爺のつぶやき

後期高齢者で知識や話題に乏しい田舎ジジイですが、
見たり聞いたりその日の出来事をつぶやいています。

終戦の日に

2010-08-15 11:28:00 | あれこれ
昭和20年8月15日、日本国が無条件降伏した日である。


国民学校3年生で記憶は定かではないが、祖父が部落会長だったことから、となり近所から農家の人たちが集まって、ラジオの前に正座し天皇陛下のお言葉を一緒に聴いた。

古いラジオでガーガービービーと雑音で聴きづらかった。
「耐え難きを耐え、忍び難きを忍び・・・。」当時の言葉を借りると「玉音放送」といわれるものであった・

集まった人達は、一瞬、気が抜けたように身動きせず長い時間座ったままでいたことを思い出す。


当時、となり旭川市には第7師団があった。
何日も前から、アメリカの戦闘機が偵察に来ていた。
後で聞いたがグラマンといっていた。
サイレンと爆音を聞く度に用水路に作った防空壕に駆け込んだ。



戦争で犠牲になった人は310万人という。
65年たって今も親兄弟を失った人たちの傷跡は癒すことはできない。
戦争を体験した人は後期高齢者となって、戦後生まれは人が8割に達するという。
戦没者追悼式に出席した遺族の一人は「戦争の苦しみを伝える人も少なくなってきた」と。


ときの総理大臣は「不戦の誓いを新たにし、世界の恒久平和の確立に全力を尽くす」と。ぜひ、そうあってほしい。


終戦の日を迎えるたびに正午のサイレンで黙祷をしご冥福を祈っている。
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