埼玉県所沢市城にある城山公園の梅園では、ウメの木が花をよく咲かせています。
この城山公園は滝の城址公園に隣接している公園です。
城山公園の入り口近くに、梅園があり、ウメの木が何本も植えられています。このウメの木はよく手入れされています。

奥にある濃い桃色の紅梅系の木も花をたくさん咲かせています。
薄い桃色の紅梅系(たぶん)の木は数本植えられていて、その木も花をよく咲かせています。


薄い桃色のウメの花は薫りを周囲に漂わせています。


純白の白梅系の花もよく咲いています。


ウメの白い花は清々しい感じです。

梅林の周囲の雑木林では、シジュウカラがよく飛び回っていました。
城山公園と隣接し一体化している滝の城址公園は、荒川に流れ込む柳瀬川に面した傾斜が厳しい斜面に、戦国時代に城が設けられ、1590年には廃城になったところを公園にしています。
たぶん、埼玉県は関東管領の上杉氏と小田原市などを中心とする北条氏が支配を争った地域です。
荒川の支流の川沿いの見晴らしがいい場所に設けられた城(たぶん山城)は事実上は砦(とりで)に近いものだったようです。
この滝の城址公園の斜面では、春になるとカタクリの花がいくらか咲きます。
なお、埼玉県南部は戦国時代などは上杉氏と北条氏が支配を争いましたが、勢力が拮抗し、互いに決め手を欠きました。このため、荒川の支流がつくりだした河岸段丘の小高い丘に城跡がいくつかあります。すべて山城で、今でいう砦程度のものです。
この城山公園は滝の城址公園に隣接している公園です。
城山公園の入り口近くに、梅園があり、ウメの木が何本も植えられています。このウメの木はよく手入れされています。

奥にある濃い桃色の紅梅系の木も花をたくさん咲かせています。
薄い桃色の紅梅系(たぶん)の木は数本植えられていて、その木も花をよく咲かせています。


薄い桃色のウメの花は薫りを周囲に漂わせています。


純白の白梅系の花もよく咲いています。


ウメの白い花は清々しい感じです。

梅林の周囲の雑木林では、シジュウカラがよく飛び回っていました。
城山公園と隣接し一体化している滝の城址公園は、荒川に流れ込む柳瀬川に面した傾斜が厳しい斜面に、戦国時代に城が設けられ、1590年には廃城になったところを公園にしています。
たぶん、埼玉県は関東管領の上杉氏と小田原市などを中心とする北条氏が支配を争った地域です。
荒川の支流の川沿いの見晴らしがいい場所に設けられた城(たぶん山城)は事実上は砦(とりで)に近いものだったようです。
この滝の城址公園の斜面では、春になるとカタクリの花がいくらか咲きます。
なお、埼玉県南部は戦国時代などは上杉氏と北条氏が支配を争いましたが、勢力が拮抗し、互いに決め手を欠きました。このため、荒川の支流がつくりだした河岸段丘の小高い丘に城跡がいくつかあります。すべて山城で、今でいう砦程度のものです。
ここは一足早い春を迎えたようです。
梅はどうしてもピンクや赤に目を惹きつけられますが、
白梅も綺麗ですね。メジロなんかも白梅の蜜を好むようで、
どちらかというと購買よりも白梅に来ていることが多いように感じます。
コメントをいつもお寄せいただき、ありがとうございます。
埼玉県所沢市の城山公園では、梅園のウメの木が良く花を咲かせていました。
ここは少し穴場になっている梅園です。野鳥はシジュカラしか見つけられませんでした。
埼玉県には越生のように梅の実の産地もあり、梅の木が多いようですね。
コメントをお寄せいただき、ありがとうございます。
埼玉県内などの私鉄の駅には、ウメの名所の越生での梅開花を伝えるポスターが貼ってあります。
越生は、多くの観光客が梅見を楽しむ名所です。
こんにちは。
城山公園の梅園のウメ、満開ですね。
なかなかこんなに満開のウメ見たことがありません。
大阪城公園も実は行ったことがなくって、桜の満開にはあわせて見に行くのですが、ウメはどうしても行きそびれてしまいます。
でも、華やかですね!
コメントをいつもお寄せいただき、ありがとうございます。
所沢市郊外の城山公園の梅園に数年ぶりに行ってみたら、ちょうど梅の木の花の見ごろでした。
関東地方は暖かい天候になり、昼間は春らしさを感じます。
大阪市の大阪城公園の梅林は関西の名所になるだけの中身があります。
この城山公園の梅林も梅の花がたくさん咲いて、春らしい風景です。
白い花が清楚で好きです。
コメントをお寄せいただき、ありがとうございます。
埼玉県所沢市にある城山公園の梅林に、久しぶりに行って見たら、ウメの花がちょうど見ごろでした。
最近の昼間の暖かさを感じるウメの花の見ごろでした。
この城は、最初は戦国時代の初めに関東管領上杉氏の家臣だった武蔵国守護代の大石氏の滝山城(後に八王子城)の支城として築かれたそうです。
その後は、城主が大石定久の時に、後北条氏の支配下となって、北条氏照の傘下の城になったそうです。氏照は本拠の滝山を拠点に北関東地方にに度々、出陣しています。その途上にあたる滝の城は軍勢集結の拠点になったそうです。
この北条氏も豊臣秀吉の軍隊の軍門に降りました。