によるものに思えます。
そしてその日本のスケート連盟は、お金と時間と労力をかけて試合会場に足を運ぶ熱心な「ファン」が何を求めているのかを理解せず、ワイドショーで聞きかじった情報でフィギュアを分かったような気になり、上から目線で語るだけの層、ワイドショーが別の話題を提供すれば、フィギュアの事はさっさと忘れてそちらへ飛び着くような人たちを「騙して」見せかけの人気を作る事ばかり考えているように見えます。
私にはとても、明るい未来が待っている世界には見えないですねえ…。
でも私たち、関係者でも何でもないただのファンなので、業界の行く末の心配などしてあげる義理はありません。
お金を払ってでも観る価値があると思うものにお金を払う、それで良いと思いますよ。そして大ちゃんの演技には、お金を払う価値がある。そう思うから私は彼のファンなのです。

その他、一言コメントを下さった方、拍手ボタンを押して下さった方(右上のWeb拍手含む)、こんな辺境のブログにわざわざお越し頂いた皆様に感謝申し上げます。

ありがとう高橋大輔、そしてさよならフィギュアスケート

2014-04-20 19:40:00 | 日記
本来ならソチオリンピックが終わった時点で何か書くべきだったのですが、どうにもまとまらないまま世界選手権も終わってしまいました。
正直、書くことが多すぎて何から書けばいいのか分からないのですが、ものすごくかいつまんでいうと、

ボブスレーが面白かったので、フィギュアスケートはもういいや

って事になります。

***

私はフィギュアに関してはあくまでも素人なので、ここでは技術的な事やルールなんかには極力触れない方向性で来たのですが、それでもトリノから足かけ8年大ちゃん見たさに競技の方にも付き合って参りました。

その経験から思ったのは、フィギュアのルールって言うほど難しいものじゃないんじゃないかという事です。

スケートの本質はエッジのコントロールにあり、エッジをコントロールするという事はイコール重心をコントロールするという事。
(これは自分でスケート靴を履いて見るとすごくよくわかります)

例えば自転車で右に曲がる時、ハンドル操作だけで曲がる人ってあんまりいないですよね。大抵は曲がりたい方向に体重をかけ、タイヤを傾けて曲がるはず。
傾きが大きいほど大きく弧を描いてスムーズに曲がれますが、大きく傾けるためにはスピードを上げて遠心力を得なければならない。そして遠心力を得るためにスピードを上げれば、それだけコントロールはシビアで難しくなる。
原チャリライダーは傍目にはほぼ垂直のまま曲がっていますが、これがプロのレーシングライダーともなると、膝が路面に擦れるくらい大きく傾いてコーナーをクリアします。

スケートも同じ。足は左右に2本あるから、右足で右に曲がればアウトエッジ、左足ならインエッジ。
スピードが出るほど安定して、大きく傾けて滑らかな曲線を描きますが、その分重心のコントロールは繊細で難しい。

よくフィギュアのファンで足下「だけ」を見ている人もいますが、足下をスムーズに運ぶためには全身でバランスを取って重心をコントロールする必要があります。
ヤジロベーのように上半身でバランスを取りながら滑るより、自在に踊りながら滑る方が、「スケートの」技術としてもより高度だと思うのは、私が踊れるスケーターのファンだからでしょうか?(でも自分で滑ってでも実感するんですよね)

例えばルッツやフリップの不正エッジを見るのなら、エッジの傾きだけをやたら注視して足下に分度器を当てるより、全身のバランスを見てどこに重心が乗っているかを見る方が分かりやすいし正しく判断できるんじゃないでしょうか。
重心はまっすぐなまま、足首を曲げてエッジだけ傾けるのを、果たしてアウトエッジと呼んでいいのか。

でもそういう事を、テレビなどで解説してくれるスケートの関係者を、私は見た事がありません。
寧ろフィギュアの関係者たちは、一般のファンたちに、フィギュアスケートのルールを理解して欲しくないんじゃないのかとさえ感じています。

