四回目の富士山トレーニングは、一時間半歩いて戻る。
六合目の山小屋まで行けるかな、行けないかな、と話し合って、水やスナックを用意する。今回ランチはいらないだろう。いつもの須走口五合目から、少しだけペースを上げて行く。ニックは4分の11拍子で石段を上り下りする。私は4分の5拍子。リズムが大事。
最初の鳥居で、二礼二拍手一礼。オネガイシマス。森の中をニックはずんずん歩き、私はハアハア言い、少し遅れ、二股道まで来る。
今日は左へ行ってみよう。ハイハイ。
と、熔岩の砂の道に出る。まるで賽の河原。ニックが、砂の惑星のようだと言う。黒い砂。傾斜角40度?スキー場なら黒ダイヤモンド! 登れるか、こんな坂? ニックはすでにやや後悔顔。
しかし登る。一時間半は登ろう。
登っても登っても上に進まん。バッハの無伴奏組曲四番プレリュードが頭に響く。ざらざら滑り、ずぶずぶ沈む。屋根が見えてきて、足がやや速くなる。がその小屋は建て替え中。小さな鳥居の扁額に「下山道」とある??小屋を素通りして、砂の惑星の表面を宇宙飛行士のように、ちょこちょこ進む。
歩き始めてちょうど一時間の所で見晴らしに出る。後ろを振り返って驚く。のけぞる!巨大な雲がゲートのように動いて開いて、その影のまだまだ下に、山中湖がぽつんとある!
あの周りに、イタリアンレストランやスワンボート乗場があるなんて思えないほど、ちっぽけな水たまり!
一方、山頂はすぐそこに見える。30分くらいで駆け上がれそう。見つめてると、頻繁に雪嵐が起る。ふわりふわり雪の精が立ち上がり、くるくる舞いながら、手をつなぎ、輪が広がる。ダンス!ダンス!ダンス!
しばし見とれる。
「この辺が六合目小屋のはずだが?」とニック。
向こうの道はここから見えてる。向こうとこちらを隔てるのは、熔岩の裂け目。崖と丘。デューン。渡れんこともなさそうだが、さらに30分以上はかかりそう。おまけに、誰かが石の塔を、墓石のように積んでる。怖くて写真とれん。
ニックが「渡るぞ。」と言って渡り出す。ハイハイと踏み出した途端、私のステッキが折れた。
ニックの杖は、ニックが吟味して選んだ高級品。私の杖は、香港でニックがアキレス腱の古傷が痛んだ時に、私が間に合わせに買った物。
ニックは気づかず、スタスタ行く。
黒賽の河原に1人で置いてかれる。黒砂の惑星ひとりぼっち。怖えぇぇ。
「待ってくれー‼」
全身で叫ぶと、熔岩の裂け目から真上の富士山の雪部分にかけて、物凄い谺が、待ってくれー、待ってくれー、待ってくれーと、ニック驚き駆け戻る。
な、雪崩、起きる⁉
一瞬の静けさが、超こわかった。
雪崩、起きんでよかった。
向こうの道の上には、別の鳥居が見えてる。あそこが小屋だな。うん。でももう歩けん。
六合目小屋を目前にして断念す。ちょうど一時間半が過ぎた。休憩だ。ボトルの水をそれぞれ一本ずつ飲み干し、スニッカーズを半分こして、おつまみ柿の種を二袋ずつ食べる。
水があと一本ずつあるはずが、1本足りん。ニックが3本、私が1本、計4本持ってきた。ニックは、3本のボトルを順番じゃなく、テキトー開けて、どれからもちびちび飲んでた。そしてポケットに入れて1本落としたらしい。
「大丈夫!あと1本ある。次回は5本持ってこよう、なくすの見込んで。」と私が慰めたのが逆効果。
「大丈夫じゃないっ‼ あと1本と言っても中身は半分以下、これで麓まで下るのか、二人で分け合って⁉ それに次回、5本なんて持ってこないからな。水は重いんだ。ちょうど必要なぶんを考えて決めたんだからな。」
ハイハイ。
もう水がないと思うほど、喉が乾くニックをなだめ、なだめ、一時間ちょっとで五合目まで下る。出口の神社でお礼行って出る。
後で地図見たら、今日苦労して登った黒い道は、「砂走り」と言う下山道、つまり下り専用だった。急な傾斜を利用して、一歩で2mも進めるという。直滑降の下山ルート。
私らは結局あのあと、反対側に渡れる箇所を探して、登り専用道を下って帰った。下り専用道を登り、登り専用道を下ったということになる。
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