Nさんは、常連のSさんの連れでやってきた。
Sさんはよく来るというほどではないが、最低でも月1回は来てくれる。
熊本市内に住んでいるわけではないから、
比較的よく来る方だと言っていいだろう。
もう、10年以上も通ってくれるお得意さんである。
Sさんはよく女性連れで来ることが多いが、
女性数人だったり、女性と2人だったりで、
どちらかというと2人連れで来る方が多い。
Nさんは初見のお客さん。少し目元がきついが、整った顔という印象で、
あまり背は高くないものの、きれいなスタイルをした女性である。
Sさんが連れてくる女性は、いろんなタイプがいるが、
そのいずれも、可愛かったり、美人だったりする。
よくそんなにいろんな女性に縁があるものだと感心してしまう。
Nさんは、マンハッタンをオーダーしたところをみると、
アルコールは、かなりいける口なのかと思われた。
マンハッタンは、ライウィスキーにスイートベルモットを加え、
ステアーしてカクテルグラスに注ぎ、レッドチェリーを飾ればいい。
このカクテルは、第19代アメリカ大統領選の時代、
イギリスのチャーチル首相の母親が、
ニューヨークのマンハッタン・クラブでパーティーを催したときのこと、
ウイスキーとスイートベルモットの組み合わせたカクテルを提案して、
それが好評を博し、そのクラブの名前に因んで命名されたという謂われがある。
マキちゃんは、いつものようにSさんと連れの女性の関係を、
何気ない話題で聞き出そうとするが、
これもいつものように、Sさんに上手くはぐらかされている。
それとなく耳に入る2人の会話を聞く限りでは、
今日初めて2人で飲みに来たようである。
何か食べたいな、というNさんのオーダーに、今晩の肴を出す。
薄味で煮込んだ里芋をつぶして置いておき、
少し脂身の多い牛肉を包丁で叩いて粗挽き状のミンチにし、
甘辛く濃いめの味をつけたものと、
ギンナンを擂り潰したものを混ぜ、つぶした里芋に混ぜる。
これをミートボール大にしてコーンスターチをまぶして揚げ、器に盛る。
ほんの少し豆板醤を入れ、酒とみりん、醤油で出汁を作り、
水溶き片栗でとろみをつけて里芋にかけ、その上に白髪ネギを載せる。
今夜は週末だからか、お客さんが多く、
Sさんたちばかりに構っているわけにもいかず、
カクテルのオーダーをこなしているとき、
「マキちゃん、ちょっと。」と言うSさんの声がした。
なにやら小声でやりとりしていたが、
マキちゃんがトイレに向かって、小さくドアをノックしながら、
「大丈夫ですか。」と言っている。
どうやら、Nさんがトイレに行ってずいぶん時間が経って、まだ戻っていないようだ。
そういえば、Sさんの隣の席が空いている。
トイレの中からは返事があったようで、
マキちゃんはカウンターに戻ってくると、Sさんに、
「大丈夫みたいよ。すぐ出るって。」
ほどなく、Nさんは俯きながら、席に帰ってきた。
入れ替わりにトイレに行ったSさんの横の席で、俯むいたまま、
「何を期待しているんだろう、私。」と呟くNさんの方を向くと、
涙を拭いたあとのようなNさんの顔が見えたのは、私の思い違いだったろうか。
「今日はSさんに、飲みに連れてってと、私から頼んだの。」
Nさんは、少し悲しそうな微笑を浮かべて、私に言った。
「Sさんは少し鈍い方ですから。」と、私も笑いながら答えた。
Nさんに何があったのだろうかと、私は考えても詮無いことと思いながら、つい思いやった。
Sさんは、朴念仁なところもあるが、決して鈍い人ではない。
奥さんも子供もいるからか、連れの女性には、
自分を、わざと相手の心根が理解できない、鈍い男に見せることがある。
Sさんは、若い女性と、ただ飲んで話すのが楽しいのだろうと私は思っている。
だからといって、Sさんが奥さんに対して潔白であるとは思えないこともあるのだが。
Nさんが寂しく微笑んだときの目は、
じっとグラスを見つめているときのように険しい印象はなく、
ふと、肩を抱いて守ってやりたくなるような感じになって、
Sさんは、あの表情を見せられても、
私の店を出た後、何事もなく彼女を見送ったのだろうか。
その後の展開はどうだったかですって。
あなたもマキちゃんのようなことをお聞きになりますね。
名も知らぬ駅に来てSさんに確かめてみますか。
※「名も知らぬ駅」という店は実際にありますが、内容はフィクションです。
