☆(現在の再掲 2006/08/12)
夏休み前の仕事の追い込み・・・、忙しい・・・。
でも、更新を目当てに来てくれる方がいるので、再掲更新をする。
いや、再掲と言っても、「<html>」とか「<br>」を付けるのが億劫なのよ^^;
私は、アーサー・C・クラークが大好きで、この方がいまだに健在なのが嬉しい。
『2001年宇宙の旅』は、2001年がとっくに過ぎたっちゅうのに、私にとっては、いまだに「未来」なのである。
後、二作は大作をものして欲しい^^
最近、『渇きの海』を再読したが、これも傑作なんだ^^
◇ ◇ ◇
▼ここ<東南アジアの旅>コンテンツ(現在の蘭による注:今はないので<海の向こうでの冒険>コンテンツで)では、私の東南アジア旅行、特にカンボジアについて書くことになる。
カンボジアについて、特にアンコールワットについて書くことになろう。
ちょっとした挨拶代わりに、引用をしておきたい。
『2001年宇宙の旅(早川書房)』で有名な作家アーサー・C・クラークの作品からである。
クラークは、SF作家と言うより「未来予測作家」と言える、その代表作の完結篇「3001年終局の旅」において、三十一世紀の世界についての詳細な詳述がある。
(引用)
<・・・「しかしテッド、人類の偉大な芸術作品の大半は、宗教心にインスパイアされていることは否定できないだろう? これは何かがあることを証明してるんじゃないか?」
「うん。・・・しかし、信者たちが安心するような証明ではないな。人間はときどきいちばん大きいとか、いちばん偉いとか、いちばん優れているとか、そういうもののリストを作って楽しむ。君の時代にも、これは人気のある娯楽じゃなかったかね?」
「おっしゃるとおり」
「いや、これを芸術の分野でやろうとする有名な試みが何回かあったんだ。もちろん、こういうリストは絶対的な・・・永遠の・・・価値を確定させるものじゃない。しかしなかなか楽しい企画ではあって、人間の好みが時代時代によってどう変わっていくかがよくわかる・・・。私が見たいちばん新しいリスト、・・・これは数年まえ、<地球アートネット>に載ったものなんだが、・・・これは建築、音楽、視覚芸術、等々の分野に分かれていた。・・・二、三の例は覚えている・・・。パルテノン、タージマハル、・・・音楽ではバッハの「トッカータとフーガ」が一位になって、二番めがヴェルディの「レクイエム・ミサ」だ。美術は、・・・もちろんモナリザ。次は、・・・はっきりした順番は忘れたが、セイロン島のどこかにある一群の仏陀像、それから、若きツタンカーメン王のデスマスクだ。ほか全部を仮に思いだすことができたとしても、・・・私には無理だが・・・、それは問題じゃない。重要なのは、その文化的・宗教的バックグラウンドだ。全体からいうと、ひとつの宗教が独占するということはなかった。・・・ただし音楽は別だ。これは純粋にテクノロジカルな偶然だろう。電子楽器以前の時代のオルガンとか、そういった楽器は、みんなキリスト教化された西欧社会で発明されたものだからね。状況がまったく違ってしまうということもありうる。・・・たとえば、ギリシャ人や中国人が機械をおもちゃ以上のものだと、もし考えたらとしたらだが。しかし、けっきょく論争に決着をつけたのは、私が見るかぎり、人類芸術の最高作品をひとつ挙げるとしたらという問題で起こった国民一般の合意だ。何回くりかえしても、ほとんどどんな投票リストでも、・・・答えは<アンコールワット>だ。ところが、これを発想する基となった宗教は、十何世紀も昔に滅びてしまった。あれがどういうものか、だれも正確には知らない。ただし、神はひとりじゃなく、何百という神がかかわりあっているということがわかっているだけだ」・・・>
(引用終了)
三十一世紀の人々による芸術美術番付においても、<アンコールワット>は、常に一位なのである^^
と、まあ、こんな話を挨拶として、東南アジアを語っていきたいもので・・・。
(2003/12/14の再掲)