さて、古事記と御朱印 その3でございます。
今日は、ヤマトタケルの物語。
時代は、第12代景行天皇の時代。
景行天皇の皇子、オウスは誤解から実の兄をあっさり殺害してしまいます。
その残虐性を恐れた景行天皇は、自分からオウスを遠ざける為に
オウスに西征を命じます。
しかし、オウスは、西征をあっさり成功させ帰ってきちゃいます。
しかも、頼んでもいない出雲(だまし討ちで)も制圧。
焦った、景行天皇はすぐさま東征を命じます。
因みに西征の途中、敵の武将クマソタケルからタケルの名を送られ、
ヤマトタケルと名乗る事に成ります。
父親に疎まれていると感じたヤマトタケルは、
東征に向かう前に、慕っている伊勢神宮の斎王である
叔母ヤマトヒメに愚痴を言いに行きます。
そこで、ヤマトヒメから励ましと、スサノオが八岐大蛇から取り出した、
あの草薙剣を譲り受けます。
東征に旅立ったヤマトタケルは、相模の国で火攻めの攻撃を受けますが、
剣で草をなぎ倒し、ついでに敵もなぎ倒し勝利します。
戦い済んで駿河湾などが眺望できる山へ。
その山の名は日本平。日本武尊(ヤマトタケル)から取っているそうです。
この前の静岡旅行。
そばは通ったけど、寄らなかったんだよなぁ。日本平。
その変わり?草薙神社へ。
御朱印とヤマトタケルの像
ヤマトタケルが眺望したと言えば、
軽井沢の熊野神社と熊野皇大神社。
長野と群馬の県境にある神社で、
ここから、妻のミヤズヒメを偲んで嘆いたそうです。
訪れた日は、天気が悪くてこんな写真ですが、
コチラが御朱印
御朱印には、八咫烏が描かれています。
八咫烏と言えば、高千穂から大和を目指したイワレヒコ、
後の神武天皇を導いた鳥ですが、
軽井沢ではヤマトタケルを導いたと伝わっているみたいですね。
ヤマトタケルの像は、パワースポットで有名な秩父の三峯神社にもありました。
こちらでは、ヤマトタケルを導いたのは八咫烏ではなくオオカミ。
そう言えば、ココは、狛犬ではなく、オオカミが招いてくれてた。
その辺のお話はコチラ
この後、古事記は神功皇后の話しに続きます。
今、この辺を読んでいますが、
私が参拝している神社は出てこなそうなので、
取りあえず、このシリーズは完。
今日は、ヤマトタケルの物語。
時代は、第12代景行天皇の時代。
景行天皇の皇子、オウスは誤解から実の兄をあっさり殺害してしまいます。
その残虐性を恐れた景行天皇は、自分からオウスを遠ざける為に
オウスに西征を命じます。
しかし、オウスは、西征をあっさり成功させ帰ってきちゃいます。
しかも、頼んでもいない出雲(だまし討ちで)も制圧。
焦った、景行天皇はすぐさま東征を命じます。
因みに西征の途中、敵の武将クマソタケルからタケルの名を送られ、
ヤマトタケルと名乗る事に成ります。
父親に疎まれていると感じたヤマトタケルは、
東征に向かう前に、慕っている伊勢神宮の斎王である
叔母ヤマトヒメに愚痴を言いに行きます。
そこで、ヤマトヒメから励ましと、スサノオが八岐大蛇から取り出した、
あの草薙剣を譲り受けます。
東征に旅立ったヤマトタケルは、相模の国で火攻めの攻撃を受けますが、
剣で草をなぎ倒し、ついでに敵もなぎ倒し勝利します。
戦い済んで駿河湾などが眺望できる山へ。
その山の名は日本平。日本武尊(ヤマトタケル)から取っているそうです。
この前の静岡旅行。
そばは通ったけど、寄らなかったんだよなぁ。日本平。
その変わり?草薙神社へ。
御朱印とヤマトタケルの像
ヤマトタケルが眺望したと言えば、
軽井沢の熊野神社と熊野皇大神社。
長野と群馬の県境にある神社で、
ここから、妻のミヤズヒメを偲んで嘆いたそうです。
訪れた日は、天気が悪くてこんな写真ですが、
コチラが御朱印
御朱印には、八咫烏が描かれています。
八咫烏と言えば、高千穂から大和を目指したイワレヒコ、
後の神武天皇を導いた鳥ですが、
軽井沢ではヤマトタケルを導いたと伝わっているみたいですね。
ヤマトタケルの像は、パワースポットで有名な秩父の三峯神社にもありました。
こちらでは、ヤマトタケルを導いたのは八咫烏ではなくオオカミ。
そう言えば、ココは、狛犬ではなく、オオカミが招いてくれてた。
その辺のお話はコチラ
この後、古事記は神功皇后の話しに続きます。
今、この辺を読んでいますが、
私が参拝している神社は出てこなそうなので、
取りあえず、このシリーズは完。