長野県北佐久郡立科町にある慧日山津金寺の境内では、山野草のヤマブキソウはまだ咲き始めでした。
この慧日山津金寺の境内は「長野県郷土環境保全地」に指定され、“津金寺自然探索園”と呼ばれています。
津金寺の本堂の観音堂の本堂の観音堂の裏山も「長野県郷土環境保全地」として、春からさまざまな山野草が花を咲かせます。
この観音堂の裏山は、南側のスギ木立側から上り、北側の雑木林側に降りていきます。
その裏山の一番上側にある木立の間で太陽光が入る斜面では、ヤマブキソウがたくさん咲きます。今年は残念ながら、まだ2輪の黄色い花が咲き始めた程度でした。
その観音堂の裏山の北側の雑木林側では、陽当たりがいいので、木々が新芽を出し若草色に染まっています。
花びらが小さなサクラ系の木数本が花をまだいくらか咲かせています。
その裏山の北側の雑木林側は、陽当たりがいいため、カタクリも少し花を咲かせています。
ここでは陽当たりがいいために、シロバナエンレイソウもまだよく咲いています。
あまり見たことがない、白い花のイカリソウも咲いていました。
その裏山の北側の雑木林側では、キビタキが飛び回っています。なかなか1カ所に留まりません。
キビタキに運良く出会ったことを示す程度の画像です。
このキビタキは、この後に森陰に飛び去りました。もう姿を見せることはありませんでした。
この津金寺は、飛鳥時代に僧侶の行基が聖観音を安置したのが始まりと伝えられているそうです。さらに鎌倉時代に、地元の滋野氏が庇護したことから、天台宗として最も古い“談義所”が開設され、学ぶ場として知られた存在になりました。
さらに戦国時代になって、進出してきた武田氏の庇護によって天台宗に改宗したという経緯を持っています。
この慧日山津金寺の境内は「長野県郷土環境保全地」に指定され、“津金寺自然探索園”と呼ばれています。
津金寺の本堂の観音堂の本堂の観音堂の裏山も「長野県郷土環境保全地」として、春からさまざまな山野草が花を咲かせます。
この観音堂の裏山は、南側のスギ木立側から上り、北側の雑木林側に降りていきます。
その裏山の一番上側にある木立の間で太陽光が入る斜面では、ヤマブキソウがたくさん咲きます。今年は残念ながら、まだ2輪の黄色い花が咲き始めた程度でした。
その観音堂の裏山の北側の雑木林側では、陽当たりがいいので、木々が新芽を出し若草色に染まっています。
花びらが小さなサクラ系の木数本が花をまだいくらか咲かせています。
その裏山の北側の雑木林側は、陽当たりがいいため、カタクリも少し花を咲かせています。
ここでは陽当たりがいいために、シロバナエンレイソウもまだよく咲いています。
あまり見たことがない、白い花のイカリソウも咲いていました。
その裏山の北側の雑木林側では、キビタキが飛び回っています。なかなか1カ所に留まりません。
キビタキに運良く出会ったことを示す程度の画像です。
このキビタキは、この後に森陰に飛び去りました。もう姿を見せることはありませんでした。
この津金寺は、飛鳥時代に僧侶の行基が聖観音を安置したのが始まりと伝えられているそうです。さらに鎌倉時代に、地元の滋野氏が庇護したことから、天台宗として最も古い“談義所”が開設され、学ぶ場として知られた存在になりました。
さらに戦国時代になって、進出してきた武田氏の庇護によって天台宗に改宗したという経緯を持っています。