しろみ茂平の話

郷土史を中心にした雑記

梨を作る

2024年03月17日 | (冷蔵庫が家になかった時の)食べ物

果物どころ茂平で、梨が栽培されていたことは知らなかった。
梨やリンゴは、やや寒冷地が適しているというイメージがあった。
今でも地図をみると、瀬戸内海に面した茂平で梨、・・・という感じがでてこない。

戦前の茂平では、桃よりも梨が代表する果物だった。


(父の話)


梨は「20世紀」と「はかた」を植えていた。

どうめんの畑で「はかた」も20世紀に近い感じの樹だ。
これは早う出る。盆の前にでるんで、これじゃぁよう儲けた。

水をしなくてはいけないので、梨畑には必ず池が必要であった。
つるべは一人で汲み上げていた。
つるべで水を汲み上げていた。
つるべでやると時間ばっかりかかっていた。

発動機ができて流すだけになって楽になった。

2000年05月28日

・・・

「はかた」の後に「20世紀」を出荷する。
味は20世紀のほうがエエ。
ほれで他所(他県)でもどんどん作り出し、こっちに入ってきた。
それで梨はやめ、その後にはデラ(葡萄のデラウエア)を植えた。

2000・1・9

 


「くだもの」 ポプラ社 2009年発行

なし

日本では弥生時代に栽培がはじまったといわれる、歴史の古いくだものです。
日本なし 西洋なし、中国なしの3種類が知られ、
そのなかでももっとも多く食べられているのが日本なし。 
皮が茶色い赤なしと、 皮が黄緑色の青なしがあります。
どちらもみずみずしい果肉と、シャリシャリとした食感が特ちょうで、秋を代表するくだものです。


二十世紀なし

明治時代、千葉県でひとりの少年が、 ごみすてばに小さななしの木が1本はえているのを見つけました。 
育ててみたところ、10年後にとてもおいしい実がつき、栽培がはじまりました。 
これが、二十世紀です。 
自然に生まれたなしなのです。 
今では二十世紀なしは全国に広まり、鳥取県が日本一の産地となっています。

 


「岡山の食風俗」 鶴藤鹿忠 岡山文庫   昭和52年発行


日本の中部以南に原生した日本梨、すなわちヤマナシが明治30年代に改良された長十郎や二十世紀が作られている。
岡山県では桃や葡萄とともに作られている。

 

「江戸の食生活」 原田信男 岩波書店 2003年発行


美濃から大量に諸国に売られていることを紹介している。
作れば、その土地の産物となるとして、「近来江戸在にても作りいだし、利を得ること少なからず」
としている。

・・・

 

 

コメント
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