おやままさおの部屋

阿蘇の大自然の中でゆっくりのんびりセカンドライフ

国母態度は不愉快!

2010年02月15日 13時22分27秒 | 日記
国母問題で議論沸騰しているようだが、あの服装・態度に嫌な感じをもったことはどうしようもない。押尾学の態度とどことなく似ている。
日本人が熱しやすく冷めやすい民族性をもっているのは自明のことで論外だが、あーだこーだと囃し立てるのが全体主義的(江川昭子)という人もいるが、それは違うと思う。TV朝日でやってる夕方ののスーパーJチャンネルを見ていたら、評論家?轡田なんとかさんという人、国母の服装を似合っていると絶賛していた。しかもMC小宮悦子まで調子に乗って「そうですね、似合っていましたね」だって。国を代表して出場する選手には「国」から服、旅費など支給される。スポーツというものはもともと個人の趣味から出発しているものであるし、その大会参加の結果得られる栄誉は個人の努力の末に得られる。しかし現実には金を取るために次第に個人の趣味を超えて、国家が資金を提供してスポーツエリートを養成し、出場させていく。勝つために選手を雁字搦めに拘束してるのも事実。個人から始まって個人に帰っていくのではなく、個人から始まって、国家が育て、栄誉は国家が貰う。そのために税金を投入しているのだ。金を取ったら報奨金が支払われる。最初っからいわば「ひも」つきなんだ。これに対するアンチテーゼ?国母よ、それは違うよ。だったら違うところで自分を主張すべきだよ。国から出してもらっていて、制服をいじるのは幼児性丸出し。TVという公共の電波を使って、あるまじき行いを推奨するのはいかがなものか。だから教育現場でハネアガリが出てくる。荒れる成人式の状況を彼らの一つの主張と許容するの?

ところでやはりメダルって取れそうで取れないよね。
昨日の上村には取って欲しかった。あの涙、泣かされました。でも7位,6位,5位,4位と一段ずつ上がっているのだから素晴らしいではないかー。4位っていっても世界の4番目だよ、卑下することない!!胸張って帰ってきて欲しい。今日のノルディック複合、小林範仁選手も7位ながらラジオで聞いていて感動した。ジャンプで遅れたけれどクロカンで取り返す。今までの日本とは正反対。後半ゴール手前700Mでトップに躍り出てわくわくさせてくれた。その挑戦するスピリッツが国民を元気づけてくれる。
まあしかし、メダル取れるのかなあ。真央ちゃん、信長違う信成頑張れ!!国母も名誉挽回、素晴らしいパフォーマンス見せてくれ!!

離れ書斎が完成したどーっ!!

2010年02月15日 10時10分05秒 | 日記
離れ書斎ができたどーっ!!

10月に着工した。日曜日だけ大工さんに来てもらって建築してきた駐車場兼離れ書斎が、昨日完成した。間口7M,奥行き5M。駐車場部分は間口4M、書斎部分3M、片屋根。壁は内外サイディングを張り付けた。書斎はボードにクロス。天井の太い梁を見えるようにした。壁を四面腰高の板壁。床はフローリング。デスクの前に大きめの出窓。結局最初の予算を随分オーバーしたけど、満足いくものになった。照明もつけインターフォンも取り付けた。断熱材を十分入れているので、今のところ暖房は入れてないが、あまり寒さを感じない。全工程を手伝ってきたので、感慨一入だ。

まだ細部いろいろ出てくると思うけど、退職後の生活の一拠点として構築したもの。ここでじっくり本を読んだり、書き物をしたり、ギター演奏もしようと思っている。ギターアンプに別のスピーカーを繋いだので音響もいくらかそれらしく?なった。PAも考えるけどそこまでいらないかとも思うし・・・
最初の構想としては、木工の作業部屋と考えたのだけど、大工さんと仕事をしてきて時々カットしたり、削ったり、釘打ったり、塗料塗ったりしたけども自分の腕の稚拙さと「うーばんぎゃー(適当なこと)さ」にはあきれる。どうも木工には向いてないのかもしれないと自覚して、作業部屋を書斎に変えた。この時点で予算がボーンと膨れ上がった。

