貢蕉の瞑想

青梅庵に住む貢蕉の日々のつぶやきです。

夢を「ゆめ」にし完成

2021-09-11 11:11:05 | 日記
令和3年9月11日(土)
なつ草や 
   兵共が 
     ゆめの跡
 上の句が初見である。
 義経の一党も藤原家の人々も、
功名も栄華も今はなくなって、
一場の夢となった。
 なつ草が茂るという現実の出来事は、
毎年繰り返されて続いているが、
人事はすぐ消えてしまう。
 人事、つまり義経や藤原家の夢である。
 そこはいいのだけれども、人々の夢と、
平仮名・漢字混用のなつ草とでは、
人間の栄華のあとのほうが強く、表現さ
れ過ぎる。
 つまり、歴史の出来事が強すぎて、
なつ草が弱い。
 そこで、修正句。
夏草や 
  兵共が 
     夢の跡
 「なつ草」を漢字の「夏草」にして
みると、釣り合いがとれる。
 しかしながら、「夢の跡」という
歴史を思い出すような固い表現に
なって、面白くない。
 芭蕉の表現の凄さは、
「夢」を「ゆめ」という平仮名にした
ことにある。
夏草や 
   兵共が 
      ゆめの跡