だって一般の視聴者がルールを理解してたら、そうそう変な採点はできませんから。
素人にはルールは分からないまま、ブラックボックスのままにしておけば、いくらでも好き勝手な採点ができるというもの。

…と、そう思わずにはいられない程、昨今のフィギュアの採点は不可解な事になっています。

***

一体いつの間に、フィギュアの試合は、スケート連盟がタレントとして売り出したい選手のためのプロモーション興業になってしまったんでしょうか。

大手事務所のタレントに、箔を付けるために賞を取らせるのと同じように、スケート連盟がタレントとして売り出したい選手を、いくらでも自由に勝たせる事が出来るんですね。

私がフィギュアを見初めてから8年。思えばこの8年で、フィギュアの審判たちは、「自分たちがルールを恣意的にねじまげて自分たちに都合の良いように結果を操作しても、一部のファンが騒ぐだけでさして問題にはならないし、試合の結果も覆らない」事を学習したんだなと思いました。
どこまでならやってOKか?を探り探りやってた結果、どれだけ好き勝手やっても大丈夫だと言う結論に達したんだなと。

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夏のオリンピックでは、審判の下した判定に選手側が異を唱えて採点の見直しを要求したり、審判の判定の妥当性をジャッジする第三者を設定している競技が目に付きました。
その結果試合の結果が覆る事もあり、物議を醸すシーンもありましたが、競技の公平性を担保するために試行錯誤を重ねていることが感じられました。

フィギュアスケートも、選手の判定への異議を認めるルールを制定したり、審判の判定の妥当性を監視するポジションを設けたりすれば、もっと透明性のある採点が出来るんじゃないのかなと思います。
審判の判定に問題がないのなら、それでも誰も困らないはず。
でもそんな事には絶対にならないだろうなあ…とも思います。

***

この冬、テレビを見る代わりにラジオを聞く事が増えました。
そして気づいたのは、ラジオのDJたちがフィギュアスケートを話題にする時、口を揃えて「フィギュアの採点がわからない」と発言していた事。
たまたまその人が分からない、というよりも、もはや「フィギュアスケートの採点は分からないものなのだ」というのが世間一般の共通認識になっている、という印象でした。
なるほどね。そりゃ、審判も好き勝手できる訳だよなあ、と思いました。
そして同時に、欧米でこの競技の人気が落ちて来てるのも無理ないな、と思いました。どんなルールで勝ち負けが決まっているのか分からないものに対して、競技そのものを面白いと思える訳もありません。

日本(韓国もか?)では盛り上がってるように見えるけど、これも結局は自国の選手が活躍しているから、その選手にタレント的な人気があるだけで、競技そのものに対する人気ではないんだろうなあ、と思います。

個人的には、きちんとルールを理解しさえすれば、フィギュアって寧ろ男性に取って面白いものなんじゃないかと思うんですけどね。
点数の付け方のルールや法則性をマニアックに追求するのは男性の方が好きな傾向にあるし、勝負事へのこだわりも強い。
でもそれはあくまで、ルールが適切に運用されている場合。
「こういう事をやればこういう点が出る」事を理解したはずなのに、全く違う点数が出て来るようでは、勝負事の面白さなんて感じられる訳もありません。

予め筋書きの決まっているフィクションの世界でさえ、「なぜ、どうやって敵を倒す事ができたのか」を説得力を持って描く事ができなければ「ご都合主義」と呼ばれてしらけるだけ。まして、現実のスポーツの世界では…。