『ジュリエット』(伊島りすと)を読んだ。帯に第8回ホラー小説大賞と書かれている。ホラーは映画エクソシスト以来、見ないし、あまり読まない。瀬名秀明、貴志祐介は何作かよんだがホラー小説という意識で読んでいる訳ではない。ジャンルをホラー小説と限定しないでいいと思う。
この小説はプロローグが「気色ワリー!」みたいな・・・
震災で妻を失った主人公が南の島に子供2人を連れて移住する。建設途中で計画中止されたゴルフ場の管理人として住み込みで勤め始めるのだが、不気味なことが次々に現れる。不思議な地元の言い伝えが次第に姿を現し始める。過去の思い出の中の人物が現実に現れる。夢か現実か、正常か異常=狂気か・・・
娘のえりは震災以来精神の浮き沈みが激しく、いじめもあって自傷行為も続けている。過剰な自意識のなかで現実と夢想とのあわい(間)があやふやになってしまう。主人公も妻を震災で失ったことでトラウマから脱却できないで苦しんでいる。

この頃、歳のせいか夜トイレに2~3回行く。電気を点けると妻を起こすことになるし、自分も目が覚めるので足もと灯のみで便所も便器の蛍火のような小さな照明のみ。けまつれないように(蹴躓く)手探りで行く。しかし真夜中に起きるとどうしても目が覚めてしまうので、『ジュリエット』を読んだ。本の中段、何かぞくぞくしてそれでなくても寒いのに、体を丸くして読み続けた。
読み終えて「もういい!!」って感じ。伊島って作家、プロフィール調べるけど殆ど人物像が見えてこない。南東の習俗、伝承に詳しいから沖縄出身かと思うと東京出身という。震災にも詳しいので神戸にも居住経験があるのかと思うけど不明。ホラー作家なので意識的に隠しているのだろうかー

不気味な地名、「上尾崩」!!

2010年02月12日 09時04分51秒 | 日記
昨日は南阿蘇、一日中激しい風雨だった。やっと離れ書斎ができたので、本棚を運び入れ、ソファー、ライティングデスクを入れたので部屋らしくなった。カーテンも取り付けた。11月から工事を始め基礎からずっと手伝ってきたのでちょっぴり達成感もある。腰壁を杉板で囲んだけれど、その電気カンナ削りから、切断、ペーパー磨きを私がやって、貼り付けの釘打ち、塗装を家内がやった。いろいろ誤差も生じているが、大方許容限度内。デスクの前に出窓を作ったが、広い窓一面に阿蘇五岳が眺望できる。素晴らしい景色だ、晴れた今日など空気も澄んでいるだろうから、稜線鮮やかで春めいた気候になってきたので山肌の緑と空の青、白い雲のコントラスト筆舌尽くしがたい。雨中、本を運び入れた。

母屋にもリビングの壁一面幅3M,天井は吹き抜けになっているので高さは3M足らずある。この自慢の作り付けの書棚と廊下の書棚、本箱2本に本がびっしりある。まだ引越し前なので市内の家にも本が残っている。先週書棚を2本移したのでそれに収まっていた本を搬入した。
さて、書斎の本を何にしよう・・・先ずは辞典類をデスクのすぐ横にずらり並べる。そして小説は全部母屋に残した。引っ越してから、手がけたいと思っている論文は情報、マスコミ、いのち・・・書籍はかなり集まっているのだが、昨日は近代史関係の本を先ず運び入れた。
駐車場の内壁のコーキング作業もしてもらった。

何しろすごい雨と風。風の方向もクルクル変わる。北風かと思うと南風になったりー。

片付けをしている時、村内の有線の緊急放送らしい声が聞こえる。「・・・・至急退避してください」これが何度も何度も繰り返し放送された。いやーな感じ、何か起こるのではないか、不安になる。
コーキングおじさんに聞くと「ありゃあ、ゴルフ場の放送だよ。『雷注意報』が出ているので緊急避難を呼びかけているんだよ」と。なあーんだ、そうか。

実は家を建てた場所の字名が「上尾崩」というのだ。土地を買う時、深く考えなかったけれど地名から推測すると昔、大規模な土砂崩れが起こっている場所なのだろう。元々畑だった場所だが、別荘地と売り出され、次第に住居が建ち始めた。外輪山中腹に位置するのだが、西から東北にかけて谷川が流れている。敷地の隣に位置するその窪地は杉林なっており、別荘も立っている。滅多なことはないだろうが、こんなひどい天気の時には不安になる。

さあて、オリンピックだ。日本人選手自己ベスト目指して頑張って欲しい。長野の時のジャンプ、感動したことを覚えている。中年の星達よ飛べ、滑れ、そして真央ちゃん応援しているよ!!!
日本選手団にみょうちくりんな格好をしていた男がいたらしく、注意されたとかー「制服」は支給品だろうから税金で作っているもの。そんな廉恥心のない人間が日本代表に選ばれているのか・・・こんな奴、早く帰って来い!税金の無駄だ。

