「電動歯ブラシ」といえば、「手で磨くより早く、効率的に歯の汚れを落とせる」メリットがあるとのイメージがある。しかし、電動歯ブラシを使ってさえいれば歯や口腔の健康を維持できるわけではない。中には歯周病を悪化させてしまうケースも報告されている。
日本歯周病学会のホームページにある「歯周病Q&A」コーナーには、〈電動と普通の歯ブラシはどちらが歯周病にかかった歯には良いのでしょうか?〉との設問がある。
回答欄には、〈電動歯ブラシだけでお口の中を隅々まで磨くのは難しいですし、長期に使用することにより歯が余分に磨り減ってしまう可能性があります〉とあり、電動歯ブラシのリスクが指摘されている。
日本歯周病学会元副理事長で日本歯科大学生命歯学部歯周病学講座教授の沼部幸博氏も、こう注意を促す。
「一般的に、電動歯ブラシのグリップは手用に比べて太い。そのため手指の感覚が鈍くなりがちで、ブラシを歯に当てる力加減や角度のコントロールが難しくなります。
歯周病に気づかず、電動歯ブラシの強いパワーで腫れた歯茎に直接力任せに当ててしまうと歯茎を傷つけ、痛みを引き起こす可能性がある。そのため歯周病の患者さんには、微妙な力のコントロールや動かし方ができる手用ブラシが第一選択になると私は考えます」
歯周病の重症化によって歯を失うだけでなく、命に関わる重大疾患の引き金になることもある。前出・沼部教授が解説する。
「歯周病は全身のさまざまな病気の発症と関係があることがわかっています。代表的なのは脳卒中、心臓病、糖尿病、肺炎など。歯茎の中の毛細血管に歯周病菌などが入り込むと、心臓や脳の近くの血管内でコブ(アテローム)の形成に関与し、これが血管を狭めて動脈硬化も生じ、血流が滞って、狭心症や心筋梗塞、脳梗塞など脳卒中の原因になると考えられています」
誤嚥により、口腔内の歯周病菌が気管支から肺へと感染して誤嚥性肺炎を発症することもある。また、歯茎に侵入した歯周病菌に対抗するための炎症物質が、血糖コントロールを担うインスリンの働きを妨げて糖尿病を発症・悪化させることもあるという。
アルツハイマー型認知症患者の脳には歯周病菌が多く存在することが知られ、専門家の間で両者の関連性は否定できないと考えられている。
「歯周病は、歯が抜けるだけではなく、命も脅かします。これらの全身の病気の予防や症状悪化を防ぐためにも、正しい歯磨きによるプラークコントロール(歯垢の除去)が重要なのです」(沼部教授)
メーカーの見解は?
昨年来のコロナ禍では、全国的に「受診控え」による健康悪化が指摘された。岩手県保険医協会の調査では、県内の歯科医師(開業医)の68%が「受診控えで症状が悪化したと思われる事例がある」と回答。なかでも歯周病の悪化が最多だった。沼部教授が言う。
「口から吐いた歯磨き粉に血が混じっているのに気づいても、歯科医院に行かずにいきなり電動歯ブラシで対処しようとするのは、かえって逆効果になる場合があります。正しい歯磨きによるプラークコントロールができれば、初期の歯周病は治すことができる。まずは、歯科医に相談すべきです」
電動歯ブラシを製造・販売するメーカーは、学会が指摘した歯周病へのリスクをどう考えるのか。大手3社に訊いたところ、使用に際してはいずれも「かかりつけの歯科医など専門家に相談し、歯磨き指導を受けることを推奨します」としたうえで、以下のように回答した。
「歯周病の手前の歯肉炎のケアという点での歯垢除去に関して、弊社製品はデータに基づき、手磨きより歯や歯茎に優しく、しっかりと磨けると考えております」(フィリップス・ジャパン ブランドコミュニケーション部)
「弊社製品には押し付け防止センサーが付いており、押し付けすぎを抑制できます」(ブラウン・ブランドを展開するP&Gジャパン広報)
「歯科専門家の『電動歯ブラシは隅々まで磨けない』との考えは重く受け止めている。隅々まで磨けることを念頭に日本人の口に適したブラシを開発し、2020年秋に発売した電動歯ブラシでは、『薄ヘッド』『細ネック』のブラシ形状を採用し、毛も細かい隙間に入りやすい極細毛を使用したものを多く取り揃えている」(パナソニック コーポレート広報部)
※週刊ポスト2021年7月30日・8月6日号