Sさんはよく来るというほどではないが、最低でも月1回は来てくれる。
熊本市内に住んでいるわけではないから、
比較的よく来る方だと言っていいだろう。
もう、10年以上も通ってくれるお得意さんである。
Sさんはよく女性連れで来ることが多いが、
女性数人だったり、女性と2人だったりで、
どちらかというと2人連れで来る方が多い。
Nさんは初見のお客さん。少し目元がきついが、整った顔という印象で、
あまり背は高くないものの、きれいなスタイルをした女性である。
Sさんが連れてくる女性は、いろんなタイプがいるが、
そのいずれも、可愛かったり、美人だったりする。
よくそんなにいろんな女性に縁があるものだと感心してしまう。
Nさんは、マンハッタンをオーダーしたところをみると、
アルコールは、かなりいける口なのかと思われた。
マンハッタンは、ライウィスキーにスイートベルモットを加え、
ステアーしてカクテルグラスに注ぎ、レッドチェリーを飾ればいい。
このカクテルは、第19代アメリカ大統領選の時代、
イギリスのチャーチル首相の母親が、
ニューヨークのマンハッタン・クラブでパーティーを催したときのこと、
ウイスキーとスイートベルモットの組み合わせたカクテルを提案して、
それが好評を博し、そのクラブの名前に因んで命名されたという謂われがある。
マキちゃんは、いつものようにSさんと連れの女性の関係を、
何気ない話題で聞き出そうとするが、
これもいつものように、Sさんに上手くはぐらかされている。
それとなく耳に入る2人の会話を聞く限りでは、
今日初めて2人で飲みに来たようである。
何か食べたいな、というNさんのオーダーに、今晩の肴を出す。
薄味で煮込んだ里芋をつぶして置いておき、
少し脂身の多い牛肉を包丁で叩いて粗挽き状のミンチにし、
甘辛く濃いめの味をつけたものと、
ギンナンを擂り潰したものを混ぜ、つぶした里芋に混ぜる。
これをミートボール大にしてコーンスターチをまぶして揚げ、器に盛る。
ほんの少し豆板醤を入れ、酒とみりん、醤油で出汁を作り、
水溶き片栗でとろみをつけて里芋にかけ、その上に白髪ネギを載せる。
今夜は週末だからか、お客さんが多く、
Sさんたちばかりに構っているわけにもいかず、
カクテルのオーダーをこなしているとき、
「マキちゃん、ちょっと。」と言うSさんの声がした。
なにやら小声でやりとりしていたが、
マキちゃんがトイレに向かって、小さくドアをノックしながら、
「大丈夫ですか。」と言っている。
どうやら、Nさんがトイレに行ってずいぶん時間が経って、まだ戻っていないようだ。
そういえば、Sさんの隣の席が空いている。
トイレの中からは返事があったようで、
マキちゃんはカウンターに戻ってくると、Sさんに、
「大丈夫みたいよ。すぐ出るって。」
ほどなく、Nさんは俯きながら、席に帰ってきた。
入れ替わりにトイレに行ったSさんの横の席で、俯むいたまま、
「何を期待しているんだろう、私。」と呟くNさんの方を向くと、
涙を拭いたあとのようなNさんの顔が見えたのは、私の思い違いだったろうか。
「今日はSさんに、飲みに連れてってと、私から頼んだの。」
Nさんは、少し悲しそうな微笑を浮かべて、私に言った。
「Sさんは少し鈍い方ですから。」と、私も笑いながら答えた。
Nさんに何があったのだろうかと、私は考えても詮無いことと思いながら、つい思いやった。
Sさんは、朴念仁なところもあるが、決して鈍い人ではない。
奥さんも子供もいるからか、連れの女性には、
自分を、わざと相手の心根が理解できない、鈍い男に見せることがある。
Sさんは、若い女性と、ただ飲んで話すのが楽しいのだろうと私は思っている。
だからといって、Sさんが奥さんに対して潔白であるとは思えないこともあるのだが。
Nさんが寂しく微笑んだときの目は、
じっとグラスを見つめているときのように険しい印象はなく、
ふと、肩を抱いて守ってやりたくなるような感じになって、
Sさんは、あの表情を見せられても、
私の店を出た後、何事もなく彼女を見送ったのだろうか。
その後の展開はどうだったかですって。
あなたもマキちゃんのようなことをお聞きになりますね。
名も知らぬ駅に来てSさんに確かめてみますか。
※「名も知らぬ駅」という店は実際にありますが、内容はフィクションです。
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