ブログを広義に個人的体験や日記として、日々の個人の目を通した移り変わりを主観的に記録するものとして利用している。
最近外来言葉が氾濫していて、もともとの意味を知らないで勝手に解釈して私用している場合がたくさん出てきて自分でも用心しなければと思っている。この「ブログ」もそう。もとはWEB LOGというのだそうで「個人的論評や覚書を記録するもの」と書かれている。
常に手元に英和や国語や漢和辞典を置いておくべきなのだろうが、そうでなくても自分の座るコタツの場所の周りが散らかりやすいのに、さら辞書を積み上げていたら妻に何と言われるか・・・
さて、森光子が亡くなり、勘三郎が亡くなり、今日の報道で小沢昭一が前立腺がんで亡くなったという。好きな役者だった。こういう人が本当の「芸人さん」なのだ。軽妙な語り口の中に思想の堅固さ、知識の深さをあった。この人の色気は人間の深い情愛を感じさせた。単純な「エッチなおじさん」じゃなかった。
だんだん昭和が消えて行く。
昨日は妻の母=義母が朝具合が悪くなって救急車で総合病院に運ばれるという心配事があった。熊本市内を離れて阿蘇の田舎に離れているので、高齢の両親を案じて電話を入れたその電話口で義母の様子の変化を察知した妻が即座に「電話を切ってすぐ救急車を呼ぶから動かないで待っていてー」と絶叫に近い言い方で電話を切ってすぐ119に連絡。
私の両親を介護し最後まで世話をし続けた妻は高齢者への対応は的確で迅速だ。ヘルパー2級も早く取っている。しかし、電話の声を振るえ切迫していた。実家は高齢の両親の二人暮らし。週一で妻が介護に行き、土日は長男がミカン農家なので手伝いに行く。87歳になろうとしている義母と86歳の義父、もう二人だけの生活は無理だろう。
義母は全身のCTを撮影して血液心電図いろいろの検査をして異常な病変を認めないという検査結果だった。しかしその総合病院への入院はできないということだったが家に帰すことは危険なので地元の病院に入院させた。一方で一人になる義父のことがあるので実家に寄り夕食を一緒に食べて、義母の心配をさせないように配慮しつつ早めに床に入って頂き家を後にした。
その世話で昨日は遅く阿蘇の自宅に帰ってきた。
今朝、新聞を見ていたらお世話になった知り合いの奥さん、もう一人は古い友人のご尊父の訃報が出ていた。76歳と90歳。超高齢化社会になったのだから、祝儀よりもそれだけ葬儀が多くなるのは止む得ないことだろうが、寂しい限りだ。
世は諸行無常、命あるものは必ず訪れる死を覚悟しなければならない。
小沢さんは前立腺がんだったそうだ。男は用意すべき病気の一つ。私も一時寝ていてトイレにいく回数が4,5回と多くてこりゃ肥大しているかもしかして・・・と心配した。それで先日血液検査でPSA(前立腺がんを発見する検査)を調べたところ数値4以上が危険の印というところを1.84だったのでホッとしているところ。