2011年2月に発行された単行本「本を生み出す力 学術出版の組織アイデンティティ」(発行は新曜社)を読みました。この単行本は、ある大学教員の方のお薦めで知り、最近読みました。内容は、ここ10年間の日本での深刻な出版不況の実態を、出版社の編集者の仕事を通した学術的な事実確認によって解明するものです。
この単行本は、先週日曜日の4月24日発行の朝日新聞紙の書評欄に取り上げられており、筆者が出版事業を左右するキーマンとして名付けた“ゲートキーパー”(門衛)に見いだされた“幸運な本”になっています。
この単行本の著者は、一橋大学大学院商学研究科の教授の佐藤侑哉さん、上智大学総合人間科学部の教授の芳賀学さん、早稲田大学大学院文学芸術院の教授の山田真茂留さんの3人です。約10年間の学術研究成果を、世の中に広く伝えるために発行した単行本と思います。このため、価格は定価が4800円(消費税を含めると5040円)と高価で、総ページが約600ページと分厚いのです。
以下は、まったくの個人的な感想です。発行元の新曜社の担当編集者の方は、著者である大学の教員の希望をかなり受け入れたようです。単行本のタイトル、表紙のデザイン、価格などの“単行本設計”は、筆者が伝える「集団的自費出版」そのもののようです。ごく一般の方は、この本を書店で目にしたとしても、まず買う気にはならないのではと思います。迎合することなく孤高を保ち、出版不況による学術書の実態を知りたいと考える読者が読んでくれれば、本望という装丁です。少し業界的な感想ですが、白を基調にした表紙デザインを担当編集者が認めた点が不思議です。特に白色である意図が分かりませんでした。
一般の方にとっては学術的で堅い内容の単行本は、同じような研究分野の研究者同士(主に大学教員)が互いに購入し合うという「集団的自費出版」という相互支援によって、1000部ぐらいは販売できるようです(教養を高める動機の本好きの方の購入可能性も含めた数字です)。この結果、発行した出版社は発行経費を回収できるようです。価格が高価なのは、少ない販売部数で発行経費を回収するのが狙いだと推定しました。筆者たちは、本書を“研究書”ではなく、啓蒙性を含めた“学術書”として書いたようにようですが、その狙いを想定読者が受け入れるかどうかは、現時点では読めません。
さて中身です。白眉は出版社の事例研究(ケーススタディー)です。一人出版社のハーベスト社、社長を含めて総勢12人の新曜社、中堅出版社の有斐閣と東京大学出版会の専門書を発行する出版社4社が専門書を発行する工程やその意志決定の仕方などを、筆者は主にインタビュー形式によってデータを得て、解析していきます。4社すべての出版社は東京都内にあります(この辺が“人脈資産”の現れです)。大学教員である筆者たちが、文部科学省系の科学研究費補助金や21世紀COE(センター・オブ・エクセレント)、グローバルCOEなどの各プロジェクト研究費を獲得して10年以上にわたって研究したものの総集編です。当然、筆者たちは、研究成果として研究論文を多数書いています。
示されたデータとして再確認し、少し驚いたのは、ハーベスト社の編集者1人が1年間に約10冊、新曜社の同7人が同40~50冊、有斐閣の同56人が190~240冊、東京大学出版会の同20人が同120~130冊も発行していることです。各研修者は第一関門のゲートキーパーとして、大学教員が書いた、多くの原稿を読んで、発行するかどうかを決め、内容を編集・校正し、制作するなどの工程を、まさに職人芸でこなしています。筆者が指摘するように、各編集者は出版する権限を持つ、“一人事業者”として仕事をこなしています。
問題は出版不況によって、単行本などの本としての寿命が短くなっているために、逆に発行点数を増やしている実態です。書店での読者の目に留まる確率を高めるという戦術です。何が実際に売れるかどうか読めない要素が増え、とにかく出版点数を増やし、動いていないと倒れる“1輪車”事業になっていることです。2輪の“自転車”操業ではなく、とにかく車輪を動かし続ける1輪車操業です。
出版社の中には、かなり堅い内容の売れそうもない単行本を出す戦略を取っているケースもあります。豊かな文化を支える良心的な出版社というメッセージを伝えるために、売れそうもない単行本を「象徴資本」として発行するようです。これによって、同社のイメージが向上し、別の売れる本という「経済資本」によって、結果的に出版事業の収支を高める戦略です。
本書を読んで一番興味深かったのは、東京大学出版会の成長記録の部分です。この部分は他の出版社の編集者にも参考になるものが多いと思います。また、「イン・デザイン」という編集・組み版ソフトウエアの普及によって、縦て組みの日本語でのデスクトップパブリッシング(DTP出版、要はパーソナルコンピューターを活用した制作手法)が高度にやりやすくなり、編集者の職人芸の度合いが高まったとの指摘部分は参考になりました。でも、出版不況は止まりそうもない様子が一番印象として残りました。