まことにささやかな喜び

2010年02月10日 08時45分04秒 | 日記
GOOのブログを書き始めて半年位かと思うが、昨日初めてアクセスランキングで順位がついた。9000番ちょっとだって、驚いた。昨日は長々と本の話を書いた後、午後になって立松和平さんが亡くなったと知って、ショックで再度ブログにそのことを書いた。早稲田の出身で2つ上、学生運動の最盛期、バリケードとデモに明け暮れ、次第に運動内部で党派が作られ分裂を繰り返し挙句内ゲバ。平和を求める運動が内部では暴力が常態化していた。
田舎の国立大学にいた私にとってもその風波は頭からつま先まですっぽり包み込んでいった。しかし、運動の指導部の党派性は「肌」に合わなかった。民青と革マルが二大勢力でその批判勢力は稀少な存在だったが、農学部に数名黒ヘルを被る学生がいた。その中からあのテルアビブ空港銃乱射事件を起こした赤軍の岡本公三がいた。彼は熊本の出身だし意外に身近にいたのだ。今でもあの頃のことを思い出すと赤軍の「一本釣り」に載らなくて良かったと思う。立松さんは最初新聞部に入ったそうだが、セクトの対立でそこを出て、文学関係のクラブに入ったらしい。これがなかったら、作家立松はなかったかもしれない。
彼の口調は栃木弁だそうだがなまりがあっていつまでも消えなかった。その純朴さ、田舎臭さが温かさとやさしさを伝えていた。TVでの表現の仕方、取材の方法を見ていても彼の生き方に共感できたし、信頼できた。
突然の死だった。解離性動脈瘤破裂とその手術と最後は多臓器不全・・・彼、あんまり太っていなかったのになあー無頼派作家でもないし、どっちかというと食に関しても意思が強そうで、暴飲暴食とは程遠いイメージがあった。死ぬ前、どこかのお寺で修業していたらしい。その無理が祟ったのではないかとTVでいっていた。なんだかなあ・・・
いろいろと考えさせられる。
さて、このブログに立ち寄って下った皆様、本当にありがとうございます。つまらない文章にお付き合い下さいまして、申し訳ない気持ちであります。
還暦を迎えた今年、老化がさらにぐんと進んだなあというのが実感です。ぶどう膜炎で左目が矯正視力0.4位しか見えないし、心臓も悪いし、何といっても一番の不安は記憶力の低下。今呑んだ薬を数分過ぎると「あれっ」呑んだっけ??、目薬が3種類あるのだが、1日4回のものと3回のものと2回のものと複雑なのだが、これがまた今点したものが記憶から消えている。記憶力低下対策の一つとして、一日の心が震えたこと、またよしなしごとを記録しておこうと始めたもの。

今個人的に一番の課題は、体重を減らすことだが、次は頭を鍛えること。消極的、退行的な考えは老化を早めるばかり。読書は対策の一つだし、仕事を辞めたら、小説か評論文を1作ものにしたと思っている。
最近新たらしい取り組みとして、朝食にオリーブ油にしょうがを刷り込んだものを水で溶いて飲んでいる。日野原重明さんの実践らしい。これで体質改善できるか暫く様子を見よう。

残念、立松和平の死

2010年02月09日 15時12分45秒 | 日記
ネットのニュースを見たら、好きな現代作家の一人である立松和平さんが急死したと報じている。まだ62歳、数日前から体調を崩していたという。同世代で、少なからず学生運動に影響を受けどこかに社会体制に対するアンチテーゼを抱き続けている。彼の生き方を見ていてもずっとそう思ってきた。
大衆に、もちろん権力に迎合しない姿勢はさすがと尊崇の念をも持っていた。これから団塊の世代が第一線から退いて「第二の人生」をスタートする時期に当たって、一つの方向性を示してくれるのではないかと期待していたのに、突然の訃報だ。

さきほどまで”We Are The World”をYOU TUBE で見ていた。この映像(5編に分かれている)を見ながら涙を流したところだった。マイケル・ジャクソンがいる!ボブ・ディラン、ブルース・スプリングスティ-ン、シンディー・ローパー、レイ・チャールズ、スティービー・ワンダー、クインシー・ジョーンズ、ライオネル・リッチー、ポール・サイモン・・・一人一人のネームバリューも桁外れだが、アフリカ難民の救済に立ち上がって、心を一つにして曲を作り上げようとする姿は感動だ。見るたび、聞くたび必ず、涙が出る。曲も詩も素晴らしいけど、人が存在論的には一人であっても決して一人ぽっちではなく、同じ地球に住む人類という「神の子」=兄弟なのだと進んで手を差し伸べる。その気持ちがひしひしと伝わってくる。
ハイチの震災救済のために、再び”We Are・・・”が再結成?されるという。とても素敵なことだ。