ミセスローゼンの上人坂日記

犬枝を咥えて歩む残暑かな


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チェロキャンプで生徒の一人がディーリアスのエレジーを弾いていた。ニックが出だしの数小節を、寺院の鐘が響くように弾きなさい、と教えていた。ストラヴィンスキーのレクイエム「カンティクルズ(鐘)」を思い出すやうな冒頭だ。
ディーリアスはイギリスの盲目の作曲家。ニックが語る音楽家こぼれ話の中でも、私のお気に入りの一つがこのディーリアスの話。

ある日ディーリアスが、リハーサルの休憩にホールの客席に座っていたら、チェリストのカザルスがやって来て、慇懃にお辞儀して、もごもご挨拶して座って、バッハの三番プレリュードを弾き出した。カザルスはしばらく弾いて、またお辞儀して、聞いて貰った礼を述べて去った。休憩の後、ディーリアスがオケの連中に言った。
「さっき何だか変な奴が来たよ。いきなり座ってチェロでハ長調の音階練習を弾いて去った。あれは誰だったんだろう? 何故弾いたんだろう?」

最近ニックはこの話をする時、もう一つのエピソードを付け加える。
「僕も似たような事を言われたよ。数年前松山でリサイタルをやった時、ピアニストと一緒に前半を弾き終えて、休憩後一人でステージに出て、バッハの無伴奏三番プレリュードを弾き出したら、最前列に座っていた妻の母親が、大きな声でこう言った。
「練習はもう十分。早く(本番を)弾きなさい。」

実際には私の母はこう言った。「ご苦労やなあ。もう練習はええけん。はよ弾いて、はよ帰んなはれや。」これを直訳すると、"Thank you for your practice. That's enough! Play your concert and go home!"、あまり強烈なのでそうは言えない。母はピアノ伴奏付きが本番で、無伴奏は練習だと思っていたそうだ。

リサイタルを聞き終えた母がもう一言。
「やっぱりニックさんは世界一やなあ。」
うちの母はニックに会うまで、一度もチェロを聞いた事が無いし、カザルスもヨーヨーマも知らない。ニックは母の人生にたった一人のチェリストなのだから、世界一に決まっている。
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