この単行本は、先週日曜日の4月24日発行の朝日新聞紙の書評欄に取り上げられており、筆者が出版事業を左右するキーマンとして名付けた“ゲートキーパー”(門衛)に見いだされた“幸運な本”になっています。
この単行本の著者は、一橋大学大学院商学研究科の教授の佐藤侑哉さん、上智大学総合人間科学部の教授の芳賀学さん、早稲田大学大学院文学芸術院の教授の山田真茂留さんの3人です。約10年間の学術研究成果を、世の中に広く伝えるために発行した単行本と思います。このため、価格は定価が4800円(消費税を含めると5040円)と高価で、総ページが約600ページと分厚いのです。
以下は、まったくの個人的な感想です。発行元の新曜社の担当編集者の方は、著者である大学の教員の希望をかなり受け入れたようです。単行本のタイトル、表紙のデザイン、価格などの“単行本設計”は、筆者が伝える「集団的自費出版」そのもののようです。ごく一般の方は、この本を書店で目にしたとしても、まず買う気にはならないのではと思います。迎合することなく孤高を保ち、出版不況による学術書の実態を知りたいと考える読者が読んでくれれば、本望という装丁です。少し業界的な感想ですが、白を基調にした表紙デザインを担当編集者が認めた点が不思議です。特に白色である意図が分かりませんでした。
一般の方にとっては学術的で堅い内容の単行本は、同じような研究分野の研究者同士(主に大学教員)が互いに購入し合うという「集団的自費出版」という相互支援によって、1000部ぐらいは販売できるようです(教養を高める動機の本好きの方の購入可能性も含めた数字です)。この結果、発行した出版社は発行経費を回収できるようです。価格が高価なのは、少ない販売部数で発行経費を回収するのが狙いだと推定しました。筆者たちは、本書を“研究書”ではなく、啓蒙性を含めた“学術書”として書いたようにようですが、その狙いを想定読者が受け入れるかどうかは、現時点では読めません。
さて中身です。白眉は出版社の事例研究(ケーススタディー)です。一人出版社のハーベスト社、社長を含めて総勢12人の新曜社、中堅出版社の有斐閣と東京大学出版会の専門書を発行する出版社4社が専門書を発行する工程やその意志決定の仕方などを、筆者は主にインタビュー形式によってデータを得て、解析していきます。4社すべての出版社は東京都内にあります(この辺が“人脈資産”の現れです)。大学教員である筆者たちが、文部科学省系の科学研究費補助金や21世紀COE(センター・オブ・エクセレント)、グローバルCOEなどの各プロジェクト研究費を獲得して10年以上にわたって研究したものの総集編です。当然、筆者たちは、研究成果として研究論文を多数書いています。
示されたデータとして再確認し、少し驚いたのは、ハーベスト社の編集者1人が1年間に約10冊、新曜社の同7人が同40~50冊、有斐閣の同56人が190~240冊、東京大学出版会の同20人が同120~130冊も発行していることです。各研修者は第一関門のゲートキーパーとして、大学教員が書いた、多くの原稿を読んで、発行するかどうかを決め、内容を編集・校正し、制作するなどの工程を、まさに職人芸でこなしています。筆者が指摘するように、各編集者は出版する権限を持つ、“一人事業者”として仕事をこなしています。
問題は出版不況によって、単行本などの本としての寿命が短くなっているために、逆に発行点数を増やしている実態です。書店での読者の目に留まる確率を高めるという戦術です。何が実際に売れるかどうか読めない要素が増え、とにかく出版点数を増やし、動いていないと倒れる“1輪車”事業になっていることです。2輪の“自転車”操業ではなく、とにかく車輪を動かし続ける1輪車操業です。
出版社の中には、かなり堅い内容の売れそうもない単行本を出す戦略を取っているケースもあります。豊かな文化を支える良心的な出版社というメッセージを伝えるために、売れそうもない単行本を「象徴資本」として発行するようです。これによって、同社のイメージが向上し、別の売れる本という「経済資本」によって、結果的に出版事業の収支を高める戦略です。
本書を読んで一番興味深かったのは、東京大学出版会の成長記録の部分です。この部分は他の出版社の編集者にも参考になるものが多いと思います。また、「イン・デザイン」という編集・組み版ソフトウエアの普及によって、縦て組みの日本語でのデスクトップパブリッシング(DTP出版、要はパーソナルコンピューターを活用した制作手法)が高度にやりやすくなり、編集者の職人芸の度合いが高まったとの指摘部分は参考になりました。でも、出版不況は止まりそうもない様子が一番印象として残りました。