***

そこでボブスレーの話に戻ります。
F1ファンの一人として、「氷上のF1」と呼ばれるボブスレーは、冬のオリンピックの密かな楽しみだったりします(何故ならオリンピック以外で試合を見る機会がまずないから)。
一見、フィギュアとはかけ離れているように見えますが、「氷の上での、エッジのコントロールを競う」という意味では、実は根本では繋がっているのではないかとも思います。
コーナーで如何にスピードを殺さず、コースギリギリのラインをスムーズにクリアできるか。
ハンドルを握るドライバーやブレーキを担当するブレーカーだけでなく、全員での体重移動が重要なファクターになって来ます(あと、そりの性能も)。
コントロールの上手下手はコーナリングのスムーズさで見た目にも分かるし、それがそのままタイムとなって現れる。その上でのコンマ数秒を争う様子は実にスリリングでエキサイティング。
日本チームが残念な結果(26位)に終わっても、特に思い入れのある選手やチームがいなくても(というか、日本選手含めて出場選手の中に知っている人が一人もいない)、競技としてすごく楽しむ事が出来ました。

そして翻って、フィギュアって何なんだろう…と。

「Be Soul2」で大ちゃんはこう語っています「時には、不条理な採点も受け入れなければいけない」と。
選手に取ってはそうなんでしょう。競技の中に身を置く以上、他に選択の余地はない。

でもファンの立場にして見れば、そもそもこの競技に付き合う義務なんてないんです。

競技そのものを盛り上げたい、と常々発言している大ちゃんには非常に申し訳ないとも思うんですが…。

ジャンプの回転不足も、GOEもPCSも基準があってないようなもの。
氷の上でガリガリエッジを引きずるような、見てるだけでイライラさせられるもたもたしたスケーティングに平気でSS9点台が付く。
…或いは、手足を機械的に動かしているだけの選手と、肩や背中の間接までを効果的に使い、体の軸を美しく保ち、ポーズからポーズへ移るまでの途中の動きでさえどこで切り取っても絵になるように動き、指先まで神経の行き届いた選手。
普通に「ダンスの技術」として見ても明らかな差のある両者を、単に「好みの違い」で片づけて、申し訳程度に1点2点差が付くだけ(それでさえ平気で逆転させたりもする)。

ついでに報道するマスコミの関係者も、「体重が軽い事」と「軽やかなスケーティング」の区別が付かないし、「手足が細い事」と「しなやかに体を動かす事」の違いもわかっていない(それとも、わかっててわざとごっちゃにしてるの?)。

正直私、この世界に付き合うの、うんざりしました。

ついでに言うと、今日本スケート連盟にくっついて、試合や連盟主催のアイスショーを一手に仕切ってるCICとかいう会社のセンスのダサさにもうんざりしています。

***

どうもフィギュアのファン層というのは特殊というか、特定の選手だけを応援するのはフィギュアスケート全体のファンではないと非難するような変な風潮があります。

でもどんなスポーツでも、興味を持つきっかけが特定の選手やチームだったりするのはよくある事。
そこから競技に対する理解を深めた結果、どういう対象を応援していくかは人それぞれだし、それをとやかく言われる筋合いなんてありません。

私は8年前に高橋大輔の演技を見て大きな魅力を感じました。高いチケット代はじめ交通費や時に宿泊費、そして時間と労力をかけても見に行く価値があると。

そしてあくまで「フィギュアスケート」ではなく「高橋大輔」のファンですというスタンスを取りながら、「フィギュアスケート」がどういうものか、自分に取ってどれほどの魅力があるものかを一観客の視点で見極めようとしてきました。

その結果として、自分で滑る楽しみを見いだす事ができた、その事には大変感謝しております(神戸ポーアイのスケート教室に入るのはおすすめしませんが)。

でも一観客として見た「競技」としてのフィギュアスケートにつきましては、失望したというのが正直な結論でございます。
ネガティブなエントリーですみません。

でもホント、大ちゃんの情報ならどんな断片的なものでも…と思えた8年前が懐かしいですね、今となっては。
若手スケーターの踏み台扱いで引っ張り出されるくらいなら、無視される方がよっぽどいいと思える今日この頃です。